齋藤 茂のウェブサイト

動物が環境の変化にどのように適応してきたのかに興味を持ち、温度を感じる仕組みの進化を調べる研究を行っています。

経歴

News

2023年9月7日、8日

日本動物学会 第94回山形大会で研究成果を発表しました。

「サケ科における高温センサーTRPV1の機能的制約の緩みと再強化の分子基盤」(一般公演)

「無尾両生類のニッチ分化に連動した高温センサーTRPA1チャネルの機能変化と忌避行動の進化」(シンポジウムS17 膜タンパク質機能を生物多様性から捉える ~縦と横からの統合的理解を目指して~)


2023年9月3日

「第8回 古橋の大谷川の生き物調べ」に参加しました。オオサンショウウオの幼生が発見されました。

2023年7月1日

長浜バイオ大学に着任しました。新たに「進化生理学研究室」を立ち上げ運営していきます。

2023年6月20日

総説が出版されました。「両生類の高温忌避行動の適応進化」月間「細胞」2023年7月号 変貌する行動生物学

2023年3月20日

総説が出版されました。「脊椎動物における温度受容機構の進化的変化と環境適応のつながり」 低温科学第81巻 動物の寒冷適応戦略~生理生態と分子機構

2022年8月22日

異なる温度環境に適応した両生類種の温度応答行動と温度センサーの比較解析の論文が出版されました。論文へのリンク

2022年7月21日

アマゴの高温応答行動と高温センサーTRPV1の機能解析の論文が出版されました。鳥取大学の太田利男教授との共同研究です。論文へのリンク

過去のNews

2022822

異なる温度環境に適応した両生類種の温度応答行動と温度センサーの比較解析の論文が出版されました。論文へのリンク

20227月21

アマゴの高温応答行動と高温センサーTRPV1の機能解析の論文が出版されました。鳥取大学の太田利男教授との共同研究です。論文へのリンク

研究内容

温度を感じる仕組み

  動物は感覚を通して外部の情報を取得し環境の変化に対して行動や生理的な応答を通して対応し、生命を維持しています。感覚には五感に代表されるように様々な種類がありますが、それぞれの感覚受容に関わる神経にはセンサーとしてはたらくタンパク質が存在しています。温度は表皮下にある感覚神経で受容され、電気信号に変換された情報が脳に伝わり温度感覚が生じます。感覚神経に存在する温度センサー分子が最初に温度刺激を受容し、感覚神経を活性化させる役割を担っています。最初の温度センサー分子は1997年にDavid Julius 博士の研究グループによって発見され2021年のノーベル医学生理学賞を受賞しました(温度受容体の発見についての詳細はここをクリック

 温度センサー分子はTransient Receptor Potential(TRP、トリップ)呼ばれるイオチャネルを形作るタンパク質です。の図で示したようにTRPイオンチャネルは細胞膜に埋め込まれているタンパク質です。TRPイオンチャネルは通路のような役目を担っていて、普段は閉じているのですが、刺激が加わると活性化して開きます。そうすると、細胞の外に多くあるナトリウムイオンやカルシウムイオンがTRPチャネルを通して神経細胞の内側に流入し、それがきっかけとなって神経細胞が興奮します。図で示したように、指先などの抹消の感覚神経にあるTRPチャネル刺激が加わり活性化すると、感覚神経が興奮し、そこで生じた電気信号が脳に伝わることによって「熱い」という感覚が生じます。

 TRPはイオンチャネルです。上の図で示したようにイオンチャネルは細胞膜に埋め込まれているタンパク質です。TRPV1のようなイオンチャネルは通路のような役目を担っていて、普段は閉じているのですが、刺激が加わると活性化して開きます。そうすると、細胞の外に多くあるナトリウムイオンやカルシウムイオンがTRPV1チャネルを通して神経細胞の内側に流入し、それがきっかけとなって神経細胞が興奮します。図で示したように、指先などの抹消の感覚神経にあるTRPV1に熱刺激が加わり、TRPV1が活性化すると、感覚神経が興奮し、そこで生じた電気信号が脳に伝わることによって「熱い」という感覚が生じます。

異なる温度域に反応する温度センサー

 TRPV1が発見されてから、タンパク質の類似性などを頼りにして、次々に別の種類のTRPチャネルが温度センサーとして同定されました。最初に発見されたTRPV1は熱刺激に応答するセンサーで、約43℃以上の高温で活性化しますが、それぞれのTRPチャネルは異なる温度域に反応します。例えば、TRPV3やTRPV4は哺乳類の体温付近の暖かい温度に反応します。一方で、TRPM8のように温度を下げていった時に応答する低温のセンサーも存在します。また、TRPA1も低温に応答することが報告されています。現在では、ヒトやマウスなどで11種類のTRPチャネルが温度刺激に反応することが知られています。

香辛料と温度センサーの不思議な関係

 上にも書きましたが、TRPV1はトウガラシの辛み成分であるカプサイシンの受容体として最初に発見されました。トウガラシを食べた時に「灼熱感」が生じるのは、カプサイシンがTRPV1に結合し、高温を受容する感覚神経を活性化させてしまうため、温度が上がっていなくても「熱い」と誤って感じてしまうためです。同じような現象が他の温度センサーでも知られています。低温センサーであるTRPM8はミントに含まれるメントールにも反応します。そのため、私たちはメントールを食べたり、肌に塗った時に温度が低下していなくても冷涼感を感じます。

 他にもハーブなどの植物に含まれる成分が様々なTRPチャネルを活性化されることが知られています。例えば、TRPA1はワサビに含まれるアリルイソチオシアネートという化学物質に反応します。TRPA1やTRPV1は痛みを受容する感覚神経に存在しているため、ワサビやトウガラシを食べた時に、口や鼻腔などの感覚神経が活性化されて、ツーンとした感覚やヒリヒリ感が生じます。

動物種ごとに違うカプサイシンへの応答性

 私たちヒトはトウガラシを食べると「辛い」と感じます。ヒトは香辛料など刺激として感じられる植物を嗜好品として食べますが、動物は刺激として感じる食物を避けます。ところが、トウガラシを平気で食べる動物種も知られています。例えば、鳥類の一部の種は自然条件下でトウガラシを食べることが知られています。このような動物種ごとの違いにTRPV1が関わっています。

 ヒトやマウスのTRPV1はカプサイシンに反応し、痛み受容の感覚神経を活性化させるために刺激として認識されます。ところが、ニワトリをはじめ幾つかの動物種のTRPV1はカプサイシンに対する反応が弱かったり、ほとんどなかったりします。そのため、トウガラシを刺激として感じておらず、平気で食べることができると考えられています。

 カプサイシンはTRPV1のタンパク質の特定の部分に結合し、それによってTRPV1が反応します。しかし、TRPV1のタンパク質の構造が動物種ごとに少しずつ異なるため、カプサイシンとの結合のし易さが動物種ごとに違っています。様々な動物種のTRPV1とカプサイシンの関係についてもっと詳しい研究内容は下記のタイトルをクリックしていただくと見ることができます。

温度受容の種間多様性および環境適応とのつながり

私はこれまで、動物の温度を感じる仕組み、および、温度応答行動が生息地の環境に応じてどのように変化してきたのかを解明したいと考えて研究を進めてきました。そのために様々な動物種を用いて、温度応答行動や温度センサー分子であるTRPチャネルの機能を比較しています。

温度適応

生物は熱帯のような暑いところから寒冷なところ、また、砂漠のような一日の寒暖差が大きいところなど、多様な温度条件の環境に生息しています。生物が進化の過程で多様な環境に適応してきたメカニズムに興味を感じ研究を進めています。

環境適応と温度感覚

動物は環境の温度を感じ取り、その変化に対して行動や生理的な応答を通して順応しています。例えば、進化の過程でより暑い環境に適応する過程では、体の高温耐性が上昇するのに伴って、それまでは「暑い」と感じていた温度を「無害」もしくは「快適」と感じるようになる必要があると考えられます。温度センサーの特性の変化は直接的に感覚神経の温度受容に影響を与えると予想されます。異なる温度環境に適応する進化の過程で温度感覚がどのように変化してきたのか、また、その分子メカニズムを明らかにしたいと考えています。

動物種間の温度応答の比較

環境適応において温度感覚の変化が果たした役割を明らかにするために、様々な動物種の比較解析を進めています。異なる温度条件に生息する動物種の間で温度の感じ方が違っているのかを明らかにするために、温度応答行動や温度センサーの特性を調べる実験を行っています。