書いた順番
[1] S. Seki, Congruences modulo 10^3 for Euler numbers, Ramanujan J. 40 (2016), 201–205.
大阪大学で修士課程(正確には博士前期課程)の学生だった頃、小林治先生の1年生向け(どうでもいいけれど、私は昔から「〜回生」という表現を使いたがらない)の微分積分の授業のTAをしていた。期末試験の試験監督も任されたのであるが、試験時間中に問題を眺めてみると、Euler数に関する予想が書かれていた。Euler数に関する1ページの記事が問題用紙に書かれていて、そこに書かれていることについて何でもいいから証明をつけなさいという問題が出題されていたのだ。その記事には補題や命題や定理も書かれていたが、予想も書かれていたため、学生はその予想を証明してもよかったわけである(その後、先生から何も聞いていないので、実際に証明した学生はいなかったと思われる)。「学部生の定期試験に予想!?」と驚いた私は、試験終了直後に先生に「あの予想ってなんですか?」と聞いた。すると、「いや〜成り立つと思って」との回答。より詳しく聞いてみると、先生が解析概論を読んだときに数値実験をして得た予想らしく、それ以降ことあるごとに数論研究者に聞いてみたが誰も興味を持ってくれなかったとのこと。それで興味を持った私はその予想に挑戦し、初等的な方法であっさり解けてしまった。そのことを先生に報告したら「論文にする価値がある」とエンカレッジしてもらえたので(その後少し期間が空いてしまったが)執筆した論文である。Ramanujanがより簡単な場合を述べていたことを知ったため、指導教員のアドバイスのもと、Ramanujan Journalに投稿した。これは修正無しの一発アクセプトであった。内容的に仕方がないと思っているが、いまだに引用はされていない。でも、いつかは誰かが引用してくれるかもしれないと期待している。
[2] K. Sakugawa, S. Seki, On functional equations of finite multiple polylogarithms, J. Algebra 469 (2017), 323–357.
研究室の先輩である佐久川さんの部屋にいつものように遊びに行ったら、黒板にとある合同式が書かれていた。今思えば、このときが私と(いわゆるEuler−Zagier型の)多重和との初めての出会いである。そこに書かれていた合同式はProposition 4.3 (64)式(arXiv版では(68)でずれているようなので注意)の m が偶数の場合であり、m=2のときはZ. W. Sunが2012年の論文で証明していた。その一般化を与えているこの合同式を私は「佐久川合同式」と呼ぶことにしたが、佐久川さんから提示された研究課題は以下の通り: ①佐久川さんは岩澤理論におけるあるモチベーションで計算を進めていたら偶然にもこの合同式にたどり着いたが、もっと初等的に証明できるはずなので、それを実行せよ。②mが奇数のときは当然気になるが、どうやら関−Bernoulli数が出てくるらしく、一般公式を求めよ。これらの研究課題に興味を持ったので、取り組むことにした。Z. W. Sun, Z. H. Sun, Meštrovićらの論文を読んでいると、Eulerによる二項係数に関するとある恒等式を種々に(変数をつけたり多重化したり)一般化すればいいのだと気づく。実は佐久川さんが変数がないときの多重和に関する恒等式の1つを既に得ていて、それを佐久川恒等式と呼んでいたが(今はRomanという人の研究まで遡ることができている)、必要な一般化に成功して佐久川さんの研究課題を解決することができた。それで、どこかのタイミングで共著論文にしようということになって、ある程度の期間をかけて包括的な研究を行った。この研究の基本となるEulerの恒等式の一般化は私と佐久川さんが交互に少しずつ一般化していったような記憶があるが、最終形(特別な場合がHoffmanの恒等式)が実はKawashima−Tanakaによるプレプリントにも載っていることにあるとき気づく。ショックを受けたが、同値性は相当の専門家でないとすぐには気づかないし、我々の表記を文献として残すことには意義があるはずだし、証明が異なるし、これだけが論文の内容ではないということで気を取り直して論文の執筆を進めていく。元々は特定の合同式を得ることが目的であったが、それを導出するある種の関数等式こそをメインにすべきだということになった。では、その関数等式は一体どんな関数の関数等式であるのか。佐久川さん曰く、最近「有限多重ゼータ値」と呼ばれる研究対象が盛んに研究されているらしいが、我々が研究しているこの対象は有限多重ゼータ値を一般化した「有限多重ポリログ」であり、金子−Zagier環において定式化すべきである。「へえ、そうなんだ」(←このとき、私は多重ゼータ値の存在すら知らない。)結局、「金子−Zagier環」の名称は却下されることになり、未だに人によって呼び方が異なる(最新のLuca–Zudilinの論文では"poor man's adèle ring"が採用されているが、私は"the ring of integers modulo infinitely large primes"(「無限大素数を法とする整数環」)を採用している。却下された理由は彼らが最初に定義したわけではないからであり、Kontsevichが先に定義していた。しかし、実際はAxの論文にまで遡れることを金子先生からあるときに教えていただき、それ以来Axの論文を引用すべきだと思って私はそうしているのであるが、未だにKontsevichのみを引用している論文が多い)。こうして、有限多重ポリログの関数等式をメインに置いて、応用として特殊値をたくさん計算し、その1つに佐久川合同式があるという形にまとめることになった。ところで、元のZ. W. Sunの合同式は0と合同なので、mod p^2にすれば pと何かの積になるはずである。それも気になるはずで、実際にZ. W. SunとL. L. Zhaoの2013年の論文などで計算されていた。ので、我々もmod p^2、すなわち環A2で可能な限り計算を実行した。J. ZhaoがHoffman双対関係式のA2版を導出していたので、我々の関数等式もA2で計算した。ところが、当時の私の理解ではその計算方法をmod p^3以上の高い冪へうまく拡張することはできなかったので、A3以上の結果を得ることはできなかった。とはいえ、いわゆる"supercongruence"の分野では特定の冪での論文がたくさんあったので、冪を幾らでもあげるなんてことは難しいんだろうなと当時は漠然と思っていた。我々のA2関数等式からZ. W. Sun−L. L. Zhaoの合同式を任意偶数深さに拡張することができたので、それはTheorem 1.5として掲げている。論文がほぼ完成した頃だっただろうか、小野−山本という別の研究グループが同じく「有限多重ポリログ」を定義しており講演するらしいということを知って再び肝を冷やす(小野さん、山本さんとは一応「整数論サマースクール」で面識はあった)。佐久川さんに講演を聴いてきていただいたが、どうやら定義が微妙に違ったらしく、テーマもシャッフル積で被りがないとのこと。ほっ。むしろ、定義が違うならその関係性も調べちゃえということで命題が増えた(Proposition 3.26など)。当時のファイルを見つけたが(一番上に画像あり)、佐久川合同式を知ったのが2014年2月で、最初の課題を解決したのが2014年6月であったから、出版までにはそれなりに時間がかかった。arXivに投稿したのも2015年9月であるから、1年以上2人で研究を継続していたことがわかる。
[3] K. Sakugawa, S. Seki, Finite and ́etale polylogarithms, J. Number Theory 176 (2017), 279–301.
元々[2]と[3]は合わせて1つの論文であったが、最初に投稿したジャーナルからはエディターリジェクトされた。その際、佐久川さんから2つに分けようと提案され、分けることになった後半部分。私の貢献は少ない。Besserによる有限ポリログに関する公式の類似物を得たという形にまとめた。そういえば、当時Elbaz-Vincent−GanglとBesserをたくさん勉強して佐久川さんと色々議論したなあ。え?どこから最初リジェクトされたかって?もう、お分かりでしょう。
[4] S. Seki, The p-adic duality for the finite star-multiple polylogarithms, Tohoku Math. J. 71 (2019), 111–122.
「素数大富豪を考案した面白いやつがいる」ということで2015年11月に名古屋で開催された国際研究集会での講演機会を得た。そこで、[2]の内容を講演したのであるが、斎藤新悟さんからRosenの仕事を教えていただいた。Julian Rosenは研究初期において私に最も影響を与えた数学者である。RosenはAnの極限を考え、そこでp進有限多重ゼータ値を研究するということを最初にやった人物だ。確かにこれを研究すべきだと思い、Rosenの論文を勉強した(RosenのLifting conjectureは今も未解決だ)。その論文で、J. ZhaoのA2双対関係式もp進双対関係式に持ち上げられていた。今見ると、非常に自然で簡単な式変形で関係式が得られているが、当時の私は普通に多重ゼータ値の調和関係式を習得していなかった可能性すらあって、まあ複雑に感じたのであった。それに、実際Rosenの双対関係式は対合的ではあるけれど、左辺と右辺では対称的には見えないFMZVの和が出てきて、Hoffman双対関係式のようにシンプルではない(FMZSVを用いて綺麗な双対形となる)。一方、J. ZhaoのA2双対関係式を完全に対称形で書けることにあるとき気づいたので、スター版であれば美しいp進双対関係式もあるのではないかという思いが私の心の中で支配的となっていった。とはいえ、[2]の時点でA2限定の計算をしていたので、Rosenの調和積的な計算ではなく、[2]の計算をうまく拡張して綺麗なスター版p進双対関係式を得るための方法を編み出す必要があった。そのトリックをあるとき思いつく。ただ、それを実行するにはそれなりの計算が伴うこと必然で面倒でもあった。それを2016年4月に池田市のミスタードーナツで実行した。すると、一時かなり複雑になった和が殆ど消えていき、最終的に残った関係式は「理想的な双対形」を示していた。トリックを思いついた時点で何かしら具体的な関係式があることは確定したが、計算を実行するまでその姿は分からなかったので、まさかここまで綺麗な形になるとは思わなかったし、とても感動した。p進双対関係式だけであれば同名称関係式をRosenが得ているのでパンチが弱かったかもしれないが、[2]でHoffman双対関係式の一般化である有限多重ポリログの関数等式を得ていたので、p進関数等式まで拡張することでオリジナリティは上がるだろうと考えた。その結果、(t_1, ..., t_r) ⇄ (1-t_1, ..., 1-t_r) の形の極めて美しい関数等式に仕上がったので非常に満足している。研究対象は本質的にはRosenが生み出したものであるが、記号面で不満があったので自分好みに整理し、私の記法が後の関連研究でそれなりに採用されていることは嬉しい。ちなみに、Lemma 3.3の使わない場合であるnon-starの場合は間違っているので注意してください。すみません。さて、レフェリーレポートが届いて衝撃を受ける。なんと、私のあの複雑な計算は不要で、もっと簡単に計算できると指摘されたのだ!(Lemma 4.1)これには本当にショックを受けたが、客観的に考えると計算は簡単な方がいいし、レフェリーはきっと私が発見した美しい関係式を見て、そこから逆算することによりこの補題を得たのだ。この式を発見した功績は私にあるのだから気にすることはない!(と思わなきゃやってられん!いや、レフェリーには本当に感謝しています。ありがとうございます。)今でも私のp進関数等式そのものは極めて美しいと思っているし、これを世界で初めて発見したのだから博士号ぐらいはもらってもいいだろうと思えた(本当は世界的な偉業を博士論文で成し遂げたいものだが、現実は留年すれば授業料もかかるし、取れるなら早く取りたい)。なお、p進双対関係式にはRosenの式と私の式があるが、最近[16]で第3の式が得られている。これらの関係性は調べていない。やれば簡単に分かるのかもしれないが、モチベーションがそこまでわかないため。興味ある人がいれば是非やってください。さて、名古屋での集会は苦手な英語での講演であったが、松本先生から何故multiple-starではなくstar-multipleなのかを質問された。当時はこだわりがあって、日本語であればその細かいこだわりを説明できたであろうが(松本先生の共著論文ではmultiple-starが採用されていることも知っていた)、英語なので説明できそうにもない。テンパった私は"This is commutative!"と言ったところ会場の爆笑を掻っ攫ったのである。そういえば、あの集会の懇親会で質問してくれた当時4年生の人物が松坂さんで、このときが彼との最初の出会いだ。
[5] S. Seki, Valuations, arithmetic progressions, and prime numbers, Notes on Number Theory and Discrete Mathematics 24 (2018), 128–132.
価値が理解されなさそうなマニアックな論文。私自身は価値がないとは思ってはいない。有名な定理には大量の別証明が見つけられるケースがある。「素数の無限性」はその代表例の1つで、色々な証明が知られている。学生時代、それらを調べるのが好きだったことがあり、著名な数学者による別証明も複数あって、「いつか自分でも別証明を与えたいな」と思っていた。Meštrovićがサーベイ論文を書いている。お気に入りはFurstenbergによる証明だ。本論文の前半は私が博士前期課程のときに同期に連れられていった合コンのカラオケ中に思いついた証明をこの機会についでに書いておいたものだ。この内容を知っている人はいくらでもいたと思うが、Meštrovićのサーベイ等の文献には見当たらなかったので載せてもいいだろうと考えた。論文が出てから橋本先生の本にも同じアイデアの証明が書かれていることを知ったが、そのことは橋本先生には直接伝えた。後半については小泉さんのブログでAlpogeの論文を知り、面白いと思ってEulerの定理の別証明に"拡張"していたのだが、関連するGranvilleの論文が2017年8月23日arXivに上がっていてもたってもいられなくなり、Granvilleの論文内容とも絡めて論文を書き上げ、8月27日にはarXivに公開した。ちなみに、8月21日〜25日の間は松本60に参加していた。
[6] S. Seki, S. Yamamoto, A new proof of the duality of multiple zeta values and its generalizations, Int. J. of Number Theory 15 (2019), 1261–1265.
「コネクター」、「連結和法」の記念すべき第一論文。論文[2]を執筆するまで多重ゼータ値の存在を知らなかったが、[2]の執筆をきっかけに多重ゼータ値関連の研究集会に顔を出すようになり、少しずつ知識を増やしていった。そして、「正規化複シャッフル関係式は双対関係式を導く」という主張が未解決であることを知る(Écalleが示しているらしいという噂を聞くが、Écalleのmould theoryは証明等が頻繁に省略されているそうで、他の数学者によって少しずつ証明がつけられて、論文として発表されている。この意味ではこの予想はまだ証明がつけられていないはずである)。調和積公式は多重ゼータ値の級数表示由来の関係式であり、シャッフル積公式は反復積分表示由来の関係式であり、従って複シャッフル関係式は2つの表示を組み合わせて得られる関係式である。また、双対関係式は反復積分表示由来の関係式である。というのが、当時の(研究集会や文献から得た)私の理解だ。この非対称性に気持ち悪さを感じ、予想を解こうと思ったらまずは双対関係式の級数表示に基づいた理解が必須なのではないかと思うようになった。また、バイブルである荒川・金子の『多重ゼータ値入門』には、双対関係式を指して「この定理の積分表示を使わない証明はあるのだろうか.」という記述がある。この疑問を解決するような級数変形による双対関係式の新証明を得たいと考え、ある程度の期間取り組んでいた。Eulerが証明した重さ3の場合の双対関係式の32通りの証明がBorwein−Bradleyの論文に載っていたので、例えばその中の3節の証明を拡張しようと取り組んだが失敗に終わった(これに成功したのが[16])。転機が訪れたのはGreen−Taoの定理の原論文の勉強も完了してMathPowerでの講演も終わった後、4月から始まる仙台での生活への準備を始めていた2018年2月である。近畿大学で開催された第11回多重ゼータ研究集会&第39回関西多重ゼータ研究会(共同開催)の最終講演者である山本修司さんが「2-1公式とZhaoのbinomial identityに関する注意」と題する講演をされた。これを聴いた私に衝撃が走り、「このような証明方法が双対関係式に対しても可能なのではないだろうか」という着想にいたる。そのまま愛媛に移動して第11回ゼータ若手研究集会に参加したが、自由討論の時間に山本さんと自由討論を行う幸運に恵まれた。幾つかの研究テーマを出し合ってある程度の議論をした後に、「そういえば」という感じで近畿大学で得た着想を山本さんに伝えた。すると、山本さんは目の前で計算を始め、あっという間に双対関係式の(連結和法による)新証明が得られてしまった。その日は「自分の考えた妄想が数学世界で本当に成立していた」という興奮と「自分では実行しないままに、山本さんに為されてしまった」という悔しさの2つの感情が渦巻く夜を過ごした。次の日から山本さんと議論を開始し、最終的には2つの共著論文を発表することになった。arXivへの投稿は仙台に移った後の2018年6月である。本論文は双対関係式の一般化である大野関係式をq類似に拡張したBradleyの公式の連結和法による証明をまとめている。大野関係式の大野先生のよるオリジナルの証明は私の理解ではq類似に拡張するのは難しそうであり、Bradleyは奥田・上野による大野関係式の差分方程式を用いた別証明を拡張していた。その証明に比べると我々の証明は圧倒的に短くなっている。また、Granvilleが和公式の級数変形に基づく証明を与えていたが、それと比較しても我々の証明は短いと言えるので、そのことに関するRemarkも付けている。今思い返してみても、コネクターは「ある」と信じないと見つからないだろうなあと感じる。最初の投稿先からは「別証明は受け付けない」と即リジェクトされたが、再投稿先のレフェリーからは"the paper under review invents an astonishingly clever and simple way to give a completely different proof of the duality"と評された。別証明で新定理は生み出していないかもしれないが、「コネクターを探してみる」という新しい研究方針を生み出した論文である。
[7] S. Seki, S. Yamamoto, Ohno-type identities for multiple harmonic sums, J. Math. Soc. Japan 72 (2020), 673–686.
山本さんと行った連結和法に関する共同研究は多重ゼータ値に関する論文と有限多重ゼータ値に関する論文とで2つに分けることになり、本論文は有限多重ゼータ値パートである。多重ゼータ値の双対関係式に対応すると考えられている(?)有限多重ゼータ値の間で成立する関係式族として、Hoffman双対関係式と呼ばれているものがある。その典型的な導出法は、Hoffmanの恒等式と呼ばれる有理数の間で成立する等式を証明しておき、各素数pでmod pするというものだ。このHoffmanの恒等式の連結和法による新証明が(後述の通り、より一般的な定理を証明しているため、それ自体は書き下していないが)本論文の最も基礎をなす部分である。ぐれぽんさんによる詳しい解説がある。多重ゼータ値の双対関係式の場合は結果となる等式の両辺にはコネクターが(ともに1であるため)見かけ上残っていないが、Hoffmanの恒等式の場合は片方に二項係数がついており、実はこれはコネクターの残骸なのだと思うことができる。双対関係式に対するコネクターを拡張することによって大野関係式の新証明が得られたことから類推すると、Hoffmanの恒等式のコネクターを同じように拡張することによって、Hoffmanの恒等式の「大野化」が得られるのではないかということが期待される。期待通りに得られたのが我々の「大野型恒等式」である。Hoffmanの恒等式から有限多重ゼータ値のHoffman双対関係式が得られたことを思い出すと、大野型恒等式からHoffman双対関係式の一般化となる有限多重ゼータ値の関係式族が得られるはずであるが、それが広瀬−今冨−村原−斎藤による先行研究結果「有限多重ゼータ星値に対する大野型関係式」であり、我々はその別証明を与えたことになる。更に、恒等式の場合は二項係数部分をp進展開することによって、原理的にはp進有限多重ゼータ値の関係式が得られる(論文[4]の手法)! 大野型関係式から和公式が導出されることはよく知られていたので、この原理に基づいて大野型恒等式から和公式を得る計算を実行することにより、A2有限多重ゼータ値に関する綺麗な和公式を得ることができた(第二主結果。斎藤−若林の和公式の部分的精密化)。これは研究初期からA2志向のあった私にとっては悲願であった。なお、Hoffmanの恒等式のq類似は(Hamme, Dilcher, Prodingerの仕事の後に)Bradleyによって知られていたが、大野型恒等式のq類似も証明した(第一主結果)。最初に発見されたコネクターは既存の結果の新証明を与えるだけかもしれないが、コネクター部分のどこにパラメーターを付けるとうまくいくかを試行錯誤することによって、今回の場合「(q)大野型恒等式」という新しい公式が得られた。この一般化のしやすさ(いつでもすんなりいくわけではない)が連結和法の1つの優れた点と言えよう。
[8] H. Murahara, T. Onozuka, S. Seki, Bowman-Bradley type theorem for finite multiple zeta values in A2, Osaka J. Math. 57 (2020), 647–653.
2018年9月に開催された第26回整数論サマースクール『多重ゼータ値』に参加しているときに、村原さんと小野塚さんから勧誘された研究。多重ゼータ値に関するBowman−Bradleyの定理と呼ばれる美しい定理があるが、斎藤−若林がその有限多重ゼータ値版と言える定理を2016年に得ていた。本論文は斎藤−若林の定理を部分的にA2に持ち上げる仕事である。持ち上げとしては部分的であるが、ある意味では本論文の定理こそが本家Bowman−Bradleyの定理の真の類似物だという考え方もできなくはない。証明には宗田さんと山本さんの論文の結果を用いたが、それぞれMZV、MZSVに対するBowman–Bradleyの定理に関する最初の論文ではない。しかしながら彼らの研究がなければ我々の論文はもっと大変になっていたに違いない。誰かが証明を与えればそれで終わりではなく、未来の後続研究のためには、別証明や精密化の仕事が重要なのだと感じる機会となった。ちなみに、この研究時に色々計算して得た恒等式の1つを数学セミナー2019年2月号の『エレガントな解答をもとむ』に出題した。
[9] M. Hirose, N. Sato, S. Seki, The connector for the double Ohno relation, Acta Arith. 201 (2021), 109–118.
広瀬さんとはそれまでに何度か研究打ち合わせを行っていたが、論文にまとめるところまで到達した研究が1つもない状況であった。2019年12月ぐらいだったと思うが、広瀬さんと打ち合わせをしているときに、たまたま佐藤さんもその場にいたので一緒に議論しようということになった。そのときのお題は「二重大野関係式のコネクターを見つけよう」というものだ。2019年の夏に共同研究者の小野雅隆さんが仙台に来られたが、そのときに広瀬–村原–小野塚–佐藤が「二重大野関係式」なる成果を得ているという情報を教えてくださり、飛び上がるほど驚いたのを覚えている。そんなに面白い現象があるのかと。ただ、彼らの証明法は大野関係式を用いるものだったので、関–山本による連結和法で直接的に二重大野関係式を証明したくなった。一人で計算しても成果が得られなかったので、広瀬さんと佐藤さんに助けてもらうことにしたわけだが、佐藤さんが黒板でどんどん計算を進めて、あれよあれよという間に二重大野関係式の(あの非自明な)コネクターが見つかってしまった。しかし、見つかってしまうとBBBL型インデックスに限らずとも一般のインデックスの輸送が原理的には計算できるはずだ。それを実行したらとてもシンプルな形になり、皆大層驚いた(Theorem 2.4)。こうして、Extended double Ohno relationが発見された。その後、q類似への拡張を行い、論文にまとめ、Acta Arith.に無事アクセプトされた。昔とある先輩がRamanujan J., J. Number Theory, Int J. of Number Theory, Acta Arith.が4大整数論専門誌的なことをおっしゃっていた気がするが、これで達成できたことになる。今はRes. Number Theoryも良い整数論専門誌だと思う。
[10] M. Ono, S. Seki, S. Yamamoto, Truncated t-adic symmetric multiple zeta values and double shuffle relations, Res. Number Theory 7 (2021), 15.
きっかけは2015年7月なので、この論文が出るまでには5年以上かかったことになる。2015年7月というのはまだ[2]をarXivに投稿していない時期ということになるが、既に多少の知識は仕入れていたものと思われる。実際、初めて参加した関西多重ゼータ研究会は2015年5月16日開催の第25回で、小山、坂田、古庄先生のいずれの講演も印象深く覚えている。さて、有限多重ゼータ値の理論における基本予想として「金子−Zagier予想」と呼ばれる大予想がある。これは有限多重ゼータ値の世界と多重ゼータ値の世界がある意味で連動しているという驚くべき予想であるが、それを記述するために定義されるのが「対称多重ゼータ値」と呼ばれる非自明な対象だ。このストーリーをA2やAnに拡張したいと考えるのは[2]でA2研究を行なっていたことからすると自然であろう。2015年7月というのはIwasawa2015という国際研究集会の開催時期で場所はロンドンであった。広瀬さんを含む数人で観光しようということになった際に、広瀬さんから「関さんは最近はどういうことを考えていますか?」と聞かれたので、「A2版の対称多重ゼータ値が気になります」と話してから観光を開始した。観光から戻ってくる頃だっただろうか、広瀬さんから「A2版の対称多重ゼータ値はこれだと思います」と数式を渡されて飛び上がるほど驚いた。それ以来、もっと一般にp進有限多重ゼータ値に対応する「t進対称多重ゼータ値」の理論に関する論文をいつかまとめたいと思うようになった。2015年11月の名古屋集会の頃に広瀬さんからまとまったノートをいただいたが、私が実際にt進対称多重ゼータ値について何かを公表したのは2018年の整数論サマースクール における講演が初めてであった。主催者である田坂さんが若手のために研究課題をたくさん提供したいと言っておられたので、私の講演においてはp進シャッフル関係式(私が博士論文に書いておいたものの、後にJarossayのプレプリントに載っていることを知った)およびp進双対関係式([4]で得たもの)のt進版を証明してくださいという課題を提出した。金子−Zagier予想の拡張があるならば成り立つはずであり、予想の傍証としてそれらから始めることはよいであろうと。講演を終えると、p進双対関係式のt進版は広瀬さんが即座に証明してしまわれた(unpublished)。後に、2023年出版の竹山−田坂によって「BTT哲学」の観点からp進双対関係式とt進双対関係式の同時証明が与えられているし、2025年出版の広瀬−川村の論文では(s,t)進双対関係式に一般化されている。t進シャッフル関係式については2018年9月19日(次の論文に関する見村さんからのメールが届く前日!ちなみにこのとき、私は素数大富豪のイベントで北海道にいた)に山本さんから証明の方針に関するノートが私と小野さん宛に送られてきた。その方針は小野さんが2017年の論文で構築した有限多重ゼータ値に対するシャッフル関係式の新証明を与える二色根付き木の理論のt進対称多重ゼータ値版をつくるというものだ。この方針に基づく証明は小野さんが11月にはやってしまわれた。それで私は貢献がないので、しばらくの間は小野−山本の共著として発表する予定であったが、あるとき3人で昼食をとっている際に、どこかのタイミングで私と小野さん二人で慶應大学で議論した内容があり、また研究のきっかけを提供したということもあって、やはり3人での共著にしませんかという嬉しいご提案をいただいた。とは言っても貢献が相対的に少ないことを心苦しく思っていたので、4節の内容に関する考察を増やし、3人での共著論文を執筆する方向に固まった。だが、ここから公開までにはかなりの時間を要することになってしまう。私のせいで。まず、小野さんが最初のドラフトを作ってくださり、私がそれを基に関版のドラフトを作り上げる約束をしたのであるが、ここでかなりの時間をかけてしまった。言い訳は他の共同研究が立て込んでいたということになるが、共著者には大変ご迷惑をおかけし、再度お詫び申し上げます。結果的に私版のドラフトが完成した際には、既にコロナ禍に突入していた!最終版の作成には3人でZoom会議を毎週行い、1ページ目から入念にチェックしていって、最後のページのチェックが終わるまでにはそれなりの回数の会議が開かれたように思う。元々は広瀬さん込みでt進対称多重ゼータ値を導入する世界初の論文を書きたいと妄想していたが、結局は広瀬−村原−小野のt進巡回和公式の論文が先に公表されることになった(2021年出版)。それどころか、実はJarossayが2014年のプレプリントの時点でt進対称多重ゼータ値と同等のものを定義していることがわかったので、先取権はJarossayにあることがわかった。我々の論文はt進対称多重ゼータ値の複シャッフル関係式をメインに扱っているが、それもJarossayが先に別の手法でやっており、なので、我々の論文の新規性は「二種類の有限和版t進対称多重ゼータ値を定義し、それぞれの有限和について調和積公式およびシャッフル関係式の精密版が成り立ち、極限をとると確かにt進対称多重ゼータ値になる」というかなり専門的な部分にあることになった。その他、鎌野によるMordell–Tornheim型有限多重ゼータ値の対称多重ゼータ値版をBachmann–竹山−田坂が論じていたが、そのt進版を論じたことにも価値がありそうだ。色々あったが、t進対称多重ゼータ値の論文に携わることができて幸せである。ちなみに、最初のきっかけとなったIwasawa 2015では憧れのAndrew Wilesに会えたのが良い思い出。後、『せいすうたん1』の第9話に「A2版金子−Zagier予想」などという極め付けのマニアック専門的内容を一般向け漫画本に載せることに成功したことは自己満足感マックスです。これを却下しなかった日本評論社の編集者は凄い!
[11] W. Kai, M. Mimura, A. Munemasa, S. Seki, K. Yoshino, Constellations in prime elements of number fields, preprint.
2018年9月20日に見村さんからGreen–Taoの定理に関するセミナーをして欲しいという依頼メールが来て、9月27日に快諾の返事をした。見村さんにセミナー聴講者を集めていただき、毎回長時間私が話して、終わったら飲みに行くというセミナーが始まった。内容はTaoのハイパーグラフ除去補題の論文とConlon–Fox–Zhaoの相対ハイパーグラフ除去補題の論文とConlon–Fox–ZhaoによるGreen–Taoの定理の解説論文を順次解説するというものであった。Green–Taoの原論文は2017年に既に読んでいたが、同じ内容をやるよりは、より新しい手法を学びたかったので、これらの論文を新たに読みながら発表することにした。毎週勉強しては発表して聴衆から有益なコメントを貰うということの繰り返しで、とても幸せな日々であったことを覚えている。2019年の5月には新しい手法に基づくGreen–Taoの定理の証明が完了し、そのときのセミナーメンバー5人で、続けて共同研究を行おうということになった。なお、このときにTwitterでGreen–Taoの定理の本を書きたいと呟いたところ、朝倉書店の編集者からメールをいただき、その後、2023年1月に出版することができた。共同研究については、TaoのGauss素数星座定理(Green–Taoの定理を有理数体の場合の定理と思ったときに、Gauss数体版となる定理)の論文の§12 Discussionに2つの問題が提出されており、そのうち解かれていなかった1つ目を解くことを提案した。提案した当初は一般的に解けるとは全く思っておらず、例えばEisenstein数体の場合にできれば十分論文になると思っていたのであるが(高木貞治がGauss数体の場合に青春の夢を解決した後に竹内端三がEisenstein数体の場合の青春の夢を解決したことが念頭にあった)、共同研究者が素晴らしく、類数が1より大きい場合や単数群が無限群である場合にも困難を克服する議論が見出され、最終的には任意の数体に対して「数体の素元星座定理」を証明することに成功した。なお、一般の素元には興味がなくて有理素数にしか興味がないという人がいたとすれば、Green–Taoの定理を数体に拡張することには意義を見出せないかもしれないが、実は我々の議論に基づくことにより、例えば「2元2次形式の素数表現に関する星座定理」を得ることができる。これは有理素数に関する新定理である。プレプリントは2020年12月31日付けで公開された(高木類体論100周年に間に合わせたかったため)。
[12] M. Ono, K. Sakurada, S. Seki, A note on Fn-multiple zeta values, Commentarii mathematici Universitatis Sancti Pauli 69 (2021), 51–74.
2019年3月に理研で開かれた国際研究集会の世話人をしていた私と小野さんは、講演中に新たに人が来ても対応できるように受付で暇な時間を過ごしていた。こういう時は研究が進むチャンスである。2015年出版の斎藤−若林の和公式をA2化するのは夢で、それを達成できたのが[7]であった。しかし、[7]の手法は斎藤−若林の手法とは異なるし、対称多重ゼータ値版に転用できる論法ではなかった。当初は私の理解が圧倒的に足りていなかったことと、[7]で公式が得られて心理的な壁が取り払われたのか、[7]で得られた和公式は斎藤−若林の手法を自然に延長することによって得られることが受付で確かめられた。そこで、その方法によってS2版(A2有限多重ゼータ値に対応する対称多重ゼータ値をS2対称多重ゼータ値と言ったりする)和公式を得ようと思ったときに、必要となるTheorem 3.13のA2版はHessami-Pilehrood−Hessami-Pilehrood−Taurasoが証明しており、A2双対関係式を用いた佐久川−関による簡単な別証明があったが、それのS2版を別途証明する必要があるという問題点にぶつかった。S2双対関係式があればいいのだが、広瀬さんによる証明はunpublishであり、竹山−田坂の論文もこの論文の着手時点ではまだ出ていなかった。そこで、Theorem 3.13のS2版をS2版双対関係式抜きに計算できるかということになり、私はそれを小野さんに完全に投げた。そのときの無責任な私のノートの画像を一番上においた。驚くべきことに、「特殊値の計算ノート」と呼ばれるノートが2019年6月23日に小野さんから送られてきた。小野さんは本当にやってくださったのである![10]でS2版複シャッフルも用意できていたので(とは言っても正確にはJarossayが先にやっているが)、[8]のS2版も得られる。というわけで、当時の理解でAn版しか記述がなかったものをできるだけSn版でも証明をつけるという論文をまとめることになった。その際に用意した幾つかの命題が、実は大野研究室を修士で卒業し現在高校教員をされている桜田さんの修士論文内で示されていることを知る。それを査読付き論文として公開する場にもなるし実際に彼が先に計算していたのだから、共著者になってもらうのはどうだろうかということになり、桜田さんに電話したところご快諾いただけた。そうして、3人の共著として2020年の3月にarXivに公開するに至った。
[13] H. Kawamura, T. Maesaka, S. Seki, Multivariable connected sums and multiple polylogarithms, Res. Math. Sci. 9 (2022), 4.
きっかけは2019年6月に金沢大学で行われた赤塚さんによる集中講義だ。当時高校2年生の川村さんも参加しており、ラウンジで二人きりで議論する時間が短時間だけあった。そのときのテーマはMathWorldの記事に掲載されていたCloitreによるζ(2)の公式とOloaによるζ(3)の公式についてである。Cloitreによる公式は[6]で得られた関−山本による連結和によって自然に解釈される。しかし、Oloaの式はその範疇では説明できないため、Oloaの式を説明できるように関−山本の理論を拡張したいというような話をした。が、その場では進展がなく、その話はそこでストップしてしまう。転機が訪れるのはちょうど1年後の2020年6月である。当時、既にTwitterで頭角を現していた前阪さん(同じく当時高校3年生)に川村さんがOloaの式の話をしたそうだ。すると、前阪さんはその級数変形に基づく証明を教えてくださり、私にも共有されることとなる。その手法を基に(関−山本の連結和をレベル0の連結和として)レベル1の連結和を定めると、Oloaの式の自然な解釈を与えた上で、それが与える関係式族は「Hoffmanの関係式を双対関係式で捻ったもの」(それは大野関係式の特別な場合である)となることがわかった。このとき、私は「Oloaの式の背後には大野関係式がいるのだ」という恐怖感を覚えた。この予想を川村さんに提示したところ(上部に画像あり)、ほどなくして予想を解決してしまった。ちなみに[6]の時点で大野関係式の連結和法による証明はあったじゃないかと思われるかもしれないが、正確に言うと、[6]での証明では母関数をとった大野和が双対関係式を満たすことを直接的には示しているため、輸送関係式による記述としては双対関係式しか与えられていない。今回の仕事をもって大野関係式そのものを輸送関係式で特徴付けることができたという見方が可能である。この課題を高校生が解くのかとほとほと感心し、既に修士論文ぐらいの価値はありそうなものであったが、どうせならもっと先を調べたいということになった。このタイミングできっかけを与えてくれた前阪さんとZoomで連絡をとり、感謝を伝えるとともに今後何を目指すのかをプレゼンし、共同研究者になっていただけないか打診した。その結果、ご快諾いただくことができ、Zoomによる3人での共同研究が開始された。レベルと呼んでいた部分が実はインデックス(1,1,1,,,,1)のことだと思うことができ、このインデックスの部分を一般のインデックスに拡張したいということが目指す部分であった。それができれば大野関係式より広い関係式族のクラスが得られるかもしれないと。突破口を開いたのは前阪さんで、確かに先に進むことができたのであったが、それは多重ゼータ値の関係式族ではなく、交代多重ゼータ値の関係式族が得られる一般化であることが判明した。最終的には多重ポリログの関係式族を与える「多変数連結和」の一般的な輸送アルゴリズムを与えるところまで理論を構築することになる。関−山本の連結和は2つのインデックスを連結させるものであったが、例えば3つのインデックスを連結すればどうなるのかという質問は複数の研究集会でいただいていた(そして私には答えられなかった)。今回の研究では任意有限個のインデックスを連結させた連結和を計算できるようになった。インデックスの数を増やすと必要な輸送関係式の数が増えていくので一時は絶望したが、それら全ての輸送関係式がたった1つの基本等式に集約されることが分かった瞬間は極めて大きな感動であった。この基本等式にたどり着いたのも前阪さんによる(正確に言えば前阪さんは2つの式に集約させ、それを1つにしたのは私であったが、それは極めて簡単な統合作業に過ぎない)。天才高校生って本当にいるんだな。地味に多重ポリログの双対関係式が級数変形で証明できるようになっているし、大野関係式の多重ポリログ版が得られたし、共同研究中にDilcher−Vignatが発表した交代多重ゼータ値の関係式族も我々の関係式族から得られるし、Oloaの式のζ(4)版も得られたし、Kummer–Newmanの6項関係式の親戚みたいな新しい関係式も得られた。それら全てがたった1つの基本等式に由来するのだ。[11]とも同時並行だったので忙しく、arXivに論文を投稿できたのは2021年3月だ(この時点で2人とも高校生で、前阪さんとは対面では一度も会ったことがなかった)。Res. Number Theoryと姉妹紙的な関係にあって総合誌であるRes. Math. Sci.の存在を松坂さんに教えてもらったので、ここに投稿した。とてもしっかりしたレフェリーレポートが届いて感心したが、最後の雑誌の校正作業は残念なものであった。それと、あまりに美しいと感じたので基本等式を枠で囲んでみたが、出版版では消されてしまった。数学者川村花道と前阪拓己の最初の出版論文はこの論文である。
[14] S. Seki, Regular primes, non-Wieferich primes, and finite multiple zeta values of level N, Integers 24 (2024), Paper No. A22, 14pp.
前の論文を書いてから期間が空いている理由は、職場が変わって新しい仕事に慣れるのに時間がかかったという点が5%で、残り95%は本を書いていたからである。本を書くのは自分には物凄く大変だったので、もう二度と書きたくない。生成AIが出てくる前に書き終わったので「一切生成AIを利用せずに書いた本」と確実に言える点はいいなと思っている。本を書くにしても全部自分のためになって欲しかったので、どれも研究を意識して書いた。『グリーン・タオの定理』と研究[11]は同時進行であったが、『せいすうたん1』については今後の研究計画という観点が強い。各話の最後に「研究課題」が設定されているが、その殆どは、読者のためというよりは、私が解きたい研究課題である。特に、第9話の研究課題の後半はずっと解きたい問題で、しかし何の進展もないままだ。出版されて数ヶ月経ってから九州大学に出張する機会があり、私もセミナー発表する機会が得られた。本の執筆時点では気づいていなかったProposition 2.6に気付いてそれを発表したが、聴衆の反応がまあまあ良かったので論文を執筆する気持ちになった。主結果は予想を仮定しての内容であるため、「定理」ではなく「命題」とし、定理のない論文にはなってしまうものの、レベルN有限多重ゼータ値について多少まとめられるし、サーベイ論文としても文献価値はあるだろうし、何より論文の書き方を忘れないためにもとりあえず書き上げた論文である。何も成果がない「夢数学」の内容を扱っているが、5節に解かれるべき問題をまとめている。ℓpに関する研究を色々調べたので、それの関−Bernoulli数類似である ðp研究も行うべきであると考えたが、調べても調べても先行研究が殆どない。VandiverとかCarlitzの仕事にまで遡って若干の評価が可能なことが分かったが(Proposition 5.6)、評価の改良が待たれる。
[15] M. Kaneko, T. Matsusaka, S. Seki, On finite analogues of Euler's constant, Int. Math. Res. Not. 2 (2025), rnae281.
Eulerの定数の「無限大素数を法とする整数環」における類似物に関する論考が金子先生から送られてきたのであるが、インフルエンザにかかったり単なるメール不精のために2週間ぐらい返信しないという失礼を働いてしまった。それで、論考に書かれていた予想の1つでも解かないと申し訳ないと思い、予想を1つ解いてやっと返信した。自慢する感じで、Xに「メールの返信が遅くなったのでお詫びに予想解きたいなと思ってたら本当に予想解けた。」と呟いたところ、松坂さんから「グレゴリですか?」と返信が(グレゴリー係数が関係する)。たまたまその日の昼食時に金子先生から話を聞いたそう。次の日には別の予想を松坂さんが解いてきたので、松坂さんとLINEしながら、競い合うように金子先生の論考に書かれていた残る予想を全部解ききった。そうして「論文にしましょう」とご提案いただいてまとめた、金子先生がメインの論文である。金子先生とも松坂さんとも初めての共著論文。レフェリーレポートが来てから修正してアクセプトされるまでに謎のエピソードがありますが、気になる人は直接聞いてください。
[16] T. Maesaka, S. Seki, T. Watanabe, Deriving two dualities simultaneously from a family of identities for multiple harmonic sums, preprint.
2024年2月5日の0時付近、Xのスペース機能で当時大学3年生の前阪と高校3年生の渡邉が数学の議論をしているところを匿名で聴いていた。かかりつけ医から処方されていたデエビゴ錠を既に飲んでいたので途中で寝落ちすることになるが、渡邉が何やら大発見をしている。。。起きて、昨夜の出来事を思い返す。後から考えてみればどう考えてもこのとき発見された公式そのものが最も重大であるにもかかわらず、私は以前広瀬さんから提示された研究課題(多重ゼータ値の双対関係式と有限多重ゼータ値のHoffman双対関係式の同時証明)がこれで解けるということに興奮しきっていた。若干のノートとともに2月5日の11時44分に彼等に連絡をとる。12時26分に渡邉から「昨日見つかった等式(重要事項:未証明)についての、スペースでの見解を要約します。」と返信が来て、前阪−渡邉によって既にある程度の議論がなされていたことを知る。渡邉は受験生なので、議論に巻き込むわけにはいかないと判断し、前阪と2人で長時間通話を開始、まずは等式の証明から。最初、前阪は連結和法による証明を試みたが失敗し、連結和法では証明できなさそうだという。彼は川島学さんの論文の手法で証明できないかを模索し始めた。私は前阪から送られてきた輸送関係式の設計を眺める。「コネクターが存在しないなんてことはあるだろうか。。。」コネクターが存在して欲しい私は前阪の輸送関係式が間違えているかもしれない箇所を発見し、異なる立式の可能性を提示して前阪の軌道修正を図り、前阪は正しいコネクターを発見する。証明の細部を完成させ、17時48分には証明が完了したことを渡邉に伝え、共著執筆の合意を取得。そこから、論文の執筆を開始、Lemma 2.1を拵え(それは積分論の観点からは当たり前であるが積分を使っちゃうと元も子もないので級数による議論の構築が必要であった)、第3のp進双対関係式もやるべきだと前阪が言うので「やります」と言って私が即座に計算、途中睡眠を挟んで2月6日の18時47分には論文の草稿が完成。論文の入念な見直しと先行研究の調査は必須であるため、それらを2月7, 8日に実施。2月9日にarXivにて公開されるに至った。
[17] S. Seki, A proof of the extended double shuffle relation without using integrals, Kyushu J. Math. 79 (2025), 191–198.
MSW公式が得られた直後からEDSR(正規化複シャッフル関係式)の有限和による新証明が得られないかということはMSWの3人ともが気になっていた。MZVの研究初期を思い起こして、MZVの反復積分表示の応用として真っ先に思い浮かぶのが双対関係式とシャッフル関係式である。MSWを使えば両方ともすぐに離散化できるが、双対関係式についてはHoffman双対関係式との同時証明の観点や将来的な応用性の期待からMSW論文に書いたものの、シャッフル関係式については単に離散化され極限を取ったらシャッフル関係式を与えるというだけであれば「うまみ」が全くない。もし、正規化に関わる部分に新しい視点が加わってEDSRの簡単な証明が得られるのであれば意味がありそうだ。MSW執筆後しばらくたってからこの問題を真剣に考えてみることにした。DSRは許容的でないインデックスの場合を扱うことができないため、正規化基本定理と呼ばれる、ガンマ関数を使って解析的に示される「MZVの二種類の正規化の比較」を用いてDSRを拡張するというのがEDSRの古典的な証明法であった(井原−金子−Zagierなど)。調和関係式については許容的でないインデックスであっても多重調和和(MHS)について成立することは昔から知られている。すると、シャッフル関係式についてもMSWの♭値が(少なくとも極限を飛ばす前は発散の心配がないために)許容的でないインデックスに対してもうまく振る舞うのであれば見込みはある。ただ、シャッフル関係式をそのまま満たすということはありえない(満たしてしまうとMHSがDSRを満たすことになるが、MHSは一切線形関係式を満たさないことが知られている)。シャッフル関係式の離散化ができると言ったのは、実際はシャッフル関係式の誤差をo(1)にできるというもので、この部分の評価にはMSW論文のLemma 2.1を用いればよいが、それは許容インデックスの場合しか扱わない双対関係式用に拵えたものであったため、シャッフル関係式のときも許容インデックスの場合だけうまくo(1)になるのだろうと最初は思い込んでいた。ところで、EDSRはDSRを許容的でないインデックスの場合に一般化する関係式であると標語的には言ってしまうことも多いが、実際は2つのインデックスのうち1つは許容的でないといけないという技術的な縛りがある。そして、シャッフル関係式の離散化を考える際の誤差項についても、実は片方が許容的であればもう片方が許容的でなくてもo(1)になるという議論(論文のLemma 2.2 (iii))に気付いた。すると、DSRの議論がMHSについては「片方が許容的でもう片方が許容的でない」場合も成立し、MZVに対するDSRと殆ど同等(「+ε」ぐらい?)の労力で私が「漸近的複シャッフル関係式」と呼んでいる定理(Theorem 3.1)が得られることになる。これはEDSRと同値な命題になっており、一般的には一見すると発散項も含んでいるが、全体がo(1)になるということは、発散項は相殺して定数項だけが残っているということがわかる。特に、正規化については調和正規化しか必要ではなく、シャッフル正規化との比較である正規化基本定理は不要となった。まさかEDSRがこんなにも簡単に証明できるとは思っていなかったので、小野雅隆さんにZoom会議を依頼して、議論を詳細に聴いていただき、そのおかげで正しそうだと納得できた。他にも金子−山本によるEDSRの殆ど純代数的な別証明が知られていたが、その証明では彼らの「積分級数等式」を利用する必要がある。そこで私の論文ではタイトルに「without using integrals」と付けることにした。この仕事に成功して、MZVに関する何もかもを有限和で証明したいという気持ちが燃えてきたのであった。
[18] M. Hirose, T. Matsusaka, S. Seki, A discretization of the iterated integral expression of the multiple polylogarithm, preprint.
2024年3月12日-15日に開催された研究集会「q級数とその周辺」にて、松坂さんと広瀬さんに(MSW公式のことを指して)「乗らないか、このビッグウェーブに」と話を持ちかけたのがきっかけ。MSWの1節にlog2の級数表示=積分表示の離散化が載っているが、多重ポリログの反復積分表示の離散化を目指したもの。最も安直な形では明らかに成立しないため、そのような公式があるかは最初は分かっていなかったが、級数側の変数の冪乗部分を下降階乗冪の形に取り換えると成立することがわかった。「冪乗を離散化すると下降階乗冪」というのは古典なので、結局は自然な形で離散化が成り立っていたわけであるが、最初は集会中に松坂さんと広瀬さんに色々数値実験をしていただいた。論文の最後の節に掲載しているような公式が最初に見つかったと記憶しているが、これにZhaoによる2-1公式の証明で出てくるタイプの公式を組み合わせると我々の公式の原型が得られる。集会終わりに広瀬さんと梅田の喫茶店に行って大体の主結果の形を見出し、それがMSWと同様の連結和法で証明できることを確認。その後、広瀬さんが当時所属していた名古屋大学に訪問して、今回の共著論文でどこまで解き明かすべきかを相談した。overleafで論文の作成を開始し、TODOリストを冒頭に掲げて1ヶ月ほどの間3人でそれぞれリストの項目を減らしていって、4月23日に公開。
[19] Y. Kobayashi, S. Seki, A note on non-integrality of the (k,l)-Göbel sequences, preprint.
松坂さんが『せいすうたん1』を授業のテキストに利用してくださり、その結果、第3話で扱ったゲーベル数列に関する松比良–松坂–土田の論文が発表される。続いて、宜間–松坂–宮崎–屋良という論文も発表された。ゲーベル数列に思い入れのある私は、自分もゲーベル数列に関する論文を書きたい気持ちが高まっていた。当時、私は青山学院大学の助教で、助教部屋は一人部屋ではなかった。横に小林さんという方が座っていて、彼は専門は「社会経済学、ネットワーク科学」ということであるが、よく会話していた。それで、ゲーベル数列について話しているうちに興味を持ってくださり、数値計算をしてその結果を随時知らせてくれるようになった。例えば、A108394は当時61までしか数値が知られていなかったが、10^7まで計算してくれた。ある日、面白い実験結果を彼が持ってくる。論文のFigure1に対応するものだが、「青い点々現象」が起きており、これを理論的に解き明かせば論文が書けるかもしれない。私はそれをLegendre記号の問題に置き換え、初等幾何学的なアプローチを提案。それに対して、小林さんは最も非自明な部分である「バリアー」の議論を見出した。残る部分を私が担当して解決したが、その際には証明に使える法則を見出すために毎日数表を眺めていたことが懐かしい。結果、ゲーベル数列に関する理論的な定理が得られたことになるのであるが、数値的な予想であるConjecture 1.4は純粋な平方剰余に関する問題と思うこともできて興味深いと思う。何人かの知り合いが興味を示してくれて、部分的な結果を得ることはできるようであるが、完全な解決はまだされていないと思う。
[20] Y. Kobayashi, S. Seki, On the length over which k-Göbel sequences remain integers, preprint.
松比良–松坂–土田の論文の3節にも明示されているが、そもそも研究が殆どないということではあるが、A108394のsupが無限大かどうかは未解決であった。2025年1月29日に小林さんからそれが肯定的であることの証明が送られてきたが、その証明には根本的に見える間違いがあったので、どう間違えているかを伝えた。すると、その指摘に基づいて議論を修正すると正しい証明になるという返事がきた。一度根本的な間違いを指摘した後にすぐに修正してくる場合は普通は間違えたままであることが多いが、今回に関しては驚いたことに正しそうであった!(k,l)-ゲーベル数列の場合にも議論を拡張して、間違いないことをチェックし、ノートを作成。間違いの指摘に意味があったということで共著者にしてもらえた。極めて短くて初等的ではあるが、kの選び方や証明のアイデアには非自明さがあるし、一応未解決問題ではあったので書いておく価値はあるだろうと判断。短すぎる論文を書いてみたいという好奇心もあった。ところが、arXivに投稿すると怪しまれてしまったか、モデレーターによるチェックに初めて引っかかってしまった。数週間後に問題無しと判断されたか、ちゃんと公開はされたのであるが、Number Theoryで投稿していたにもかかわらず勝手にCombinatoricsに変更されてしまっていた!内容も証明法もともにNumber Theoryであるから、これは極めて遺憾であるが、外から見れば著者が自らCombinatoricsを選んだと思われてしまうのでもあり、arXivへの不信感が高まる出来事であった。好奇心のせいで少し痛い目にあった形になる。
[21] M. Hirose, T. Maesaka, S. Seki, T, Watanabe, The Z-module of multiple zeta values is generated by ones for indices without ones, preprint.
三柴さんの影響でNgo Dacによる2021年のAnn. of Math.の論文内容を多少勉強していたが、彼の有限和(binary relations)の手法をMZVの場合に真似ようとしても、そもそも同様の現象が起きていないのでダメそうであった。次元予想など類似した構造はあっても、正標数の方には反復積分表示や双対関係式に対応するものがないなど、全く異なっている部分も多い。それでも、MSW公式の発見によって、有限和によるアプローチがMZVに対しても可能になるのではないかという期待を三柴さんがおっしゃったので、そのような研究を実現したいなと思って1年ほど過ごしていた。結局一人では目ぼしい進展が得られなかったが、素晴らしい共同研究者に恵まれて、部分的にその夢が実現する形になったのが本論文におけるDrop1だと言える。この論文で最も非自明なパートは「多重ゼータダイヤモンド値」(MZDV)の定義である。ある機会に4人のdiscordグループが作られていたが、そこに前阪さんがMZDVがMZVと同じ関係式を一部満たしているという事実を2024年の年末に共有してきたことがきっかけ。彼がMZDV(元々はχ_{<N}(k_1,...,k_r)という記号を彼は用いていた)を考察するに至った経緯はこの数年間にわたる彼の様々な研究が交錯した上での結果であり、簡単には説明できなさそうである。ぱっと見、こんな対象を研究しようとは思い付けなさそうな代物で、研究した結果それが大変豊かな構造を持っていることが判明したが、最初からそんなことは見通せないので、数学って本当に凄いなあとつくづく思うようなそんな対象である。個人的には議論にも参加していたしノート2冊分ぐらい計算もたくさんしていたものの、中々本質的な貢献ができなくて辛い日々を過ごした(他の共著者たちは既に大活躍)。2025年2月の金子先生の60+4歳記念集会の際に、広瀬さんと前阪さんと十三の喫茶店で残っていた川島関係式の証明を議論する機会を得た。少し前にコネクターを私が"予言"していたのであるが、この喫茶店にて、やはりそのコネクターで正しそうだということになる。残りの計算もしっかりしないといけないが、その部分の計算と論文の原稿の作成を引き受け、それから2ヶ月かけて共著者から断片的にもらっていたアイデアを全て自分の中で再構成したり証明を埋めたりして第一原稿を完成させた。ニュートン型級数のテイラー展開に関する命題について私が付けた証明は複雑で不満であったが、渡邉さんが後にエレガントな帰納法による証明をつけてくださり、満足のいくプレプリントが仕上がった。それにしても、多重ゼータ値の空間にこんな整構造があったなんて。金子先生への献呈論文。