気になった論文や書籍などを紹介しています。説明はあくまで個人的見解であることをご了承下さい。
2025/10/26
THE NODEに掲載されたオピニオン”The paradox of doctoral training” Posted by Olga Zueva。
この中で指摘されているPhD studentを巡る構造的問題は日本でも少なからず当てはまることだと思う。
2025/09/02
Soh, A. W., Arnwine, M. R., Gianakas, C. A., Clark, Z. D., Chi, Q., Cram, E. J., ... & Sherwood, D. R. (2025). On-demand delivery of fibulin-1 protects the basement membrane during cyclic stretching in C. elegans. Developmental Cell.
線虫(C. elegans)の受精では、卵管内に並んだ卵母細胞(oocyte)が貯精嚢に一時的に入って受精し(zygoteとして)子宮へと抜けていく。1卵細胞は10分弱で卵管から子宮へと抜け、これが1日当たり最大~120卵細胞繰り返される。貯精嚢は卵細胞が入っている時だけ大きさが1.7倍ほどに拡張しまた戻るサイクルを20分ほどで繰り返すが、貯精嚢組織の構造や弾性を維持しながら、この繰り返しを可能にする仕組みは未解明だった。本研究では、1)貯精嚢の基底膜を構成するECM中のFibulin-1が、コラーゲンIVと共にネットワークを構築することで貯精嚢の構造が維持されること、2)Fibulin-1は、(主に)卵母細胞で一過的に発現・分泌され、貯精嚢が拡張し終わり卵母細胞が子宮へと抜けていく時に、細胞間の隙間から貯精嚢の基底膜へと移行すること、3)Fibulin-1のノックダウン、変異型一過的発現では、貯精嚢の正常な形状と拡張が阻害されること、が明らかになった。これらの結果から、卵母細胞が受精のタイミングに合わせてFibulin-1を貯精嚢の基底膜に付け足していくことで、拡張して元に戻るという貯精嚢の正常な機能を維持し続けることができるというモデルを提案している。
2025/08/29
Haillot, E., Lebedeva, T., Steger, J. et al. Segregation of endoderm and mesoderm germ layer identities in the diploblast Nematostella vectensis. Nat Commun 16, 7979 (2025). https://doi.org/10.1038/s41467-025-63287-4
刺胞動物のネマトステラにおける、3胚葉特定化の分子基板(β-catenin、MAPK、Delt/Notchシグナルの機能)を明らかにした論文。刺胞動物は長年2胚葉性とされてきたがここ10年ぐらいで、特にモデルのネマトステラは遺伝子発現パターンから3胚葉性であるとされてきている。しかし、3胚葉形成機構が左右相称動物とどこまで同じであるかには議論が残っている。本研究では、1)発生過程でまず中胚葉が特定化され、その後内胚葉が特定化されること、2)中胚葉の特定化と中胚葉の陥入(原腸陥入)にはMAPKシグナルが必要であること、3)内胚葉細胞は、中胚葉-外胚葉境界の外胚葉側から生じ、その特定化には、Delta(外胚葉側)/Notch(内胚葉側)シグナルが必要十分であること、4)β-cateninシグナルは中胚葉特定化を抑制すると共に、外胚葉マーカーの発現促進と、(おそらくDelta、Notchの発現制御を通じた)内胚葉の適切な領域化を促進すること、5)MAPK、β-cateninシグナルは共に外胚葉の拡大を抑制すること、を示した。これらの結果から、MAPKシグナルによる中胚葉特定化機構の進化的起源は刺胞+左右相称動物の共通祖先まで遡る一方で、Delta/Notchによる内胚葉特定化機構が刺胞+左右相称動物の祖先形質であるかまではまだ分からないと議論している。また、ネマトステラでは中胚葉分化の開始には後口動物と異なって、β-cateninによる抑制下での未知の仕組みがあることも示唆され、今後の研究が待たれる。
2025/08/27
Chen, D. S., Marrero, K., Sanchez-Lopez, J. A., Belenky, M., Thomalla, J. M., Buehner, N. A., ... & Wolfner, M. F. (2025). Asymmetric development and function of paired sperm-storage organs in Drosophila melanogaster. Proceedings of the National Academy of Sciences, 122(34), e2512096122.
ショウジョウバエのメスが持つ一対の精子嚢(精子を貯蔵する器官)は、左右で発生起源が異なることを示した論文。左右の精子嚢は形態やいくつかの遺伝子発現が類似しているが、精子嚢原基は最初は正中線上に前後に並び後から左右対称な場所へと配置されることが知られていた。本研究では、1)左右の精子嚢には、大きさ、カルシウム濃度、分泌活性に差があること(=生理機能での差異を示唆)、2)片方の精子嚢はwingless発現区画、もう片方はengrailed発現区画由来であることを示している(どちらの遺伝子発現原基が最終的に左右どちらに位置するかはランダムのよう)。これらの結果は、左右の精子嚢の発生経路の進化が、(双翅目で精子嚢を3つ持つ種がいることも踏まえて)発生システムの収斂か、発生システムドラフトによるのではないかと議論している。
2025/08/25
Harper, N. W., Birdsall, G. A., Honeywell, M. E., Ward, K. M., Pai, A. A., & Lee, M. J. (2025). RNA Pol II inhibition activates cell death independently from the loss of transcription. Cell.
RNAポリメラーゼIIの阻害によって細胞が死ぬのは、従来言われていた転写阻害によるmRNAやタンパク質の喪失による受動的な細胞死によるのではなく、リン酸化レベルの低い非転写型RNAポリメラーゼII(RNA Pol IIA)の分解によって(mRNAやタンパク量の減少よりも急速に)引き起こされるアポトーシスによることを示した論文。RNA Pol IIAの減少によってPol IIAと相互作用するAPTBP1がフリーになり、アポトーシス制御因子BCL2L12の核から細胞質への移行を促進し、よく知られているBCL2依存的なミトコンドリア外膜透過性亢進(MOMP)によるアポトーシスを引き起こすという仕組みらしい。筆者らは、これをPol II degradation-dependent apoptotic response (PDAR)という新しいアポトーシス形態としている。また、RNA Pol IIを標的とする抗がん剤の多くが(量などにもよるようだが)、このPDARを誘引することも示している。
2025/08/22
Witmer, M., Mehta, N., Emura, N., & Yajima, M. (2025). Germline factors, TDRD and PIWI, colocalize with Vasa on the mitotic apparatus during the embryogenesis of the sea urchin. Developmental Biology.
ウニの初期発生において、Vasa、Piwi、TDRD7のいわゆる生殖系列因子が体細胞でも紡錘体上に存在していることを示した論文。近年、Vasa、Piwiなど従来は生殖系列特異的と言われてきた因子が体細胞においても機能することが示されつつあり、その一例。TDRD7の凝集とそこへのVasaのリクルートには天然変性領域(IDR)を含む領域が必要であることを示している。一方、PiwiはTDRD-Vasa顆粒複合体の近くに存在するもののそれらとほとんど共局在していない。これはショウジョウバエのgermlineで知られているように、Piwiが一過的に複合体中に入ることで機能を果たすからではないかと議論されている。また、ショウジョウバエのgermlineではTDRD7が微小管に結合してVasaをリクルートすることが知られているらしいが、ウニでは微小管非依存的な機構であることを示唆する結果が示されている。どちらにしても、体細胞における、Vasa、TDRD7などの凝集やリクルート機構については未解明な点が多く残っている。
Formery, L., Peluso, P., Kohnle, I., Malnick, J., Thompson, J. R., Pitel, M., ... & Lowe, C. J. (2023). Molecular evidence of anteroposterior patterning in adult echinoderms. Nature, 623(7987), 555-561.
Driscoll, S., Merkuri, F., Chain, F. J., & Fish, J. L. (2024). Splicing is dynamically regulated during limb development. Scientific Reports, 14(1), 19944.
マウスとオポッサムの四肢形成過程で、選択的スプライシングのパターン変化を調べた論文。特にFgf8の選択的スプライシングパターンの違いが下四肢形態の種関差に寄与していることを示唆。シス領域の変化だけでなく、選択的スプライシングパターンの変化が進化の原動力になることを改めて示唆している。
Hirashima, T., & Matsuda, M. (2024). ERK-mediated curvature feedback regulates branching morphogenesis in lung epithelial tissue. Current Biology, 34(4), 683-696
生物には肺や血管といった分岐構造が多く存在する。分岐構造の形成機構については、実験的研究から遺伝子発現パターンや座屈の関与などが調べられてきた。一方、理論的研究からは機械的力と化学/分子シグナルの相互作用の重要性が示唆されていた。しかし、その実証例はほとんどなかった。本研究では、肺の分岐構造をモデルに、(1)組織の曲率が高いと、その場所の上皮細胞でERKが活性化して細胞形態が変化して機械的力を生み出し、組織の曲率が低くなる、という負のフィールドバックループが存在すること、(2)各上皮細胞でこのフィードバックループが働くだけで分岐構造が自発的に形成されること、を示した。
力、シグナル、分子、細胞形態という異なる階層間の相互作用が複雑な組織形態を創出する仕組みを具体的に明らかにした点で意義深い。
Colgren, J., & Nichols, S. A. (2022). MRTF specifies a muscle-like contractile module in Porifera. Nature communications, 13(1), 4134. https://doi.org/10.1038/s41467-022-31756-9
動物の様々な細胞や組織では、ミオシンII(Myosin II)とアクチン(actin)の相互作用による様々な性質の収縮構造が普遍的に見られる。例えば、muscle cell (myocyte) による筋収縮や、non-muscle cellによる細胞運動やapical constriction(上皮の収縮運動)である。「動物(Metazoa)においてMyosin IIとactinによる収縮構造やその制御機構がどのように進化してきたのか?」は進化発生学や進化細胞学における重要な研究テーマの1つである。
左右相称動物では、Myosin IIによる収縮の性質や働く細胞種の違いは、Myosin IIの構成要素の内Myosin heavy chain(MyHC)の種類、Myosin IIとactin filamentの相互作用機構の種類、Myosin IIやその関連遺伝子の発現を調節する転写因子群の種類などによることが知られている。MyHCは、骨格筋細胞などで働くstriated-muscle MyHC(stMyHC)と平滑筋細胞などで働くsmooth/non-muscle MyHC(nmMyHC)の2種類に大きく分かれる。stMyHCとnmMyHCは、Holozoaの共通祖先で遺伝子重複と機能分化によって生じたらしい(Steinmetz et al., 2012, Nature)。一般的に、nmMyHCとactin filamentの相互作用はMLCK pathwayによって制御され、stMyHCとactin filamentの相互作用はTroponin complex pathwayによって制御される。また、 Myosin IIやその関連遺伝子の発現を調節して細胞運命を決めるのはMRTFとSRFを中心とする転写因子群である(注)。
左右相称動物(特に脊椎動物)で見られる、こうしたMyHCの種類やactinとの相互作用機構、転写因子群が、動物進化のいつ獲得され、どう進化してきたのかはよく分かっていない。特に、ゲノム情報からは非左右相称動物はTroponin complexを持たないとされ(Steinmetz et al., 2012, Nature)、カイメン、有櫛、平板、刺胞動物ではどのMyHCがどこで使われているのか、またその分子機構には未解明な点が非常に多い。
カイメン動物はmyocyteやneuronを持たないが、摂食、ガス交換、ゴミ除去、有性生殖のために、全身で協調して上皮が収縮するような運動(Whole-body contraction)を行う。本論文は、このcontractionがMyosin IIとactinの相互作用によるものなのか?、だとすれば、その分子機構は左右相称動物と同じなのか?に迫った。そして、apical constractionはstMyHCとactinの相互作用によるmuscle様の収縮性構造であること、これはMLCK関連pathwayによると示唆されること(左右相称動物のMLCK pathwayと同じかは分からない)、左右相称動物と同じMRTFによって、contractionや細胞分化を起こす遺伝子の発現が制御されると示唆されることを示した。
このことから、muscle様の収縮構造はMetazoa以前にmyoepithelia様組織として獲得された可能性、Troponin complex獲得以前はMRTF下でstMyHCもnmMyHCもMLCK pathwayによって制御されていた可能性を提示している。
(注)これはあくまで一般的な話であり、左右相称動物内でもMyHCとその制御機構の組み合わせや働く細胞種は様々であることに注意。詳しくはBrunet et al.,(2016),Elifeなどを参考。