多くの出会いに恵まれて
毎年来巣展は予め決まっているのに、制作の方は毎回見切り発車の連続で、
いつの間にか二十周年を迎えました。
「来巣20th」(1992年発行)本人寄稿文より
お断り
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依田純(よだ じゅん、1936年-2006年)は、東京都八王子市を拠点に活動した洋画家。長野県に生まれ、都立国立高等学校在学中に吉田公(よしだ ただし)に、のちに東芝府中工場美術部にて久保田九一(くぼた きゅういち)に師事した。1976年より美術グループ「来巣会」に参加し、来巣会二十周年記念誌の編集を務めたほか、恩師・吉田公への追悼文の執筆者でもある。晩年の作品は美術評論家3名によりそれぞれ専門誌上で作品評を得ている[1][7][10][11][12]。
依田純は、高校時代の師・吉田公と、社会人になってから師事した久保田九一という二人の師のもとで画業を積んだ。この二重の師系は、依田純を来巣会(吉田系)と東芝府中の美術サークル(久保田系)という2つの世界をつなぐ存在にしていたとみられる[1][2][3]。
来巣会においては単なる一会員にとどまらず、二十周年記念誌『来巣20th』(1992年)の編集責任者を務め、また創設者・吉田公が2001年に死去した際には、同窓会報「季刊たちばな」に追悼文を寄稿した。この追悼文は、来巣会の創設事情を伝えるほぼ唯一の一次資料となっており、依田純自身が来巣会の記録者としての役割を担っていたことがうかがえる[6][7]。
1990年代以降、依田純個人の作品は美術専門誌『アートマインド』(ジャパンアート社)で3度にわたり評論家による作品評を得ている。これは来巣会という団体には確認されていない、依田純個人に対する独立した第三者言及にあたる[10][11][12]。
年
出来事
1936年(昭和11年)
5月、長野県にて出生[1]
1952年(昭和27年)
都立国立高校美術部にて吉田公(よしだ ただし)に師事[1][2]
1960年(昭和35年)
東芝府中工場美術部にて久保田九一(くぼた きゅういち)に師事[1][3]
1968年(昭和43年)
『第21回創造展』に「山塊」を出品、新人賞・クサカベ賞受賞[1][4]
1976年(昭和51年)〜1998年
恩師・吉田公が立ち上げに関わった美術グループ「来巣会」に参加[1][5](美術年鑑掲載では1976〜1987年活動分まで確認、家族記録では1998年まで在籍)
1985年(昭和60年)〜1994年
主に来巣会メンバーによる「五人展」に参加[1]
1992年(平成4年)
来巣会二十周年記念誌『来巣20th』の編集責任者を務める[6]
1995年(平成7年)
「幹の会」に参加。以後、個展も開催[1]
2001年(平成13年)
国校同窓会報「季刊たちばな」第42号に、逝去した恩師・吉田公への追悼文「吉田公先生を偲ぶ」を寄稿[7]
2005年(平成17年)
恩師・久保田九一の弟子たちによる「ら・せぞん展」に参加[1]
2006年(平成18年)
1月、永眠[1]
※上表の「新たに確認できる/名簿から消える」は美術年鑑掲載データに基づく。美術年鑑は前年の活動を反映して翌年1月頃に発行されるため、掲載年は活動の翌年ではなく実際の活動年に読み替えて配置している(例:「美術年鑑1978年版」の内容は本表では「1977年」の行に反映)。
師
時期・場
略歴
吉田 公(よしだ ただし)
1952年〜/都立国立高校美術部
大正9年(1920)生(大正8年生とする資料も)。東京美術学校卒(昭和17年9月・戦時繰り上げ卒業)。独立美術協会・モダンアート協会を経て来巣会を主宰。国立高校美術科教諭(昭和21〜55年)。2001年死去[2][8]
久保田 九一(くぼた きゅういち/ひさかず)
1960年〜/東芝府中工場美術部
明治44年(1911)茨城生まれ、1994年没。川端画学校卒。独立美術協会を経て自由美術会員。府中市美術館に所蔵作品4点あり。東芝府中工場美術部の顧問を務めた経緯は資料が乏しく不明な点が多い[3][9]
高校時代の師である吉田公は東京美術学校を卒業し(昭和17年9月、戦時下の修業年限短縮による繰り上げ卒業)、独立美術協会・モダンアート協会を経て来巣会を主宰した。専攻分野(洋画・図案いずれか)は名簿類だけでは確定できておらず、今後の調査課題である[2][8]。
社会人になってから師事した久保田九一は、独立美術協会展に出品を重ねたのち自由美術会員となった画家で、府中市美術館に所蔵作品4点がある。東芝府中工場の社内美術部にどのような経緯で招かれ、どのように活動していたかは、東芝側にも記録が残っておらず、多くが不明のままである[3][9]。
依田純は1976年に来巣会へ参加して以降、長期にわたり出品を続けた(美術年鑑では1976〜1987年活動分まで確認できるが、家族の記録によれば1998年まで在籍していた)。1992年の二十周年記念誌『来巣20th』では編集責任者を務め、会員それぞれの寄稿を取りまとめた[5][6]。
2001年、来巣会創設者の吉田公が死去した際には、国校同窓会報「季刊たちばな」第42号に追悼文「吉田公先生を偲ぶ」を寄稿した。この文章は、来巣会が「芸術大学時代の友人と二人が中心になって」発足したことを伝える現存する数少ない記述であり、来巣会の成立事情に関する重要な一次資料となっている[7]。
● 自由美術・創造美術(出品)
● 来巣会(1976年〜、美術年鑑確認分。家族記録では1998年まで)
● 五人展(1985年〜1994年)
● 幹の会(1995年〜)
● ら・せぞん展(2005年、久保田九一門下による展覧会)
● 国立高校OB美術展(吉田公を中心に1995年発足)
依田純の作品は、美術専門誌『アートマインド』(ジャパンアート社)に1990年代から2000年代にかけて3度、評論家による個別の作品評として取り上げられている。評者はいずれも美術年鑑の評論家連盟欄等に経歴が確認できる専門家である(ばんのなおこについては経歴の裏付けが未確認)。以下に掲載順を示す。
評者
掲載
評された作品/内容
鈴木 仁一
アートマインド(ジャパンアート社)1992年3月 No.60「作家展望」
第19回来巣展出品作「安曇野快晴」(F50)を評。望郷をテーマとした画面構成に言及[10]
ばんのなおこ
アートマインド 1995年11月 No.82「自然へのメッセージ」
欧州・中国取材作品群(「ロバのいる街角」「木陰」「教会のある港町」「カペル橋」「安曇野の春」)を評。あわせて依田純の略歴を掲載[11]
長谷川 栄
アートマインド 2004年5月 No.133「2004・ベストアーティスト」
「コート・ダジュール眺望(南仏・エズ)」(F30)を評[12]
これら3本の評は、団体としての来巣会には確認されていない、依田純個人に対する独立した第三者による有意な言及にあたる。掲載作品はいずれも国内外の風景・旅先スケッチを主題としており、望郷・自然への眼差しといった評者間で共通するテーマが見出せる[10][11][12]。
依田純の作品の著作権はネルペディア運営者(依田純の子)が相続・保有しており、他の会員作品と異なり自由に掲載できる。代表作の画像は今後このセクションに追加予定。
● 吉田公の東京美術学校における専攻分野(洋画か図案かなど)と、洋画家として知られている点との整合
● 評論家ばんのなおこの経歴・身元(美術年鑑1995年版の評論家欄には名前が見当たらない)
● 久保田九一と東芝府中工場美術部の活動実態の詳細(発足経緯・活動期間とも東芝側に記録なし)
● 依田純の生年月日の正確な日付(現状「1936年5月」までのみ判明)
● 来巣会(依田純が長年参加し、20年文集編集も務めた美術グループ)
● 吉田公(国立高校時代の師、来巣会創設者)
● 久保田九一(東芝府中工場美術部での師)
● 国立高校OB美術展
1. 依田純 経歴資料(ネルペディア内部資料、依田家所蔵)
2. 『多摩の作家250人:たましんギャラリーの10年を彩った芸術家』たましんギャラリー、1984年(国立国会図書館デジタルコレクション)
3. 『多摩の作家250人』(同上)、府中市美術館所蔵作品目録
4. 『美術年鑑』1969年版、美術年鑑社
5. 『美術年鑑』1978年版、美術年鑑社(国立国会図書館デジタルコレクション)
6. 『来巣20th』(来巣会二十周年記念誌)、1992年5月20日発行
7. 国校同窓会会報「季刊たちばな」第42号、2001年9月5日発行、依田純「吉田公先生を偲ぶ」
8. 東京美術学校・東京芸術大学美術部卒業者名簿(在籍者一覧データベース)、および2026年7月・吉田公先生ご遺族への聞き取り
9. 府中市美術館 収蔵作品データベース(久保田 九一)
10. アートマインド(ジャパンアート社)1992年3月 No.60、鈴木仁一「作家展望」
11. アートマインド 1995年11月 No.82、ばんのなおこ「自然へのメッセージ」
12. アートマインド 2004年5月 No.133、長谷川栄「2004・ベストアーティスト」
※このページは調査の進行にあわせて随時更新されます。誤りのご指摘、資料のご提供など大歓迎です。