ガストロノミーツーリズム研究会 研究会報告

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《 特別公演本編 》

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開催レポート

2022年12月12日、ヴァンジ彫刻庭園美術館(駿東郡長泉町)にて「令和4年度第2回ガストロノミーツーリズム研究会」が開催されました。アートに囲まれたユニークな会場で、彫刻や絵画が花を添えるなか、前回に引き続き会場とオンラインのハイブリッド形式で行われ、50人が参加しました。


“地産地消の第一人者”を講師に招き


冒頭、静岡県スポーツ・文化観光部観光交流局局長の影島英一郎氏が開会の挨拶に立ちました。「第2回目の今回は、地産地消の第一人者である奥田氏ならではの実践的な観点から静岡県の食と食文化を読み解き、観光地域づくりを進めていきたいと考えています」と、本研究会の趣旨を語りました

特別公演

特別講演には山形県のイタリアンレストラン『アル・ケッチァーノ』のオーナーシェフ奥田政行氏をお招きし、『庄内のテロワールとガストロノミーツーリズム』と題してご講演をいただきました。

まずはご自身の本拠地である庄内地方の歴史と食文化について解説いただきました。

奥田氏「江戸時代、庄内地方は徳川四天王の一人である酒井家が藩主として治めていました。最後まで徳川家に忠誠を尽くした家系であり、それ故維新の際には新政府軍に目をつけられることになりました。しかし、戊辰戦争では無血開城をしたことにより、貴重な文化財が失われずに残りました。やがて近くの新潟県に田中角栄が現れ、首都圏との交通網を急速に発達させました。しかし、庄内はその影に埋もれ取り残されてしまった『陸の孤島』なのです。農作物も都市向けに発達することなく、在来作物を地消する分だけ生産してきた地域です。」

 

続いて奥田氏自身の料理人としての活動内容や食に対する思想にまで至ります。

奥田氏「その土地の土と気候に応じて農作物は育ちます。在来作物は『生きた文化財』。私の中では、塩と水以外の食材は全て『生き物』なのです。庄内はその稀有な歴史的背景から、独自の農作物がいくつも受け継がれてきました。地元の漬物にしかならなかった野菜を、私はイタリア料理として生まれ変わらせました。

 

その後、33歳の私が『食の都庄内』の構想を県庁に提案したところ、早速親善大使に任命され、そこからユネスコ登録までの長い道のりがスタートしました。

手探りの活動の過程で、貴重な出会いもありました。その一つが、山形大学農学部教授・江頭先生との出会いです。先生と一緒に始めた在来野菜の連載企画を通し、食材に関する知識が格段に深まりました。自分の住む地域の歴史と地理と気候と水を理解することで、食文化が見えてくるようになりました。」

 

静岡の高いポテンシャル

 

奥田氏は、「庄内地方には海の魚介類が138種類、淡水の魚介類は40種類あり、雪に弱い作物以外は全て作っている。庄内が『食の都』を掲げてちょうど20年、2014年に『ユネスコ食文化創造都市』に認定されました。豊富な自然と文化財と歴史絵巻が残っている貴重な街だと、世界に認められるにまで至ったのです。食のポテンシャルを持っている県は、豊富な海と山の幸がある山形、岩手、高知、熊本、そして静岡。魅力にあふれた静岡なら間違いなく成功できます」と断言。

さらに、『食の観光』の仕掛け方として、奥田氏は具体的な取組を次々と挙げていきます。

「庄内鶴岡には、豊富な自然と文化財と歴史絵巻が数多く残っています。例えば、旅のはじまりは善寳寺という魚の供養塔からスタート。普段食べている魚に感謝をしましょう、と手を合わせ、食文化を神格化させます。次は水族館で目利きイベント。目の色やヒレのカタチで美味しい魚を選ぶ方法を伝授します。そして多くの生産者と触れ合った後、旅の最後は、農業信仰の象徴である出羽三山・五重塔で締めくくる。静岡の特性を活かすのであれば、東海道五十三次の要素を取り入れると面白いと思います」と、静岡の持つ可能性について期待を滲ませました。 

対談

研究会後半は、本研究会の発起人であるふじのくに地球環境史ミュージアム館長の佐藤洋一郎氏も登壇し、奥田氏と対談が行われました。

佐藤)講演を聞いていてすごく面白かったのは、庄内の鳥瞰図が出てきたこと。僕は第1回目の研究会で、地図を使ってガストロノミーツーリズムを説明しましたが、奥田さんの鳥瞰図は面白くて勉強になったので、ぜひ真似したいです。

奥田)富士山を中心とした歌川広重風の鳥瞰図を創ったら素敵だと思います。

佐藤)いいですね。奥田さんに改めて聞きたいのは、静岡の食の魅力について。魚も水の質で変わると説明がありましたが、静岡の「水」についてもう少し聞かせてください。駿河湾でのサクラエビの漁獲量の低下が心配されていますが、どんな理由が考えられるでしょうか?

奥田)水が濁ると獲れなくなると聞きますね。光合成ができなくなると、食物連鎖の最初にいるサクラエビは顕著に影響を受けてしまうんだと思います。一方、しらすは水が汚れている湘南が美味しいのが面白いところです。

佐藤)江戸の寿司が美味しいのは、百万人の排泄物が栄養となって江戸湾に流れるから、と言いますね。ミネラルを含んで豊かな魚介類ができるのでしょう。

奥田)僕も濁ってきたところで育ってきたので分かります(笑)

 

佐藤)前回の小和田先生との対談で、徳川家康の鯛の天ぷらの話がありました。奥田さんがこれを活かすとしたら、どんなことが思いつくでしょう?

奥田)ビール会社と組んでフリットとかどうでしょう?例えば『家康バル』と銘打って、揚げ物を売り出すんです。

佐藤)文献によると切り身ではなくすり身らしいんですが、再現できますか?

奥田)鯛のすり身ですか、できますよ。

佐藤)小和田先生曰く、油はカヤの実を使っていたそうです。

奥田)油の勉強をしてみると面白いですよ。油を使う国は食中酒に酸味の強いワインを飲んでいましたが、日本は戦国時代末期まで揚げ物が普及していなかったので日本酒です。

佐藤)静岡の在来野菜はどうですか?

奥田)面白いですね。東海道五十三次のおかげで、いろんな野菜の種が持ち込まれたからだろうと予想しています。

佐藤)奥田さんは、なぜ東海道であんなにも人の流れができたと思いますか?

奥田)お伊勢参りがブームになったからではないでしょうか。

佐藤)僕は富士山が修験の山だからだと思うんです。日本人には、奈良時代から富士山を拝む風習がありました。かぐや姫は富士山に上って月に帰ったという伝説が、富士の地方には根付いています。奥田さんの地元である出羽三山や、西の比叡山も同じで、自然崇拝の文化です。

奥田)日本一高い富士山、日本一深い駿河湾……静岡は日本一がありすぎですよね。庄内は何もないところに文化を創るのが大変だったからうらやましいです。

佐藤)要素を絞るとしたら?

奥田)富士山、家康、そして東海道関連。今は首都圏が神奈川まで伸びたので、静岡が「江戸前」と言えるのではないでしょうか。庄内の人間である僕から見て、静岡県民はお国自慢が好きな県民性です。静岡おでんの話とか、すごく喜んでくれます。反面、外へのアピールがイマイチ上手くない。おでんで新しいものを創ればいいと思います。おでんは70度前後に保つ料理なので、放っておいても魚が縮まない温度なんです。時間が経つにつれてどんどん出汁が出てきて、簡単なのに完成されている料理です。おでんを仕込んでいる横でお寿司を握れば、あっという間に高級料理店の完成ですよ。『ネオ・静岡おでん』と言って売り出しましょう。最後に出汁でパスタ作っちゃえばいい。

佐藤)奥田さんプロデュースの寿司屋に行ったことがありますが、醤油ではなくてトマト塩を使っている点が面白いお店でした。

奥田)まぐろの味が6倍くらいに膨らむんですよ。江頭教授と味を科学的に学んだからこそできたことです。

佐藤)お茶も驚く程の濃さで美味しかったのを覚えています。

奥田)あれは静岡茶ですよ。お茶に合わない食材もあるので、僕は提供する料理ごとにペアリングしています。少し話が逸れますが、食物の破壊温度は94度なんです。それはお茶も同じで、94度を境目に味が全然変わってしまう。そういう日本人が知らない日本の食文化を教えると、知的好奇心を擽られるので興味を惹きますよ。

佐藤)奥田さんと言えば、『口内調味』についてもぜひ教えてください。

奥田)口の中で混ぜる料理を好むのが日本人です。たくわんとご飯をミキサーすることを楽しいと感じるんです。ご飯に対するおかずの比率を、自然と自分の好みに合わせてやっています。八百万の神を感じてやってみてください。

 

旧知の仲であるお二人の対談は、終始和やかかつ活発な議論となりました。

質問


続いて、会場参加者から質問が挙がりました。


【質問1】

試験的にガストロノミーツーリズムをやっている身として、地元の食習慣について語れる方がツアーに同行するか否かは大きなポイントだと感じています。奥田さんの場合、庄内でツアーを実施するタイミングはいつでしたか?また、ツアー参加者はどうやって集めましたか?

奥田)僕の場合、官公庁に働きかけて世界から人を呼び寄せました。あとは野菜ソムリエ、料理家に呼びかけると反応がいいですよ。惜しみなく情報を提供してあげることが大事です。僕が思うに、観光の楽しみは温泉、料理、歴史、写真が絵になること、家に帰ってからもその地域と繋がっていること。旅の最中はもちろんですが、旅前に調べる楽しさと、旅の後も繋がりを大事にすると、ファンになってまた来てもらえます。「春になると山菜が取れておいしいですよ」「夏は茶豆が美味しくて、花火大会も凄いんだよ」と伝えて、来た人の心を離さないことが大切です。

【質問2】

観光の仕事をしていますが、食をなかなか観光に繋げられません。皆様が食に貪欲でない印象です。静岡でこれから活用すべき在来野菜を教えてください。また、高級茶と食をどう繋げればよいでしょうか。

奥田)静岡の在来野菜と言えば自然薯。土が重いとゆっくり成長するので、きめ細かい味になります。サトイモ系はおでんと相性がいいので、50分間、70度でゆっくり火を通してみてください。ねっとりとした食感が楽しい料理になります。おでんは調理に手間がかからないので、その分お茶に神経を使えます。最後はお客様にお茶のお土産をお渡ししましょう。「エビ用」など、食材とペアリングさせた商品を渡すと更に効果的です。「おでんのだし」もお土産にいいですね。

佐藤)お話を聞いていると、おでんはB級グルメなんて言わない方がいいですね。

奥田)はい、おでんは極めて優れた料理です。水の硬度も重要で、おでんに適しているのは硬度が高い水です。

佐藤)静岡は水道水の硬度が高いんですよ。

奥田)そうなんですね。ぜひ、何事も理由付けしてガストロノミーにしてください。

 

奥田氏の回答を踏まえ、オンラインからも質問がありました。

 

【質問3】

自然薯について調べているのですが、いろんな食べ方を教えてください。

奥田)マシュマロと一緒に食べると、一気に5倍くらい膨らんで面白いですよ。口内調味してください(笑)

佐藤)ほかには?(笑)

奥田)水にワサビと塩を入れて、ワサビの香りがする水を作ります。そこに切った自然薯を40分程浸します。そうするとワサビの香りの自然薯が出来上がります。そこに更に粒あんを入れて、最後にアイスクリームを添えればあっという間に大人のデザートの完成です。

佐藤)自然薯は白ワインと合いそうですね。和食と白ワインは合わないといいますが、工夫次第な気がします。

奥田)甘みを感じるアイスワインと合いますよ。先程油とワインの関係について話しましたが、次の時代の和食は、油を使いこなすことが大事です。アプリコットオイルだとかピスタチオオイルだとかを、食材によって使いこなすスキルが重要になります。油には味蕾(舌にある食べ物の味を感じ取る器官)を開く効果があります。

 

【質問4】

地域おこし協力隊として活動していますが、湯ヶ島の魅力を引き出すのに苦労しています。

奥田)大局と各論を知ることです。絵を描いた後に単語を覚えるなど、右脳と左脳を交互に使って、毎日1時間勉強してください。僕はそんなことを続けていたら、いつの間にか周りが協力してくれるようになりました。ツキを持ってくるのは神様でも富士山でもなく、人です。

佐藤)人と人との関わりの中でできるのがツーリズム。誰と何をしようというのは大事ですね。

 

最後に、静岡県ガストロノミーツーリズム担当参事の土泉一見氏が閉会の挨拶に立ち、「本研究会をきっかけとして、静岡県の豊富な食材を活かし、観光化し、地域づくりにまで発展させていきたいと考えています。実現のためには、ここにいらっしゃる関係者だけでなく、メーカーや流通の力も必要になるでしょう。皆様の引き続きのご協力を、どうぞよろしくお願い致します」と締めくくりました。 

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