第1回

数学苦手! から数理モデリングの研究の道へ

記念すべき第1回の取材先は、基盤科学研究系 複雑理工学専攻の博士課程2年の小澤歩さんです。インタビューするのは基盤科学研究系 物質系専攻の博士課程2年(学年はともに取材時)の小林柚子さんです。数理モデリングに分子イメージングと研究分野の異なる二人の対話をお楽しみください。 


取材先:基盤科学研究系 複雑理工学専攻 郡・小林・泉田研究室博士課程2年 小澤歩さん(以下、「」)

インタビュアー: 小林 柚子さん(基盤科学研究系 物質系専攻、竹谷研) (以下、「」)

手計算はお好きですか?レポート用紙や裏紙でごりごり式変形をするあれです。理系の人だ!という感じでかっこいいですよね。でも私は、数学苦手です…しかし、苦手だったのに、博士課程になってもごりごり計算をする数理モデルの研究を選んだのが小澤さんです。今日は彼女と数学のお話です。


【前編】コンサート会場で拍手のタイミングが揃うのはなぜ?情報科学経由で生物の世界へ

(研究のイメージ図: 式の内容は私にもわかりません…。こんな数式を操って研究をしているのが小澤さんです)

:研究内容を教えてください。

:数理モデルを使った研究をしています。自然現象を記述できるモデルとして数式を立てて、それを変形したり解いたりすることで、その現象を理解するのが大きな目的です。

:現象を数式にして理解する、というのは化学や物理でもよくやるのでなんとなくわかります。自然現象って例えばどんなものですか?

:私は、リズムを刻むものがたくさん集まったときに、それらが集団としてどのように振る舞うかについて、研究しています。例えば、コンサート会場で誰からともなく拍手のタイミングが揃っていった体験ありませんか?

:ありますね!ごく自然に起こりますね。

:タイミングを指示するリーダーがいなくても、集団の構成員がうまく相互作用すれば集団全体でリズムを合わせることができるってことですよね。相互作用によってリズムが揃う現象は自然界に結構あって、例えば私たちの体内時計を司る神経細胞の集団も互いにリズムを合わせて活動していることが知られています。逆に、パーキンソン病患者の脳ではそれが揃いすぎていると言われています。

:身体の中でもそんな現象が…知らなかった。コンサート会場から病気まで、同じような数理モデルで考えられるってことですか? 

:大雑把にはそうです。このような集団的なリズムをコントロールするにはどうすれば良いか、とか、どんな風に介入したら集団のリズムが消えるか?など、数理モデルを立てて、解析して調べているんです。

:幅広い現象を一般化して考えられるのは、数学の魅力ですね!数学は昔から好きだったんですか?

:いや、一番点数が悪かったです。

:え、そうなんですか。私もそうなので共感しますが、数理モデルの研究者なのに意外です!

:そうなんですよ。国語や英語や社会は、なんとなく大人になった時にこれができたら楽しい生活が送れるという気がしていたんです。いろんな人と会話ができる大人、不必要に自分や他人を傷つけない大人といった風に。でも、数学は必要性が全然わからなかった。

:ああ、たしかに。これ、先生これって将来何の役に立つんですか~?ってやつですね。

:そうそう。「数学は美しい」とか言われたけど、正直ピンとこなくて。だから、身が入らなかったんだと思います。

;たしかにその感覚は私もあったかも。でも今の小澤さんは数学をバリバリ使っているんですよね。いまだったら、そのときの自分になんて説明しますか?

:「便利だよ」ですかね!高校生の途中までは、数学って問題が与えられて、それを解くための手続きをいっぱい踏まなきゃいけなくて、面倒なものだったんですよ。でも実は数学って、世の中の面倒を減らすことができるんですよね。何か問題を解決したいときに、数学によって段取りを1つ飛ばし、2つ飛ばしにできる。自動化したりもできます。楽するための学問という側面もあるんだよと教えてあげたいです。

:なるほど! めんどくさい感覚って私もすごく持ってた。でもたしかに今、私もデータを解析するときに数学使ってます。数式をちょっと入れてあげるだけで、パソコン上で手動でやらなきゃいけないこと減ってます。意識してなかったけど、めんどくさがりほど数学の力を感じられるのかもしれません。考えたことなかったけど発見です!…でもなんで、数学が好きじゃなかったのに、今の研究に至ったんですか?

:高校時代はピアノを弾くのと生き物を眺めるのが好きで、人が演奏したり音楽を聴いたりするときに、どのように情報を処理して身体の運動に反映させているのだろうということに漠然と興味があって、調べてみたところ、「認知」とか「神経」という単語と関係が深いんだなとわかりました。それらはコンピュータを使って研究されていると知って、コンピュータについて勉強すれば自分が興味をもてる何かしらにつながるだろうと考えた感じです。そこで学部では(お茶の水女子大学の)情報科学を専攻しました。

:そこで生物学科に行くのではなく、情報科学科なんですね。今だったらわかるけど、当時の選択眼がすごい。

:とはいえ、情報科学科に入ったときは最終的に生物に繋がるなんてそこまで考えてなかったです。入学するとすぐに情報科学や数理科学そのものに魅せられ、入学前の興味と直接関係するかどうかはあまり意識することなく、これらの分野について夢中で学びました。

:もともとの興味とつながるとは強く意識してなかったけど、今の「リズム」の研究は、神経細胞にも関係しているから、実はつながってたということですね。

:たしかに高校のときに描いていたものに今の研究は直接的でないにしろつながっていますね。音楽を演奏したり聴いたりするときくらいにしかほとんど意識してこなかった「リズム」が実は生物の振る舞いを理解するためにも重要というのは面白くて、しかもその理解に数理的な研究が貢献しうるというのが魅力的です。