上級コースでは、菜種油粕などの固形肥料を使った栽培を行います。固形肥料はソリュブルやCSLのような液肥とは違い、難易度が高いので、初級、中級で十分に経験を積んでから試して下さい。
固形肥料の使用が難しい理由は、「脱窒」が発生しやすいためです。脱窒とは、硝酸態窒素が脱窒菌という微生物の作用で窒素ガスに変換される反応のことを指します。脱窒は、2つの条件がそろうと発生しやすくなります。高濃度の硝酸態窒素と、微生物の栄養源になる有機物の存在です。固形肥料の場合、この2つの条件がそろいやすくなり、脱窒を招く可能性が高くなります。分解が進んで硝酸態窒素が水中に現れるようになっても未分解の有機成分が残存し、それを脱窒菌がエネルギー源にして脱窒を始めてしまうためです。ソリュブルのような液肥は分解が早いため、硝酸態窒素が発生する頃には脱窒菌の栄養源となるような有機成分は失われています(ソリュブルの添加を、硝酸態窒素の発生前に停止するのはそのためです)。しかし、固形肥料だと分解の遅い有機成分がたくさん含まれるので、脱窒菌が活動する条件がそろいやすくなるのです。固形肥料での有機質肥料活用型養液栽培が難しいのは、このためです。
そこで固形肥料を用いる際は、耕水工程をソリュブルとブレンドして行うことで、脱窒を回避します。ソリュブルと固形肥料とのブレンド比を99:1程度にし、ソリュブルを主体にして耕水工程を行うことで、脱窒を回避しつつ、固形肥料を分解する微生物を培養します。
栽培を開始してから3日後、固形肥料とソリュブルとのブレンド比を少しずつ変えていき、やがて固形肥料だけを添加して栽培します(最初の5日間はソリュブル:固形肥料=9:1、次の5日間は8:2、次の5日間は5:5)。固形肥料は直接培養液に添加するのではなく、一部バケツなどに採取した培養液に2日間浸漬した半腐敗液として添加します。2週間ほど続けると、分解が早くなります(培養液内の微生物が活発になり、バケツの中での分解も早まる)。その状態になったら、固形肥料を粉末のまま培養液に直接添加しても大丈夫です。
(注1)脱窒すると硝酸態窒素の濃度が急激に低下します(2~3日でほぼ硝酸イオンが消滅)。いったん脱窒が起きてしまった培養液では、もはや栽培ができなくなります。
培養液タンク、あるいは栽培装置内で脱窒が発生した場合は、培養液を全て廃棄し、培養液タンク、栽培装置をよく乾かして下さい。脱窒菌の活動を抑えるには、乾燥が効果的です(メカニズムは不明です)。
培養液は耕水工程からやり直したものをお使い下さい。
(注2)ソリュブルとブレンドせず、固形肥料だけで耕水工程を行う方法があります。硝酸態窒素がわずかでも検出されたら、固液分離(ろ過)を行う方法です。
ソリュブルのかわりに固形肥料だけを添加し、硝酸態窒素が5mg/L検出されたら和紙状の目の細かい生ゴミ袋で培養液をろ過しながら、別容器に移します(土袋は新しい容器には移さないようにして下さい)。これにより、未分解の有機物を除去し、脱窒を回避しながら硝化を進めることができます。
(注3)固形肥料はなるべく窒素含量の高いものを使用します。C/N比で9以上の窒素含量の低いものは脱窒が発生しやすく、使用が困難になります。C/N比が11以上の有機質肥料は、それ以下の有機質肥料とブレンドしない限り使用できません。
(注4)植物残渣を肥料として栽培することが可能です。ただし、使用できるのは窒素含量の高いトマト腋芽などに限定されます。窒素がやや不足することがあるので、ソリュブルとブレンドすることが望ましいです。
トマト腋芽で栽培する場合は、有機石灰の添加を減らします。トマト腋芽は微量要素が多く含まれるためです。有機石灰を従来通りの量で添加すると、微量要素の過剰害が発生します(トマト果実が苦くなるなど)。
発展コース・・・アクアポニックス(水耕栽培と養魚の組み合わせ)
本栽培技術を応用すると、培養液中で魚を飼いながら野菜を栽培するアクアポニックスが可能です。この場合、肥料は魚の飼料だけとなります。
耕水工程は初級コースと同様で、添加する有機質肥料をソリュブルのかわりに熱帯魚用の飼料を添加して行います。添加量は水10リットルあたり0.1g程度のごく少量にとどめます。水温25℃の場合、約2週間で野菜の定植を行えます。
飼養する魚は肉食のもの、あるいは植物の根を傷めない種類を選びます。ウナギ、ドジョウ、ネオンテトラなどが適しています。コイ・フナ・金魚は植物の根を食べますので、これらを飼う場合は根と空間を隔てる必要があります。
ドジョウを飼うと壁面の微生物を摂食するので、透明な培養槽に入れて窓際の明るい場所に設置しても藻が発生しにくくなります。野菜が培養液内の様々な成分を吸収するので、水質悪化を抑えながら魚の養殖が可能になります。
タニシやシジミなどの貝類を入れると野菜に鉄分欠乏が生じるため、貝類は入れないようにして下さい。
今後、魚種や野菜作物の選定などを工夫すれば、水質汚染を回避しながら淡水魚の養殖が可能になると考えられます。大規模に試験する場合は、まだまだ条件検討が必要です。
本栽培技術の参考資料
初心者向けのプランター栽培の方法は、動画でも紹介しています。「初心者」「有機養液栽培」の二つのキーワードでネット検索してみて下さい。
この栽培技術の詳しい説明は、「農業および園芸」2006年7月号に掲載されています。
短いですが、最も分かりやすい文章は「化学と生物」2008年4月号に掲載されています。
根部病害抑制効果についての詳しい説明は、「植物防疫」2007年1月号に掲載されています。