EPA・DHAの新規作用機序解明

40年以上の研究歴史があり、機能性成分や医薬品として世界中で広く活用されているエイコサペンタエン酸(EPA)とドコサヘキサエン酸(DHA)ですが、作用機序が解明されていない生理活性がまだあります。私たちの研究室では、EPA・DHAの新規作用機序の解明を通じて、生命システムの新たな一面を明らかにしたいと考えて研究に取り組んでいます。

メラノーマ細胞株におけるEPA・DHAの作用

メラノーマは悪性黒色腫とよばれるがんの一種で、メラニンを産生するメラノサイトががん化した細胞で、メラニンの産生とがん細胞増殖という特徴があります。我々は、メラノーマ細胞株(B16F10)に対するEPA・DHAの作用を解析しました。

EPAはメラノーマ細胞におけるメラニンの産生を抑制します。B16F10メラノーマ細胞は、細胞内にメラニンを有するため細胞を集めると黒い塊になります。一方で、EPAを培地に添加した細胞は白くなります。これは、EPAによってアクチン繊維の形成が抑制されたために起こったと考えられます。

メラニンは、メラノソームという細胞内小器官で合成されます。メラノソームは細胞の中心付近で形成され、チューブリンに沿って細胞膜に向かって移動しながらメラニンを産生して成熟していきます。細胞膜に到達した成熟メラノソームは、アクチン繊維に引き渡されて細胞膜外に放出されます。EPAによってアクチン繊維の形成が阻害されたメラノーマ細胞内では、メラノソームが不安定化して分解されるため、細胞内メラニンが減少すると考えられます。

DHAは、メラノーマ細胞の増殖を抑制します。DHAは細胞周期の遅延を引き起こすことでメラノーマ細胞の増殖を抑制することがわかりました。DHAが細胞内のどのようなタンパク質に作用して、がん細胞増殖を抑制するのか解析したところ、Receptor of Activated Kinase C(RACK1)タンパク質と相互作用することを見出しました。RACK1はProtein Kinase C(PKC)シグナル伝達を促進する分子であることから、DHAがPKCシグナル抑制を介してメラノーマ細胞増殖を抑制しているのではないかと考え、PKC活性化剤(PMA)による拮抗作用を検討したところ、PKC活性化によってDHAによるがん細胞増殖が抑制されました。DHAによるがん細胞増殖抑制は、PKCシグナル抑制を介した作用であることがわかりました。

上記の内容は、Yamada H., et al. Journal of Lipid Research. 2019に掲載されました。


DHAによるPKCシグナル伝達抑制

PKCには、ジアセルグリセロール(DG)とカルシウムイオン(Ca2+)が活性化に必要なcanonical PKC(PKCα、PKCβ、PKCγ)、DGのみが活性化に必要なnovel PKC(PKCδ、PKCθ、PKCε、PKCη)、DGもCa2+も活性化に関係のないatypical PKC(PKCι、PKCζ)というタイプが存在します。

DHAがどのタイプのPKCとRACK1の相互作用の抑制に働き、どのようなタイプのがん細胞増殖を抑制するのかについて、現在研究を進めています。


EPA・DHAによるアクチン繊維形成抑制

アクチン繊維の形成は、細胞の移動に重要な役割を果たしています。EPA・DHAを添加するとメラノーマ細胞内のアクチン繊維が減少しますが、そのメカニズムは不明です。メラノーマは転移能の高いがんとして知られますが、EPA・DHAがメラノーマの転移を抑制することがマウス試験で報告されています。EPA・DHAによるアクチン繊維形成の抑制が、がん細胞転移抑制に関わっているのではないかと考えて研究を進めています。