「はじめに」に記したように、本邦ではアートメイクの施術は医行為であり、医師または医師の指示のもとで看護師のみがこれを施術することが出来る。
このことが明示されたのは平成12年(2000年)である。警察庁から厚労省への疑義照会による。以下にその全文を転記する。
○医師法上の疑義について(照会)
(平成12年5月18日) (警察庁丁生環発第110号) (厚生省健康政策局医事課長あて警察庁生活安全局生活環境課長通知)
みだしの件について、下記のとおり疑義があるので貴省の見解を伺います。
記
1 事案の概要
(1) 医師免許のないエステサロン従業員が、医療用レーザー脱毛機器を使用して、両腕、両足、両脇、ビキニライン等身体のムダ毛を脱毛するにあたり、来店した患者を問診する等して体質をチェックした後、施術台に寝かせ脱毛個所を消毒用エタノールで消毒してカミソリで体毛を剃り落としてから、患者の目を保護するためにレーザー専用の紫外線防止眼鏡をかけさせるか目元をタオルで覆う等した後、従業員自身もレーザー専用の紫外線防止眼鏡又はレーザー用ゴーグルをかけてレーザー熱を毛根部分に照射し、毛乳頭、皮脂腺開口部等を破壊して脱毛した後、脱毛部分にアイスゲルを当てて冷やしてから脱毛部分に鎮静効果のあるキシロカイン等の薬剤や化膿止め等の薬剤を患部に塗布する行為を行っている。
(2) 医師免許のないエステサロン従業員が、来店した患者に問診する等して眉、アイラインの形をアイブロウペンシルで整えた後、患者を施術台に寝かせ、電動式のアートマシンに縫い針用の針を取りつけたアートメイク器具を使用して、針先に色素をつけながら、皮膚の表面に墨等の色素を入れる行為をした後、患部をアイスゲルで冷やし、更に鎮静効果のあるキシロカイン等の薬剤、化膿止め薬剤を患部に塗布している。
(3) 医師免許のないエステサロン従業員が、来店した患者に問診する等して施術台に寝かせて、しみ、そばかす、ほくろ、あざ、しわ等の表皮剥離(ケミカルピーリング)を行うに際し、受け皿に入れたAHAピーリング溶剤(フルーツ酸又はグリコール酸)の化学薬品を刷毛で顔全体の皮膚に塗布した後、5~10分位放置して皮膚の酸化状態を見ながらAHAピーリング中和剤を塗布し、クレンジングクリームを塗って剥離した皮膚を拭き取る行為を行っている。
尚、痛がる患者に対しては、AHAピーリング中和剤を塗り、酸化反応を止めて中止しているものである。
2 質疑事項
(1) 事案概要1の(1)について
非医師である従業員が、医療用レーザー脱毛機器を操作して脱毛する行為は医師法に規定する医業行為に抵触すると解してよいか。
(2) 事案概要1の(2)について
非医師である従業員が、電動式アートメイク器具を使用して皮膚の表面に墨等の色素を入れる行為は医師法に規定する医業行為に抵触すると解してよいか。
(3) 事案概要1の(3)について
非医師である従業員が、患者の皮膚に発生したしみ、そばかす、ほくろ、あざ、しわ等を除去する為にフルーツ酸等の化学薬品を皮膚に塗布して患部の表皮剥離(ケミカルピーリング)を行う行為は医師法に規定する医業行為に抵触すると解してよいか。
これに対する厚労省の回答は下記である。
○医師法上の疑義について(回答) (平成12年6月9日) (医事第59号) (警察庁生活安全局生活環境課長あて厚生省健康政策局医事課長通知)
平成12年5月18日付け警察庁丁生環発第110号をもって貴職から照会のあった標記について下記のとおり回答する。
記
(1)~(3)のいずれも、御照会の行為を業として行えば医業に該当する。
さらに翌平成13年(2001年)には厚労省は下記のような通知を発している。
○医師免許を有しない者による脱毛行為等の取扱いについて (平成13年11月8日) (医政医発第105号) (各都道府県衛生主管部(局)長あて厚生労働省医政局医事課長通知)
最近、医師免許を有しない者が行った脱毛行為等が原因となって身体に被害を受けたという事例が報告されており、保健衛生上看過し得ない状況となっている。
これらの行為については、「医師法上の疑義について」(平成12年7月13日付け医事第68号厚生省健康政策局医事課長通知)において、医師法の適用に関する見解を示しているところであるが、国民への危害発生を未然に防止するべく、下記のとおり、再度徹底することとしたので、御了知の上、管内の市町村並びに関係機関及び関係団体等にその周知を図られるようお願いする。
記
第1 脱毛行為等に対する医師法の適用
以下に示す行為は、医師が行うのでなければ保健衛生上危害の生ずるおそれのある行為であり、医師免許を有しない者が業として行えば医師法第17条に違反すること。
(1) 用いる機器が医療用であるか否かを問わず、レーザー光線又はその他の強力なエネルギーを有する光線を毛根部分に照射し、毛乳頭、皮脂腺開口部等を破壊する行為
(2) 針先に色素を付けながら、皮膚の表面に墨等の色素を入れる行為
(3) 酸等の化学薬品を皮膚に塗布して、しわ、しみ等に対して表皮剥離を行う行為
第2 違反行為に対する指導等
違反行為に関する情報に接した際には、実態を調査した上、行為の速やかな停止を勧告するなど必要な指導を行うほか、指導を行っても改善がみられないなど、悪質な場合においては、刑事訴訟法第239条の規定に基づく告発を念頭に置きつつ、警察と適切な連携を図られたいこと。
このような背景のもと、その後非医療者によるアートメイクの施術が数多く摘発された。例えば2015年には、皮膚科クリニックでエステティシャンにアートメイクをさせていた医師がエステティシャンと共に逮捕された。クリニックで施術されてはいても、医師本人が施術していなければ医師法17条違反となる。
医師法
第17条 医師でなければ、医業をなしてはならない。
第31条 次の各号のいずれかに該当する者は、三年以下の懲役若しくは百万円以下
の罰金に処し、又はこれを併科する。
一 第十七条の規定に違反した者
二 (略)
「医業」とは「医行為を業として行うこと」であり「業として行う」とは「その行為を反覆継続して行う」ことである
また、医師法31条に記されている刑事罰のほかに行政処分がある。この医師は医業停止2年を課されている。さほど考えることも無く、無資格者にアートメイクの場所貸しをしたのであろうが代償は大きい。
一方、看護師はアートメイクの施術をすることが出来る。その法的根拠は、保健師助産師看護師法第37条による。
保健師助産師看護師法
第37条 保健師、助産師、看護師又は准看護師は、主治の医師又は歯科医師の指示があつた場合を除くほか、診療機械を使用し、医薬品を授与し、医薬品について指示をしその他医師又は歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為をしてはならない。(以下略)
このように看護師は医師の「指示」のもと、一定の医行為をすることが出来る。アートメイクの施術はこの範囲に入ると、現状解釈されている。
ただし、あくまで医師の指示が必要であり、この場合の「指示」は医師が不在であってはならない。看護師が「医師の指示を得た」からと言って、医師不在の状況で単独で施術したとすれば保健師助産師看護師法第37条違反になる。何かあった場合に看護師のみでは対応できないことを考えると当然と言える。実際に2014年に、看護師が単独でアートメイクを施術して摘発された例もある。
アートメイクを解説するHPなどで「看護師は医師の監督のもと施術することが出来る」と書かれていることがあるが、厳密にはこれは間違っている。指示とは「こうせよと指図(さしず)すること」「手順や段取りを示すこと」であり、監督とは「ある目的達成のために適当か否かを監視し、必要なときには指示・命令などを出すこと」である。指示の方がより強い介入を示す。
なお、準看護師であってもアートメイク施術は出来る。保健師助産師看護師法第五条によれば「看護師」とは「厚生労働大臣の免許を受けて、傷病者若しくはじよく婦に対する療養上の世話又は診療の補助を行うことを業とする者」であり、第六条によれば「准看護師」とは「都道府県知事の免許を受けて、医師、歯科医師又は看護師の指示を受けて、前条に規定することを行うことを業とする者」であるので、指示さえ受ければ行うことの可能な業務内容は看護師と変わらない。
歯科医師はアートメイクを施術できるだろうか?保健師助産師看護師法第37条を読むと、歯科医師の指示のもと可能なように見えるが、そもそも歯科医師が可能な医行為は、口腔内の歯の治療に限られている。注射などは出来るが、あくまで歯科医業と関連する範囲に留められており、眉やアイラインのアートメイクは歯科医行為とは関連が無いので不可である。
従って歯科医院ではアートメイクは施術できないし、歯科医師の指示を受けても看護師はアートメイクの施術をすることが出来ない。医師法違反となる。
最後にアートメイクとタトゥーの関係をまとめておきたい。「はじめに」で記したように、2020年の最高裁決定で「タトゥーは医行為にはあたらないがアートメイクは医行為である」という前審の高裁判決が支持された。高裁の判断は下記のようである。
アートメイクの概念は,必ずしも一様ではないが,美容目的やあざ・しみ・やけど等を目立ちづらくする目的で,色素を付着させた針で眉,アイライン,唇に色素を注入する施術が主要なものであり,その多くの事例は,上記の美容整形の概念に包摂し得るものと考えられ,アートメイクは,美容整形の範疇としての医行為という判断が可能であるというべきである。後にみるように医療関連性が全く認められない入れ墨(タトゥー)の施術とアートメイクを同一に論じることはできないというべきである。
「針先に色素を付けながら、皮膚の表面に墨等の色素を入れる行為」としては、アートメイクとタトゥーは同じであるが、アートメイクの場合は「美容整形の範疇」という「医療関連性」が認められる、だから医行為であるという判断である。
これに対してタトゥーは「装飾的ないし象徴的な要素や美術的な意義がある社会的な風俗」であるので「医療関連性」が無く、したがって医行為ではない。
そうすると例えばだが、下図のような装飾的な眉を針と色素で施した場合はタトゥーで、普通の黒や茶色で普通の眉を描いた場合はアートメイクであり医行為であるということになる。
図1 装飾的な眉やアイラインの例。ネット上で見つけた画像(模写)。
アートメイクが医行為であるとされたのは、行政がアートメイクの安全性管理を医療者の責任として投げかけたということである。それならば、タトゥーが医行為では無いとされた以上は、タトゥー施術に当たっては行政が麻酔や色素をしっかりと管理すべきではないだろうか?
もともとアートメイクが医行為と解釈されて取り締まられるようになったそもそもの契機は、国民生活センターへのアートメイク後のトラブル相談が多かったからである。今後タトゥーについて同様の相談が増えるようであれば、行政も動き始めるだろう。