現在の出品者のほぼ全員が
吉田先生の教え子で構成されており
まさに國高芸術の継承者なのです。
第20回 展(2016年)展示パネルより
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国高OB美術展(くにこうオービーびじゅつてん)は、東京都立国立高等学校(通称「国高〈くにこう〉」の卒業生が運営する「一般社団法人 国立高校同窓会」に属する美術部OB会「国立高校OB美術部」が主催する展覧会。本展は同校で34年間美術科教諭を務めた吉田 公を中心に、平成7年(1995年)に第1回展を開催。以後ほぼ毎年開催され、令和8年(2026年)5月に第30回を迎えた[1][2]。
本展は美術部OB会有志の提案により、吉田 公を中心に美術部に在籍した人たちの作品展として発足した[1]。当初は美術部出身者中心の集まりだったが、第3回展(1998年)以降は元美術部員に限らず広く国高OBに参加が呼びかけられるようになり、出品分野も絵画・版画から陶芸・七宝・ガラス工芸・刺繍・CG・木彫・織物・立体・押し花・ライトアート・デジタル画・写真へと大きく広がった。
2005年の第10回展からは「國高芸術」の名称が使われるようになり、現役の国高生の作品も並べて新旧交流を図る回もある[1]。吉田の没後(2001年)も本展は継続しており、2016年の第20回記念展の紹介文では「現在の出品者のほぼ全員が吉田先生の教え子で構成されており、まさに國高芸術の継承者なのです」と評されている。
1965年頃に「都立国立高校美術部同窓会展」が行われていた形跡があるが、詳細は資料が得られず不明である[1]。30年を経た1995年に本展(国立高校OB美術展)が発足しており、両者の間に直接の連続性があるのかどうかは分かっていない(後述「今も分かっていないこと」参照)。
年
回
出来事
1965年(昭和40年)頃
(前史)
「都立国立高校美術部同窓会展」が行われていた形跡がある。詳細不明[1]。
1995年(平成7年)
第1回
吉田公を中心に発足、参加13名、三鷹市美術ギャラリーにて11月28日〜12月3日開催。依田家所蔵の案内ハガキ・写真により開催が確認できる[1][2]。
1996年(平成8年)
(開催なし)
この年に本展が開催された記録はない。理由は不明(後述「今も分かっていないこと」参照)[3]。
1997年(平成9年)
第2回
6月開催、三鷹市美術ギャラリー[3]。
1998年(平成10年)
第3回
6月開催、三鷹市美術ギャラリー。元美術部員に限らず広く国高OBに参加を呼びかけるようになる[1][3]。
1999年(平成11年)
第4回
6月30日〜7月4日(?)開催、三鷹市美術ギャラリー。出品者24名。絵画・版画にペーパークラフト・陶芸が加わる[1][3]。
2000年(平成12年)
第5回
6月20〜25日開催、三鷹市美術ギャラリー[3]。
2001年(平成13年)
第6回
6月20〜24日開催、三鷹市美術ギャラリー。4月に逝去した吉田公の遺作が展示される[1][3]。
2002〜2004年(平成14〜16年)
第7〜9回
詳細記録未確認。この間、出品者数の増加に伴い七宝・ガラス工芸・刺繍・CG・木彫・織物・立体と多彩な作品が出品されるようになったとされる[1]。
2005年(平成17年)
第10回
「國高芸術」の名称を使用開始。現役国高生の作品も展示して新旧交流をはかる[1]。
2006〜2008年(平成18〜20年)
第11〜12回
詳細記録未確認。
2009年(平成21年)
第13回
会場を現在の三鷹市芸術文化センターに移す。出品者数、最大の40名に達する[1]。
2010〜2015年(平成22〜27年)
第14〜19回
詳細記録未確認。
2016年(平成28年)
第20回(記念展)
吉田先生の遺作コーナーが設けられ、現役国高生の作品も展示されて新旧の國高芸術の交流が図られる[1][4]。
2017〜2019年(平成29〜令和元年)
第21〜23回
詳細記録未確認。
2020・2021年(令和2・3年)
(開催中止)
新型コロナウイルスの感染拡大により開催中止[1]。
2022年(令和4年)
第26回
再開。出品者数を減らしての開催となる[1]。
2023〜2024年(令和5〜6年)
第27〜28回
詳細記録未確認。
2025年(令和7年)
第29回
コロナ前とほぼ同じ出品者数まで回復[1]。
2026年(令和8年)
第30回
31名による作品を展示。会場:三鷹市芸術文化センター地階第4美術展示室。足跡パネルが初めて掲示される[1]。
※第7〜9回・第11〜12回・第14〜19回・第21〜25回・第27〜28回の会場・日付・出品者数等の詳細は、現時点では確認できていない。2027年5月開催予定の第31回展にあわせ、国高OB会事務局へ資料閲覧を申し込み、確認していく予定。
出品者数は、第1回(1995年)の13名から、第4回(1999年)に24名、第13回(2009年)に最大40名まで増加した[1]。近年はコロナ禍を経て減少したのち回復傾向にあり、第30回(2026年)は31名。ジャンルも当初の絵画・版画中心から、陶芸・七宝・ガラス工芸・刺繍・CG・木彫・織物・立体・押し花・ライトアート・デジタル画・写真へと段階的に広がっている
期間
会場
1995〜2008年(第1〜12回)
三鷹市美術ギャラリー(JR三鷹駅南口前コラル5階)
2009年〜現在(第13回〜)
三鷹市芸術文化センター地階 第4美術展示室
本展は美術部OBOG会有志による幹事一同の運営で継続されている[1]。第30回展(2026年)の足跡パネルは、保存資料と昭和28年卒業生からの聞き取りをもとにまとめられた。
本展は吉田 公を中心に発足したが、吉田がもう一つ主宰していた美術グループ「来巣会」およびその後継「幹の会」とは、会員・出品者の重なりがほとんどなく、別々の系譜として展開している[5]。国高OB会の関係者の多くは来巣会の存在自体を知らないとみられ、吉田没後に幹の会へ名を連ねた国高関係者も依田 純のみである。吉田 公という一人の人物が両方の結節点になっている、という関係の詳細は「吉田 公」ページの「吉田 公が遺した二つの場」を参照。
とはいえ、個人単位で見ると両者の重なりは意外と多い。確認できている来巣会の会員27名のうち、少なくとも9名は国高の卒業生・関係者であり、本展(国立高校OB美術展)にも出品している[6](来巣会ページ「国立高校(国高)との関係」と重複するが、本展側の記録としてもここに記す)。
● 吉田 公(国高美術科教諭、昭和21〜55年)
● 垣本浩輔
● 伊沢正夫
● 依田 純(国高昭和30年卒)
● 小島和雄
● 津金 永(国高美術科教諭、昭和59年〜。吉田の後任)
● 吉岡正治
● 小林節夫
● 中川曠人(国高国語科教諭、昭和38〜56年)
このうち吉田・津金は美術科、中川は国語科でそれぞれ国高の教諭を務めており、来巣会と国高美術部・本展との間には、単なる偶然を超えた人的な連続性が見られる。ただし、これはあくまで個々の会員の重複であって、来巣会という団体自体が国高OB会に知られている、という意味ではない点に注意。
1965年頃に行われていた「都立国立高校美術部同窓会展」と、1995年発足の本展との間に、企画・人脈上の直接的な連続性があるのかどうかは分かっていない。30年の空白がなぜ生じたのかも不明。
第1回(1995年)と第2回(1997年)の間、1996年には本展が開催された記録がない。あくまで推測だが、第1回は当初から毎年継続する前提の企画ではなく、単発の同窓会的な集まりとして開催され、好評だったことを受けて「また開催したい」という機運が高まり、準備期間を経て1997年から仕切り直しで継続開催が始まった、という可能性が考えられる。断定はできず、今後の裏付けが必要。
会場・日付・出品者数などの詳細が現時点では確認できていない。2027年5月開催予定の第31回国立高校OB美術展にあわせ、国高OB会事務局に資料閲覧を申し込み、確認していく予定。
● 吉田 公(本展発足の中心人物。国高美術科教諭を34年間務めた)
● 来巣会(吉田がもう一つ主宰した美術グループ。本展とは別系譜)
● 東京都立国立高等学校(本展の母体となる学校)
● 依田 純(国高昭和30年卒、来巣会会員。第6回展〈2001年〉出品者)
1. 「国立高校OB美術展の足跡」(掲示パネル・年表)、第30回国立高校OB美術展、2026年
2. 依田家所蔵アルバム(第1回展〈1995年〉の案内ハガキ・写真)、未公表・ネルペディア内部資料として保管
3. 「依田純 参加展覧会 年表」(依田家所蔵資料)、未公表・ネルペディア内部資料として保管
4. 「國高芸術2016 第20回記念国立高校OB美術展」吉田 公 遺作展示パネル 紹介文、2016年
5. 国高同窓会会報「季刊たちばな」第42号、2001年9月5日発行、依田純「吉田公先生を偲ぶ」
6. 「国立高校OB美術展」出品者名簿(各回パンフレット等、依田純の遺族の調査による。来巣会ページ「国立高校(国高)との関係」も参照)
※このページは調査の進行にあわせて随時更新されます。誤りのご指摘、資料のご提供など大歓迎です。