日本語のアクセントとイントネーション

このページで使うサンプルファイルは以下の通りです。右上に表示されるアイコンをクリックするとGoogle Driveを開くことができます。

日本語のアクセントとイントネーションについて,Praatで分析をしてみます。(日本語の「アクセント」と「イントネーション」の概略は,ここでは説明しません。)

(1)アクセントとおそ下がり

まず,サンプルファイルumiga.wavnomiga.wavのfoを「基本周波数(fo)」のページで学習した方法で確認してみましょう。前者は「海が」(頭高型)と「膿が」(尾高型),後者は「鑿が」(頭高型)と「蚤が」(尾高型)の発音を含むファイルです。これらの発音において,foはどこから下がり始めるでしょうか?

音韻論的にいえば一般に,頭高型の「海が」は「ウ’ミガ」(’ は下降の位置を示す)とみなされます。しかし,実際の下降の開始は,必ずしもそのような位置に現れるとは限らず,もっと遅れて現れることがあります。このように,foの下がり目が遅れる現象を「おそ下がり」といいます。この現象はネウストゥプニー(1966)により発見され,杉藤美代子氏によりさらに詳しく明らかにされたものです(例えば,杉藤 1982)。

(2)句頭上昇

サンプルファイル kinoo-moratta.wavは「昨日もらったお金を使ってしまった」という文を二通りに発音してみたものです。両者は意味がどのように異なるでしょうか?また,foにはどのような違いが観察されるでしょうか?

両者の違いには「句頭上昇」が関わっています。(「句頭上昇」とは何かについては,川上 1961,上野 1989 参照。また,同じ現象がPierrehumbert & Beckman 1988 においては,やや違ったかたちで理論的に捉えられています。)

以下のファイルについても,foも観察してみましょう。

  • mamega.wav

  • anomamega1.wav

  • anomamega2.wav

  • amaimamega1.wav

  • amaimamega2.wav

(3)自然下降(declination)

サンプルファイルnanako.wavは「ナナコとナオコとマイコとマユコ」という発音です。四つの名前はいずれも頭高型ですが,foの高さは同じでしょうか?

ここには自然下降(declination)という現象が関わっています。発話において,foは時間軸にしたがって少しずつ下降する傾向にあります。この傾向を自然下降と呼びます。この現象は,日本語に限らず様々な言語に普遍的に観察されます(Ladd 1984, 斎藤 2008:131 参照)。

(4)ダウンステップ(downstep)

サンプルファイルamai-umai.wavは以下の二つの文の発音を含むものです。

  • 「甘い豆をたくさん食べた。」(「甘い」は平板型)

  • 「うまい豆をたくさん食べた。」(「うまい」は中高型

両者は,「豆を」の前にくる文節のアクセント型が異なっています。このアクセント型の違いは,「豆を」の部分のfoにどのような影響を与えているでしょうか?

ここには「ダウンステップ」という現象が関わっています。「ダウンステップ」とは,有核語に後続する単語のピッチのピークが著しく低められる現象のことで,カタセシス(catathesis)とも呼ばれます(Poser 1984,Pierrehumbert & Beckman 1988)。

ただし,有核語の後で常にダウンステップが生じるというわけではありません。もう一つのサンプルファイルamai-umai2.wavも確認してみましょう。ここでダウンステップを妨げている要因は何でしょうか?

参考文献

川上蓁. 1961. 「言葉の切れ目と音調」 『國學院雑誌』 62, pp. 67-75. (再録:川上蓁, 1995. 『日本語アクセント論集』 汲古書院.)

Ladd, D.R. 1984. Declination: a review and some hypotheses. Phonology Yearbook 1, pp.53-74.

ネウストゥプニー, I. 1966. 「日本語のアクセントは高低アクセントか」 『音声学会会報』 121, pp.1-7.

Pierrehumbert, J. & M.E. Beckman. 1988. Japanese tone structure. Cambridge, MA: MIT Press.

Poser, William J. 1984. The phonetics and phonology of tone and intonation in Japanese. PhD dissertation, MIT.

斎藤純男. 2008. 『日本語音声学入門 改訂版』, 三省堂.

杉藤美代子. 1982. 『日本語アクセントの研究』, 三省堂.

上野善道. 1989. 「日本語のアクセント」 杉藤美代子(編) 『講座日本語と日本語教育 2 日本語の音声・音韻(上)』 pp. 178-205. 明治書院.