矢 内 原 忠 雄 論
雑誌名 日本語・日本文化研究.
出版者等 京都:京都外国語大学留学生別科, [1993]-
巻号・年月日 (20) 2014
植民政策を専門とする矢内原忠雄は条件付きで植民地経営を容認してきたが、満州支配から始まる日本の中国政策に関しては、一貫して強い反対を表明し続けた。その背景に、矢内原がそのキリスト教信仰から「神の経綸」を見出したこと、そしてそれにに基づく独自の民族観を育んだことが影響している。本稿では、日中戦争勃発から終戦に至るまでの矢内原の言動を検証する。
雑誌名 日本語・日本文化研究.
出版者等 京都:京都外国語大学留学生別科, [1993]-
巻号・年月日 (18) 2012
植民政策を専門とする矢内原忠雄は条件付きで植民地経営を容認してきたが、満州支配から始まる日本の中国政策に関しては、一貫して強い反対を表明し続けた。その背景に、矢内原がそのキリスト教信仰から「神の経綸」を見出したこと、そしてそれにに基づく独自の民族観を育んだことが影響している。本稿では、日中戦争勃発までの矢内原の言動を検証する。
雑誌名 日本語・日本文化研究.
出版者等 京都:京都外国語大学留学生別科, [1993]-
巻号・年月日 (17) 2011
非戦論の論客として知られる矢内原忠雄は、その専門を植民政策としていることからもわかるように、列強による植民地支配に関しては条件付き容認の立場であった。それゆえ、日本による植民地経営についても、全面否認するわけけではなく、特に南洋諸島の支配については、積極的賛同の立場であった。本稿では、その植民政策論におけるキリスト教信仰的背景について考察する。
雑誌名 日本語・日本文化研究.
出版者等 京都:京都外国語大学留学生別科, [1993]-
巻号・年月日 (16) 2010
キリスト教徒としての矢内原忠雄の戦争観には、新約聖書の「ローマ書簡」の影響が見られる。本稿では、矢内原が、そこに表されたパウロの民族主義的信仰を独自に解釈しつつ、そこに「神の経綸」、すなわち民族計画を読み取り、それぞれの民族に神の使命が与えられていることに気づき、日本の使命をも見出すに至ることを検証する。
雑誌名 日本語・日本文化研究.
出版者等 京都:京都外国語大学留学生別科, [1993]-
巻号・年月日 (14) 2008
内村鑑三の門下生である矢内原忠雄は非戦論者として知られる。第2次世界大戦において反戦を貫いた矢内原は、東京帝国大学を追放されるが、戦後、平和主義のリーダー的存在として復権し、東京大学総長となるに至る。本稿では、矢内原の非戦論を支えたそのキリスト教信仰とその専門研究分野である植民政策との関連を考察する。