ミロクのレイラインとは無関係とまで言いませんが、無関係と切り捨ててしまうのはもったいないような四方山話(よもやまばなし)を、この雑談の場で共有できたらと思います。古い記事は下に新しい記事は上に追加になります。
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2026.01.16
小松石(こまついし)という石材があります。真鶴町から採石される石のことです。その中でも真鶴町の小松山からとれる小松石は、「本小松石(ほんこまついし)」と呼ばれています。真鶴の海岸付近からのものを「新小松石」と呼ばれています。
全国各地に「〇〇小松石」とあるそうですが、この真鶴町の小松石にあやかって小松の文字を使っているそうです。それほど超高級な石材が真鶴町の小松石なのです。他の小松石と区別するために本物の小松石ということで「本小松石」と呼ばれています。
本小松石は「西の横綱の庵治石(あじいし)、東の横綱の本小松石」と呼ばれるほど日本の最高級の石です。また古来より日本三大名石とも言われており、香川県の庵治石(あじいし)、茨城県の稲田石(いなだいし)、真鶴町の本小松石です。
本小松石は、約40万年前の噴火でできた輝石安山岩(きせきあんざんがん)です。光を受けて表情を変える「生きている石」とも言われています。また水にぬれると色合いを変える吸水性が高い石です。昔、亡き母が「小松石は雨に濡れると紫陽花のように色が変わる」と言っていたのを思い出します。よく水を吸います。水を吸うと色が変わります。
また、堅石と呼ばれるほど硬い石で、それでいて粘り気があるため加工しても欠けにくいと良いとこだらけです。
歴史上の人物も本小松石でお墓を作っています。源頼朝、徳川家、織田信長、豊臣秀吉、武田信玄、大正・昭和天皇御陵など数え上げればきりがないです。本小松石をわざわざ運んで使っています。奈良時代にはもうすでに採石され墓石に使用されていたことが分かっています。
なぜ、これほど歴代の人々を魅了した本小松石が真鶴から採石されるのでしょうか。真鶴の持つ大地のエネルギーが本小松石という最高級のパワーストーンを生み出したのでしょうか。真鶴にはなにか特別なパワーが秘められているように思わざるを得ません。
真鶴町は、まさに日本最高峰の銘石「小松石」の町でもあります。
三ツ石はそんな最高峰の銘石の町のシンボルでもあると思います。
*写真は、真鶴町の小松山の石丁場です。2014年8月22日に撮影です。
2026.01.13
2025年8月24日、知り合いのお誘いで、真鶴半島のお林を一緒に歩くというイベントに参加いたしました。そこで木とお話することが出来ると言う吉田さんとお会いすることができました。吉田さんが森の中で篠笛を吹くと、木々などの声が聞こえてくるそうです。
吉田さんが、お林の小鳥の観察小屋のそばの大きなクスノキさんのところで篠笛を吹いた後、そのクスノキさんが「池に水を飲みに来る鳥や動物たちを眺めているのが好きだった」とメッセージを伝えているというのです。その場所は現在、草や雑木が生い茂り、池はなく、その池の痕跡すら見えないような状況の場所です。ですが、私は昔、下草を定期的に刈り払っている人がいて池もあったのを覚えています。その池に小鳥が水を飲みに来ていたのも覚えています。はじめてお林に来た方が、ずばりそのことを言い当てたのです。これにはびっくりしました。
樹木にはその土地の記憶や想いを秘めているのだと、そう信じざるを得ない出来事でした。
吉田さんのお話では、木々は人を責めるようなことは言わないそうです。こうだったという気持ちを伝えてくれるそうです。
お林で一番大きいと言われるクスノキさんは、「重く苦しいことを見てきている」と言うメッセージだそうです。それが何なのかは伝えていなかったようですが、私はこの付近で自殺があったのを知っているし、近くの木の根元に花も供えてあったのも覚えています。一時期、お林は自殺の名所にもなっていたこともありました。たぶん、そういうことを木々は言いたいのでしょう。
そういう歴史を当然、吉田さんはご存じないでしょうから、木々が私に「吉田さんは本物だよ」と教えてくれるヒントを、メッセージとしてくださったのだと思わざるを得ない出来事でした。
2025年12月7日、吉田さんとお友だちと今村さん(ゲストの部屋で紹介)親子を六方の滝へご案内いたしました。
吉田さん曰く、六方の滝は滝自体が陽で、滝の向かって右側にある洞穴のような窪みが陰ということです。陰陽のバランスが取れているそうです。私がミロクのレイラインを発見したのも、この場所に多くの人の祈りを届けるお役目だそうです。
祈りを届けると言っても、特段、特別なことをしなくても、これまで通り、人々を道案内していけばよいと言うことです。私にとって、ミロクのレイラインの謎のひとつの答え合わせが出来たようで、嬉しかったです。
帰りに三ツ石を望む番場浦海岸に案内いたしました。番場浦の海からは昔の人々の「覚悟」の強い想いが伝わってきたそうです。その覚悟の想いが強烈だったそうです。昔の人たちは、海でのお仕事をどれほどの覚悟で臨んでいたことでしょうか。「板子一枚下は地獄」という言葉を亡き母から聞いたことがあります。真鶴の漁師さんは舟板一枚下は深海へと沈んでいく恐ろしい場所でもあり、そんな地獄と向き合って海に出るお仕事は相当な覚悟が必要だったことでしょう。その想いが今でも真鶴の海には染み渡っているのでしょう。
2025年12月21日、吉田さんとお友だちを九頭龍神社へご案内いたしました。この日も九頭龍神社でお仕事をされている今村さん親子も一緒です。
吉田さん御一行は、普通の観光客と見るべきポイントが全然違うのに驚きました。社寺仏閣などの表面的な存在にとらわれないで、神仏のエネルギーのある場所に一直線に向かうのです。最初に行った箱根神社では神社の横の祠が祭られているところにパワーを感じていたようです。
すると「もっと山の方に何があるのか」と聞かれたので、万巻上人のお墓のことかと思って、そこまで案内しましたが、もっとずっと山の方から呼ばれているというのです。その日は雨もぱらつくようなあまり良い天候ではなかったし、駒ケ岳ロープウェイも悪天候で運休でした。歩いてでも行きたいと大変な勢いでしたが、思いをとどめてもらって、後日、山へ行くこととしました。なんでも神山のエネルギーが非常に悪い状況だそうです。長年、人々の祈りが途絶えてしまった影響があるというのです。確かに2025年3月28日まで、神山へは2015年の箱根の噴火以来、約10年間、入山が禁止されていました。登山口のところまで案内して、その付近で法螺貝や篠笛を吹いていましたが、相当音が変だったようです。
箱根神社の次に九頭龍神社へ向かいました。九頭龍神社(本宮)で吉田さん御一行は、神社には目もくれずに真っ先にすぐ下にある弁財天社の方へ向かいました。そちらの方に引かれると言うことです。なんでそんなことが分かるのか不思議でしょうがないのですが、お社の方にはエネルギーを感じなかったからだそうです。
後から今村さんに聞いた話では、一般の皆様がお参りする九頭龍神社のお社は、昔は無かったそうで、後から建てられたそうです。元々、九頭龍様は弁財天社の社に合祀されていたという話です。
九頭龍神社に詳しい今村さんが同行してくださったお蔭で、吉田さんの証言と歴史的な事実とを照合することができました。吉田さんのエネルギーを感じる力に、ただただ脱帽です。
2025年12月30日、箱根の最高峰、神山(かみやま)へ登りました。芦ノ湖の湖尻からです。素晴らしい晴天です。しかも行動が速いです。わずか9日後に再び箱根です。
吉田さんの話では、12月21日の不調和が嘘のように素晴らしい一日でした。法螺貝の響きも山々や湖に木霊し、すべてが一体化したかのような素晴らしい体験をいたしました。
私も神山の山頂で、ここが磐座だったのではないかという場所で吉田さんが法螺貝を吹くと、地面の下から湧き上がるような地響きのようなパワーを全身で感じることができました。山全体が震えるようなそんな感じです。やっぱり神山は特別な場所なのでしょう。
2026年1月11日、再度、箱根の最高峰、神山に登りました。この日は私と吉田さんとそのお友だちの3人です。
ちょうど神山の山頂の磐座だという場所でお祈りを始めた時間が、なんと1月11日11時11分でした。ゾロ目になるのを期待していたとはいえ、寸分たがわずに神山山頂の磐座での祈りがこの時刻に始まりました。出発の時点で湖尻のトイレで足止めを食らっていたのは、神様の時間調整だったかもしれないという話です。驚きの出来事です。法螺貝の響きの後に、私にはわかりませんが羽黒山の祝詞を唱えていたそうです。神々の名前をその場所の神様に換えて唱えるそうです。
この日、二番目に私が驚かされたのは、1月8日(雑談No6参照)に会った龍とお話しできる方のお話を吉田さんにしました。吉田さんは龍を見ることはできないそうですが、金色で二股の尾の龍の特徴を言うと、いつも吉田さんが吹いている法螺貝の図柄が、まさに二尾の金色の龍ではありませんか。しかも宇宙っぽい姿の龍でした。こんなにも早く金色の龍がメッセージをくださったことに、驚愕するとともに思わず笑いがこみあげてしまいました。
神様はいろいろなところでメッセージをくださるようです。ゾロ目で歓迎してくれたり、二尾の金龍などというレアな存在を三日前の出来事のエピソードが本当だよと言わんばかりに教えてくださったりなど、神様のメッセージとしか思えません。私にはそう思いました。
短い期間になんども真鶴、湯河原、箱根のエリアに足を運んでいただけて、恐縮するばかりです。
*写真は、お林の一番大きなクスノキさん、六方の滝、番場浦海岸から三ツ石、箱根神社の横の祠、九頭龍神社の鳥居、駒ケ岳からの神山と富士山です。当日に撮影です。
2026.01.10
2026年1月8日、いつものごとく今村さんの紹介で、龍とお話が出来ると言う方とお会いしました。その方のお話ですと、ほとんどの人には龍が一緒にいるそうです。
いろいろと素敵なパワースポットを案内してくださり、最後に私の龍を観て頂きました。
私と一緒にいる龍は、もうずっと一緒にいるすごく大きな金色の龍だそうです。今まで見たことがないぐらい大きいということです。
金色の龍の他に、白、赤、黒のサポートしてくださる3柱の龍もいらっしゃるそうです。
金色の龍は、髭は短めで、二股の角で、たてがみは淡い緑色で、鱗は1枚1枚が大きく、眼は白眼に赤い瞳だそうです。指は4本だそうです。あと、尻尾の先が二股になっているのが見えるそうです。
また、地球由来の龍ではなくて宇宙由来の龍だそうです。縁を結ぶ力が強いと言うことです。縁は人間関係のご縁だけではなく、土地や仕事といった様々なご縁だそうです。
私の龍は、「そのまま思った通りに進んで大丈夫」と言っているそうです。
草刈りボランティアの話になり、私が草を刈るとブワッと浄化のエネルギーが広がるのが見えるそうです。町をきれいにしながら浄化していたようです。
他にもいろいろなメッセージをいただき、箇条書きにすると、
・少人数でよいからこれから行う行動に協力者がいると一気に仕事がはかどる。
・これからしようとする行動を情報発信すると協力者が現れる。
などです。
初対面だったにも関わらず、興味深いお話をたくさんありがとうございました。
素敵なご縁を繋いでくださったことに感謝申し上げます。
*ChatGPTにてイメージを作画しました。ちょっと指示と違う点もありますがご了承くださいませ。
2026.01.07
ケープ真鶴からの景色が絶景です。景勝地の名に恥じない大パノラマです。相模と伊豆の海を一望できる最高の場所です。
冬の空気の澄んだ日には、熱海の初島をはじめ、伊豆七島の伊豆大島、利島、新島、神津島、三宅島まで見ることができます。左手には三浦半島、房総半島が水平線の向こうに見え、右手には伊豆半島の天城山、大室山、小室山がたたずんでいます。
ここ数年、最近まで、せっかくの展望が草木がぼうぼうと生い茂って、景勝地なのに三ツ石が隠れてしまうほど展望が大きく損なわれてしまった状況でした。だいぶ以前から役場と掛け合って、私の方でボランティアで草木の伐採をするので許可してほしいと願い出ていました。ようやく2025年の年末に担当課の許可が出たので、造林業の経験のある知り合い二人にもご協力いただき、2025年12月16日から始めて通算6日間かけて、ケープ真鶴から三ツ石を望む景観を復活することができました。
景観が復活する前は、せっかくケープ真鶴まで来てくれた観光客の皆様は、三ツ石の景観を拝むことができずに帰って行かれました。がっかりされて帰られた観光客の皆様に申し訳なく思っておりました。高齢の方や障害を持った方などは、40~50メートルの標高差のある階段を下まで歩いて降りていくことは難しいです。多くの人が階段の手前で引き返されていました。
景観が復活して、観光客の反応をそばで観察していました。多くの皆様が、その素晴らしい景観に感嘆の声をあげられて喜んでおられました。私もうれしくなり、「あれが大島で、初島の隣りに三角形の利島と平らな新島、右奥に神津島が見えますよ」などと案内して過ごしました。
素晴らしい景観は、人々を笑顔にするパワーがあるのだと実感いたしました。また、その喜ぶ心が祈りとして三ツ石などのパワーとなるのではないかと考えてしまいました。
パワースポットと呼ばれるような神聖な場所を祈りを通して「道開き」をするスピリテュアルな方々がいますが、私にとっての三ツ石の道開きが、景観を復活させるという行為で出来たのではないかと思っています。たくさんの方の笑顔を見ることができて、本当に嬉しくて仕方がありません。
ミロクのレイラインの始まりの三ツ石です。見るだけで皆様を笑顔にするパワーあふれる素敵なところです。
*写真上は復活した景勝地「三ツ石」2025年12月29日撮影です。写真下は復活前2025年7月19日のほぼ同じ場所です。
2026.01.07
冬至の日の前後約一か月間、三ツ石からの日の出を拝む絶好の場所は、番場浦海岸の石丁場(いしちょうば)跡です。石丁場とは石を石材として切り出していた場所のことを言います。今は山中で切り出していて、海岸線沿いの石丁場は跡地となっています。
そんな番場浦海岸の石丁場跡ですが、不自然な部屋のような浅い洞窟があります。冬至の日の日の出はこの付近から眺めると、ちょうど三ツ石から太陽が昇ってくる位置となっています。
昔の人は、それを計算に入れてこの洞窟部屋を作ったのでしょうか。冬至の日の太陽を祈るための場所なのでしょうか。
何のために作ったのかは、記録がないので推測でしかわかりません。ですが、この場所で日の出を拝むと何とも言えない不思議な感覚となります。
*写真は番場浦海岸の石丁場跡の洞窟です。
2026.01.06
最近のAIは凄いですね!
AI(ChatGPT)を使って、写真と簡単な説明だけで素敵な絵に加工してくれました。三ツ石と龍神様です。どんな絵も手軽に描いてくれる反面、現代社会ではフェイク(偽物)も簡単に作り出せてしまう世界になってしまったのかもしれません。
スピリテュアルの世界も様々な情報が入り乱れていて、何を信じてよいのか分からなくなってしまいます。そう感じている人も多いのではないでしょうか。私もその一人です。
まあ、ミロクのレイラインもそんなおとぎ話のような根も葉もないようなストーリーなのかもしれませんが、一応、根拠のある話のみをつなげて公表していきたいと考えています。
*写真をChatGPTにて加工です。
2026.01.06
私は霊感がありません。ですが、一度だけ神様の声が聞こえたことがあります。神様かどうかの真偽はわかりませんが、私は神様の声だと思っています。
それは、2007年4月9日のことです。そのころ私は化学物質過敏症という病気で日々あがいておりました。夢を失い、先の見えない不安で、正直、死にたいと思っていました。山口県の方まで車中泊で一人旅をして、その途中に出雲の須佐神社(島根県出雲市佐田町須佐)に立ち寄りました。須佐神社には「大杉さん」と呼ばれる樹齢約1300年の杉のご神木があります。この大杉さんのところに来た時に、頭の中に直接、男性の声で「生きろ」と一言だけ言葉が聞こえてきたのです。
それがどういう意味で、誰からの声なのか、さっぱりわかりませんでしたが、それ以来、私の生きる目的は「生きる」ことといたしました。
その後、いろいろと紆余曲折しながら翌年には「化学物質過敏症 知ってね☆うぉーく」という団体を立ち上げて、市民活動に目覚め、さらにその翌年には化学物質過敏症も病名として登録され、貴重な体験をたくさん授けていただきました。いまでもなんとか生き抜いてきています。
今ではその声の主は、神社の神様か、木に宿る精霊、もしくは守護神様の声だったと思っています。
私が体験した神秘的なスピリテュアルの体験話です。
*写真は当時の須佐神社の大杉さんです。
2026.01.06
毎年、1月1日の初日の出では凄い数の方々が三ツ石からの日の出を拝みに参りますが、冬至の日も日の出を拝みに来る方が年々増えてきたように思います。
三ツ石にパワーを感じる方が増えてきたからなのでしょうか。日の出とともに法螺貝の音色が木霊し、皆様は思い思いに手を合わせて太陽に拝んでいます。その光景は神々しさの中に自然と共鳴し合っているように感じます。
聖地と言われているような場所には、祈りが大切だそうです。三ツ石に多くの人が祈りを捧げることで、より素敵な世界へと昇華されていくのでしょう。そう信じたいです。
*写真は2025年12月22日の冬至の日の出です。