本ページは, 下記の期間の内容を書いたページである. まだメモ程度の備忘録にしかなっていないが, そのうち, 読み物として執筆完成させる予定である.
20Y8年09月04日〜20Y8年11月@スイス
何度も書いておくが, あくまで経験を参考にしているものの, 本ページの内容はフィクションである. 大きな誇張表現や不正確または不適切な情報が含まれており, 登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものであることに注意して頂きたい.
一時帰国からスイスに戻って, 感じたことがある. どうも今回の一時帰国では日本語を話し過ぎたかもしれない. 何度も書いているが, 私は英語がかなり苦手だ. 英語を話せる人は, 会話をする際, 英語を聞いて, 英語で考えて, 英語で答える. 実際, これが理想の頭の使い方だ. しかし, 私は英語が苦手なので, 会話のときには, 英語を聞いて, 頭の中で英語を日本語に変換して, 答えを日本語で考えて, 頭の中で日本語を英語に変換して, 英語で話している. 日本語を介している分, 遅くなってしまうが, これまでは毎日毎日の会話なので, その一連の頭の使い方を高速にこなしていた. 5月の一時帰国の際は, 国際学会に参加したので, 頭の使い方を維持したままスイスに戻ってきた. しかし今回は国内の学会に参加したので, 専門分野の内容も全て日本語オンリーで頭を使って来た. その弊害として, スイスに戻ってから日常会話や専門的なディスカッションに(頭と耳の)遅れを感じた. どうも数日のリハビリが必要そうだ.
研究室に新たにコーヒーマシンが設置された. そのため, 普段は昼食後にカフェにコーヒーを飲みにいくが, この日からは研究室でコーヒータイム. 昼食後にマルコが, カフェで外で飲みたいというが, オンジとガブは研究室にあるからそっちでいいだろ?と却下. マルコは, 「いやこんないい天気だし外で飲みたいし..」と渋っていた.
9月から新学期を迎える. 研究室にも修士から博士に進学する学生がいたり, 新しいメンバが外部から来たりする. 結局, この研究室では, ポスドクさんが1人抜けて, 博士学生が3人追加, Trainee(研修生?研究生みたいなもの)が1人追加されることになった. それに伴い, 部屋の移動があり, 私はもともとポスドクさんが2人で使ったいた部屋に移動となり, 同室には残ったポスドクさんと一緒になった.
三宮高専から連絡があり, この時期に校長面談が実施されるみたいだ. Skypeでもしますか?と学科長先生と相談していたが, 結局その面談の代わりに(サバティカルの)中間報告を送ることになった. 報告書をサクッと作って中間報告はこれでおしまいだ.
帰り道, たまたまマルコと駅で会い, 一緒に帰ることになった. 彼はいつも流暢にガンガン話す. 普段の会話は数人いる会話なので, 少々理解が追いつかなくても何ら問題ないが, 今は彼と二人きりだ. むちゃくちゃ速い会話を聞いて, 何とか普通に話し続けた. そういえば, 夏に一時帰国した際に, 同じ(スイスの)研究室に過去に滞在していた木下さんも「マルコとの日常会話が(英会話の)一番のトレーニングだった」と話していた. 確かにその通りだ.
関西に縦断した大型台風の影響で広範囲に停電が発生し, 妻が住む地域でも長い間停電が続いていた. 一方, 学会で北海道に学生さんたちが数名行っていたのだが, そちらでも北海道で発生した地震で道内全域に停電が発生していた. 限られたバッテリーで連絡をとり, どちらも(最終的には)無事だったことで一安心した.
3月から全然来なかったマンションの(ポストや部屋の前の)ネームプレートがようやく届いた. しかし, 初めの(家賃など)の支払いにネームプレート代が含まれていたのに, 同封されていた郵便物には支払い請求と振込用紙があった. なぜだ?また何かややこしいことになってそうだ. [追記]どうやら業者さんの手違いがあり, 私のところに請求書が来たみたいだ. その請求書を転送しなければならない. うーん, 面倒臭い.
研究室に冷蔵庫が届いた. 背の高いワインクーラーのようなもので, みんな好きな場所に牛乳やらヨーグルトなどを入れて使い始めている. 話によると, さらにレンジも導入予定らしい. 研究室のキッチンが整備されてきた. ラボメイトに「キッチンが整ってきたから, あと2,3年居たらどうだ?」と冗談で言われたが, 「居たいけど, 多分職場が認めてくれないよ」と返しておいた.
毎日通勤で乗っているmétroはガラガラで, ほぼ座れるくらい空いているが, なぜかこの日は朝からラッシュ. と言っても日本のようなラッシュではなく, 立っている人が多いというレベル. 何かあるのだろうか?隣の大学にも大勢降りるし, うちの大学も大勢若者たちが降りていった. キャンパスに入ってわかった. どうやらこの日はWelcome dayという新入生イベントをしているみたいだ. サークルの勧誘なのか被り物やコスプレしている学生も大勢いるし, 運営(それ用のTシャツを着た学生)もワンサカいる. この日1日かけて, キャンパス案内や体験をするみたいだ. 日本人に比べたら大人びて見える欧米人たちだが, やはりティーンエイジャーの面構えだ. 彼らはどんなキャンパスライフを送るのだろうか.
先週末にWelcome day(実は金土と二日あったみたいだ. そのため09月17日は大学の振替休日)があり, この日から新入生が本格的に講義に出始める. 学内の案内では, 学部と修士を合わせて新入生11,000人だそうだ. 工科大学なので, (総合大学に比べて)学部数は少ない(?)(建築・土木・環境工学部(ENAC), コンピュータ・コミュニケーション科学部(IC), 人文科学部(CDH), 理学部(SB), 生命科学(SV), 工学部(STI), 技術マネジメント学部(CDM)の7つ. 意外と多いか?)はずだが, 如何せん1万人も新入生がいるので学内に学生が多い. 今までヴァケーション中の閑散とした学内とは打って変わって, 賑やかだ. ラボメイト(と私も)の悩みは, 昼食の確保だ. どこの学食もいっぱい, キッチンカーにも長蛇の列. これが収まるのはいつの日だろうか.
スイスに戻ってから, 涼しさを感じ, そろそろ秋になったかなと油断した. 今週は暑さが復活して, 夏のような日が続いている. 気温というよりもスイス(というよりもヨーロッパかな?)では日光の強さが日本より強いことが問題だ. 夏は日焼け止めが必須で, 毎日塗りたくっていた. スイスに戻ってすぐは, 涼しかったこともあり, もう日焼け止めはいらないだろうと高を括って放置していたら, どうも顔がヒリヒリと痛い. 洗顔後に化粧水を塗ると一層痛みが増す. これは危険だ. しっかりと日焼け止めを塗らないと...
ツイッター(最近, ふと再開してみた)内で, 三宮高専のエフさんから, (この滞在記の)書籍化お願いします!!とコメントをもらった(詳しくは20Y8年08月27日を参照). 実際に言われると嬉しいやら恥ずかしいやら. ともかく, 継続して書き続けよう. 帰国したら全体(の文章)を見渡して考えるとしよう. こんな時はどうでもいいことまで考えてしまう. 価格設定だ. 確か, ガンオタ先生の本(Kindle版 ガンオタ教授のイギリス留学漂流記)は299ページで280円. 1ページ1円くらいなものなのだろうか?こういう時にはGoogle先生に聞いてみることにした. 色々な意見があるみたいだが, 分量に限らず, (私の場合)250円から300円が妥当なところだろうという結論に行き着いた. 書き上げる前から書き上げた後のことを考えるなんて, 捕らぬ狸の皮算用ですね. よくやってしまいます. 論文を書く前から, どの領域(論文誌の中のさらに細かい分野のこと)に出そうかな?と考えることも多々. 兎にも角にも, これからもいろんな出来事を書き続けていこう.
なぜかネームプレートの郵便が再び届いた. 中には前と同じネームプレートと請求書が同封されていた. どうなっているんだ?わけがわからない. 支払いが遅くなったから再送されたのだろうか?
やっとのことで完成した回路基板が届いた. ニコンがその基板を持ってきて, 「Masataka, ソルダースキル(solder skill; 半田付け能力)を見せてくれ」と話してきたので, 「よし!!見せてやろうやないの!!俺の能力を!!」と中二病的な冗談を言いながら, 回路基板を受け取った. スイスに来てから半田付けしてないので, 半年以上ぶりになる. 腕は鈍っていないだろうか?来週から本格的に表面実装素子との格闘が始まる.
娘がスイスに滞在中に診療してもらった診察代金について, ようやくケリがついた(これまでの経緯はこちら, 20Y8年06月22日, 20Y8年07月19日). クレジットカードに付帯されている保険会社が無事に支払いを完了したと日本にいる妻から連絡があった. これでこの手続きは終わった. よかった, 一安心だ.
ドラゴン先生から, 「日本の企業から来訪者がいるから一緒にランチに行こう」と誘われていたので, 彼らの研究室見学および打ち合わせの後の昼食から合流した. これまでも(スイスの)国内外から企業や大学から研究室見学や打ち合わせに来る方は多く, この日のように日本の企業さんもよく見かける. やはり世界から注目されている研究室であり研究者なんだなと実感する. ランチは大学併設のホテルのレストランを数日前に秘書さんが予約してくれていた. 大学併設のホテルの存在は妻や義母が滞在する前に調べていて知っていたが, 5つ星ホテルと非常にレベルが高過ぎて, 宿泊するなんて考えられなかった. さて, 今回はそんなホテルにあるレストランでのランチだ. ランチとはいえ, サンドイッチ一つでCHF50くらい(日本円で6千円くらい?)する高級店だ. いつもなら写真でも撮ってFacebookにアップするのだが, レストランの雰囲気に圧倒され, 写真を撮るものおこがましいような空間だったので, 全く写真は撮らずじまいだ. ひとしきり研究の話の続きや(企業さんの)専門分野のお話をしていた. ランチ後にロレックスセンターを案内しようということだったのだが, 企業戦士は次の予定のため, ここでお開きとなった.
今日は研究室のハイキングだ. スタート地点はNoiraigueというところで, 研究室で車を持っているメンバーの3台に分かれて集まった. 私はドラゴン先生の車に乗せてもらって, 5人乗りぎゅうぎゅう詰めで到着した. 9:30集合なのに, 最後の1台が遅れてきたので, 10時ハイキングスタート. ハイキングとはいうものの行きは険しい山登りだ. 急斜面の細い道をジグザグと登っていった. 私は登山用の靴ではないので, ところどころ滑って危険な思いをしたが, 慎重に歩みを進めていった. そんな装備で大丈夫か?大丈夫だ, 問題ないとは絶対に言えない. せめて登山用靴くらいの装備は欲しかったところだ. そして, 2時間後に頂上に到着した. 頂上は断崖絶壁になっていて, 景色は最高だった. 崖の表面は, 断層(地層)のようになっており, 長い自然の歴史が刻まれているようであった. 断崖絶壁に柵などはなく, 一歩滑れば真っ逆さまに落ちてしまう崖. そんな危険なところを平然と歩く登山客だらけであった. その後, さらに1時間ほど歩いて, 近くのレストランに到着し, みんなでランチを食べた. ただ, このレストランのメニューや店員さんがフランス語のみ(英語不可)だったので, 注文を一つ一つ研究室のメンバに助けてもらいながら注文した. その後, 下山してスタート地点に到着した. このハイキングで総距離 約16km 高低差 約800mだったが, 以前のサイクリング(20Y8年06月15日)ほどではなかった. 私の体力がついたのかコースがマシだったのか?その後, 行きと同じくドラゴン先生の車に乗って帰宅した.
ジュネーブで日本祭りがあると知り, 行ってみることにした. ジュネーブ駅からはトラムに乗って会場に向かう. 公園にはあちこちに屋台があり, 日本語とフランス語の表記があちこちにあった. たこ焼き, 綿菓子, 海鮮丼, うな重, 日本酒, 焼きそばなどの屋台や体験コーナーでは子供達が習字をしたり, 折り紙をしていた. また, 日本の衣類や器が売っていたり, 日本っぽいフリーマッケットもあった. 特設ステージでは和太鼓コンサート, 剣道実演, 日本の歌コーラスを実施していた. あちこち歩き回っているとトレッソンヌ チズさんにお会いした. トレッソンヌさんは新潟物産展を開いており, 加奈子さんは売り子として働いていた. 日本酒も売っていたので, チズさんの旦那さんに試飲を勧めれれ, 久し振りの日本酒に舌鼓を打っていた. その後, 在ジュネーブ領事事務所が日本酒ワークショップをしている時間になったので, そちらに出向いていった. 日本酒をフランス語で説明して最後に試飲があるそうだが, 大人気なのか着いた頃には満席で大勢の立ち見客がいた. 残念なことに急に雨が降ってきて, あちこち閉会前だが店じまいの様子だった. 最後にトレッソンヌさんのところに戻って, 八海山を購入して帰った.
研究室にコーヒーメーカーが導入されてから, 新たなルールができた. それは, コーヒー豆を順番に買い足していこうというものだ. 今あるコーヒー豆がなくなりそうになったら, どの種類の豆でもいいから, 3kg購入するという感じだ. そしてその順番は, ドラゴン先生, 私, ポスドクさん, 学生さんの順だ. そのリストを見たヤンが「自分の番になる前に論文(博士論文)書き上げて抜けてやんよ」と意気込んでいる. ヤンはこのところ, ずっと論文を書いており, 予定では11月ごろに卒業予定だとか. 何かとモチベーションにして頑張って欲しい.
一時帰国時にセルフカット用のバリカンを購入していた. もちろん, 散髪をするためだ. 前回スイスでの散髪(20Y8年07月05日)は日本人がされている場所を見つけたのだが, どうも高過ぎるし, 仕上がりもイマイチと周りの反応だった. そこでこれからは, バリカンで丸刈りにすることにした. 丸坊主にするのは高校1年生以来だ. そして, セルフ丸坊主は今回が初めての経験である. 全体は5分程度で終わったが, 細部, 特に襟足や耳の周りにだいぶ苦戦した. まあ初めてにしては, なかなか上手くいったな!と自画自賛. 高校時代も思ったが, 私の坊主頭は形もよく切れ目もない!!(これも自画自賛) ただ, 生え際がM字に後退していることに気がつきました. 丸坊主にしてみないと分からないものですね. 高校時代の丸坊主は1年の頃だけ(剣道部で幽霊になる前). あの頃は担任含めてクラスの半数(?)が丸坊主にしていたなと懐かしく思う.
ドラゴン先生の元いた職場に研究室全員で見学に行くことになった. Lausanneの駅から団体予約を取っていたので, 乗る電車には(代表の)ドラゴン先生の名前と時間帯が張り出されていて, 席が確保されていた. 2時間半ほどかけて研究所に到着. ランチの時間だったので見学前に社食でランチを頂く. その後, この企業の事業説明プレゼンを受けてから, 研究所内を見学させてもらった. 見学中, 要所要所でみんなが色々と質問したりして非常に盛り上がった見学であった. 見学後は, (こういう企業見学恒例の)ぜひうちの会社に来て下さいアピールタイム. 私は(たぶん)関係なさそうなので, 少し遠巻きに聞くことにした. ドラゴン先生の研究室出身でこの会社に就職している人もいるので, 博士学生の進路の選択肢としては大きな1つであろう.
いつもの研究室帰りに何やらmétroでトラブルが発生していた. 列車が大学前駅で止まったままであった. そして, 事情をアナウンスしているみたいだが, フランス語オンリーなので全く理解できず. そして, 私が到着してから30分くらいしてようやく発車した. この列車が遅れているので, もちろん次の駅や次の次の駅でも乗客はたくさん待っている. しかし, 満員電車に慣れていないLausanne市民たち. もっと詰めればまだまだ入るのになーと思いながら, 乗車を諦めたたくさんの乗客を眺めていた.
一週間ほど, 自分の発表のためParisに来ていた. 初めて出席する国際学会なので勝手が分からないが, 意外と日本人が多くてビックリした. 出席者の半数は日本人ではないかと思うほどだ. この学会でも色々な方と知り合ったり, もともと知り合いの先生に色々とお話を聞いてもらったり話したりして, 楽しく過ごした. ただ, どうも観光地なのが悪いのか, 会場には本来いる人数よりもかなり少ない人しかいない. オーラルの会場には発表者関係者とあと数人程度だ. 私の発表の時にも10人程度しかおらず, 残念であった...
郵便局から通知が来た. 20Y9年1月からCHF7,500以下の口座には使用料として毎月CHF5かかるというものだ. 郵便局の銀行口座にした理由の一つに維持費(使用料)がタダだということもあった. しかし, 毎月使用料がかかるのは問題だ. 金額が問題というよりも, いつ解約するかということが問題だ. 当初の予定では, 保険や賃貸や携帯といった契約で保証金を支払っているので, これらを解約した際には, その保証金が返ってくる. その保証金の受け取りのためには銀行口座が必要である. しかし, ここはスイスなので, その保証金がいつ返ってくるか分からない. 帰国前に手続きしても帰国日までに返ってくる可能性は低い. そのため, 銀行口座だけ解約せずに置いておいて, そのうちスイスに来る用事を作った際に, 引き出して解約しようと考えていた. しかし, 毎月使用料がかかるとなるとその分, 貯金が減っていく... 一番早くても20Y9年9月に期待と思っていたが, そうなるとCHF45が流れてしまう. さて, どうしたものか?まだ解決策は思いついていない...
この日の午前3時にサマータイムが終わり, 1時間ずれるようになった. 日本とスイスの時差が8時間となった. 急に寒くなったからか1時間ずれたからかどうも寝起きが1時間早まった気がする. そして, まだ早いと思って二度寝するとどうも寝過ぎてしまう. これからはきちんと目覚ましを使おう.
ドラゴン先生が, 先週の学会(何の学会かは聞きそびれた)で, イギリス ノッティンガム大学のアル先生に会って色々と話したよ, と話してくれた. アル先生は, 私がドラゴン先生のところに滞在していると知っているので, 話しかけてくれたそうだ. 私がスイスに来た時にはドラゴン先生はアル先生のことを知らないと言っていたが, 私を介して研究者同士の繋がりができたんだなと嬉しく思う. また機会があったらノッティンガムにも行ってみたいな.
住んでいる所の暖房設備は, 集中管理で自分で調整はできない仕様になっている. 温度調整だけでなく, オンオフすらも勝手に付いたり消えていたりする. 寒くなってきたこの時期くらいから暖房がつき始めたのだが, それに伴い, 食料の保存が難しくなってきた. ジャガイモはいつもより早く芽を出すし, 果物(バナナやミカンなど)は早く痛み出す. これからはそのあたりも気をつけなければいけなくなった.
Facebookで見知らぬ人からメッセージが来ていた. 普段, 見知らぬ人からのメッセージといえば, 迷惑メール的な内容だけなので, 読まずに捨てようとしていたら, どうもちゃんとした日本語(迷惑メッセージの場合は日本語がおかしかったりする...)だった. 読んでみると, Facebookのグループに「ローザンヌ日本人研究者の会」なるものを作り, その(第一回の)会合をしますという話だった. これは願ったり叶ったりな良いお話だ. ローザンヌにきて早7ヶ月, すでに滞在の2/3が終わろうとしているが, ローザンヌにいる日本人との交流が皆無であり, 毎日ラボと家とスーパーの3地点だけを移動する刺激のない日々を過ごしていた. そんな中, ローザンヌにいる研究者と(日本語で)話せるなんて, 非常に楽しみだ. 第一回の会合は, 11月17日だそうだ.
長い滞在生活が続き, ほぼ日本からの必要なものはなくなってきたが, 日本にいる妻にお願いして, いくつかスイスに送ってもらうことにした. その荷物の中に, 頼んでおいたもの以外に, お米やインスタントスープ, バースデーカード(私の誕生日が11月9日)と色々入っていた. 特にお米は嬉しい. こちらではRenensのAsian shopで日本の米に一番近い(と自分では思っている)お米を食べているが, やはり日本の米がうマイ. 早速, 妻にお礼の連絡をしたら, お米はお義母さんからの贈り物(誕生日プレゼント)だという. 有り難う, お義母さん. 日本の米を大事に食べて冬を越そう.
午前中, 研究室の学生ミオのCandidacy examがあった. 後で話を聞いたら, 博士学生は, この試験が中間試験になり, 公聴会(Final defence)が最後の試験となる. そのため, 博士課程の在学4年間で2番目に大事な試験だという. この試験は試験官(指導教員と副査の先生)以外は立ち入れず, 朝から緊張のミオが準備をしていた. 試験後, ミオは無事に通り, みんなに祝福されていた. そして夕方, ミオ主催の飲み会があった. こちらの文化なのか, 公聴会やこういう試験に通ったら, 主役が懇親会をセッティングして, みんなを招待するというスタイルみたいだ. 午後5時から学内のバーに行き, 少量のポテチと大量のビールを4時間もガンガン飲んだので, 結構ベロベロに酔っ払った. メトロの方面がみんなと逆だったので, 一人メトロに乗り込み帰路に着いた. よほどフラフラだったのか, 家の最寄駅から家に向かって歩いている途中に, 身知らぬ女性に肩を抱えられ, 「大丈夫?家はどこ?」と心配され, そのままマンションまで肩を抱いたまま, 寄り添ってくれた. その翌日出勤すると, 研究室メンバに大丈夫だったか?とみんなに聞かれたので, よほど酔っていたように見えたんだろう...
Facebookで連絡があって, 早2週間. ローザンヌ大聖堂の近くで, ローザンヌ日本人研究者の会のオフ会があった. 全員初対面だし, そもそも店に入って分かるのだろうか?と心配していたが, 店に入ってすぐのテーブルに日本人らしき人たちがすでに7人ほどいたので, すぐに分かった. 来ているメンバは分野も所属もバラバラだったけれど, ローザンヌで頑張っている研究者達ということで色んな話で盛り上がった. 参加者の立場(状況や役職)も様々で, ローザンヌの大学で博士を取りに来ている学生さん, 日本の博士課程所属で数ヶ月こちらに滞在している学生さん, 研究助成を取ってこちらで1年や数ヶ月といった期限付きで働いているポスドクさん, 企業の研究者などなど. そのため, 挨拶がわりに立場を聞くことも当たり前で, ある博士学生さんが私に「ポスドクですか?」と聞かれて, 「日本では准教授です」と答えると, かなり驚かれ, 一気に恐縮されてしまった. こちらの研究室では博士学生と同等に接してもらっているから, 別に学生さんと同じようなフレンドリーな感じでいいよーみたいなことを私は言って, 一応, 気さくには話してくれた. 立場(役職)を話すたびに"高専"ということについても話して, 若くても職位が上がっているだけで, (私なんて)大したことないよとも付け加えて言った. だいたい20代後半から30代まで(多分)の集まりだったが, やはり博士学生の若人達を見ていると昔の自分を見ているようでもあった. 初めて投稿した論文がエディターの段階でリジェクトを喰らったことを, 私と(隣に座っていた)ポスドクさんがアドバイス(?)したり, 博士を取った後やポスドク期間が終わった後の職探しや転職, それを含めた人生設計の話などにも分野を超えて, というよりも, どの分野でも共通な悩みであり, そしてそれぞれの自分の意見や考えなどを話して盛り上がった. 印象に残った初対面の人との話だと, 「お名前は?」「**です」「最近どんな式を解きましたか?」と会う人みんなに聞く数学の人がいたりして面白かった. ちょうど私に聞かれた時には, その話題の輪に入っていた材料と医療の人にも分かる範囲で, "電力"の話をした. また, 研究の話だけでなく, こちら(スイス)の生活や人の気質, 制度や手続きで困ったことなど, みんな大変な思いをしているのだなと思い, 自分だけではないんだと改めて思った. 手続きの話の際に, 賢士くんはこの滞在記を読んでからローザンヌに来たと聞いて驚いた. この滞在記は, ほぼ身内(家族や高専の人)程度しか読んでいないだろうなあと思っていたが, 一部の読者の役に立ったみたいで嬉しい限りである. 初対面の十数人の集まりだったが, 延々と積もる話をし続けて, 2件目まで行き, 25時過ぎまで楽しい時間を過ごしてきた. Facebookでこのグループを立ち上げてくれた方とこの会の幹事してくれた恭子さんには感謝感激である.
夏にスイスに来てもらい, 再会したフランス(南仏)にいる旧友(20Y8年08月12日を参照)の元へ訪問した. 会社(研究所)見学とNice周辺の観光のためだ. 研究所があるのは, ソフィア アンティポリス(Sophia Antipolis)という小さい都市であるが, 世界から1300社以上の企業を誘致し, 情報通信技術, マルチメディア, 薬学および生化学の分野の先端研究に携わる従業員の数は3万人近くに達する研究所が集まる都市だ. アメリカのシリコンバレーをフランス版に作られた都市である. 彼の研究所がある建物にも1社だけでなく数社の企業の研究所が集まっているところであった. (詳しい内容は書けないが)どのような研究開発をしているのか?欧州向けの対応や対策は?今取り組んでいる内容は?今後の展開は?などを色々伺い, 実物も拝見させてもらった. まさにInspire the nextしているところだ. 事前に聞いていたのだが, その研究所のボス(イタリア人)は, いま私が滞在している大学の出身だということもあり, 私のことも興味を持ってもらった. 自己紹介するなり, 「Masatakaは長いからMazaでいいか?ニックネームだ. Maza-sensei」と言われた. 日系企業だけあって少しは日本語の単語を知っているそうだ. 午前中に研究所を見学させてもらった後に, そのボスと旧友, さらに研究所の方々とでランチに行き, 私の研究分野の話などをして楽しい時を過ごした. 非常気さくで陽気なイタリア人のボスだなと感じた. その後は, Nice周辺の都市(Nice, Antiebes, (映画で有名な)Cannes, (ルノワール美術館がある)Cagnes-sur-Merなど)を観光した. しかし, 運悪いことに黄色いジェケットのデモに巻き込まれ, 当初の予定通りにはいかなかったが, 旧友が多大なるサポートをしてくれて無事に過ごすことができた.
第5章 冬 に続く
最終更新日 2019年01月06日