研 究 紹 介
Research
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変身する解糖系の酵素、その時の姿は?
変身する解糖系の酵素、その時の姿は? グリセルアルデヒド-3-リン酸脱水素酵素(GAPDH)は、解糖系に関与する酵素です。実は、教科書をよく見るとその存在が記載されています。この酵素は、4つの同一形状のサブユニットが集まってホモ四量体を形成しており、通常はこの構造を保っています。
ところが、老化や活性酸素の蓄積が進むと、この酵素は変化を遂げ、全く別の機能を持つようになります。他の無関係に見えるタンパク質などと結合し、解糖系以外の役割を果たすのです。例えば、核内に移行して細胞をアポトーシス(自殺)へと誘導することがあります。活性酸素によってダメージを受けた細胞は、壊死して腐敗を引き起こすのではなく、段階を踏んできれいに分解され、再利用される道を選んでいるのかもしれません。
このような酵素は「moonlighting タンパク質」と呼ばれます。「moonlighting」とは直訳すれば「月光」という意味ですが、夜間に本業とは別の仕事(アルバイト)をするという比喩的な表現です。また、この酵素はアルツハイマー病やパーキンソン病の原因とされるタンパク質と共に脳内で発見されることが多いです。そのため、一見すると病気を引き起こす悪者のように見えます。しかし実際には、異常をきたしたこれらのタンパク質を動けなくするために、まるでセメントで固めるような役割を果たしている可能性もあります。
ここで問題となるのは、moonlighting によって変化した際の構造です。この状態でもホモ四量体を保っているのでしょうか?私たちの研究室で NMR を用いて解析したところ、どうやらホモ四量体から分裂し、二量体や単量体(1/4 の形態)になっている可能性が示唆されました。また、これまでに結晶構造解析で報告された例が一つもないことから、この分裂した構造は柔軟性が高い(ふにゃふにゃしている)と考えられます。実際に NMR スペクトルを確認すると、そのような傾向がうかがえます。
光合成ではどうやって電子を渡す?
植物における光合成は葉緑体で行われます。葉緑体の膜には、蛋白質がたくさん埋め込まれています。そこで水から取り出された電子が、ある蛋白質から次の蛋白質へと受け渡されていきます。この過程で蛋白質の構造がわずかに変化し、それに伴い水素イオンが膜の片側から反対側へ押し出されるのです。
この水素イオンは、ダムにたまる水のような役割を果たします。膜の片側に蓄えられた水素イオンは、やがて元の方向に一気に流れ戻ります。その際、ダムのタービンのように働く酵素を回転させ、ATP というエネルギー物質を生成します。しかし、ダムの水をくみ上げるには、地上の水を蒸発させ雨雲を形成させるための太陽の光が必要です。同じように、電子を移動させるには、その原動力としての日光が欠かせません。
さて、膜の中のタンパク質の配置には少し間隔が広い箇所がありますが、そこには渡し船のような働きをする蛋白質が存在します。この蛋白質は電子を運び、次の蛋白質の場所に到着すると、そこで電子を渡します。このような蛋白質の一つが、シトクロム c6(Cyt c6)です。
大阪大学の栗栖源嗣先生、川本晃大先生らの研究によると、Cyt c6 が本来の到着地点ではなく、少し離れた箇所に停泊しているように見える様子が電子顕微鏡で観察されました。その理由を詳しく調べたところ、この箇所が待合室のような機能を持つことが示唆されました。本来の到着地点に直接向かうと、電子がすでに溜まりすぎて混雑している可能性があります。そのため、待合室で一時的に待機し、電子という「荷物」が膜の反対側のフェレドキシンに渡されるのを待っているのではないかと考えられます。そうでないと、電子渋滞が起きかねません。そして余裕ができると、本来の到着地点に移動して電子を受け渡しているのかもしれません。
現在、このような現象を大阪大学の極低温電子顕微鏡と当大学の NMR を用いて観察しています。
謝辞: 海ずかん(海綿動物門)の写真を参考にさせていただきました。
変な物質を作る海綿
海に行くと岩場になにか気持ち悪いブヨブヨしたものが付いています。海綿です。これを乾かすとスポンジになるのですが、学問的にはたいへん面白い生き物です。6-7億年ほど前に単細胞生物から多細胞生物ができてくる、ちょうどその中間の生物なのです。そのような下等に見える生物ですが、なにやら変な物質「アキュレイン Aculeine」を作ります。44 個のアミノ酸がつらなり、その先にポリアミンが付いているのです。そのアミノ酸の部分を AcuPep と呼んでいますが、ジスルフィド結合を3本ももっているのです。これだけですと「変わった物質ですね」で終わっていたのですが、あろうことか、これが細胞膜や核膜を通り抜ける力を持っているのです。現在、多くの製薬会社がペプチド創薬を開発していますが、悲しいことに細胞の中に入っていかないのです。ということは、薬を呑んでも効き目が0ということです。そこで、この Aculeine はその救世主になるかもしれないと注目を集めています。私達は、この AcuPep の立体構造を解いています。かなり姿が見えてきました。最近は AlphaFold という AI で立体構造を予測することも多いのですが、この AcuPep は 44 残基と短いにもかかわらず、AlphaFold の歯が立たないのです。たいへん不思議です。NMR で立体構造を解いた後は、AcuPep とポリアミンがどのように絡み合っているのか、そして、それらがどのような細胞膜に入っていくのかを NMR で解明することができるでしょう。
(酒井隆一先生、及川雅人先生、入江樂先生との共同研究)
日本原子力研究開発機構 J-PARC の 柴崎千枝 先生
中性子科学センター CROSS の 阿久津和宏 先生との共同研究
重水の精製
NMR で蛋白質を観測すると、構造や動きなどいろいろな情報を得ることができるのですが、一つ困ったことがあります。分子量が大きくなると、観えにくくなるのです。しかし、蛋白質の余計な水素を重水素(2H)に置き換え、観たい水素だけを 1H として残すと、1 MDa ぐらいでも観えるようになります。そのために、大腸菌を重水の中で培養します。ところがこの 5-10 年で重水の価格が3倍以上に跳ね上がってしまいました。そこで、培養後の腐った重水を精製し、さらに J-PARC で再び 99% D2O になるまで電気分解してもらうことになりました。左はその精製手順です。実は水道水よりきれいになりました (とは言え、飲みたくはありませんが)。
大腸菌培養のための M9 最少培地の作成法
大腸菌培養のための重水培地を作る方法をまとめてみました。2H, 15N, 13C 安定同位体で標識した蛋白質を、遺伝子組み換え大腸菌で発現させるためのものです。蛋白質科学会のアーカイブにも似た記事がありますが、前者の方が余計なネタが満載です。なお、重水を強調していますが、これを 15N だけ、あるいは、15N, 13C 安定同位体で標識(つまり普通の軽水培地)に読み替えても大丈夫だと思います。きっと。。。30 年以上にわたる笑えるような失敗談を教訓として、プロトコールを更新してきました。もうネタが残っていないのですが、もしご不明な点がある方、あるいは「これを信じて、この通りやってみたのに、全然ダメだった!詐欺師め!」と怒った方はご一報ください。