この節では後の文章の解釈を混乱させないようにするため、「当たり前」の概念を定義する。ただし、この節で登場する「存在」と「物自体」に関しては個々人の解釈に任せる。これらの解釈は、カントやハイデッガーの思想を参考にしてほしい。
- 物自体の存在を仮定する。
- 物自体は現象を変化させる。(検証不可)
- 世界とは物自体から発するすべての現象である
- 世界は時空間と存在で構成される。
- 時空間と存在は分離できない。
- 概念は存在する。
- 物と事は存在することができる。
- 物と事は現象が変化することによって観測可能になる。
- 物aに対する概念とは、物aに操作を加え、対象から得られた認識しうる情報すべてのことをさす。
- 物と事の総体を宇宙と定義する。
- 物と事には量と質で観測することができる。
- 物と事は観測されることによって存在が確定される。
- 量を一般化した概念が数である。
- クオリアは質に含まれる。
- 事aと事bに属する量が同時に変化したすることを相関関係という。
- 「事aに属する量が原因となり、事bが起きた。」(因果関係)とは、以下の条件をみたすことである。
- 事aが観測された時間よりも事bが観測された時間のほうがあとである。
- 相関関係と因果関係は人間には区別ができない。したがって、本稿に登場する因果関係とはすべて仮定である。
- 過去とは神経系が生み出したクオリアである。物自体に存在する必要はない。
- 未来とは神経系が生み出したクオリアである。物自体に存在する必要はない。