カーボンブラック
黒色色素の基本である。炭素の粉末であり、単純な物質ではあるのだが、アートメイクに用いるに当たっては、粒子径の問題とPAH(polycyclic aromatic hydrocarbon,多環芳香族炭化水素)の問題とがある。
炭素の粉末と聞いて、多くの医療者は「薬用炭を用いてはどうか」と考えるのではないだろうか?薬用炭(Medicinal Carbon)は日本薬局方に収載されており、薬物中毒の際に内服させて消化管内に残存する薬物を吸着させる目的で用いる。
しかしそこには粒子径の問題がある。
薬用炭の粒子径に規定は無いが、目的から考えて活性炭である。活性炭というのは細孔をたくさん有してこの中に薬物を取り込む構造を有する炭素の塊であるから、ある程度の大きさが無くてはならない。その粒子径は小さくても10μm程度と考えられる。このサイズでは粗くアートメイクの細かい線引きには向かない。
したがって薬用炭ではなく、もっと粒子径の細かい炭素を探す必要がある。だいたい10nm程度であれば目的にかなう。
一般的に流通している原料素材から粒子径の小さなものを探してもよいが、少量であれば自作も可能である。実際に海外の医学論文ではときどき自作方法が記されている。
その方法はというと、オイルなりろうそくなりに火を灯し、これを金属板にかざして煤を作る。これを集めて微細な炭素粉末とするもので、失明して白濁した角膜をアートメイクで黒く着色する医学論文に記されていることが多い。微細な炭素粉末をどうやって作るかという参考までに知っておくと良いだろう。
図6 煤からアートメイク用色素を作っているところ。施術の際に都度作成する。Simple and novel technique of using lampblack soot as a corneal tattoo for disfiguring corneal opacities Indian J Ophthalmol. 2021 Dec;69(12):3748-3751中の図を模写
次にPAH(polycyclic aromatic hydrocarbon,多環芳香族炭化水素)の問題である。この問題の背景に触れておこう。
PAHというのは総称であり、PAHに含まれるいくつかの化合物には発癌性がある。PAHは有機物が不完全燃焼する際に生成される物質であり、自然界にも広く存在する。しかしながら工業製品、とくに乳幼児が舐めたり咥えたりする可能性のある物に対しては厳しく規制される必要があるとの考えがとくにドイツで強く、2008年以降GSマーク(ドイツの製品安全認証)を受けるに当たっては、発癌性のある代表的なPAHの含有量の測定が義務付けられ、基準値が設定された。
その後2022年にEUがアートメイク用の色素についての規則を定めており、その中でナフタレン、ベンゾ[a]ピレン、ベンゾ[e]ピレン、ベンゾ[a]アントラセン、ベンゾ[b]フルオランテン、ベンゾ[j]フルオランテン、ベンゾ[k]フルオランテン、クリセン、ジベンゾ[a,h]アントラセンの9物質が明示され、それぞれ0,00005 %(重量)以下であることが要求されている(Official Journal of the European Union, 15.12.2020, L423/15)。
図7 EUでアートメイク用の色素として規制値が制定されたPAH
カーボンブラックの製法にはいろいろあるが、上記のようにろうそくの炎を不完全燃焼させるような作製方法においては、PAHが不純物として含有されていてもおかしくない。したがって「アートメイク色素」としてEUに輸出しようとする製品にカーボンブラックが使用されている場合には、上記のPAHの含有率を確認する必要がある。
ちなみに煤からカーボンブラックを自作する方法を記した医学文献を紹介したが、これは医師が施術に当たって自作する限りにおいて合法なのであって、もしもこれを製品化してEU圏内で販売しようとすれば、PAHを測定しなければならないということである。
本邦ではアートメイク色素についての規制はまったく存在しないので、カーボンブラックが原材料として使用されている製品にPAHがどれだけ高濃度に含有されていたとしても、アートメイク用色素として販売することに違法性は無いのだが、逆にそのような無規制の国であるからこそ、アートメイクが医行為として位置付けられたのであり、我々医療者は使用する色素を賢明に選定する必要がある。
酸化鉄
酸化鉄は、酸化数によって例えば、酸化水酸化鉄(Ⅲ)(Iron(Ⅲ) oxide-hydroxide, FeHO₂)は黄色、酸化鉄(Ⅲ)(Iron(Ⅲ) oxide,Fe2O3)は赤色など、様々な色調を呈するので色味を出すのに有用である。
酸化鉄にはアレルギーも発癌性も無い。唯一問題になるのがMRI検査であろう。
MRI検査における注意点は二つある。一つは画像のアーチファクトの問題(Tattooing of eyelids: magnetic resonance imaging artifacts Ophthalmic Surg. 1986 Sep;17(9):550-3., Mascara and eyelining tattoos: MRI artifacts Ann Ophthalmol. 1989 Apr;21(4):129-31.)、もう一つは火傷のリスクである。
画像アーチファクトは診断上のもので、解剖学的に表面的な部位に留まるので臨床上大きな問題とはならない。知識として知っておく程度で足りる
図8 酸化鉄を含有するアートメイク色素を片方の眉およびアイラインに外用してMRIを撮影した画像。赤矢印のように黒く抜けているのがアーチファクト。
二番目は火傷のリスクである。なぜ火傷が生じうるかと言うと「ファラデーの電磁誘導の法則」による。導電体に磁石を近付けると渦電流が生じる。電流は熱となり組織に損傷を与える。酸化鉄には導電体のものもあるので、MRIによる強磁場下に渦電流が発生してもおかしくはない。
図9 ファラデーの電磁誘導の法則のイメージ
ファラデーの法則からイメージすると、直観的にはリング状のタトゥーにおいて火傷が生じやすそうである。上下のアイラインがリング状につながっている様な場合には、MRI検査に当たっては閉眼していた方が無難かもしれない。
図10 MRI検査時の火傷を初めて報告した医学論文(MRI interaction with tattoo pigments: case report, pathophysiology, and management Plast Reconstr Surg. 1997 May;99(6):1717-20.)中の画像の模写。腹部にタトゥーのある患者がMRI検査を受けた際に「灼熱感を訴え、検査が中断された。タトゥー周りの発赤や腫脹は12時間で痕を残さず回復した」とある。タトゥーの形状として複数のリングが含まれている。その後患者の希望でタトゥー部位は切除されたが、皮膚片に磁石を近付けると皮膚片が吸い寄せられた。色素中に酸化鉄などの磁性体が多く含まれていたのであろう。
MRI検査によるやけどの報告は、ほとんどの場合が熱感あるいは数時間で消える発赤といったⅠ度熱傷であるが、まれにⅡ度熱傷と報告されているものもある(例:Tattoo-induced skin burn during MR imaging AJR Am J Roentgenol. 2000 Jun;174(6):1795.)。Ⅲ度熱傷の報告はない。しかしそもそも、通常の熱傷は外部からの熱源によって体表から深部へと進み、それ故に表皮→真皮→皮下組織という損傷の深さによってⅠ度からⅢ度という分類があるのだが、電磁誘導による発熱の場合は、刺入された色素周囲から熱傷を起こすので、分類自体が役に立たない。色素は通常真皮上層に入っているので、その意味では数時間で消える発赤であっても全てⅡ度熱傷と言えなくもない。
タトゥー全般を扱ったものではあるが、過去にタトゥーを有する患者がMRIを受けて火傷を生じたという報告をまとめた論文がある(Tattoo complications and magnetic resonance imaging: a comprehensive review of the literature Acta Radiol. 2020 Dec;61(12):1695-1700.)。17例あり、熱傷の深度については、2例でⅠ度、1例でⅡ度との記載があり、後遺症を残した症例は無かった。部位的にはeyelid(眼瞼)が5件あり、アイラインはMRI検査時のトラブルが多いと考えられた。ただし、症状は、Burning sensation and swelling(灼熱感と腫脹)erythema(紅斑)tingling(ピリピリ感)といった軽微なものであった。眼周りと言うのは、知覚が敏感な部位であるからかもしれない。
結論として、アートメイクやタトゥーを施された患者であっても、火傷のリスクのためにMRI検査が出来なくなるものでは無いと言える。もしも検査中に違和感があるようであれば、いったん中止し、保冷剤で冷やしながら再検査するといった対応で良いだろう。
酸化チタン
酸化チタンは白色で黒色色素に添加すれば灰色になり、また赤・黄色色素と混ぜることで肌色に近い色にもなる。グラディエーションやマイルドな色調を演出するためにアートメイク用色素に添加されることが多いが、二つの大きな問題を抱えている。
一つはParadoxical darkeningである。アートメイクやタトゥー部位にレーザー光を照射すると黒変する現象で、古いアートメイクの痕跡や眉付近のしみをレーザーで除去しようとしたらかえって黒変してしまったという経験をした医師は多いのではないだろうか。
実は酸化鉄でもParadoxical darkeningは生じるのだが、酸化鉄と異なり酸化チタンは元が白色なので変化が大きい。そのためより問題となりやすい。
Paradoxical darkeningを生じたときの治療としては、小範囲であれば炭酸ガスレーザーでほくろを除去するように蒸散するのが良い。黒変は照射直後に明らかなので、アートメイクが施された近傍へのレーザー照射に当たっては、まずテスト的にone spot照射して確認するよう心掛けるべきだし、もしも黒変してしまった場合には、速やかに炭酸ガスレーザーでその部を削り取ることが問題を複雑にさせずに済む。もしも広範囲に黒変を生じてしまった場合には、引き続きレーザー治療を繰り返せば、黒色のtattooを除去するのと同じ要領で治療できる。
図11 Paradoxical darkeningの例。眉尻部分の古いアートメイクをレーザーで除去しようとしたものと推察される。Treatment of Cosmetic Tattoos: A Review and Case Analysis Dermatol Surg. 2018 Dec;44(12):1565-1570.の症例写真の模写。
図12 脂漏性角化腫にアレキサンドライトレーザーを照射したところ、以前カモフラージュのために肌色アートメイクを施していた部が黒変してしまったという症例。その後炭酸ガスレーザーで治療(Carbon Dioxide Laser Correction of an Occult Camouflage Tattoo Unintentionally Darkened by Q-Switched Laser Exposure. Dermatol Surg. 2015 Sep;41(9):1091-3)。
図13 口唇のタトゥー除去の目的でQ-YAGレーザー(532nm)を照射したところ辺縁のみ黒色化した例。引き続き1064nm波長のレーザーの3回照射によって(c)のように良好な結果を得た(Q-switched Nd:YAG laser for cosmetic tattoo removal Dermatol Ther. 2019 Sep;32(5):e13042)
酸化チタンのもう一つの問題は光触媒活性である。実験室レベルではあるが、線維芽細胞に二酸化チタンを加え紫外線と可視光線を照射することで、光細胞毒性が確認されている(Photocytotoxicity in human dermal fibroblasts elicited by permanent makeup inks containing titanium dioxide J Cosmet Sci. 2011 Nov-Dec;62(6):535-47.)。
アートメイク部位に光誘発性肉芽腫が生じることがあるが、その原因として、二酸化チタンが光触媒として働き、別のアゾ色素などからヒドロキシラジカルを生成させ、これが光アレルギーの原因となる可能性を考察した論文がある(Photoinduced granulomatous reaction of cosmetically tattooed lips J Cosmet Dermatol. 2020 Dec;19(12):3423-3425.)。アレルギー反応のリスクを避けたいという観点からも、酸化チタンを含有する色素には注意が必要である。
アゾ色素
アゾ色素とはアゾ基 R−N=N−R' で2つの有機基が連結されている有機化合物の総称である。自然界には存在せず人工的に合成される。世の中には様々な色素があるが、登録されている7000種類のうち、約4000種類がアゾ色素であると言われている。私たちが普段着ている服のプリントなどもほとんどがアゾ色素による。
色調が鮮やかであり多様なので、アートメイク色素にも添加されることが多いが、いくつか問題がある。発癌性の問題と、アレルギーの問題と、退色の問題である。
この三つの問題は実は根底は同じである。それは、アゾ色素が酵素(アゾレダクターゼ)や光によって化学変化や分解するという点にある。アートメイクが施術直後は綺麗な色調で仕上がっていても、数年のうちに緑や赤に変化してしまうという経験に悩まされたことは無いだろうか?色素に含有されていたアゾ色素が化学変化し退色したことが原因である。
過去に非医療者が施術していた時代には、例えば緑に変化したのであれば補色である赤紫をタッチアップで施術すれば良いという単純な考え方でアゾ色素を追加していたものだが、医療アートメイクの時代においては、それだけで済まされない。
例えば、アシッドレッド114という赤色のアゾ色素は、還元分解されると発癌性をもつ33ジメチルベンジジンに変化する。アゾ色素の5%程度が、このような分解により発がん物質を生成すると言われている。
さらに問題なのはアレルギーである。タトゥー色素によるアレルギー反応を疑われた患者に対して、その色素でパッチテストしたが陰性であり原因の特定が出来なかったという症例は非常に多い(Patch test study of 90 patients with tattoo reactions: negative outcome of allergy patch test to baseline batteries and culprit inks suggests allergen(s) are generated in the skin through haptenization Contact Dermatitis. 2014 Nov;71(5):255-63)。
分解される前の物質に発癌性が無くても分解されたあとの物質には発癌性が生じるのと同じように、分解される前のアゾ色素でアレルギーが起きなくても分解後の物質に対してアレルギーが成立する可能性がある。アゾ色素のような体内で代謝されて変化してしまう物質について、アレルギー対策として事前にパッチテストを行って陰性を確認したとしても安心はできない。
アゾ色素は、化粧品材料としては普通に用いられており、アメリカのFDAによって認可されていることを理由に安全性をアピールする業者もいる。しかしそれは皮膚表面に付着して分解されていない状態、すなわち短時間で洗い流すことを想定した用法においてである。皮内に注入して長時間留置され、酵素や光によって分解された産物によってアレルギーが生じた場合には厄介な合併症となる。
あくまで個人的な見解であるが、酸化チタンやアゾ色素を含んだ色素は、アートメイクに不向きであると筆者は考える。鮮やかな発色や微妙な色調にこだわりすぎるあまり、医療アートメイクの本分を忘れないようにしたいものである。