はじめに

 

 38億年以上前に誕生した生命は、身近な環境から地殻まであらゆる場所に進出し、数々の驚くべき生命現象を見せています。人類はそんな生物を昔から観察していました。西洋では紀元前のアリストテレスにはじまり自然を収集・分類し記載するNatural historyが興りました。19世紀初頭、ラマルクとトレヴィラヌスは、生命の形態や現象の仕組みを調べる学問として「生物学」を提唱します。生物学はその後、ダーウィンの進化論、ヘッケルの提唱した生態学や個体発生、シュライデン、シュワンの細胞説、パスツール、コッホの細菌学などをへて、実験手法と共に専門化が進みました。20世紀になると、メンデルの法則が再発見されて遺伝学が確立し、遺伝子実体がDNAであることが明らかになると分子生物学を基盤として様々な分野が発展していきました。現在では、量子から生態系まで多岐にわたる専門分野が形成されています。専門学会や学生・若手研究者の集まりも設立され、専門的な議論が活発に行われています。

 

 一方、近年の超極限環境生命の発見、宇宙におけるアミノ酸や核酸の検出、理論研究発展は、「(地球)生命とは何か?」という問いを改めて我々に突きつけています。同時に、膨大なデータが蓄積する時代を迎えてもなお、生物学が進む道は必ずしも明確ではなく、我々は「生物学とは何か?」を問い直す時なのではないでしょうか。異分野融合や学際研究が叫ばれて久しいですが、本来自然は人類がつくった専門分野に分かれているわけではありません。だからこそ、これらの問いに答えるには、素粒子から地球宇宙環境に至るまでを統合的に捉え直すことが不可欠です。


 奇しくも、古くからある分野は成熟しつつあり、また、実験キットやデータベースの拡充、ドローン、ゲノム編集AIなど技術革新によって高度な手法や知識が専門を分ける時代は終わりを迎えつつあります。このような時を生きる我々だからこそ、従来のベン図的図式の境界・融合研究を超え、より深化する多くの専門分野の知識、技術、思想を巧みに組み合わせることで新たな「生物学」を形作り、生命の本質に迫る時代を迎えることができると期待しています。