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《 ダイジェスト版》
《 特別公演本編 》
●開催レポート
2023年2月14日、本年度最後となるガストロノミーツーリズム研究会は、アクトシティ浜松にて開催されました。会場とオンラインのハイブリッド形式で行われ、73名が参加しました。
静岡県スポーツ・文化観光部観光交流局局長の影島英一郎氏が開会の挨拶に立ち、「本研究会は2022年9月に発足し、それぞれの回で歴史、料理、生産に絞ってお話を伺う中で、様々なヒントを得てまいりました。本年度最後の開催となる本日は、静岡県立大学学長の尾池和夫氏にお話を伺います。テーマは『静岡の大地と水』。地球科学者でもある先生は、日本ジオパーク委員会委員長も務められています。また、先生のエッセイには静岡の魅力が溢れ、お話を聞くのが楽しみです」と述べました。
《 特別公演 》
「私は地球科学の専門で、地震の発生メカニズム等には詳しいですが、美食家でも食道楽でもありません。普通の食べ物を食べて暮らしています」
講演冒頭より、尾池氏の軽妙な語りとともに多くの資料がスクリーンに映されます。俳句結社『氷室』の主催でもある尾池氏は、俳句の季語となっている食材の魅力を知るため、自ら調理し、味わう生活を続けています。
「日本は東西南北に長く、四季折々の変化と土地の特徴に富ん多様性のある国です。そして、その四季と地域の特徴を知るには、食べ物が一番分かり易いでしょう」
と、日本独特の気候風土と食の関係性について触れました。
また、自らが学長を務める静岡県立大学についてご紹介いただきました。
「本学には約800種類の薬草を栽培する薬草園があります。一般にも開放されていますので、ぜひ足をお運びください。また、『生涯健康科学部』という新学部創設の設置計画が進行中です。保育や福祉などの幅広い分野を学び、安全・健康・長寿の県を目指します。長寿はもちろん大事ですが、元気でないと意味がありません。健康寿命を延ばすことが大切です。そのためにも、食べ物は非常に重要です」
日本の食べ物を理解する上で欠かすことのできない書物として尾池氏が挙げたのは、寺島良安著『和漢三才図会』(1712年成立)。江戸時代中期に編纂された日本の類書(百科事典)です。
『和漢三才図会』は、国立国会図書館デジタルコレクションにて公開されています。
また、尾池氏が携わった「ジオ多様性研究会」についての紹介もありました。
「ジオとはガイア、つまり地球を司る神様のこと。日本列島は世界で最も豊かなジオの多様性を持っています。10メートル移動すると違う地質になっているような国は、世界の中で日本だけです。その多様性は、日本酒に非常によく表れていると言えるでしょう。こんなにも町ごとに地酒を持つ国も珍しいと思います。
また、日本列島周辺は海洋の生物多様性も世界一。この豊かな海を大事に、綺麗にしないといけませんね」
日本と静岡の大地
「さて、太平洋の海底の地図をご覧ください。海底に山がずらっと並んでいます。ハワイ島付近では現在も海底で噴火が起こり、プレートに穴を開けています。太平洋プレートは年間10センチほど移動し続けているため、この穴がプレートの移動に乗って、アリューシャンの付近まで列を作っていることが分かります。この図を基に、日本列島の歴史を紐解くことができます。
7000万年前、太平洋プレートは北に向かって移動をしていました。そのプレートに乗って様々な島が運ばれ、隣り合うユーラシアプレートにくっついていったんですね。日本が多様性に富んだ地質を有しているのはこのためです。
そして4300万年前、太平洋プレートの動きが変わりました。今度は西の方に沈み込み始めたのです。このことによりユーラシア大陸の端が剥がれ、日本列島の原型が誕生します。その際、東北日本と西南日本は別々に移動してきました。東北日本は反時計、西南日本は時計回りに回転して、後からくっついて列島になりました。それが約1600万年前のことです。
伊豆半島はその後からやってきました。火山の島だったため沈むことなく本州に激突し、陸続きになったという歴史があります」
さらに、ユーラシア大陸と日本列島の間に広がる日本海にも特筆すべき特徴があると、尾池氏は続けます。
「日本海には暖流が流れ込んでくるため冬も盛んに蒸発が起こります。日本海から蒸発した水が大陸からの冬の風で、日本列島に雪を降らせます。日本ほど南まで豪雪地帯を持っている土地は珍しい。また、大陸の砂漠から風が吹くと黄砂が飛んできます。「春霞」とは黄砂のことです。黄砂のおかげで日本列島の大地は肥えた土となり、美味しい食材がたくさん獲れるようになりました」
「次にこちらの地質図をご覧ください。日本の東と西が別々に形作られたのはご説明した通りですが、西南日本には中央構造線と言う非常に重要な境目があります。東西に走るこの構造線を隔てて北側を西南日本内帯、南側を西南日本外帯と区別します。これに東北日本を含めた3つの区分が、日本の地質を理解するうえでポイントになります。今回の講演で特に重要なのが西南日本外帯です。
私は幼少期を過ごした高知と、現在生活している静岡は、同じ西南日本外帯の四万十帯に分類されます。高知と静岡は地質や気候が良く似ているせいか、食べ物を含む文化も似ています。掛川城と高知城が同じ様式なのは、江戸時代に山内家が掛川から高知に移動したためです。また、四国では雑煮の餅の形は丸型が一般的であるのに対し、高知だけが切り餅の雑煮を食べる風習があります。これは山内家の伝統であり、掛川の文化が持ち込まれたことを表しています。
高知の名産を挙げてみると、土佐天、鰹節、土佐分担……どれも静岡の名産に似ていて興味深いですね」
日本と静岡の水
本公演で『大地』と並び大きなテーマに掲げられている日本の『水』について、尾池氏は地球科学者である巽好幸氏の言葉を引用しています。
「『日本は山が急峻で、ミネラルが溶ける時間がなく、軟水になる』と言います。軟水である日本の水で獣の肉を煮ると臭みを感じる一方、昆布を煮たら美味しくなります。日本の出汁文化の始まりはここにあるのかもしれません。一方、西洋は地形上ゆっくりと水が流れるため、硬水になります」
また、現在は京都を離れ静岡で暮らしている尾池氏は、静岡の水を高く評価しています。
「静岡県には様々な河川があり、まるで河川の博物館のような県です。私が住んでいる葵区の水道水は美味しいですね。調べてみたところ、安倍川の伏流水をくみ上げていることが分かりました。日本の水道水は安全で美味しいですよ。
また、静岡市清水区蒲原地区と富士市の境を流れる富士川は、山形県の最上川、熊本県の球磨川とともに『日本三大急流河川』と呼ばれています。先程お話した通り、流れが速い川の水は軟水になります。ですから、静岡の水と出汁は非常に相性が良いと思われます。
さらに、ご存知の通り水が良いと日本酒も美味しくなります。喜久酔純米大吟醸は大井川水系南アルプス伏流水で作られた銘酒です」
講演の終盤、尾池氏は『ガストロノミーツーリズム五十三次 宿場 静岡編』の作成を推奨。
「東海道五十三次で静岡に属する11番から32番に名物をあてがい、観光資源にしてはいかがでしょうか。食べるモノから食べるコトへ。静岡にはジオツーリズムがあり、エコツーリズムがあり、そしてガストロノミーツーリズムがあります」と、『しずおか型ガストロノミーツーリズム』の新たな可能性を示していただきました。
《 対談 》
(研究会の約1週間前、2023年2月6日にトルコ・シリア大地震が発生したことについて)
尾池)今回の地震では3万5千人が亡くなったようですが(2023年2月14日時点)、マグニチュード7.8というと関東大地震と同規模になります。南海トラフはそれ以上のマグニチュード8と予想されますが、震災の時には水と食べ物が命綱です。その視点も、ガストロノミーツーリズムの中には必要だと考えます。
佐藤)避難所で出される食事は缶詰やおにぎりなど、種類が限られますよね。数カ月単位であの暮らしを続けていると、栄養が偏ってしまいます。
尾池)そうですね。温かく美味しいものを食べないと、心まで痛めることになります。
佐藤)そういった学問を学べる大学部の学部が必要では?
尾池)そうですね。先程紹介した新設予定の「生涯健康科学部」で学べるようにしたいと思います。
佐藤)阪神淡路大震災のエピソードですが、日々おにぎりとサンドイッチばかりで、避難者は心も体も冷えていました。そこに味噌汁を飲んだ瞬間、避難者の表情が華やいだといいます。
尾池)温かいものは重要。温める装置の準備が必要ですね。
佐藤)一番いいのはカセットコンロ。日頃から備蓄を心掛けないと。静岡市清水区の災害もそうですが、21世紀は災害の年になるでしょう。
尾池)セカンドハウスを複数人共有で持ち、いざという時は避難所になるような場所になれば理想的です。
佐藤)お話で一番印象的だったのは、水について。水道水が美味しいと仰っていましたが、先生はご自分で料理されるんですね?
尾池)はい、日々挑戦しています。
佐藤)水の違いを感じますか?
尾池)何を煮るかによって水を変える意識をしています。タコを茹でる際には強炭酸水を使って柔らかくしました。出汁を取るときは静岡の水道水(軟水)ですね。理屈を大事にして料理をしています。最近目玉焼きに凝っていて、冷蔵庫から出した卵を30分程ぬるま湯につけてから作ると、黄身が良い具合に仕上がります。
佐藤)なるほど、温泉卵のゆで卵を作る感じですね。
尾池)『季語を食べる』という本の執筆のために、色々試している最中です。
佐藤)黄砂が日本の土地を豊かにしたというお話がありましたね。
尾池)黄砂にはあらゆるミネラルが含まれていますからね。
佐藤)黄砂の表面には微生物がいて、納豆菌がついていると聞いたことがあるのですが…
尾池)そうですね。もしかすると、日本の発酵文化はそこから来ているのかもしれません。
佐藤)地質図と農産物の分布図を比較するスライドがありましたが、もう少し詳しくお聞かせください。
尾池)同じ名産がある場所は、地質も同じことが多いです。私がそれを最初に感じたのはサトイモでした。掛川のサトイモが美味しいことは知っていましたが、ある時群馬のサトイモを食べたらとても美味しくて。興味を持って調べたところ、掛川と地質が同じでした。もう一か所、福井もサトイモが有名なのですが、やはり地質が同じようです。
佐藤)なるほど、それは興味深いですね。
《 意見交換 》
佐藤)さて、事前にいくつか質問を頂いております。災害について、こんな質問がありました。『地震や洪水などの自然災害が作る豊かさを、現代はどう受け止めたらよいでしょうか』
尾池)崖が崩れたり、断層がずれたり、災害はストレスがかかる場所に起こるものであり、ストレスが解放された場所はその後安定します。崖が崩れた後や、噴火した後に人々が移り住んでくるのが昔の人々の暮らしでした。しかし今は土地が使い果たされてしまって、特に都市部は恩恵を得る場所が少ないのが現状です。地方にはまだ恩恵が残っているので、セカンドハウスを作ることを私はおすすめします。
佐藤)私はモビリティの問題だと考えます。一つの場所に投資しすぎではないでしょうか。
尾池)リモートワークが浸透して、人々が地方に分散するのはよいことですね。昔の知恵が戻ってくるのではないでしょうか。
佐藤)新型コロナウイルスの影響で飲食が打撃を受けましたが、江戸時代を調べたところ、大火事が起きた時に幕府は防火帯(可燃物のない帯状の区域)を作ったようです。防火帯では屋台が営業していたんだとか。
尾池)今のキッチンカーですね。
佐藤)まさに。先程の避難所にも温かい食事を運べますし、適当なモビリティを高めることが大切だと考えます。
尾池)地震の被害を防ぐために私が皆様にお願いしたいのは、大地の仕組みを知っていただくこと。気象予報士と同じように地震予報士という職業が定着し、大地の下で起きていることも日々テレビで伝えてほしいですね。まずは静岡のローカル局から始めてほしいですね。
佐藤)次の質問です。「静岡県を贔屓目に見ることなく、富士山も無視して日本に誇れるガストロノミーの基礎となることはありますか?」
尾池:富士山は無視してはいけません(笑)食べ物は大地と密接に関わっているのです。農林水産省「うちの郷土料理」ホームページで紹介されている静岡の48料理は、誇るべきラインナップです。駿河湾や浜名湖の名産はまだまだ出てくるでしょう。
《 閉会挨拶 》
閉会の挨拶に立った静岡県ガストロノミーツーリズム担当参事の土泉一見氏は全4回の研究会を振り返り、「これまで歴史、料理人、生産者、そして地球科学と様々な角度からお話を聞いて参りました。私が感じたのは「地域性」、「水」というキーワードが共通していたこと。尾池先生からいただいた宿題も踏まえ、ガストロノミーツーリズムを通じて、ますます静岡県が発展できればと思います」と結びました。
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