第二分科会

タイトル

「大規模分子に対する量子化学計算手法: 分割統治法とフラグメント分子軌道法」

  • 講師:小林 正人 先生 (北海道大学 准教授: 研究室HP)・加藤 幸一郎 先生 (九州大学 准教授: 研究室HP)

  • 担当:渡邉 一樹 (千葉大 西田研 D2)

  • 担当 連絡先:sec2_at_ymsa.jp



紹介文

  • 分割統治法 (小林 正人先生ご担当分)

 計算機の急速な発展に後押しされて、Gaussianなどの量子化学計算プログラムに実装されているHF/DFTをそのまま使ってもある程度の大きさの分子を取り扱えるようになりました。しかし、正準分子軌道を構築する都合上、HF/DFT計算は系の大きさの3乗に比例した計算時間がかかる方法であり、計算機の進歩だけを頼りにタンパク質などの巨大系をターゲットとすることはできません。Yangは系の一部だけを切り取ってきた「部分系」の正準分子軌道を構築して大規模な系のHF/DFT計算を可能にする分割統治(divide-and-conquer; DC)法を開発しました。DC法が他の大規模計算法と大きく違うところは、「バッファ領域」という仕組みを使って部分系がoverlapしているところです。これにより、様々な大規模系を画一的な手法で取り扱うことができます。私たちはこのDC法をGAMESSプログラムに実装しており、無料で使うことができます。

 ところで、量子化学計算で取り扱う系の規模が大きくなると、van der Waals力をはじめとする分子内・分子間の弱い相互作用が相対的に重要な寄与を占めるようになります。大規模系は高精度に取り扱わなくてはならないのです。ほとんどのDFT計算では、van der Waals相互作用を経験的な補正項でしか導入することができません。これを非経験的に導入するためには、MP2法やCCSD法などの波動関数理論に基づく電子相関計算法の適用が必要になりますが、MP2法は系の大きさの5乗、CCSD法は6乗に比例する計算時間がかかる方法であり、大規模系への適用はDFTよりもずっと困難です。私たちは、DC法において互いにoverlapしている部分系の正準分子軌道からoverlapのない中心部分の電子相関エネルギーを見積もる方法を構築することにより、DC法を電子相関理論に拡張しました。開発してから気づいたことですが、実はHF/DFTに対するDC計算と電子相関理論に対するDC計算は完全に独立した計算になっており、電子相関計算だけをDC法で取り扱う、ということも可能です。

 本分科会では、この分割統治法を中心に大規模量子化学計算手法の理論的な側面を講義したいと思います。本講義の構成は以下を予定しています。


 1. 量子化学計算(HF/DFT, MP2などの電子相関理論)の基礎と計算過程

 2. 大規模量子化学計算法の分類と特徴

 3. DC-HF/DFT計算の理論と応用

 4. DC-MP2計算の理論と応用

 5. DC法に関する最近の展開


 もし要望が多ければ、最後にGAMESSを利用したDC-MP2計算の実践も行いたいと思います。



  • フラグメント分子軌道法 (加藤 幸一郎先生ご担当分)

 フラグメント分子軌道(Fragment Molecular Orbital; FMO)法は、1999年に北浦先生により考案・開発された日本発の手法です。FMO法では、計算対象となる巨大分子系をフラグメントに分割して計算し、フラグメントモノマー(単体)およびフラグメントダイマー(ペア)の計算から全系を再構成します。タンパク系の場合にはアミノ酸単位でフラグメント化され、計算コストの小さな計算を大量に実施することになりますが、モノマーおよびダイマーの計算は独立して実施可能なため、「富岳」など近年の超並列計算機との相性が非常に良い計算となっています。また、FMO法の最大の特徴としてフラグメント間相互作用エネルギー(Pair Interaction Energy; PIEもしくはInter-Fragment Interaction Energy; IFIE)を算出可能なことが挙げられます。IFIEを用いることで、例えば薬物分子とその周辺のアミノ酸との相互作用を量子化学レベルで定量評価可能となります。さらに、IFIEを4つのエネルギー成分(静電相互作用、交換反発相互作用、電荷移動相互作用、分散相互作用)に分割する方法(Pair Interaction Energy Decomposition Analysis; PIEDA)を適用することで、相互作用をより詳細に解析・理解することも可能です。

 本分科会の後半戦では、FMO法についての基礎~応用の講義に加えて、分子動力学計算や機械学習との連携に関する近年の取組についても紹介します。巨大分子系を量子化学的に計算するための創意工夫や、今どの様な解析が可能になっているのかを理解し、今後の可能性を議論できればと思います。時間が許せば、世界初のタンパク質の量子化学計算データベース「FMOデータベース」を使った相互作用解析の簡単なチュートリアルも実施し、FMO法の魅力を体験してもらえればと考えています。




分科会担当者コメント

担当:渡邉 一樹 (千葉大 西田研 D2)


 本年度の第二分科会担当いたします、千葉大学薬学研究院西田研究室D2の渡邉と申します。本年度の第二分科会はタンパク質などの大規模分子の量子化学計算手法を幅広くおさえるために、北海道大学から小林先生、九州大学から加藤先生の2名の講師をお招きして、分割統治 (Divide-and-Conquer; DC) 法、フラグメント分子軌道 (Fragment Molecular Orbital; FMO) 法についての講義をしていただきます。


理論計算により、いかにして現象をより自然に、より精密に解釈するか?

この理想を追及するために、計算機の演算性能の向上や計算手法の開発・改善といった様々な試みが行われてきました。中でも、DC法やFMO法の開発・発展は、長年困難と考えられてきたタンパク質等の大規模分子全系に対する量子化学計算の実現・効率化に大きく貢献してきました。これらの手法は大規模分子を分割したうえで行う並列計算により、計算の高速化を図る、という共通点はありますが、当然のことながらそれぞれの手法を特徴づける相違点も存在します。


本分科会は、こういったDC法とFMO法の理論や応用例に触れたい理論系の方はもちろん、タンパク質の諸問題を解決するために多角的なアプローチを行いたい実験系の方の参加も大歓迎です!私自身の経験にはなりますが、同じ分科会に参加した方々というのは夏の学校参加者の中でも非常に印象深く覚えており、大学・学年・専門の垣根を越えて現在でも交流が続いている仲間たちも数多くいます。

本分科会を通して、参加者の方々が学びや交流を深め、今後の研究活動の充実を図っていくことを願っています。