計算と実験の二刀流で化学反応を調べたい!(後編)

取材先:基盤科学研究系 物質系専攻 竹谷研究室 博士課程3年(取材時) Minhui Leeさん(以下、「Mini」)

インタビュアー: 小林 柚子さん(基盤科学研究系 物質系専攻、竹谷研) (以下、「」)

※インタビューは英語で行われ、筆者が日本語に訳しました。

【後編】計算と実験を両方やるのは大変?

柚: 計算と実験を両方専門にしている人って、少なくとも化学分野では珍しいと思います。どうして計算化学の研究室にいたのに、実験をやろうという思いに至ったのですか?

Mini: まず、実験と計算を私は別物としてあまり区別していなくて...

柚: そうなんですか?私の中では、まず計算か実験で大きな分岐があるイメージを持っていました。コンピュータの中でシミュレーションをするか、実際に手を動かして反応を起こすなどしてデータをとるか、で道が分かれるのかと。

Mini: でも化学反応を調べるための手段という点では同じですよね。例えば、実験といってもひとつの測定手法だけで調べるわけじゃないですよね。

柚: うん。たしかに、私の実験も同じ試料をいろんな測定手法を使って調べています。知りたいことそれぞれに適した手法がちがうので。

Mini: それと同じだと思うんです。計算は、計算を使った方が調べやすいことがあるから、使うんです。目的ごとにちがう実験手法を使うのと同じです。

実験と計算の概念図。実験(青)と計算(赤)の重なりが大きいと発見も大きい。

柚: そっか。言われてみればそうですね。私の中の計算化学のハードルが一気に下がった気がします。

Mini: うんうん。それで、計算化学をメインでやっていたときは、実験系の研究者とコラボすることがやっぱり多かったんです。

柚: 実験で得られた結果を計算で裏付けたりする感じですよね。

Mini: そうです。そのときに、もちろん実験側に知見を与えられるのはうれしいことだったんですけど、互いを完全につなげることは難しいと実感したんです。たとえば有機合成化学の実験と計算化学で計算できるスケール(分子の数や測定条件など)が全然違うんです。知りたいことは同じなんですけど、実験と計算で別の人がやっていると、重なるところがどうしても小さいなと思って。

柚: たしかに、そうなりそうですね。有機合成化学で使うようなものすごい量の分子の挙動を全部計算することはできないですもんね。

Mini: だから、両方自分でやろう!ってなったんです。計算と直接比べられる実験を自分の手ですればいいんだと思いました。

柚: なるほど。実験と計算はただの手法のちがいだから、両方自分でやればいいってことですね。

Mini: そこで、当時の先生が今の研究室を薦めてくれました。ひとつひとつの分子の反応を対象にできるここの測定手法なら、計算とほとんど同じ条件で比較できるんです。

柚: 同じ反応を、実験と計算の2つの視点から調べることができるわけですね。じゃあ、日本に来たのは、この研究室で実験するためなんだ。

Mini: そうです。韓国からは近いし、留学もしたいと思っていたので、全然抵抗はなかったです。

柚: 同じ反応を調べるための手法が違うだけ、と言っても、計算からいきなりあんな大きな装置を使って実験をやるのはやっぱり大変だったんじゃないかな?!と思うのですがどうですか?

Mini: うーん、ひとつあったのは計算と実験では進め方が根本的にちがって、少し苦労しました。

柚: どんなちがいですか?

Mini: 計算では、なるべくシンプルなモデルや条件を考えるんです。どんな条件が一番大事かをとことん考える。「とことん考えてから実行する」のが大事なことでした。一方、実験では、もちろん考えることは大事なのですが、変えられる条件がたくさんあって、どのくらい結果に寄与するのか想像もつかないことが結構あります。だから、「やってみてから、考える」ことが求められる場面が多かったです。

柚: わかる気がします。初めての実験をするときは、指針が全然ないのでとりあえず試してみよう!みたいな感じで実験することが結構ありますね。その結果を受けて、今度はこういう条件でやろう、と考えて組み立てていく感じ。

Mini: そうですよね。でも最初は、全部を把握したいという気持ちで、いちいち「何でそうなるの?」と確認してしまって、そのバランスを掴むのに少し時間がかかりました。

柚: なるほど。今はその両方を習得して、二つの観点を総合して化学反応を調べられているというわけですね。

Mini: はい。博士課程では計算と実験を両方同じくらいの割合でできて、目標は達成できたと思います。今後は今対象にしているものよりもっと複雑な反応も研究して、有機合成化学まで広げていきたいです。

~Diversity and Inclusion を実現するために~

スローガンは必要?

柚: ここからは、Diversity and Inclusionについて聞こうと思います。

Mini: 留学生で、女性だからぴったりかもしれない…

柚: うん、まあたしかにそう。でもなんかそれも違和感のある話ですが…

Mini:

柚: 私もそうだけどMiniさんは普段理研にいるので、新領域(柏キャンパス)に行く機会はあまりないですが、新領域には留学生が多いイメージがあります。たとえば、メールとかも普段英語と日本語併記で来ますよね。言語の対応は、たとえば理研とくらべてどうですか?

Mini: うーん、理研では日本語があまり使えなくても困ることは少ないですが、新領域ではたまに日本語しか案内がなくて困ったりします。

柚: あ、そうなんだ。

Mini: 特に私は普段別の場所にいるからすぐに頼れる知り合いが少ないっていうのもありますけどね。

柚: たしかに、日本語しかないマニュアルとかもまだありますもんね。人に聞くのはどんなに仲がよくてもやっぱり気を使うし、そこはこれからどんどん言語の対応が増えていくことを期待したいですね!ジェンダーの観点からは、韓国と日本はジェンダーギャップ指数が同じくらいですよね。

Mini: そうですね。大学では理系に行く女子の割合は少し日本よりも多いかなと思いますが。でも未だに、女性なのに博士号いるの?とかたまに言われたりはします。

柚: ああ、それは反論するのもめんどくさいやつだ。

Mini: だから、私たちはとにかく、女性とか関係なく研究はできるよっていうのを、スローガンではなく、実行して見せていくしかないのかなと思ってます。

柚: たしかに。さっき感じた違和感はそれかもしれない。スローガンが不要になることを目指して、私たちが頑張っていくしかないんだろうな。よし、頑張ろう!