本ページは, 下記の期間の内容を書いたページである. まだメモ程度の備忘録にしかなっていないが, そのうち, 読み物として執筆完成させる予定である. ただ, ほぼ毎日書いているとただの日記にしかなっていないのでは?と思う. 知っている方が見れば何を手こずっているのだろうと思われるかもしれないが, 私なりに一日一日を精一杯生きている(おおげさ?)記録をまとめる, という位置づけにしている. 何か参考にというよりは, 暇なときに読む, 読み物程度に思って頂ければ幸いである. また, イベントといえば休日の観光なのだが, 観光の話ばかり書いていると, 遊びすぎだろうと言われてしまったので, これからは観光話は控えておこうと思う. 観光話はFacebookにでも書いておこう.
20Y8年05月31日〜20Y8年08月22日@スイス
20Y8年08月23日〜20Y8年09月03日@日本(一時帰国その2)
何度も書いておくが, あくまで経験を参考にしているものの, 本ページの内容はフィクションである. 大きな誇張表現や不正確または不適切な情報が含まれており, 登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものであることに注意して頂きたい.
11時間半のフライトを終えて, オランダ アムステルダムで乗り継ぎ(トランジット)と入国審査がある. 2か月前(以前の記事を参照)にも経験しているので勝手は知っているが, やはり妻と娘を連れてとなると状況は変わってくる. 無事にトランジットのGate(搭乗口)の番号を見つけ, そちらに向かう. 途中に入国審査があった. 2か月前の前回はパスポートと航空券を見せて会話もなく無言で通過した. しかし今回は妻と娘を連れて3人いっぺんに入国審査を受ける. 今回も何も言われずに通るかなと思ったら, そうではなかった. 「どれくらい滞在するのか?」という定番質問. 「妻と娘は1.5ヶ月で, 私は2.5ヶ月です」と答える. すると次もまた定番質問である「旅の目的は?」と聞かれた. 「私は仕事で彼女らは観光だ.」というと入国審査官の彼は 「それは君に金がかかるなー」と軽く笑顔で返してくれた. 前回は何も言われず通ったけど今回はなんでだろうか?と妻に話しを振ってみると「レディが2人もいるからよ」と微笑み返してくれた. 1人のレディはまだ生後4ヶ月ですけどね. 入国審査を無事に終え, Gateに向かったが, 何やら掲示板に"Delayed 35 min"の赤文字が表示されていた. どうやら, お昼頃の天候不順のためフライトが遅れているみたいだ. トランジットに時間がないと思って急いで歩いてきたが, 遅れているのであれば待つしかないようだ. Gate近くの椅子に座って待つことにした. 時刻は(現地時間)17時ごろ, 日本でいうと24時に相当する. それに加えての長時間のフライトでクタクタになった妻はぐったりしていた. さらに悪いことにフライトの遅延は伸びて, 結局1時間も遅れたみたいだ. フライトが1時間半くらいで, ジュネーブ空港からローザンヌまで1時間はかかる. それにジュネーブ空港に着いたら妻のデミタリフ(鉄道の半額券)を購入しないといけない. ざっと見積もってもローザンヌには21時を過ぎることになる. それを妻に伝えて早めの夕食をフライトを待っている間に取ることにした. といっても疲れて寝たりグズったりしている娘を連れて空港内のカフェには入れそうにない. 私たちが乗る便以外もあちこちでフライトが遅延していてカフェも人でいっぱいだった. 仕方なくサンドイッチとジュースを買って, それを食べることにした. 1時間遅れの飛行機に乗るために一旦, Gateからバスに乗って移動した. 国際線でバスを使うのは初めてだ. 飛行機に乗り込み, アナウンスを聞くと, どうやら1時間半のフライトを1時間で行くと言っているみたいだ. 大丈夫なのか?遅れてるから急ぐぜ!みたいなのは心配にしかならない. 私と妻の心配をよそに, 娘は機内で機嫌よく過ごしていた. 無事に1時間でジュネーブ空港に着き(本当に急いだんだ...), 私たちはスイス入国を果たした. スイス入国に感動している間も無く, SBBの窓口で妻のデミタリフを購入することにした. 夜が遅かったこともあり, 私たちで最後(それ以降に来た人は追い返されていた)だった. ギリギリセーフ... 妻のデミタリフの期間を1ヶ月か1年かどちらにする?と聞かれて, 1.5ヶ月しかいないから1ヶ月ずつを2回かな?と思って1ヶ月と答えた. しかしこれが間違いであった. 1ヶ月2回よりも1年の方が安いみたいだ. 疲労と睡眠不足で頭が回っていない私は判断ミスをしてしまった. だがそれに気づいたのは翌日であった... 長い旅であったが, 電車でジュネーブ空港からローザンヌ, そしてバスで家に着き, やっと到着した. 時刻は23時前, 日本時間でいうと朝の6時くらいだ. 疲労困憊な私たちは死んだように眠った.
1日でも早くこちらの生活に妻と娘が慣れてもらわないと心配で仕事にも行けない. 長時間のフライトで疲れたと妻は言っているが何としてでも, ここ数日で生活基盤を整えておきたいところだ. まずは, 買い出しだ. これからの生活で娘を抱えて妻ひとりで買い物に行ってもらわないといけない. いつものMigrosを紹介して, どこに何があってどう買うのかを教える. 次に昨夜間違えてデミタリフを1ヶ月で購入してしまったので, 1年にできないかとSBBの受付に交渉に行った. 受付の人は「多分できないと思うよー, 一応調べてみるけど....(パソコンを操作して)やっぱり無理だね. 」残念... 仕方なくこの1ヶ月のデミタリフを妻に使ってもらうことにした. さらにLausanne周辺で買い物やお出かけをするのにバスやmétroを使うので私と同じく定期を買うことにした. その後, 購入したばかりの定期券を持ってmétroに乗り, Riponne(リポンヌ)に向かった. 大体の土地勘をつけてもらうために少し散歩して帰った.
当たり前だが, 生後4ヶ月の娘は一人でお風呂に入れない. 日本にいるときには私か妻と一緒に入っていた. しかしここはスイス. 湯船もなければ洗い場もない. あるのは約1m2のシャワールーム(仕切りはシャワーカーテンだけ)である. 妻と相談した結果, 娘のお風呂は二人掛かりになった. まず私がシャワールームで洗う. それが終わったら妻を呼んで娘を連れてきてもらう. 私は狭いシャワールームに胡座をかいて座る. もともとシャワールームは立ってシャワーを浴びることを想定しているので非常に狭い... 胡座をかいているところに娘を座らせて, シャワーカーテンを開けたまま外にお湯が飛ばないように娘を洗う. 娘を洗うのは妻に任せた. 私は胡座をかいて娘を支えながら, 娘を洗う妻のサポートに徹している. まだまだ新婚(?)の私たちだが, 阿吽の呼吸でシャワーヘッドの受け渡し, 娘の体制がえ, 娘用石鹸の受け渡しなどを何とかやり遂げることができた. これから毎日こうなるだろう.
まだまだ妻と娘の生活基盤を整えるイベントは続く. 今日の初めにインターネットについて教えた. 私と一緒にいるときには私のスマホでTethering(テザリング)して妻のスマホを使えるようにした. 家にいるときには, マンションのWifiの設定をして使えるようになった. 問題は妻ひとりで外出するときだ. 高いけれどもプリペイドSIMを使ってもらった方がいいだろうか?一応, 手元にはプリペイドSIMはある. しかし今のところは問題ないみたいだ. 次に外出は嫌だという妻を押し切って, 緊急小児科(第2章を参照)の場所を案内することにした. 娘に何かのことがあっては大変だ. 妻を連れてChemin de Montétan 16, 1000 Lausanneにあるアンファンス病院(Hôpital de l'Enfance)に連れていった. どうも連日の疲れが溜まっているみたいなので, 帰りは路面電車に乗って帰った.
日曜日はMigrosを始めあちこちのお店が閉まっているので, 今日は家でゆっくりするかなと思っていたら, 妻がローザンヌ大聖堂(Cathédrale de Lausanne)に行きたいと言い出した. 疲れているのでは??と思いつつ, 極力歩かないように近くまでいくバスに乗って行くことにした. しかしバス停からローザンヌ大聖堂(Cathédrale de Lausanne)までは急斜面を長い階段で登らないといけない. かなり遠回りすれば(ベビーカーを押して登れる)坂道があるが, そこまでは遠すぎる. 仕方なく妻が娘を抱っこして, 私がベビーカーを持って長い階段を登ることにした. やはり何度見てもローザンヌ大聖堂(Cathédrale de Lausanne)は良い. 綺麗なステンドグラスに大きなパイプオルガンが見所だ. あとで妻から聞いたのだが, (どこからかはわからないが)螺旋階段を登るとローザンヌの町並みやモンブランアルプス, Lac Léman(レマン湖)が一望できるらしい. 今度来るときまでに調べて登ってみよう.
スイスに戻ってから初の出勤だ. 家に残してきた妻と娘が心配なので, 私が家を出たら(家のWifiを使って)連絡が取れるか試してもらった. 無事に連絡がとれ一安心. これで心置きなく大学に行けそうだ. 研究室に着きラボメンバに会うと, 日本どうだった?という挨拶とともに, みんなバタバタしている. どうやら翌日からの学会@ドイツのために午前中に研究室から出発するそうだ. 久し振りに会うのにまた1週間会えないか... 今週は研究室が静かだ.
以前から大学に行ってみたいと言っていた妻と娘を連れて大学に行くことにした. ラボメンバの多くは学会に行っていていないが, 残ったメンバの何人かと会えた. マークとマルコに会った時, マークが娘を「boy? or girl?」と聞いてきた. まだ生後4ヶ月なのでパッと見では分からないのだろう. 一応, 女の子らしい服を選んだのにー..と妻は言っていた. マルコは娘の名前を聞き, 「その名前はセルビアではミントの意味だよ, cute!!」と言っていた. そう言えば以前「マルコって日本ではどういう名前?」と聞かれたので, パッと頭に"ちびまる子ちゃん"が出てきた私は, 「女の子の名前だよ. 名前の最後に"子"をつけるのが典型的な日本の女の子の名前やで. 」と教えてあげたことがあったことを思い出した. その後, 妻と娘を連れて大学内を案内した. 妻が一番行ってみたいと言っていたロレックスセンター(Rolex Learning Center)を案内してあげることにした. この建物は日本人の建築家が建てたそうで, 柱がないにも関わらず波のように上下している建物だ. この大学には, 何ともオシャレな建物やモニュメントが多い. ロレックスセンターの内部は図書館や自習室(?)を中心に, レストランや会議室などがある. そして, いたるところにクッションがあり, 寝転がる or がっつり寝ている人が多いことでも有名(?)だ. せっかくなので, クッションを使って寝転がろうと思ったが, クッションがほとんど使われていて寝転がるのはやめにした. ここで寝っ転がるにはもっと早くから来ないといけないみたいだ. 他にも(私が知っている限りの)一通り大学を案内して, よく行くレストランで昼食をとることにした. そしたら先ほど会ったマークとマルコにばったり出くわした. まあいつもよく行く食堂は一緒なんで会うのも不思議でもない. 最後に妻と娘を大学近くの駅まで見送って仕事に戻った. これで妻は大学への行き方と研究室の場所がわかったので, いつでも遊びに来れると言っていた. (スイス基準で)安い学食とカフェはいくつもあるのでいつでもどうぞ.
日本の国際学会に行っていたマルコは, コーヒーブレイクの時に, 日本での旅行(学会後, 1週間滞在していたみたいだ)について色々話していた. 東京, 大阪, 奈良, 京都で観光したり, 富士山を登山したかったが時期ではなかったらしいので, 見るだけだったりとか1週間でかなり満喫してきたみたいだ. ただ, 良い意味での驚いたことは多かったが, 悪い方面で驚いたのは, ゴミ箱が少ないこととホテルの部屋が狭すぎることだと言っていた. 確かにここスイスでは道のあちこちにゴミ箱が設置されていて, 毎日業者が回収と清掃をしている. 一方, 日本では公共の場にゴミ箱は少ないし, 911のテロ以降, より減ったと思う. そしてホテルの部屋は, 「ベッドがあって, 机があったら, (手を広げて)これくらいしかスペースなかったよ. 椅子もあるけどどうやって座るんだ!?スーツケースなんて開けないよ」と嘆いていた. 一般的なビジネスホテルとかではそんなものだろう. 慣れている私は驚かなかったが, 他のラボメンバは驚いていた. もっと広いところに泊まりたかったら, もっと高いところに泊まったらいいよと言っておいた.
ローザンヌの3人生活にも慣れてきたので, この日はかねてより妻が行きたいと言っていた水で有名なÉvian(エビアン)に行くことにした. ÉvianはLac Léman(レマン湖)の対岸にある. 正式には, Évian les bains(エビアン-レ-バン)というみたいだ. Ouchyから船に乗って, Évian les bainsへは約35分で到着する. 国を超えているが特に入国審査みたいなものはない. (後で調べたがスイスはシェンゲン協定加盟国なので, 船だろうが電車だろうが入国審査はないみたいだ.) Évianに到着後, インフォメーションで観光マップをもらい, 街中をブラブラ歩き気付いたら, 目的地の一つであるSource de Cachat(カシャの泉)にたどり着いた. Évianの源泉であるSource de Cachat(カシャの泉)は旧市庁舎の裏手にあり, その小さな水汲み場の蛇口からは, 絶えず水が流れ出ている. 観光客も現地の人も誰でも自由にその水を汲める. 私たちは空のペットボトルを持ってきていたので, それに水を汲み今日の飲み水にした. (持ち帰り用は後でもう一度きて入れることにした) 無料のFuniculaire(ケーブルカー)に乗って, Lac Léman(レマン湖)を望もうと思ったが, どうやら展望台らしきところは見つからなかった. もうちょっと調べておくべきだったかもしれない. このあたりは別荘地やホテルが多く, こんなところで晩年過ごせたらいいねーなどと妻と話しながら散歩した.
前日が遠出(?)だったので今日は近場のVidy(の公園)に行くことにした. 妻が子供用の列車があると言っていたので, 見に行くことにした. 小さい子(0歳から10歳くらい)とその親だったり, 高校生くらいの子もおもちゃのような列車に乗っていた. この列車は公園の一部をぐるっと回って戻ってくる5分前後の乗り物だ. 初めは無料なのかな?と思ったが, 乗っている子供たちが切符を渡している. この列車の停留所近くにある売店に看板があった. 1回CHF3, 回数券は5枚でCHF13, 10枚でCHF24みたいだ. 夫婦2人と娘の合計3人でCHF9は高い... 乗るのをやめて動いている列車を眺めることにした. しばらくここでゆっくりした後, 天気もいいのでVidyからOuchyまで歩くことにした. しかし妻がクタクタな様子だ. 脱水か?熱中症か?Ouchyに着いた時にはぐったりしていた. 大丈夫だろうか?
いつもは10時からLab. Meetingがあるが, 15時からに変更だったみたいだ. 今日は誰が発表するのだろうか?そう思っていると, Exerciseだと言って先日の学会で受賞されたconferrence paperをドラゴン先生がスクリーンに映し出した. その内容に対して一人ずつ順番に, 感想を述べて回った. どの点が優れているのか?何を対象にして, どういうアプローチをしているのか?英語がクリアだ, 図(絵)のクオリティが高い...etc. そしてその感想や意見についても議論が繰り広げられる. 全員が喋り終わるまで1時間以上はかかった. こうゆうイベント(Meeting)があれば, 良いところは参考に, 悪いところはそうならないようにしようと思えるし, 何せ何かしら積極的に考えて発信する(発言する)という練習(Exercise)になる. いい機会になったとともに日本に帰ったら参考にしようと思う.
この日は, ドラゴン先生主催のサイクリング(日中)とBBQ@先生宅(夕方)だ. まずは10時にVilleneuve(ビルヌーブ)に集合して片道39kmかけて目的地であるMartigny(マルティニー)に向かう. サイクリング(とその体力)に自信のあるメンバーは自宅から集合場所のVilleneuve(ビルヌーブ)までもサイクリングしてきたみたいだ. ちなみにLausanne(ローザンヌ)からVilleneuve(ビルヌーブ)までは約32kmはある. 「ここのメンバーはみんな化け物だ」とオンジは言っていた. 確かに... 普段, 全く鍛えていない私は電車でVilleneuve(ビルヌーブ)に向かった. 10時半ごろにやっとメンバーが揃い, スタートした. Villeneuve(ビルヌーブ)の駅前からレマン湖(Lac Léman)沿いに進み, ヴォー(Vaud)州とヴァレー(Valais)州の境目にあるローヌ川(Le Rhône)に着いたら, この川沿いに目的地に向かうルートだ. 私の自転車は前日にドラゴン先生に借りたもので, 日本でいうところのロードバイクだ. (ここではシティバイクとか言っていたような気がする. ) ロードバイクなので車体は非常に軽く, 少し漕ぐだけでグゥンっとスピード出る. ただ, 日本のものとは異なり, ブレーキの左右が逆だった. 右手のブレーキが後輪, 左手のブレーキが前輪である. それをメンバに話したら, 「でもこの自転車は日本製やろ?Shimanoって書いてるやん」と言われた. 確かにシマノ(Shimano)は世界最大規模の日本の自転車メーカーだ. しかしいくら日本製でも海外で販売しているものは海外仕様になっている. なかなか慣れないブレーキに戸惑いながら走り続けた. 予定では休憩を入れて片道2時間くらいのペースだ. 単純計算でも平均時速20km以上出していることになる. 他のメンバーに遅れないように並走したり, 縦に走行したりして何とか走り続けた. 平地では体感速度で時速40kmくらいは出ていたんではないだろうか. ちょうど平地でスピードに乗っていたころ, だいたい行きの半分の20km地点くらいだっただろうか, 必死に走っていると私の前を走っていたオンジが道の縁にタイヤを取られ, 急に転倒した. 真後ろにいた私は「危ない!このままでは巻き込まれてオンジにクラッシュする!?」と思い, 急ブレーキをかけた. 幸い, オンジにはぶつからなかったものの, ブレーキをかけた途端に下半身が真上に持ち上げられ, 頭が地面に近づいてきた. あとで冷静になって考えたら, 咄嗟の判断で急ブレーキをしたが, 無意識に左手のブレーキに力を入れてしまっていた. そう, この自転車の左手ブレーキは前輪である. 前輪を強く止めてしまったせいで車体が回転し, 下半身が持ち上げられ, 頭から落ちてしまったのだ. 転倒直後, 右腕と右肋骨が痛くて, 立つことができなかった. みんな心配して声をかけてくれるが, パニックになって日本語と英語を入り乱れて叫び, しばらく地べたに這いつくばっていた. 多分, 肋骨は折れたかヒビが入ったかしただろう. 5分, いや10分だろうか, ずっと立つこともできず地面で寝っ転がり休み, ようやく自転車に復帰した. 最寄りの駅までは数kmも先なので自転車に乗るしか選択肢はない. 呼吸をするだけでも痛い肋骨の痛みを抱えながらゆっくりながら自転車を走らせ, 30分遅れくらいで目的地のMartigny(マルティニー)に着いた. 自転車を降りると, 転倒の痛みと長距離を走った足の筋肉痛で, 生まれたての子鹿のようにガクガクと震えていた.
ヤンが予約していたMartigny(マルティニー)のステーキハウスでラボメンバとランチを取った. 電車でMartigny(マルティニー)まで来てランチに参加したメンバやサイクリングを片道だけしてランチ後に電車で帰るメンバもいた. ランチをしながら, 普段話していない修士の学生と話していて, 32歳だというと信じてもらえない「おいおい嘘だろ?32歳じゃなくて22歳だろ?」と驚かれる. そして准教授(准教授でもProfessorというので余計だが)だというとまた驚かれる. 確かに博士学生の多くが私より年上で学生している中, 32歳でProfessorというと驚くのも無理はない. 私も准教授というポジションはまだまだ荷が重い. 面白がってニコンまで「Masatakaはスーパーサクセスしたんだ, だろ?」などと言っている. まあこうやって学生だろうが教員だろうが対等に話してくれるので, こちらでは楽しく過ごしている. さて, ランチとデザートを済ませて, いよいよ帰り道だ. 帰りは行きに比べて下りが多い(はず)なので, 少しはマシだろう. それに転倒の痛みも残っているが, 少しは回復した. しかし走り出してみて嘘のように身体が重い, 足に力が入らない. どうやら行きの最後はアドレナリンがバンバン出てまだまだ走れる!と身体が麻痺していたが, ランチタイムに休憩して, 一気に疲労がのしかかって来た. 呼吸が大きくなってくるとともに, 肋骨の痛みが増す. こんな状態でラボメンバについていくのがやっとだった. 途中, エーシーが道を間違えたので戻ってくるまでだいぶ長い休憩を取っていたが, それもつかの間, すぐに全員で走り出した. すると, 5kmも行っていないところで, プシューシューシュー!!と嫌な音と足に吹き付ける風があった. どうやら後輪のタイヤがパンクしたみたいだ. 近くを走っていたヤンに助けてもらってスペアチューブに交換してもらったが, タイヤ自体がかなり傷んでいるため, またすぐにパンクしそうだと経験豊富なヤンが言った. というわけで, 続行不能, 離脱することになった. ある意味ちょっとホッとした自分もいた. このまま帰り道を完走できただろうか?気合いで何とかできたかもしれないが, もっと身体はボロボロになっていただろう. パンクを修理してもらってから, 2km先の最寄り駅まで行き, 電車で帰ることにした. 自転車を降りて自分の身体の状態を実感したが, どうも歩くのすらままならず, かなりゆっくりとしか歩みを進めることができなかった. オンジが「Masataka, 俺より若いだろ?」と言われたが, 普段何もしていないので年は関係ない... オンジは「去年の俺がそうだったよ」と言っていた. オンジは去年から学生になったので同じくサイクリングでボロボロになったとのこと. それから一年鍛えたと. なるほど, みんなちゃんと普段から鍛えているのね. これは私も鍛えないとと思った.
身体は筋肉痛と打撲で満身創痍の状態で帰宅し, 一息ついてからドラゴン先生宅に向かう. 妻と娘を連れて, バスで向かうが, どうも足が動かず, 娘を抱っこしている妻よりも歩くのが遅かった. ドラゴン先生の家に行くのは初めてだったが, たまたまオンジ家族と行きのバスが一緒だった. 一緒にドラゴン先生宅に行った. ドラゴン先生宅でのBBQはバルコニーにBBQセットが置いてあり, そこでじゃんじゃん肉を焼いていくスタイルだった. そのほかにもドラゴン先生の奥さんが用意してくれた料理を食べて, ひたすらみんなが喋っていた. あの距離のサイクリングをしてきたというのに, みんな立食パーティ形式でずっと立って話し込んでいる. 疲れていないのか!?しかもドラゴン先生は翌日, 息子さんと別のところにサイクリングに行くのだとか. 鍛え方が違う... 途中, セルビア(ドラゴン先生の母国)で有名なラキヤ(アルコール度数40-60%)というお酒を飲む流れとなり, みんなでこのキツイ酒を煽った. 飲み干したら, 「emptyか?飲め飲め!」ってな具合で注いでくる. ノリが男子大学生のノリだ. まあほぼ全員学生ではあるが. そんな猛者たちの中, 一緒に連れて来た娘は泣かずに遅くまで参加できた. 22:30になりまだまだ終わらなそうだったので, お暇することにした. 帰るって言ってからも何やかんや盛り上がり, 結局, 23:04のバスに乗り帰った. 後日, ラボメンバとその日の続きを聞いたら, 23時半くらいまでドラゴン先生宅にいて, まだ飲み足りないからFlonで 3時くらいまで飲んでいたそうだ. 体力もそうだが, みんな身体の作りが違うのではないかというくらいタフな奴らだ.
Migrosのかごは, 手持ちの小さいかご, ちょっとだけ大きくてキャスター(コロコロ)つきで引くもの, そしてカートだ. これまではそんなに多くの買い物をしなかったので, コロコロのかごで十分だったが, 夫婦二人で買いだめするためには, そのかごでは小さ過ぎる. 初めて大きなカートを使おうと思ったら, どうやらコイン(CHF2 or CHF1)が必要だった. コインを入れると鍵が解錠され, カートを使え, またカートを所定の位置に戻して鍵をかけるとコインが返ってくるという仕組みだ. その様子(他のお客さんがそうしている様子)を見て, 早速, 試しにコインを入れようとしたが, 財布にCHF5が1枚だけで, CHF2 or CHF1のコインがない... 戸惑っていると, 親切なおばちゃんが(先ほどの仕組みを)教えてくれるとともにCHF1硬貨をくれた. 有り難う, おばちゃん. 買い物が終わっておばちゃんを探したが, 見つからず... CHF1コインは返せなかった.
「スイスは物価が高い, マクドも高い」という話をスイスに来る前から聞いていたので, 未だマクドには行ったことがなかった. (そもそも外食が殆どないが. ) せっかくなので一度でいいから試してみようと妻と話をして, 買い物帰りにマクドに寄ってみた. ハンバーガーが単品でCHF10以上するし, ものによってはCHF20もする. 確かに日本に比べたら高いが, スイスの物価の高さを考えたら意外と安く感じてします. 感覚がスイス基準になってきた. しかも単品だとCHF20以上するのに, セット(ハンバーガー4種類の内から1個, ポテト, ドリンク)でCHF8.9だった. なぜセットだとそこまで安いのかはよくわからない...
深夜2時前に妻に急に起こされた. 何事だ!? どうやら大阪で大きな地震が発生したみたいだ. 震源地が私の実家に非常に近く心配になった. LINEやメールで家族の安否確認を取り, 次に研究室の学生さんたちの安否確認を取った. みんな無事でよかった. 公共交通機関(特に大阪から三ノ宮間)は大ダメージを受けていたが, 三宮高専に近い学生は揺れすら感じなかったとのこと, 後日, 落ち着いてから実験室の物品の被害状況を学生さんに確認してもらったが, 特に問題なかったとのことだった. 妻の実家(私の日本での居候先)では, 私のグラス(4つで100円)の安物だけが割れただけだったそうだ. 高いワイングラスを入れている食器棚に耐震のつっかえ棒(コーナンで買ったもの)を取り付けてたから倒れずに済んだみたいだ.
三宮高専の事務室から児童手当の現況届を提出するようにと言われた. え?提出しろと言われてもスイスにいるんですけど... どうやら児童手当のチェック(ちゃんと子供を面倒見ているか)は6月1日が1年の初めらしい. なんで??そんな中途半端な... 文句を言っても仕方がない, 市民税の課税証明書と世帯全員の住民票を日本にいる家族にお願いして対応してもらった. こういう事務手続きは海外在住の身としては不便に感じる.
外務省の在留届を提出していると, 在スイス日本国大使館からメールマガジンが届く. 何かしらのイベントがあって(大きなことだと)テロや(小さなことだと)すりなどに気をつけるようにと注意喚起してくれる. 危険だと情報があったらその場所には近づかないということも重要だ. さてそのメールマガジンの中に「ゴルゴ13の中堅・中小企業向け海外安全対策マニュアル」サイトというものがあった. 早速, 妻と二人で動画鑑賞. なかなかわかりやすく, そしてゴルゴ感(?)を出したテイストになっていた. 海外に旅行または在住する方はぜひ視聴してもらいたい.
夜中の10時半ごろ, 妻と明日から出かける旅行の電車の乗り継ぎの話をしていたとき, 事故は起こった. 娘がベッドから落ちて頭を打ち, ギャン泣きしたと思ったら嘔吐してしまった. おそらく胃の中の全てを吐き出したのだろう. いつもの軽い嘔吐とは比べものにならないくらいだった. 打ち所が悪いかもしれないし, 泣き方も尋常じゃなかった. 一旦は泣き止んだが, 様子を見つつ, 妻が"赤ちゃん 頭を打った"などでネット検索をした. やはり頭を打ったということは心配なので, 娘と(嘔吐のかかった)私が着替えて, 緊急小児科に行くことにした. 時刻は11時を過ぎ, バスもまばらにしか走っていなかったので, 歩いて行くことにした. 20分ほどで病院に着いた. ベットから落ちた後にギャン泣きしてからは娘はその後一切なくこともなく, 嘔吐もなく病院に着いた. 着いた頃にはスヤスヤと眠っていた. 病院に着くと2,3組待っている親子がいる. どうやら受付の前にお医者さん(もしかしたら看護士さん?)に状況を説明した. 幸い英語は通じる方だったが, 普段は使わない英語("ベットから落ちて泣く"までは言えるけど, "吐く"や"後頭部"や"こぶ"ってなんて言うの?)に夫婦で苦戦しながらも, 何とか伝えることができた. 何やらパソコンに打ち込んだと思ったら「そこで受付してください」と言われた. 何のことかよくわからないが, 事務受付のところに行き, なぜか再び娘の状況を説明する. その後, 保険を見せろと言われ, 日本で入っている保険の証明書を出した. やはり証明書を手に入れていて正解だった. (出国準備を参照). しかし証明書の担当者(または代表者?)のサインだけしかなく, 読めないと受付の人に言われた. 日本人っぽい筆記体だったので何とか私が読み(予想し?)日本人らしい名前だと言うことを確認して紙にその名前をブロック体で書いた. さらにその保険会社の住所が書いてないと言われ, ネットで会社名を入れて調べ, 住所を再び紙に書いた. その他にも現住所とスイスの連絡先(電話番号)や日本での住所と日本の連絡先などを事細かに聞かれてそれを受付の方が打ち込んでいく. スイスでは観光客や移民などいろんな人が住んでいるので, 一つ一つ確実に調べないと信用してもらえないのだと後で聞いた. しっかりしている分, 安心なのだが, こうゆう緊急時にもこうやって時間を取られるのは精神的に参ってしまった. やっとこさ受付を済ませたら, ドクターを待つように言われ待合室で待つことになった. しかし, いつまで経っても呼ばれる気配がない. 病院に来た時にいた親子はまだ呼ばれずにいた. 順番に待合室にいた子供たちが呼ばれ, ようやく私たちの番になった. もう待合室で日をまたぎ, 2時間弱は待っただろう. 案内された部屋でお医者さん(もしかしたら看護士さん?)に言われるがまま娘の服を脱がし, 事情を説明しろと言われた. また??パソコンに打ち込んで情報共有しているんやないの?これで3回目だ. 私と妻はそう思いながら同じように片言の英語で説明した. 3回目も英語で説明した私たちであったが, 私たちの発音が悪いのかフランス語なまりの英語に向こうが慣れているからなのか, 三者三様に, ところどころ簡単な英単語でも意味が通じないことがあった. 何とか伝えきった後に「どこにコブ?え?これ?わかった, ちょっと待ってて」と言われその人はどこかに行ってしまった. 確かに待っている間に後頭部のコブは少しだけ治まりつつあった. するとまた別の女医さんが来て, 「何があったか教えて?」と言われた. またー!?妻と二人で笑ってしまった. もう笑うしかない. 同じ説明をして今度は娘のあちこちを隈なく触診して, 「大丈夫そうね. 」と言ってくれた. 妻が「明日から旅行に行くんだけれど, 大丈夫ですか?」と聞き, それも大丈夫だと聞いて一安心したみたいだ. 最後に支払いはどうしたらいいかと疑問に思ったが, 特に払うこともなく, (呼び止められることもなく,) 病院を後にした. おそらく後から請求が来るだろう. こうして何事もなく無事を確認した私たちは家路へと着いたのだった. 帰宅した頃には3時半すぎ. 元々の予定では明朝8時の電車に乗る予定だったが, さすがにこれは遅くしようと話し合った.
一時帰国した際(20Y8年05月18日 出勤を参照)に提出した適用証明書(保険や年金が日本のものが適用されると言う証明)がまだ届かないどころか連絡すらない. もう提出して1ヶ月は経とうとしている. 三宮高専の事務の方にも何度か聞いているがまだだそうだ. そしてこの日にやっと連絡がきた. どうやら大学の住所が非常に短いからこれは間違っているのではないか?と返送を食らったみたいだ. いやいやいや合っているから!!こっちの住所は短いもんなの!!三宮高専の事務の方には仲介してもらってお手数をかけてしまっている. そもそも返送なら, もっと早く言えや!!本当にこう言う事務手続きがイライラする.
私は全くサッカーに興味がないのだが, どうやらこの時期にW杯があったみたいだ. そしてこの日, スイス戦(相手は忘れた)があり, 研究室では何人かがソワソワしている. 夕方, ドラゴン先生が帰ったことを学生が確認した後, 一番奥の部屋に何人か集まっていた. そこにエミが来て, 「Hey, みんな今日はどうす・・(ぱかっと, 冷蔵庫を開ける. ビールがいっぱい入っていることを見る), OK, わかったw」すでにマークとエーシーあたりが調達済みだったみたいだ. 研究室のミーティングルームの大型スクリーンにサッカー中継を写し, ビールを煽りながら観戦していた. やはりどこの国もどこの研究室も学生は学生だなと思い, サッカーに興味のない私は集中できそうにないので, 帰ることにした.
Migrosで買い物をする際, 会員カードをかざす. その買い物が2ヶ月でCHF500単位(500, 1,000, 1,500, ...)の買い物をするとCHF500ごとにCHF5の割引券が届く. そして, CHF500以上の買い物した履歴(例えば2ヶ月でCHF513ならCHF13は繰り越し)は次の2ヶ月に回すみたいだ. そして, この日にCHF5の割引券を手にいれた.
妻とともにスイスに入国した際に, 妻のローザンヌ内の定期とデミタリフカードを1ヶ月で購入した(20Y8年05月31日を参照). その翌日に1年にできないかと交渉したが無理だったことが悔やまれた. そしてそれから早1ヶ月が経ち, 次の1ヶ月を申し込みにSBBに向かった. 窓口で担当したおじさんは優しそうな感じだったが, ゴモゴモと喋っているせいで英語が聞き取りにくい. 妻も私も時折「ん?」みたい顔をしながら話をする. 1ヶ月の定期が切れるので, 次の1ヶ月をお願いしたのだが, なぜか1年の定期を(作業用PCに)表示していた. いや1ヶ月だけでいいからというと「すでにデミタリフの1ヶ月でCHF120払ってるだろ?1年のデミタリフはCHF185だ. だがら差額のCHF65を払ったら1年にできるよ」とのこと. えー!?1年にできるの!?1ヶ月前の時には無理って言われたのに..(20Y8年06月01日を参照) 担当者によって手続きの可否が変わるとかどうかしていると思う. そう言えば, 加奈子さんからも似たようなことを言われたような気がする... きちっとしているように見えて意外と雑なスイスであった.
携帯電話を契約した際(20Y8年03月23日 携帯電話を参照)に, 割引のために娘のID(パスポート)のコピーがいると言われていた. SBB(ローザンヌ駅)の近くにある携帯ショップに寄り, コピーを渡しに行くことにした. 以前担当してくれた若い兄さんがいたので, これは話が通じやすいと思い, ホッとした. その店員さんは他のお客さんを対応していたから少し座って待つことにした. すると別の店員さんが, 「ご用件は?」みたいなことを聞かれたので, 通じるか不安であったが, 訳を話したところ, すぐに理解してくれた. 思いの外, 対応が早かった. やはり競合他社の多いお店の店員さんは対応がしっかりしていて話もすぐにわかってくれるんだなと思った.
だいぶ伸びっぱなしになった髪を切りにLausanneの美容院に行くことにした. 前回は日本に一時帰国した際に行きつけのところで散髪してもらって, しばらく来れないという話をして(散髪したての)髪型を写真で撮ってもらった. そして, スイスでの初めての散髪だ. 事前に色々調べてみたら, 日本人の髪は(こちらの人にとって)切りにくく, そのため仕上がりが非常に悪いという噂があったので, 日本人がよく行く or 日本人がされている美容院を探した, すると, Facebookで日本人の方がされている美容院を見つけたので, アポなしで行くことにした. そもそもまだ英語(もしくはフランス語?)で電話(予約)することに自信がなかったので, 直接行って, 今日か別日にでも予約取れたらなーと思ったら, たまたまキャンセルが出たところだったみたいで, すぐに対応してもらえた. 受付にいたお姉さん(多分, 現地人)は英語もできるようだったので, 次からは頑張って(英語で)電話予約しようと思う.
お土産やらもう使わなかくなったものを日本に送るため, ダンボールを抱えて郵便局に行った. 窓口で対応してくれたのはちょっと年のいったおばちゃんで, どうもフランス語しか通じなそうだった. 荷物を日本に送るっていうところまではスムーズに伝わったが, 中身に何が入っているのか?というやりとりに非常に難儀してしまった. 妻が「white wine」といっても, どうも通じない. それくらいのフランス語は覚えていたので「Vin Blanc」というと「あーVin Blancね!!ワインって言ってくれてたのか, 私分からなかったわ!」とビックリするとともに大笑い. 何がそんなに面白いのか分からないが, とにかく陽気なおばちゃんだった. その後も何度も聞き間違いを繰り返しながらフランス語と英語混じりで何とかできたが, 終始, おばちゃんは笑いっぱなし. 途中に英語のできる若いお姉さんが出てきたので一気にことが進んだが, 最後に「CHF318」とおばちゃんが(英語で)言ったのが, どう聞いても「CHF380」にしか聞き取れず, 多めにお金を出して, また大笑い. なかなか窓口対応に時間がかかったが, こんなに陽気に対応してくれるおばちゃんで良かった. 日本だったら(窓口対応の)仕事中に大笑いしていたら, きっと炎上しているだろう. やはり日本ではみんなゆとりがないのかなと妻と話して帰った.
何が原因か不明だが, 妻の右瞼(まぶた)が大きく腫れてしまった. 「めばちこが出来て"お岩さん"みたいだ」と妻が言っていたが, "お岩さん"って??(調べたら目が腫れた幽霊だった. この幽霊のフォルムは見たことあるが, "お岩さん"という名前だったとは知らなかった.) 日本だったらすぐにでも眼科に行くのだが, ここはスイス. スイスでは, 病院に行ったら, まず, かかりつけ医(担当医?ジェネラルドクター?)に診てもらって, アドバイスや処方箋をもらって数週間かかり, それでも症状が良くならなかったら専門医に招待状を書いてもらえるシステムだと聞いていた. 私はスイスでの健康保険に入っているので, (会ったこともないが)一応, 担当医もいる. しかし, 妻の場合はクレジットカードの保険にしか入っていないので, 当たり前だが担当医もいない. だからと言って, Urgence(緊急)病院に行くほどでもない. 結局, 薬局に言って症状を言って目薬を買うことにした. 薬局のおばちゃんが妻の瞼を見て, 症状を話して, 目薬を選んでもらった. この目薬を3時間ごとに差して, 明日様子を聞かせてとのことだった. 翌日, マシになったかどうか分からない程度の変化で, 再び薬局に行き, 診てもらうことにした. すると, さらに強いという目薬を出されてどちらも使うようにとのこと. 本当は娘に母乳をあげているので目薬も使わない方がいいらしいが, 背に腹は変えられない. その後, 1週間経ち, ようやく腫れが引いてきた. 大事に至らなくてよかった.
そろそろ妻と娘の帰国準備を始めることになった. 手荷物に収まらないものは日本に郵送する. そして, その荷物を詰めるダンボールが必要だ. まず初めに思いついたのが, 郵便局のダンボールだ. 郵便局では専用のダンボールが売っており, いくつかのサイズがある. 一番大きいものを買ってみたが, どうもサイズが小さい. (もちろん使ったが. ) そこで, 妻が調べたところ, MigrosやCoopなどでダンボールをもらっているとブログに書いてあったらしい. 妻と一緒にMigrosに行き, ダンボールを探した. まず見つけたのが, ダンボールのゴミ箱(?)だった. 店員さんが商品を陳列した後のダンボールが畳まれて積んでいた. しかしどれも無造作にダンボールが破かれていたり, そもそも箱になっていない(上と下が分かれているタイプやら)ダンボールが多かったりとなかなかちょうどいいダンボールは見つからなかった. そこで作戦を変えて, 商品を陳列している店員さんを探すことにした. それでも先ほどと同様に, 完全な箱になっているダンボールは少なく, 何人もの店員さんの後をつけてダンボールを品定めした. 最後に美容品や風呂用品近くで商品を陳列していた店員さんが持っていたダンボールがちょうど良さそうなサイズだった. 妻と二人でダンボールが欲しいということを伝えて, もらうことにした. (ただ, 本当に欲しいサイズのダンボールはまだ商品が残ったままバックヤードに帰っていった...) 思っていたよりは小さいが郵便局のダンボールよりは大きめのサイズのものを3つほど見繕い, ダンボールだけ持って, Migrosを後にした.
生後まもない娘の長時間のフライトには, 妻一人では到底, 対応できない. 行きは私が付き添ったが, 帰りは別々だ. そこで, 有り難いことに義母が妻と娘が帰国する1週間前のこの日に来てくれて, 帰りの便でサポートしてもらうことになった(20Y8年03月19日を参照). 義母がスイスに来るフライトは, 1ヶ月前の私たちと同じ時間なので, ジュネーブ空港に着くのは夜で, ローザンヌに着いたら21時くらいにはなってしまう. 右も左もわからない義母のサポートのため, 妻と私はジュネーブ空港までお迎えに行くことにした. 妻は約1ヶ月のスイス生活で電車移動やバス移動に慣れて, 空港までも何てことなくこなしていた. そして, 空港では待っている間に, 来週, 出国する際に座る場所や授乳をする場所, 手荷物預けゲートや出国ゲートを確認した. 予習に抜かりはない. 無事に義母が乗った飛行機が到着して, 到着ゲートで再会した. ローザンヌに着くと義母が泊まるホテルまで荷物を持って歩き, 晩御飯はホテルに併設されているレストランでとることにした. 四つ星ホテル併設のレストランだけあって, 非常にリッチなディナーを堪能した.
妻と娘が帰国する直前になり, もう一便, 日本に荷物を送ることにした, 2週間前のことがあったので, 色々と心配ではあったが, 窓口で対応してくれた青年は英語が話せたので, スムースにやり取りが上手くいった. しかし, やはり80と18が聞き取れない. どう聞いてもエイティとしか言っていないのに18だと. 私も妻もそこまで英語が得意とは言えないが, これくらいの数字は聞き取れるはずだ. どうもフランス語圏の訛りなのだろうか?未だによく分からない.
長いようで短かった1ヶ月半の妻と娘の滞在が終わり, ジュネーブ空港まで見送りに行った. この滞在記(夏から)には観光的なことは省略しているが, 休みの日にはスイスの各地に観光に行って楽しい思い出がいっぱいできた. 空港で別れてから, その後はずっと心配だった. 家に帰っても何というか喪失感というのか虚無感というのか落ち着かず, 「一旦整理しよう」ということで部屋のあちこちを掃除して片付けてみたけれど落ち着かず... スイス時間の深夜2時前(日本時間 朝9時前)に関西国際空港だったので, 眠れず, ずっと連絡を待っていた. (しかし到着直前で寝てしまった...) 無事に着いたという連絡があって一安心した.
短かった1ヶ月半の妻と娘(生後4ヶ月半〜6ヶ月)の滞在だったが, 娘の成長は著しいものであった.
1ヶ月の娘の成長
・娘の寝返りが初めてできた(生後5ヶ月ちょうど)
・寝返りが自在にできるようになった(生後5〜6ヶ月)
・赤ちゃん言葉のフランス語には反応するが, 日常会話のフランス語は無反応
・日本語と英語はなぜか聞き入るよういにじーっと見ている
・言葉らしい音を発するが, まだ言葉にはなっていない
・話しかけてくれる見知らぬ人には笑顔で対応するが, 幼い子(特に男の子)が寄ってくると泣く(人見知りか?)
・我々の食事姿をじっと見て, 指を加えて, ヨダレがだらだら落ちる. (離乳食スタートOKの合図) 離乳食スタート時期だが, スイスではせず, 帰国後に予定
・匍匐前進しようとするが進まず, 今後の課題
今後の予定
・6ヶ月検診を受ける(これのために帰国せざるを得なかった)
・お尻を上げて、ハイハイができるようになる
・離乳食を食べられるようになる
・言葉を発する
一番成長する時期にまた会えなくなるが, 私はスイスで頑張ります.
妻が帰国する前から, 最後の最後まで郵送できなかった娘の服やおもちゃを詰めて日本に送るようにと言伝されていた. 一人になって色々と物思いに耽りながら荷物を詰めて3度目の郵便局に向かう. このとき対応してくれたお姉さんは英語もできるし, 対応も早くて丁寧で助かった. ただ, 宛名書きの用紙をくれずに, 何かの裏紙に書くように差し出されて, てっきりそれを書き写してくれるのかな?と思っていたら, それをそのままダンボールに張り出した. 丁寧なのか雑なのかよくわらかない.
また事務的なお話. 三宮高専の事務の方から, 乳幼児女性の報告を出すように言われた. 児童手当などに関係するものらしい. しかもどういうわけか年度始めが6月1日なので, 6月1日時点での報告だとか. なんでこんなに中途半端なのだろう. 日本に帰った妻に報告書を書いてもらい, 職場の三宮高専まで郵送してもらった.
6月22日に娘が深夜に頭を打って, 緊急小児科で診てもらって医療費の請求が日本に届いた. クレジットカード会社に連絡してどう対応するかを聞いた. 一応, 金額が保証内なので支払いはなさそうでよかった.
2週間に1回のマンションの地下洗濯室の利用を心待ちにして, 洗濯物を大量に残しておいたこの日, 待てども待てども鍵が来ない. 利用時間が18-21時なので,
18時から何度も受け取り場所であるマンションのポストを確認しにいったが, 鍵がない. 結局21時までもらえなかった. 大量の洗濯物は翌日に持ち越された. 鍵がなかったので, 鍵がもらえなかったから次は早くくれというメッセージを紙に書いて管理人さんのポストに投函した.
2週間後(08月03日)の地下洗濯室利用の日, この日も鍵はもらえなかった. 管理人さんのポストを覗くと紙に書いたメッセージを含む郵便物がポストの中にあった. もしかしたら, 管理人さんヴァケーションでいないのでは?いないならいないって言って欲しい...
何度も書いておくが, あくまで私の経験を参考にしているものの, 本ページの内容はフィクションである. しかしながら, いつものように日本にいる学生とSkypeでディスカッションした後に, 学生の数名(近場くん, 北川さん, 大宮くん)がこの滞在記に登場したいと言ってきた. しかもそれぞれの名前まで考えているのだとか. せっかくなので過去のイベントの話を編集して登場させようと思う. 気になる方はしばらくしてから過去の滞在記を探してみると面白いかもしれない.
ガンオタ先生との伝手で知り合った藤木先生が今はノッティンガム大学で, 私と同様に海外研修(サバティカル)中だ. その藤木先生が研究打ち合わせと大学(研究室)見学のために, ローザンヌに来訪された. ローザンヌ駅で待ち合わせて, ホテルに荷物を預け, 大学へ. ドラゴン先生がヴァケーション中なので会えなかったが, 事前に研究室見学の承認はもらっているので, 研究室を紹介して回った. 久し振りの面と向かっての日本語の会話ということもあり, 藤木先生とは様々な話をした. その中で, ノッティンガム大学に滞在する日本人は会う人全員が, Kindle版 ガンオタ教授のイギリス留学漂流記を読んでいると話していた. あの本, 確かに役に立つからな. しかし藤木先生によるとイギリスの生活もだいぶ変わってきているので, アップデートが必要だから第2版または新作を書くつもりかもしれないとのことだった. 今から第2版が楽しみである.
日本ではエアコンが生活必需品だが, スイスでは涼しいのでエアコンも扇風機も部屋にない. ただ今夏はどうも例年よりも暑いみたいだ. 私が住んでいる部屋は風通しも悪く, どうしても我慢できそうにないので, 扇風機を買いに行くことにした. しかし, 例年にない猛暑が続いたので電気屋さんの扇風機は売り切れ続出... 扇風機探しの旅はまだまだこれからみたいだ. 4店舗目にしてようやくお手頃な扇風機を見つけて購入. 数週間しか使わないだろうが, この暑さはどうしようもない. この扇風機一台でこの夏を乗り切ろう.
ようやく適用証明書が三宮高専 事務室に届いたという連絡を受けた. 一時帰国の際に受け取りにいこう. これでスイスに年金を払わずにすみそうだ.
在留届を提出しているので, 安全に注意しないといけない情報が外務省や在ジュネーブ大使館からメールで届く. この日もらったメールはイスラム教の犠牲祭が8月21日-24日頃まであり, テロに気をつけろというもの. その期間はスイスから日本に移動する日だ. そうだったのか, それならもう少し早い便にしておけばよかった..今更変更はできそうにないので, 何も起こらないことを祈る.
大学時代の友人がフランス(南仏)に先月から赴任していると聞いて, 連絡を取っていると意外と近いことがわかったので, 会うことにした. 今回は彼がローザンヌに来てくれることになった. 私が博士学生時代に, (すでに働いていた)彼は会社のリクルータとして大学に来ていた時を最後に, かれこれ7年ぶりの再会だ. ローザンヌ駅で彼と会ったのだが, 一緒にいた奥さんとはぐれてしまったみたいだ... 駅に着いてトイレに行こうとしたら現金(硬貨)が必要で, それを(紙幣から)崩しに行って, それきりはぐれたみたいだ. ここローザンヌ駅のトイレは有料だった. 大丈夫か?と心配だったが, 携帯電話も持っていたので, 数分後に合流できた. ローザンヌ観光といえば, 一番はローザンヌ大聖堂だ. métroに乗ってローザンヌ大聖堂に向かう. 日曜日だったこともあり, 観光客でいっぱいのローザンヌ大聖堂だった. 中には団体の観光客もいて, ガイドさんが話している. 参考までに聞いておこうと近寄ってみると説明がフランス語. これはわからない..友人もフランスに赴任しているが, 私と同様, フランス語は挨拶程度だ. しかし, その団体観光客の中に大学生くらいの日本人もいた. フランス語がわかるのかだろうか?
ローザンヌ大聖堂を後にして, 昼食を取りにレストランを探すが, 今日は日曜日. ローザンヌの旧市街地ではほとんどが開いていない. 日曜日でも開いているOuchyに向かった. Lac Léman(レマン湖)を眺めながら, 昼食を取った. スイスだけでなくこちらでは普通, 飲み水が有料なのだが, 無料の水もあると教えてくれた. carafe d'eau (飲める)水道水というフランス語だ. 日本風に"お水下さい"という時は「une carafe d’eau s’il vous plaît.」というとカラフやピッチャーに入れた水道水を持ってきてくれるらしい. 今度からそう頼んでみよう.
昼食後に大学見学がしたいということで再びmétroに乗って大学を目指す. しかし今日は日曜日. 建物は施錠されているので, 外から眺めてもらうだけだった. 幸い, 観光スポットでもあるロレックス・ラーニング・センター(Rolex Learning Center)は開いていたので, そちらを案内した.
丸一日でローザンヌ市内をあちこち回りながら, 久し振りに色んな話もできて楽しかった. 今度は私が南仏に向かって, 観光+会社(研究所)見学をさせてもらうことを約束した.
去年まで三宮高専で私の研究室に居て, 今年度から新潟技術科学大学に編入した塩屋くんが帰省のため神戸に帰ってきた. そのついでに, 三宮高専の研究室にも寄ってもらい, 来年度から新潟技術科学大学に編入する後輩たちに大学の話をしたり, 研究についてアドバイスしたりしてくれた. しかも律儀に研究室に新潟のお土産まで持ってきてくれた. 非常に有り難いことだ. 私の一時帰国には間に合わないが, Skype越しに久し振りに会えて, 元気そうにしていて何よりだ. そして他の学生さんと同様に, 今日きたことを滞在記に書いて欲しいと言ってきた. スイス生活には関係なさそうだが, せっかく来てくれたので, まあいいだろう. 卒業生が研究室に顔を出してくれるのは非常に嬉しい. 今年はスイスにいるので会うことはできないが, これからも卒業生の彼らが新しい場所で活躍しつつ, たまに会いにきてくれるような場所でありたい.
滞在している研究室で3人目の学位取得者のPublic Defenseがあった. 彼は社会人ドクターとして研究室に来ており, (学位取得に必要な)成果がほとんど出たこともあって, 私が研究室に来た3月にはすでに研究室にデスクはなく, 1ヶ月に1回くらいのペースでドラゴン先生とディスカッションする学生だった. 先月にDefenseを無事に終え, この日がPublic Defenseだった. 彼の研究内容はちょうど5月@新潟の国際学会で聞いていたこともあり, 予備知識はありすんなりと理解できた. Public Defenseということもあり, 話の導入にユーモア(ジョーク?)もあり, 面白い発表だった. 発表後にはドラゴン先生から学位記を受け取り, 会社の上司の方からも賞賛を受けていた.
深夜に運動がてらローザンヌの街を散歩(with ポケモンGO)してたら, 見知らぬ兄ちゃんに話しかけられた. 深夜に話しかけられることが初めてだったので, これはやばい!逃げるか?と思ったら, どうやら, その彼もポケモンGOをしていて, 少し日本語が話せると言ってきた. (ゲームの話)スマホ画面のポケストップを指で指しながら(日本語で)「次はここです, これから行きます」と言っていた. 私は今いる場所にあるジムでバトル中, 右手はバトルしながら顔は彼と会話を続けた. 一緒に来てくれるか?と誘われたが, なんせこちらはまだジムバトル中, 丁重にお断りして, 彼は夜の街にポケモンを求めて走り出していった.
夏の学会に参加するため, この一年の滞在での最後の一時帰国. スーツケース2台を持ち, 行き慣れたジュネーブ空港に行き, 特にトラブルも起こらずスイスを出国した. 機内で, 隣に座ったビジネスマンっぽい男性は明らかに日本人だった. 日本語で書いてあるイタリア語の勉強もしてたし, 日本人と確信していた. 一方, 私も機内で日本語の小説を読んでいるので, おそらく日本人だと分かるだろう. しかし, なぜかその隣に座った彼から話しかけられたのは英語だった. 向こうが英語で話しかけてきたので, こちらも英語で対応. 特に会話が長かったわけではないが, (日本人ではなかった場合に備えて)英語で話しかけてきたのだろうか?その真意はわからないまま1時間半のフライトを終えた.
行き慣れたオランダ アムステルダムのスキポール空港に到着し, 1時間と短いトランジットである. 飛行機を乗り継いだことがある読者なら分かると思うが, 航空券でトランジット"1時間"というのは, 乗っている飛行機が到着する時刻から, 次に乗る飛行機が出発する時間のことだ. そのため実質, 空港内には30分くらいしかない. その30分で搭乗口までの移動や手荷物検査などがあるので, 体感ではほぼ0分だ. そんな中, いつもお世話になっている埼玉先生からのリクエストで, オランダのゴーダチーズをお土産に買う予定にしていた. いつもよりも早歩きで搭乗口まで移動し, 手荷物検査もササっとクリアしてお土産屋さんを目指す. 搭乗口付近にチーズが大量に売っているお土産屋さんを発見!急いで品定めをして, ゴーダチーズを購入した. その後, 搭乗口に向かうとすでに優先搭乗(ファーストクラスやビジネスクラス, ご老人や妊婦さん関係)が終わっており, エコノミークラスの搭乗直前であった. ちょうどいい時間に来れた. 待ち時間0分. 関西国際空港行きの長い長いフライトが始まった.
関空行きのフライトは時間が長いので, あらかじめ広々と足が伸ばせる先頭席(バシネット席(たまたま空いて))を予約していた. すると隣には1歳4ヶ月の娘さんを連れたお母さんが座っていた. この娘さん, 実はジュネーブ空港から見かけており, 搭乗口の待合室にいる時から何かとやんちゃな子だった. もう歩けるようになっているので, あっちへフラフラこっちへフラフラと歩き回っていた. そのジュネーブで見たのと同じように, 機内でも, じっとしていられずにお母さんのスキをみてあちこちに彷徨っていた. 私の娘がまだ7ヶ月なので, まだハイハイもできないが, あと1年以内にはこれくらいになっているんだろうなぁと思う. この一年の滞在が終わる頃には1歳2ヶ月なので, 多分ほぼ同じくらいだろう. 子供の成長はなんて早いことだろうか. バシネット席だったので, 壁にベッドをつけてもらって, やんちゃな娘さんを入れたが, どうもどこかに行こう行こうとして, そのベッドから落ちそうになる. 諦めたお母さんは壁についたベッドを外して足元にベッドを置いた. 関空までのフライトをやんちゃんなお隣さんとともに過ごした.
朝, 関空に到着後, 日本の環境に驚いた. ピークの暑さを過ぎたとは聞いていたが, まだまだ暑い. しかも湿気が高すぎる. 空気が重く, どこに行ってもムワッと蒸し暑く, 息苦しい. 日向と日陰で温度差がほぼないことにも驚いた. スイスでは日向が暑かったら, 日陰に入って涼むのだが, ここ日本ではどちらも暑い. 台風が近づいていたので, 天気が悪いと思っていたが, まだ遠い(実際にはその日の夜に台風通過)ので, かんかん照りの晴れ. 暑い中, 昼前にようやく家に到着した. 家に着いてすぐに娘に近づくと, 目を見開いて口をポカーンと開け, それから1分フリーズして, 急に泣き出した. ギャンギャン泣き出して止まらない.「誰だこいつはー!!」とでも言っているような鳴き方だ. 忘れられたお父ちゃんは辛い... 2,30分して, ようやく思い出したのか, 慣れたのか, 私にも泣かずにいてくれた.
昼食後に予約をしていた美容院に向かった. この滞在記でも書いたが, スイスで散髪するのは難しいので, 帰国するタイミングがあれば日本で散髪しておきたかったからだ. いつもは職場近くの美容院に行くのだが, 今回の一時帰国ではその時間がなさそうなので, 最寄駅近くの美容院を妻に探してもらい, 予約していた. 時差ボケと睡眠不足(結局, 今回も機内で寝れず...)で頭がボーとしながら美容院を目指して歩く. しかし見つからない. 近いはずなのだが... どうやら迷子になってしまった. 仕方なく美容院に電話をして遅れると伝えようと思って, 美容院のサイトを印刷した紙を見たが, 電話番号が書いていない. 書いてあったのは「電話番号を表示する」の文字. 何でデフォルトで表示していないんだ!!美容院に連絡がつかないので, 家に電話をかけることにした. 「あっもしもし, 迷っちゃったから, 美容院に遅れるって連絡していてー」と頼むがどうも話が通じない. 歩きながらなので声が聞き取りにくかったから, 妻ではなく, 義妹か義母だろうか?「どちら様ですか?」と言われて, 義妹か義母だと思ったので, (苗字でなく)名前を答えるとどうも通じない. 一体どうしたのだろう?「かけ間違えていませんか?」と言われて, え!?と思う. 今時, 番号見ながらかけずに登録された番号を押すだけなので, 押し間違えるわけがない. すると思い出した. この番号は三宮に住んでいた時の番号だった. それに気付き慌てて謝って電話を切った. うん, どうも自分の行動や思考回路に不具合が出ている. 今日は帰って早く寝よう... 今度は本当に家に電話をして美容院に遅れるように伝えてもらった. その後, 電話がかかってきた. 妻からだ. 美容院に電話したら15分遅れたらキャンセル扱いになるとのことだった. いやいやいや何そのマニュアル的な対応は?迷って遅くなるって言ってるやん. 次の予約が詰まっているからキャンセルとかいうならまだ分かる. 遅れてしまったこちらの責任だから. しかし, 聞くと特に予約はないみたいだが, 15分が決まりだという. 仕方なく急いで走って美容院を探す. 炎天下の中, 汗だくになりながらやっとのことで美容院を発見した. 30分の歩きと15分のダッシュでもうクタクタだ.
来週から行く学会前に最終のチェックとその発表資料(A0のポスター)を印刷するために出勤した. 天気予報を見ていなかったので気付いていなかったが, どうやら夜に襲来した台風の警報が朝まで継続していて, 午前中は研究室に学生は誰もいなかった. 10:18に警報が解除されて, ようやく学生が登校してきた. それまでの間に, 苦手な事務書類を何通もこなして, 事務室に挨拶してお土産を配って回った. 出張届けを出した時に驚きのルールを聞かされた. 三宮高専では海外出張は年1回までで, それ以上は旅費が出ないというもの. すでに海外研修(サバティカル)で海外出張をしているので, パリの国際学会に行く出張は出張旅費が出ないというものだった. 予算も限りがあるから仕方ないと思い, 別の予算(科研費や奨学寄附金)で出せるか聞いてみたら, 外部資金も三宮高専のルールに準ずるから出せないとのこと. えー!?(三宮高専の)予算がなくて出せないという理由ならともかく, 外部資金という予算があるにも関わらず旅費が出ないとはどういうルールだ. わけがわからない. 学会発表があるのにどうしたらいいですか?いけないんですか?と聞いたら, 出張扱いにはなるという. なるほど, 全部自腹の出張だったら海外出張しても良いというわけか, まだ有給休暇を使えと言われてないだけマシだと思うことにした. その後, いつも通り流戸先生とのディスカッション後, この海外出張ルールを教えてあげたら流戸先生も驚いていた. 私と同期の流戸先生も近いうちに海外研修(サバティカル)に行きたいと言っており, 希望年度にちょうど南米で国際学会があるそうだ. 日本から南米までは遠いし高くつくが, 欧米からだと近し安いと考えていたそうだ. 今回知ったこの謎ルール, どれだけの先生が知っているのだろうか?本当に何事も経験してみないとわからないものだ. 3月に予定しているアメリカでの学会はどうしようかしら?全自腹でのアメリカ出張はかなりの痛手だ...
帰国からゆっくりと休む間も無く, この日はスイス生活で必要な日本のものを買い出しに行った. 妻と娘と3人で梅田に出てあちこち回ったのだが, エレベータの少なさと場所の分かりにくさに苦戦した. ただでさえ難しい梅田の立体構造に加えて, 階段を使わずにエレベータを使って最短経路で行く方法を探し出すなんて, ほぼ不可能ではないだろうか?とも思いながら, 移動に倍以上の時間をかけてミッションコンプリート.
法事やお盆に実家へ帰れなかったので, 久し振りに帰省することにした. 帰省するには梅田を経由しなければならなかったので, 前日の経験を活かし, 梅田ではエレベータを使った経路を使えたので, 前日ほどの疲れは出なかった. 私がスイスにいる間に, 妻と娘で実家に来ていたみたいだが, 案の定, 娘は父母(娘からしたら祖父母)に泣き出した. その後, 数分して慣れてきたようだ. 私の両親も元気そうにしていて何よりだ. 次にスイスに戻ると3月までは帰国しないので, また当分会えない. 翌日から出張なので, この日の帰省は日帰りだった.
新潟技術科学大学の先生を中心とした会議が学会前日にあり, 新しく全国の高専に着任した同じ分野の先生と知り合った. スイスのドラゴン先生を紹介して頂いた新潟技科大の若竹先生にはスイスワインをお土産に渡す. 同じドラゴン先生の元に数ヶ月いた若竹研究室の木下さんもスイスワインの貴重さと美味しさを若竹先生に熱弁してくれたので, 価値が上がったかもしれない.
このスイス滞在記は私の経験を参考にしているが, 本ページの内容はフィクションである. ということにしているがこれだけリアルタイムに更新しているので, あちこちから「読んでいるよー」と声をかけられる. 三宮高専の学生の数人が読んでいることは織り込み済みだが, 中には印刷して読んでいるという学生がいることを聞いて, 驚いている. その話を妻にしたら, 「印刷して読むほどのものか?」と言われてしまった. 要望が多ければ, この滞在後にKindle版にでもして出版しようかな?ぜひ出版してほしいという方はお声がけください. さて, 学生の他にも(学科の異なる)電子工学科の技術職員のエフさんが読んでいると聞いて, またびっくりした. 多分, 電気工学科のボブさん繋がりだろう. また, 高専パワエレフォーラムで会った難波高専の先生には, 「高専」で同じ「研究分野」のブログなので読んでいるという声もあった. 確かにスイス滞在のことだけではなく, 教員(研究者)としての事務手続きや(日本の)学生対応や学会の話など関係のある話はありそうだ. 軽い読み物として書いているが, 何かしら微力ながら役に立っていれば嬉しい限りである. この滞在記で観光の話を割愛したことが学生の北川さんには不評だったが, そちらはFacebookにあげているので, ご勘弁いただきたい. [追記]スイスに戻ってから母からも読んでいるとの連絡があった.
学会に初めて参加した学生の北川さんが興奮気味に「何か芸能人に会っている気分です!!論文や(先生方の)話にしか出てこなかった人があちこちにいます!!」とはしゃいでいる. 確かにこういう機会でないと著名な先生方にお会いできないので, その感想は正しいだろう. そして北川さんをはじめデビュー戦の学生さん達には, 自分の発表で(知らない方に)質問して頂いたらお名前を頂戴するように指導していた. そのため, きちんとほぼ全員に名刺をもらっていた. 驚いたのは, 電気学会D部門長の先生にも名刺をもらっており, その現場を(たまたま)目撃した若竹先生は大爆笑. 「まさか部門長先生の名刺をもらうとは!!」そんな学生は学会後の帰り道にお笑い芸人さんにも会うという偶然に出くわしたみたいだ. 何かと有名人に遭遇する初めての学会発表となったみたいだ.
三宮高専の私の研究グループでは, 学会へ学生を参加させるときに, 私か埼玉先生か永田先生が引率をする. 大抵は下っ端で時間にゆとりのある(?)私が引率をする. 今回連れている学生は南研究室が3名, 埼玉研究室が7名で学生10名+私の合計11名の大所帯だ. 毎回学会参加している私の(左京大学時代の)後輩からは, 「兄さん, カルガモの親子みたいでおかしいっすわー笑」といつも揶揄される. 確かに言い得ている. 大学生や大学院生ともなれば「(学会の)現地で会おう」くらいで済むだろうが, うちの学生は高専生. ちゃんと引率しないといけない... 校外学習届けも出しているし... こればっかりは仕方ない.
大きな学会への参加には, 自身の研究成果の報告や最新研究動向の調査という主目的の他に, 「人に会う」ということも大事なことだ. Face to Faceで会って話ができると色々な情報交換や仕事の依頼などもしやすい関係性が築ける. 今回はある企業の方から学会の記事執筆を頼まれたり, ある方からは今度実施されるコンテストの応募をお願いされたりした. 一方こちらも学生を連れているので, 編入学や大学院進学でお世話になる(or なっている or 今後なるだろう)大学の先生に学生とともに挨拶に行ったり, すでに大学に行った学生の状況や(ここには書けない)とても良い話を頂いたりもする. 電気学会では, 夏の部門大会と冬の全国大会に欠かさず参加しようと思う. 次の全国大会は札幌だ!その学会に合わせてこの滞在も終えて帰国する予定である.
横浜での学会を中心に一時帰国した日本であったが, 慌ただしくあっという間に終わってしまった. フライト前に台風が迫っていて心配であったが, 台風襲来前に出国できて助かった. ([追記]その後の関西国際空港では大変な状況になっていました. さらに大阪兵庫に大停電が発生し, 日本に残した家族や学生さんたちが心配でした. ) 関西国際空港ではいつも以上に混在しており, 出国審査だけで30分も並ぶ混雑ぶりだった. 接近している台風の影響なのか定かではないが, 乗る予定の便が20分遅れる. しかし, なぜか到着が40分早まった. 1時間短縮したのか!?天候よかったから早く着いたのか?今回のフライトでも寝れなかったので, 映画を5本も見てしまった.
トランジットのフランクフルトに到着, これが初ドイツ. フランクフルト到着後に, 入国審査がある. オランダのスキポール空港ではほとんど入国審査で会話がなかったが, 果たしてここではどうだろうか?入国審査の列に並び, 自分の番を待つ. 自分の番が来て, 「グーテンターク!」と挨拶するも「Hello」と一言返されるだけ. そしてパスポートを渡し, 「・・・・バン(パスポートにスタンプを押す)」無言でパスポートが返された. やはり会話という会話がまるでない. これが入国審査でいいのか?それとも日本国のパスポートの信頼が厚すぎるのか?真相は定かではない. その後, ジュネーブ行きの搭乗口に向かった.
ここでもフライトの遅延があちこちで発生している. アナウンスがドイツ語なので理解できない. しかも英語も併用して言っている"ような"気はするが, ほとんどドイツ語に聞こえる... 諦めて電光掲示板を注視することにした. ジュネーブに着いたら, あとは慣れた土地だ. 夕方に家に到着できた.
第4章 秋 へ続く
最終更新日 2019年01月06日