アートメイクで用いられる麻酔は表面麻酔(外用)であるが、浸潤麻酔(局所注射)が用いられることもある。浸潤麻酔薬にはキシロカイン注射液といった製品があり、眉のアートメイクにはエムラクリームという厚労省で認可された表面麻酔薬があるが、眼瞼縁のアイラインを施術するに当たっては適切な厚労省認可の表面麻酔薬がない。
まずは現状と問題点を記そう。臨床眼科の2022年10月号に「アートメイクにより角結膜障害を生じた1症例」という報告が掲載された。
どのような症例かというと、「40歳女性。アイラインのアートメイク施術直後の両眼痛と流涙を主訴に来院。矯正視力は右0.5,左0.5であった。前眼部所見では両眼に角膜びらんを認め、中間透光体および後眼部に異常はなかった。皮膚に使用した外用局所麻酔薬による薬剤性角結膜障害と診断され,0.3%トスフロキサシントシル酸塩点眼(抗菌薬)および0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム点眼(眼科用ステロイド薬)各4回/日にて加療を開始し、1週間で後遺症なく改善した」とある。
施術に用いられた表面麻酔薬は、商品名MAGICという海外製品で、その通販サイトを参照すると、成分としてリドカイン5%テトラカイン2%アドレナリン0.2%と記載がある。それ以外にも防腐剤なりPH調整剤なりの添加物が加えられている可能性があるが主成分以外の記載は無い。
論文中の症例写真を見ると、下半分の角結膜が白く濁ってフルオレセインでも染色されており、表面に傷が生じている状態であるのが判る。結膜の充血は見られず、アレルギー反応というよりは刺激に対する反応のようにも見える。
考察として「薬剤の危険性を理解していない無資格者によるアートメイクの施術では,今後も同様の眼障害が生じる可能性が考えられる」と書かれているが、有資格者による施術であっても、同じ患者に同じ表面麻酔薬を用いてアイラインの施術が行われればまったく同じ結果が生じたであろう。どうすれば回避できたのであろうか?
答えはもちろんMAGICのような海外からの個人輸入の表面麻酔薬を使用しないことである。では代替品として何で麻酔すれば良かったのだろうか?
注射薬による眼瞼縁の浸潤麻酔下に行えば安全である。しかし表面麻酔薬で対処は出来ないものであろうか?
ここでまず局所麻酔薬についての基礎知識が必要となる。代表的な薬剤としてリドカインについて解説しよう。なおキシロカインというのはアストラゼネカ社の商品名でリドカインはその一般名である。
実はリドカインには日本薬局方上二つの物質が収載されている。リドカインとリドカイン注射液である。前者は水に不溶性(分子型)であり、後者は塩酸塩として水に可溶化した物質(イオン型)である。
図2 リドカイン(左:分子型)とリドカイン塩酸塩(右:イオン型)の構造式。
健康な皮膚の表面(角層)はpH4.5~6.0の弱酸性であり、塩酸塩としてイオン化された物質を容易には透過しない。荷電した同士で電気的に反発するからである。
このことはアスコルビン酸ナトリウム(ビタミンC)を例にあげると納得しやすい。アスコルビン酸ナトリウムもまたイオン型であり、皮膚を透過させるためにイオントフォレーシスで押し込む施術(イオン導入)があることを思い出して欲しい。強い電極棒でもって、角層表面の電荷を乗り越えて分子を押し込んでいる。
一方、アスコルビン酸をパルミチン酸でエステル化して分子型とすると、電気的に中性になるので吸収されやすくなる。リドカインも塩酸塩では無く分子型のリドカインのほうが、はるかに皮膚から吸収されやすい。
本邦で唯一厚労省の認可を受けた皮膚への表面麻酔薬であるエムラクリームもまた主成分は分子型のリドカインである。リドカイン塩酸塩では無い。
ただしこのエムラクリームには、眼瞼縁には用いにくい理由がある。それは製剤のpHが9.2と強アルカリに設定されているからである。
リドカイン自体は弱アルカリ性の物質であり、エムラクリームはpH調整剤を用いて意図的に強アルカリ性に設計されている。その目的はというと、軟膏基剤がアルカリ性であったほうが、分子型のリドカインが安定するからである(製造元の佐藤製薬学術部に確認済み)。
もう一点、皮膚の角層のバリアをより透過しやすくする効果もあるかもしれない。角層は強固だがアルカリには弱い。アルカリ温泉で皮膚がヌルヌルするのを経験したことがあるだろう。角層表面が溶けるからである。
一方で、眼の結膜はアルカリには弱い。これがエムラクリームを眼瞼縁に用いにくい理由である。エムラクリームの添付文書にも「眼に入らないように注意すること。(ウサギの眼粘膜刺激試験において、結膜充血、眼瞼腫脹、角膜損傷等の重度かつ持続性のある刺激反応が認められている。)」という記載がある。
臨床眼科に報告されたMAGICによる角結膜障害の症例も、アレルギーでは無く製剤のpHによるものであったのかもしれない。
キシロカイン点眼液(4%)という製剤がある。同じ表面麻酔薬なのだから、これを眼瞼縁に塗り込むことで効果を期待しようと試みた人はいないだろうか?筆者もそう考えた。
そしてキシロカイン点眼液にカルボキシメチルセルロース(増粘剤)を添加してゲル状にして用いてみたのだが全く効かない。それもそのはずで、キシロカイン点眼液に用いられているのはイオン型のキシロカイン塩酸塩なのである。
キシロカインには他にも注射薬や尿道や気管粘膜に用いるキシロカインゼリーなどの製剤があるが、用いられているのはすべて塩酸塩である。粘膜には角層が無いので塩酸塩であっても十分に透過するし、水溶性のほうが濁りを生じず使い勝手が良いからであろう。
以上のような理由で、眼瞼結膜に触れる可能性のある瞼縁の皮膚に安全に用いることのできる厚労省認可の表面麻酔薬は、現時点では存在しない。それで海外で用いられている表面麻酔薬に頼ることになるのだが、海外製品は必ずしも全成分表記がなされていないし、製剤のpHなどを記したインタビューフォームも提供されていない。
解決策としてもっとも推奨されるのは、表面麻酔薬の自作である。リドカイン塩酸塩ではなくリドカインを入手して、これを適当な軟膏基剤で練ってやればよい。基剤としていくつか試みたが、プラスチベースを基剤とするのが最適なようだ。プラスチベースは眼軟膏の基剤として頻用されている。
図3 リドカインを重量比10%でプラスチベースと混和して軟膏を自作したところ。乳鉢で根気よく磨り潰していく。多少白い粒子が残っても麻酔効果は得られる。リドカイン粉末をアルコールに溶かしたうえで混和するなどすれば白い粒子は消えるかもしれないが。粘膜への刺激を考えると何も加えない方が無難と考える。
リドカインの入手先だが、日本薬局方に収載はされているものの、製薬会社の製品としては提供されてない。こういうことは実はよく経験することで、製薬会社も最終的には営利が目的であるので、商売にならないことはしない。
もっとも簡単な入手方法は試薬を購入することである。ただしほとんどの試薬会社は、使用目的を研究と限定しており、臨床で人への使用であると聞けば販売を拒むであろう。
別に試薬会社が販売を拒むからと言って、このような自作軟膏を臨床で用いることが違法という訳ではない。試薬会社は万が一の有害事象に対して責任を負いたくないというだけのことである。理屈で考えると試薬レベルの純度の高いリドカインはむしろ安心できると言える。
試薬の購入に当たって用途を細かく聞かれることも無いだろうが、もしも追及された場合には、日本薬局方に収載されておりおかしな使い方では無いということと、使用にあたっての責任は医師個人が負い試薬会社に迷惑はかけないことを十分に説明して了解してもらうしかないだろう。