第三分科会

タイトル

「近接場分光の最先端:時空間極限分光からナノ量子電磁気学まで」

  • 講師:西田 純 先生 (分子科学研究所 助教: 研究室HP)

  • 担当:亀山 理紗子 (東大 吉信D1)

  • 担当連絡先:sec3_at_ymsa.jp



紹介文

 レーザー技術の発展に伴って、凝縮系の物質の電子状態・振動状態の詳細が明らかになるのみならず、超高速・非線形分光によってそれらの時間発展や相関も解き明かされています。これらの分光手法は界面の構造・ダイナミクスを観測できるほどの感度を達成していますが、光を用いる以上、その空間分解能には回折限界による波長の半分程度の制限があります。

 原子間力顕微鏡(AFM)や走査型トンネル顕微鏡(STM)の金属探針の先端にナノスケールで局在化させた近接場を用いた近接場分光は、回折限界を超えた時空間極限の分光を可能にするものです。1990年代に実証がなされたのち、可視領域の弾性散乱から蛍光・ラマン散乱までをカバーし、さらに赤外やTHzに至るまで幅広い波長域との融合がなされ、近接場分光がまさに多様な分光手法をナノスケールで実装するのに適したプラットフォームであることが示されてきました。近年、空間分解能も大幅に向上し、特に極低温STMとの統合で一分子内での振動モードを観測できる原子スケールの分解能まで達成されています。さらには超短パルスに基づく実装によって、フェムト秒オーダーでの超高速ナノ分光も可能になっており、より複雑な非線形分光との融合が期待されています。

 加えて、金属探針の先端と金属基板の間に形成されるギャップは光学ナノキャビティとしての側面も持ちます。これは蛍光やラマン散乱などの自発過程を考える上で本質的に重要であるのみならず、最近では光と物質の混合状態であるポラリトンをナノスケールで形成・制御・観測できるツールとしても用いられています。つまり、近接場分光は量子電磁気学をナノスケールで研究できる新しい土俵でもあるのです。

 このように進化を続けている近接場分光ですが、プラズモンやナノ光学の側面に重きをおいて解説したものは和書・洋書とともに優れた文献が多々あるものの、ナノ「分光」という観点から統一的にアプローチをしているものは私の知る限りなく、「実験的にも理論的にも興味はあるけれどなかなか勉強しづらいな」と感じている方は多いのではないでしょうか。このとっつきづらさの一因として、近接場分光の理解のためにはプラズモン物理と分光学双方の知識を必要とすることが挙げられます。

 本分科会では、前半に近接場分光の理解に必要な電磁気学・プラズモンの基礎(特に物質表面近くの金属粒子の分極率)と分光学の基礎(特に吸収などといったコヒーレント過程を自発過程と区別すること)をそれぞれ講義形式でおさらいした後、後半では近年の論文をもとに近接場分光の最先端を輪講形式で参加者の皆さんと一緒に議論します。これらの内容を通して、スタンダードな分光と近接場分光の信号がどのように関係しているのか、近接場分光で今どのようなことができるようになっているのかを理解し、参加者の皆さんの多彩なバックグランドとあわせて新しいアイディアにつながれば幸いです。

 分光学やナノ光学の実験や理論に関わる方はもちろん、物性物理や光化学など幅広い分野からの参加をお待ちしています。



分科会担当者コメント

担当:亀山 理紗子 (東大 吉信研 D1)


 第三分科会は、分子科学研究所の西田純先生を講師にお招きします。西田先生は超高速・非線形分光をベースとしたナノ分光を専門として、国内外で精力的に研究をされています。

 分光実験をする中で、「スペクトルを計測してみたけれど時間的・空間的に平均化されてしまって何を見ているのかわからない…」と思ったことはないでしょうか?様々な分子の振る舞い・相互作用を考えるためには、観察対象を適切な時空間分解能で見る必要があります。近年、近接場分光と超高速・非線形分光の統合によって、高速な分子ダイナミクスを原子スケールで分光学的に紐解けるようになってきました。

 この話題に関して、「実験的には小さな探針にパルス光を当てるだけでしょう?」と思う人は多いかもしれません。本分科会では、ここから一歩踏み込んで、教科書では近接場の応用例としての紹介に留まっている近接場分光について、電磁気学的・分光学的な両面から講義をしていただきます。さらに輪講を通して、参加者の皆様が「原理がわかった上でツールとして利用できて、さらなる応用を考えられる」ようになることを期待しています。

 せっかく夏の学校に参加するのならば教科書に書いていない話を聞きたい、様々なバックグラウンドを持つ参加者と議論をしてみたいと思っている方の参加を心よりお待ちしています。参加者の皆様が最大限に楽しめるように、分科会担当としてお手伝いいたします。

 皆様にお会いできることを楽しみにしています!