深谷元継
鶴舞公園クリニック院長
医療アートメイク学会理事
本邦ではアートメイクは医行為であり、医師および医師の指示を受けた看護師のみがこれを施術することが出来る。
これは決して世界標準では無い。たとえばアメリカではアートメイクはタトゥーと同じ扱いであり、州の免許を得れば医療資格が無くても合法的に施術できる。日本と同じくアートメイクを医行為と定めている国は筆者の知る限り韓国だけである。
日本ではアートメイクは医行為とされている一方、タトゥーは医行為ではない。針を刺して色素を皮膚に入れるという物理的行為としては同じであるにも関わらずである。両者の違いを明快に答えられる人はいないだろう。
もともとエステサロンなどで無資格者によって行われていたアートメイクに対して、警察庁が厚生労働省に「これは医行為ではないのか?(医師法に違反する取り締まりの対象ではないのか?)」という疑義照会を行い、厚労省が「アートメイクは医行為である」と回答したことが事の始まりである。厚労省の回答を受けて、無資格者によるアートメイク施術が次々と摘発された。その延長線上・拡大解釈として、タトゥーの彫り師もまた医師法に違反しているとして摘発されるようになった。これに対して彫り師が訴訟を起こし、最高裁にて「アートメイクは医行為だがタトゥーは医行為には当たらない」との判決が確定した。そのような経緯である。
アートメイクが医行為か否かは、このように行政による規制の問題である。そしてタトゥーとの線引きも難しい。タトゥースタジオで、眉の形をした色素を入れて「これはアートメイクでは無く眉の形をしたタトゥーだ」と主張したときの司法の判断はまだ出ていない。
この問題をいったん離れよう。とにかく日本では、アートメイクは医行為であるとされた。そして従来アートメイクを施術していた無資格者たちは違法とされ駆逐された。しかしアートメイクの需要は存在する。
ここをビジネスチャンスと考える医師や看護師、あるいはアートメイク専門院を展開しようと考える事業家も登場した。
筆者は決してそのような考え方を否定するものでは無い。自由診療、とくに美容医療が営利を目的としても何の問題も無い。しかしその内容はどうだろうか?それまでの非医療者の施術を踏襲するだけで、色素の成分や滅菌方法にも無頓着な、およそ医療の名のもとに行われているとは言い難い実態が存在してはいないだろうか?
滅菌ガウンや手袋をして恰好だけは医療行為の体裁を取り、しかし使用する色素は従来と同じ海外からの輸入品で、滅菌されている保証も無く、なおかつ成分内容すら十分に把握していない、そのような施術が医行為の名に値するだろうか?
アートメイクがアメリカのように非医療者による施術とされたままであったなら、筆者はこのような嘆きを抱かない。しかし、本邦ではアートメイクは上述の経緯で医行為とされた。それならば医行為にふさわしく、従来のアートメイク施術に対する検証と修正がなされるべきである。それが全くなされていないまま新しいマーケットへの参入だけが競われていることが問題なのである。
筆者はこの数年、元皮膚科医としての知識と経験を生かして、アートメイク用の色素の自作に取り組んできた。あわせてこれまた海外からの個人輸入に頼ってきたアートメイク用麻酔薬の調整と、アートメイク施術に伴い起こりうる合併症についての文献的検索も重ねてきた。
本書はそれらの知見を、現在アートメイクの施術に携わっている、あるいはこれから携わろうとする医師や看護師に情報提供することを目的としたものである。我々医療者にとって新しいマーケットであるアートメイクの健全な発展のためである。
アートメイクは、とくに看護師にとっては、医師の指示のもとに行われるとは言っても、最初から最後まで完結して携わる事ができて、さらにはデザイン性やセンスが求められるという意味でも、やりがいのある仕事であろう。最近では「アートメイク看護師になりたい」と考えて看護学校に入学する人もいると聞く。
自らはアートメイクを施術せずに、看護師に指示する医師も増えるだろう。看護師が安心してかつ誇りをもって医行為としてのアートメイクを施術できるような環境を整えてやることは医師の最低限の責務である。
デザインや技法・テクニックについては、このような書籍で伝えるには限界があるかもしれない。上手な人の施術の見学を繰り返すなどして、自己研鑽に励むべきであろう。
アートメイク施術を志す者は三つの段階を踏む必要がある。
第一は情報を座学として脳に叩き込むこと、第二は実際に施術している現場を繰り返し見学してイメージトレーニングすること、第三は実際に施術することである。
アートメイクの講習会は、いくつかの団体によって開催されているようであるが、忙しい医療者にとって、指定された日時に赴くことはなかなか困難である。また第一と第二の段階を区別することなく、教習コースが組まれているようにも思える。
本書は第一の段階を、講習会に赴くことなく、忙しい日常の業務の間に出来る限りの事前学習を可能にすることを目的として作成された。
本書によって医療アートメイクについての基礎知識を学習し、ネット上で提供されている「医療アートメイク検定」問題を解き、全問正解出来たら、その画面をプリントアウトしたものを事務局に送れば、「医療アートメイク検定合格証」が発行される。そのうえで私たちの関連施設に何度か見学に訪れることで第二段階が達成される。次いで友人・知人等にお願いして実際に施術させてもらうことが第三の段階となるだろう。そのあとアートメイクを自身のキャリアとしてどう生かすかは努力と熱意次第である。
本書が真面目にアートメイク施術を志す医師や看護師たちの指針となることを願ってやまない。
※本書では医学論文に掲載された臨床写真を、美術家の唄ひかるさんに模写してもらう形で引用しました。著作権の侵害にならないようにとの配慮からです。唄さんはこういった仕事であればまた引き受けたいとおっしゃってくださっているので、関心のある方は連絡を取ってみてください。難度や作業時間によって異なりますが、だいたい一枚5千円~1万円程度とのことです。唄さんのメルアドは poupee_de_pianette◎icloud.com(◎を@に変更)。