本ページは, 海外研修(サバティカル)に行きたいという希望を持つまでの経緯や準備について書いたページである. もともと第1章に書いていたが, 意外と長かったので, 新たな章を設けて, こちらに移した. (.5とつけるあたりもライトノベルのような書き方である)
何度も書いておくが, あくまで私自身の経験を参考にしているものの, 本ページの内容は全てフィクションである. 大きな誇張表現や不正確または不適切な情報が含まれており, 登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものであることに注意して頂きたい.
左京大学工学部電気電子工学科に大きな期待と希望を持って入学する. 中学時代から英語を不得手としており, 高校でもズルズルとその苦手意識は払拭されず, そのまま大学受験でも英語が出来ず, 数学と理科だけで受験を突破した(と自分では勝手に思っている). できればこれからも英語を使わずに過ごしたい. そう思っていた. そんな私が, まさか, 海外に行くことになるなんて... 当時の私は予想だに出来ないことであった.
私は大学および大学院で, 学部(4年間), 修士課程(2年間), 博士後期課程(3年程度)と進学した. 多くの左京大学生(工学部)は, 大学院の修士課程を修了して企業に就職する. 実際, 同期の9割以上がその道を辿っている. その一方で, より研究を深く突き詰めようとする学生は, 試験や諮問を乗り越え, 博士後期課程に進学する. そして, 私が博士後期課程2年のときに, イギリスのノッティンガム大学(受け入れて頂いたのはアル先生)に2ヶ月弱滞在した. これが初めての海外. そして, 初めての一人暮らしであった. そんな中, 受け入れて頂いた研究グループに居た日本人の先生と出会う. それがガンオタ先生であった. このサイト(滞在記)を書こうと思ったきっかけにもなった方である. 詳しくは, Kindle版 ガンオタ教授のイギリス留学漂流記 を読んで頂ければ幸いである. 本サイトと同じくガンオタ先生の書籍もフィクションであるが, 私と非常に似た人物レイ君(※)が登場する. 興味がある方はぜひ. (※北斗の拳を知っている世代なら名付け理由が分かるかも. 残念ながら私は世代ではない...)
さて, そもそもなぜ, 英語が出来ない学生が海外へ?と思う方も多いだろう. 語りだすと切りがないが, 端的に言うと, 全て師匠先生のおかげである. 師匠先生は大学および大学院の6年間お世話になった指導教員である. (もちろん今もお世話になっている.) 師匠先生のおかげで, 英語が出来ないにもかかわらず, イギリスに滞在させてもらい, 様々な経験を積ませて頂いた. この経験があったこともあり, 就職後, 一研究者として長期の滞在研究をしたいとも考えるようになった. 実際, 師匠先生の研究室のスタッフ(当時は助教の先生たち)で, 川西先生(当時30-32歳)は2年間アメリカに, オレンジ先生(当時35-36歳)は1年間オランダに, 滞在研究をされていた. その姿を身近に見ていたこともあり, 滞在研究の想いは強くなった.
博士後期課程3年になり, 就職活動を始める. 博士後期課程を修了すると大きく分けて, 就職先は2種類である. 大学や高専のような研究教育機関 or 企業の研究所などである. 私は博士後期課程進学時から前者の研究教育機関に勤めたいという想いがあったので, それを師匠先生に話し, 就職活動に取り組んだ. 色々な経緯やご縁があり, 現在の職場である三宮高専に就職が決まる. その当時の三宮高専電気工学科 学科長 先生から「10年は高専に居て欲しい」と言われ, 大学に戻ってから師匠先生に報告する. 師匠先生は「10年経ったら辞めていいってことか?」とニヤッと笑う. その表情から冗談のような本気のような雰囲気を醸し出していた. そして, 真顔に戻ると「10年居て欲しいと言われることは光栄なことやで. その間に海外に行かせてもらえる機会があるなら, 行かせてもらった方が良い経験になる」常日頃から師匠先生には, 5年で大きく研究者人生を変える必要があると聞いて(教わって)いた. 長く同じことをしたり, 同じ環境で過ごすと価値観も固まってしまい, 惰性で動いてしまう. だから5年を目安に大きな変化や刺激が必要である, と教わってきた. 実際, 師匠先生も自身の転職や研究室運営に関して5年単位での変化をされており, それを学生ながら話に聞いたり, 目の当たりにしてきた. その言葉も今回の海外研修(サバティカル)にいく大きなきっかけとなった.
企業には労働組合というものがある場合が多いが, 学校関係にも組合が存在する. そして, その組合で年1回(多いときは2,3回)実施される勉強会でテーマが「海外研修(サバティカル)」であった. 海外研修(サバティカル)の制度は, 組合が交渉した末に獲得した制度であると知る. にもかかわらず, この制度を利用する先生が少ないことが現状だとか. だから(行く)可能性がある先生はこの制度をぜひ使ってほしいと話を聞く. そのとき, まだ右も左も分からない着任1年目の新人であったけれど, この制度を使いたいと宣言する. 高専には担任という仕事があり, 3,4,5年生や4,5年生と持ち上がりで担当する. 着任直後の新人も3年目(or 2年目)からこの仕事があるので, 担任をしたクラスを無事に卒業させた後に行きたいと宣言した.
ちなみに, この場で宣言したことには理由がある. それは, 高校時代に「有言実行」という言葉について習い, 未だに心に残っているからである. 少し脱線するが, その話についてまとめておく.
言う, 言わない, する, しない, 2軸(xy軸のような図)で考えると有言実行, 不言実行, 有言不実行, 不言不実行の4種類がある.
昔の日本人の美徳としては, 「不言実行」(もとはこの四字熟語からの派生)であった.
しかしながら, 「不言実行」を目指すだけでは, 実行できなかったときに "自分" にだけ言い訳して, 改善しようという志を持つことは難しい.
そこで, 実施前に周りに目標を宣言しておくことで,自分への(良い意味で)プレッシャーをかけ, 努力できるということだ.
例えば, 有名な話では, 野球選手のイチロー, サッカー選手の本田圭佑, プロゴルファーの石川遼などの卒業文集(検索したらヒットする)には,
自分の将来の目標を掲げ, それを実行している. しっかりと長期および短期の目標を掲げて, それを確実に実行せよという話だ.
この話を聞いているので, 常日頃から短期および長期の計画を立てることが多い. もちろん, 全てが上手くいくわけではないので, 反省と改善を繰り返す必要がある. また, 自分の思い通りに行かないことも人生には多々あるので, 必ずしも計画を立てることがよいというわけではない.
ここで, 高専のカリキュラムの一部を紹介する. 高専の学生は5年間カリキュラムをこなし, 卒業する. 年齢的には高校3年+大学2年である. 5年間にも関わらず, 入学1年目から専門教育を受けることで, 高校3年+大学4年分の7年分の内容をこなしている. そのため, 若干20歳という年齢で, 技術者として社会に出て行く学生を養成する機関が高専である. 高校と大学がセットになった英才教育機関といっても過言ではない. そのため, その高専に勤める教員には, 高校の先生のような仕事, 大学の先生のような仕事の全てが課されている(だから仕事が多い...). その一つに「担任」という仕事(役職?)がある. 低学年(1,2年 or 1,2,3年)は数学英語国語などの一般科目が多いので, 一般科目の教員が担任を務める. 一方, 高学年(3,4,5年 or 4,5年)は専門科目が大半を占めるので, 専門学科の教員が担任を務める. 着任3年目の新人であった私も担任としてクラスを任されるようになった. 20Y5年から3年間, 私は担任として, 学生さん達と一番近い距離で共に成長させてもらった. そして, 着任1年目で宣言した通り, このクラスを無事卒業させ, 翌年に海外研修(サバティカル)に行く気持ちも強くなってきた.
これまでのお話を読んで頂くと, 私が「めっちゃ海外に行きてー!!」と思っているように見られるかもしれないので, 少し補足しておこうと思う. 私自身はこの章の冒頭に書いた大学入学時(もしくは高校時代)から一貫して, できることなら海外には行きたくない!と思っている. 英語には依然まったくもって自信がないし, 衣食住やその他の生活のことを考えたら, どれだけ日本が素晴らしいことか. 20Y2年のたった2ヶ月イギリスに住んでいても, そう思ったほどである. しかしながら, 研究者としてはこのままではいけないと思っている. "このまま"というのは, 何の刺激も受けず, 今の状況(色んな意味で)に甘んじて, ただただ日本語だけで研究成果を発信し続けることである. 博士課程修了後も, 左京大学の研究室で育てて頂いた師匠先生のたくさんの言葉が脳裏をよぎる. 5年という一区切り, 欠点である英語の克服(改善?), 厳しい研究環境への挑戦, 新たな研究分野の開拓, (自分の分野の)最先端を垣間見ること, 自分の常識をぶっ潰すこと, ...などなど. そのような心の後押しもあったので, 私は, 研究者としての修行のために, 海外研修(サバティカル)に行き, 自らを鍛え, 磨きたいと思っている.
そのため, 個人としては海外には行きたくないけど, 研究者としては海外研修(サバティカル)に行きたいという, 一見, 矛盾したようにも聞こえるが, これが私の正直な気持ちである.
第1章 準備 へ続く
最終更新日 2019年01月29日