■検証すること
良秀は見たものしか描けないので地獄変の絵を描くために大殿に頼んで女性が焚死つまり焼け死ぬところを見たいとお願いしたとみなされることが多い。作品の中でそのように書かれているのか?
■作品は何といっているのか?
良秀が地獄変を完成させるために大殿にお願いする場面は十五節にあります。以下に抜粋します:
ポイントを整理します。
■結論
良秀が焚死(焼け死ぬところ)を見たいと言った・願った、とは書かれていない。
■結論に対する想定される反論の検討
大殿は「万事その方が申す通りに致して遣はさう」や「それを描かうと思ひついたのは、流石に天下第一の絵師ぢや」と言っているので、良秀が女性を焼け死ぬことを大殿にお願いしたはずだと考えることもできる。しかし、良秀が言ったことを示す証拠は作品内には全く書かれていない。言った・願ったとするには推測の域を出ない。
■反論への検討の続き
もう少し検討してみます。
大殿の返事を聞いた良秀がどう反応したかに着目してみます。以下に引用します:
この様子を素直に受け取ると矢印の右の解釈となります。
つまり、こう解釈できます。良秀は大殿が言われたことに驚きと恐れを抱いたが、大殿に逆らえる身分ではないので、反論せずにお礼をし大殿の申し出を受け入れた。
以上の検討により、良秀は女性の焚死を見たいとさえ思っていなかった可能性の方が高い。
■語り手「私」の誤認識
上記に示した大殿にお礼を述べた良秀について、語り手「私」は以下の感想を述べている。この1文は、この物語において非常に重要な一文である:
この1文の意味するところのポイントを整理すると:
ここでの「良秀の目論見」とは、大殿が良秀に約束した「女を入れた車を焼き、焚死させる場面を見せる」ことだと語り手は思っている。
この文から以下の2つのことが読み取れます。
この「思い込み」があるために、語り手により語られる形式の『地獄変』は読者を混乱させることになる。『地獄変』の面白さでもある。