自らを生きる
ともだちへ想いを伝えるには、どうしたらいいのだろう?
みんなでもっと楽しく遊ぶには、なにをしたらいいのだろう?
自分で考え、遊び、仲間とともに自らを生きていく。
その姿こそが、私たちの考える「子どもらしさ」です。
1. 生命を大切にする子ども (仏/慈心不殺)
2. 正しい生活を営める子ども(法/仏道成就)
3. よい社会を作り出す子ども(僧/正業精進)
平成二十八年四月、安平町立認定こども園はやきた子ども園は、学校法人リズム学園認定こども園はやきた子ども園としてスタートしました。
リズム学園は、昭和五十三年十二月十九日に学校法人化され現在に至りますが、その創立は恵庭市にある曹洞宗大本山 永平寺御直末 宗教法人大安寺付属のリズムの学園として創設されました。仏教の教育理念に立脚して、仏教精神による豊かな人間形成を目指して幼児教育を行い、これまで七千人の卒園生を輩出しました。
誤解していただきたくないのは、仏教精神をもって教育と保育をするとは、何も仏教信者にさせるという事ではありません。仏教の究極的目的は、「理想とする人格の完成」にあります。教育も人作りですから、仏教も教育も目指す所は同じと言えます。
「教育」とは「教え育む」事です。そこにはどういう方向に育てるべきかという、「理想像・目標」が明確になくては、ハンドルのない車を運転するようなものです。洋の東西を問わず、教育・道徳は宗教を基盤に始まった歴史を持ちます。宗教立の学園は規律(戒律)・約束事を子どもに意識させて守らせる事を通じて、社会人として身に着けなければならないルールを学んで行きます。
これは、一人前の社会人となる為には必ず身に着けなければならない事なのです。
のびのび保育の名の下に疎かにしてはならない、人として身に着けなければならない基本であります。
今の時代だからこそ宗教的価値を基盤に置いた教育はなくてはならないと思うのです。
安平町早来地区に一つしかない子ども園です。仏教を前面に出した宗教教育は行いませんが、「生命尊重・感謝・思いやり」といった仏教精神の大切な価値は、しっかりと伝えていきたいと考えています。
身体は小さくとも『かけがいのない大切な生命』を持って生まれてきた子ども達。
その大切なお子さまを寺子屋のような自由闊達な雰囲気の中で、つよい身体とよい心を持った賢い子に育ててまいります。
宗教法人 大安寺 住 職
学校法人 リズム学園 理事長
押見 俊哉
■ 一人ひとりに寄り添う
幼児は年齢が低ければ低いほど、一人ひとり違うものです。子ども園に朝7時過ぎに来た子どもと9時近くに来た子どもでは、朝食の時間が違います。眠たくなるタイミングやお腹の減る時間も違うでしょう。「○歳児」というひとくくりで寝る時間や昼食の時間を同じにするのではなく、家庭と同じように一人ひとりに寄り添い、生活リズムや子どもの性格にあわせた丁寧な保育を心がけていきたいと思います。
■ 小さなケガをたくさんして、大きなケガを防ぐ
「ケガをしないでほしい」親なら誰もが思うことでしょう。しかし、ケガを防ぐあまり先生の監視のもと指示と管理のみで過ごしていては子どもは育ちません。思いきり体を動かし、何かに挑戦し、失敗してもあきらめず繰り返すことで心も体も育つのです。
養護すべき所はしっかり守り、子どもの挑戦する気持ちと行動は見守りたいと思います。小さなケガをたくさんして、大きなケガを防ぐ。心も体もそうして育つのではないでしょうか。
■ 「育てる」のではなく「育つ」もの、「育ち合う」もの
「育てる」と言うと、「誰が?」と聞きたくなります。「親が、保育士が、大人が、子どもを育てる」間違いではありませんが、しっくりきません。なぜなら、その言葉の中の子どもは、「育てられる受け身の存在」だからです。
この世に生を受けた時から、子どもは一人の人格として尊重されます。年齢が低いため大人の養護は受けたとしても、その意思と行動は尊重され、認められなければなりません。
「子どもは自ら育つもの、育ち合うもの」として、子ども一人ひとりの存在を認め、育ちを見守る保育を進めていきたいと思います。
■ 教育とは、できることを増やすこと
養護とは、自分でできないことを大人が代わりにしてあげることです。食事や排泄が自分でできない幼児(0歳〜2歳)は、養護しなければなりません。しかし、自分で食事や排泄ができ、気持ちを言葉で伝えられるようになる3歳児からは教育です。
教育とは自分でできることを増やすこと。それなのに3歳を過ぎても大人や教師が子どもの代わりにしてあげては、子どもは自ら育つ機会を失ってしまいます。
過保護とは、子どもの手足の代わりに親や大人がしてあげること。
過干渉とは、子どもの頭の代わりに親や大人が考えてあげること。
過保護、過干渉にならぬよう、自分の頭で考え、自分でやってみて、失敗から学ぶ。自己選択、自己決定、自発行動が幼児期の教育です。
■ 経験が先、知識は後
昔と違い、幼児期に子ども同士が群れて遊ぶことや自由に外で遊ばせることが難しい時代になりました。一方、通信制の習い事や早期教育などで知識習得は、早い段階から可能になっています。しかし、せっかく覚えた知識も経験が伴わなければ失うことも早いです。また応用も利きません。
「3個ずつ分けて配る」「ボードの文字を読んで行動する」「花が咲いてから実がなる」など、数や文字の操作や実際の経験が小学校以降の学習につながります。経験が先、知識は後です。
子ども園の遊びの中に、知識と智慧のもとをたくさん仕掛けていきます。
■ 育てたい、学びに向かう力
ITや人工知能の進歩により30年後には、今ある職業の半分近くがロボット(自動運転、ドローン、ペッパーなど)に換わられるという説があります。しかし、どんなに文明が進歩しても、機械化できないものがあります。それは、想像力や創造力です。そして、これらを活かすのが“学びに向かう力”です。この力は3歳〜8歳の幼児期に育つと言われています。
子ども園での多彩な教育活動の中で想像力と創造力を働かせ、“学びに向かう力”を育んでいきます。
※学びに向かう力とは
①目標の達成・・・忍耐力、目標への情熱、自己肯定感
②他者との協力・・社交性、思いやり、尊重
③情動の抑制・・・主張と受容、楽観性、自信
≪ 遊びを中心にした保育 ≫
中心にした保育を展開していきます。
0歳児〜2歳児は遊びと生活を通して身辺自立と自己の獲得を図ります。
3歳児からの教育では、遊びの中に学びのしかけがされ、経験を通して知識や智慧を得ていきます。
≪ 対話による教育 ≫
遊びを中心にした保育が放任であってはなりません。
集団の中で遊んでいるのですから、その中にはルールがあります。
しかし、そのルールが、すべて先生からの一方的なものであってはいけません。
教師と子どもの関係は、子どもの声にしっかりと耳を傾け「指示・連絡」より「対話・会話」が多いものを。子ども同士の関係は、相手の言葉や考えをしっかり聞き、自分の気持ちをきちんと伝える。
そんな関係を大切にしていきます。
≪ はだし保育 ≫
園内では上履きは使用せず、年間を通してはだし保育を行います。
生まれたばかりの赤ちゃんは扁平足です。しかし、立って歩けるようになると、しだいに土踏まずが形成されていきます。足の裏は「第二の心臓」です。足の裏を刺激することで、脳に色々な情報が行き、活性化を促します。また、指で床や地面を踏ん張ることで運動機能の発達が促されます。
グラウンドの安全が確認できれば、外遊びもはだしで行います。
※気候や個々の健康上の事由によっては、靴下や靴を着用することもあります。
≪ 外遊び ≫
幼児教育は遊びを通した教育です。しかし、ただ遊ばせれば良いのではありません「時間」・「空間」・「仲間」
遊びの中に3つの「間」があることです。一年中同じ室内より、季節により表情を変え、遊びが変わる外遊びこそ、最高の空間です。
遊びを楽しむ「仲間」と最高の「空間」で、毎日、思いきり遊び、心と体と知が育っていきます。
※夏は泥だらけ、冬はマイナス15°まで外で遊びます。
クラス編成
・5歳児:定員45名〜じゃんぷ組(年長)
・4歳児:定員35名〜すてっぷ組(年中)
・3歳児:定員40名〜ほっぷ組(年少)
・2歳児:定員15名〜どりぃむ組(満3)
・01歳児:定員15名〜すまいる組
利用定員150名