元禄時代、現在の東海村村松に村松茂清という和算家がいた。茂清は関孝和よりも早く円周率を8桁まで計算した和算の大家である。
詳細は下記添付ファイル「村松茂清.pdf」をご覧ください。
・常陸で発達した和算の花は村松茂清により開かれたと言えよう。・水戸藩初代藩主頼房は和算家平賀康秀を佐倉から招聘し、その弟子が村松出身の村松茂清であった。
・茂清は当時笠間藩主浅野に仕えており、笠間から水戸に通って学び『算(さん)俎(そ)』五巻を著した。