21世紀の書評術

イギリス小説の背景にはいつも社会があり社会の中の個人を描くことに力が注がれる。Novelの世界をつくるのは、個人と社会の関係である。これに対しアメリカ小説では、中心となるのは何と言っても個人であり、個人と自然とか、個人と世界といった対立が小説世界の土台となる。(阿部公彦「アメリカ(1)ナサニエル・ホーソーン『緋文字』を読む」(沼野充義・野崎歓編著『ヨーロッパ文学の読み方ー近代篇』(2019年、放送大学教育振興会)p.216、強調は引用者)
歴代天皇の死後の称号は、康保四年(九六七)に亡くなり村上天皇と天皇号がおくられたのを最後に、正暦二年(九九一)に亡くなり円融院とおくられて以来、ずっと院号であった。また、天皇号や院号の前につく「○○院」には、諡号と追号の違いがある。桓武のように生前の功績を讃えておくる美称を諡号といい、冷泉や一条のように生前の御所名や山陵名で、生前を賛美する意味を含まないのを追号という(引用者注:冷泉院は、村上天皇の直後、圓融院の直前の「天皇」。すなわち、冷泉院が天皇号を贈られなかった初めての「天皇」ということになる)。桓武天皇のような「諡号+天皇号」は、仁和三年(八八七)に亡くなり光孝天皇とおくられたのを最後に中絶した。「追号+天皇号」も、康保四年の村上天皇が最後だった。ところが、天保十二年(一八四一)閏一月に、前年十一月に亡くなった兼仁上皇に「光格天皇」とおくられ「諡号+天皇号」としては九五四年ぶり、天皇号としては八七四年ぶりに復活したのである。「諡号+天皇号」の再興は、復古の最たるものだった。(藤田覚『天皇の歴史6 江戸時代の天皇』(2018年、講談社学術文庫)pp.258-259、強調は引用者)

最終更新:2023年12月22日) 


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