「あれ!ハルくんじゃん!」
図書室で机に向かうハルを見つけると、シレネは強く頭を掴んで無作法に話しかけた。
「ジョーカー!」
「何してんの?」
「勉強を……。次のテストで赤点取ったらマジでグレに殺される……」
「なんだ、暇そうじゃん!ハル君もおいでよ」
「話聞いてたか……??」
シレネはハルの教科書をぱたりと閉じて、首根っこをつかんで立ち上がらせる。その誘いを断ろうとしたけれど、横に立つ青髪の少女が心配になり、シレネの暇つぶしに付き合うことにした。
「そっちは……」
「あぁ!そうそう、アンタ名前なんて言ったっけ」
「……えっと、ネモフィラです……」
「俺はハルジオン。よろしく」
7番隊に囲まれて気まずそうにしながらも、ネモフィラは2人のあとをついていく。ルドベキア隊の図書室は市立として一般開放しているほどに広く、慣れない人は迷子になりかねない。シレネは慣れた様子で入り組んだ図書室の奥へと進んでいき、とある壁の前で足を止めた。
一見ただの壁のようだが、よく見ると床の間に僅かな隙間がある。シレネはしゃがみ込んでその隙間にL字型の棒を差し込んだ。それをスススと動かすと、扉がゆっくりと開く。真っ暗で先の見えない道がこちら側の光で少しだけ照らされている。
「さ、どーぞ」
シレネが当然のようにその入口へ手を伸ばすので、ハルは思わず戸惑いを口にした。
「どーぞじゃねーよ。なんすかココ。つーか何したんすか」
「気にしない気にしない!上へ繋がる道だよ。冒険しようよ」
「上って……」
ハルは天井を見上げる。ひとつ上の階は特別資料室だ。正当に行くのであれば、6番隊に入室申請を出し、資格を持つ6番隊員の同行が必要である。もちろん無断入室には重たい処罰があるが、入ろうだなんて考えたこともないハルがそんなことを知る由もなく。
「コロンのこと知りたいんでしょ?」
シレネはネモフィラに視線を送る。ハルはその発言に怪訝な顔を向けた。
「ジョーカーの妹?……ジョーカーが教えてあげればいいんじゃ……」
「人づての情報なんて信じるもんじゃないよ~。ハルくんはもう少し人を疑うことを覚えよっか」
シレネは楽しそうに笑いながらハルの肩をポンポンと叩く。ネモフィラはちらりとシレネの顔を見たあと、ごくりと生唾を飲み、その扉の先へ足を踏み入れた。続いてハルとシレネもその中を進んでいく。
中は狭くはないが、真っ暗で明かりなしに進むにはあまりにも危険だった。シレネはスタスタと慣れた様子で先を歩いていく。ハルは夜間戦闘用の武器を取り出して、その明かりを頼りに進んだ。
「大丈夫か?」
「は、はい……」
ネモフィラを気遣いながら、シレネのあとをついていく。その道は緩やかな坂道になっていて、途中から上へと続く階段が現れた。しばらく歩き続けると、袋道に辿りついた。壁には梯子が掛かっており、その先には出口であろう天井扉が見える。シレネは何のためらいもなく梯子を上り、その扉を開いた。
扉の先も真っ暗だったが、シレネが登ってしばらくするとパッと明かりが点いた。ハルとネモフィラもそれに続いていくと、図書室よりもはるかに多い本棚で埋め尽くされた部屋……つまりは特別資料室に辿りついた。
「おおぉ……」
9階の特別資料“室”とはいうものの天井の高さは他の階よりずっと高く、空間の広さとしては2階分くらいあるだろう。この中から目的の資料を見つけるためには結局6番隊の手助けが必要になるのでは、とハルが考えたところでシレネは2人に声を掛けた。
「ほら、2人ともこっちこっち」
「ていうか俺は別に興味があるわけじゃ……」
そう言いかけたところで、勇気を振り絞った様子で歩き出すネモフィラが視界に入り、ハルは仕方なくあとをついていった。
夥しい数の資料の中から、シレネはピンポイントでサーカスの事件に関する資料と、コロンの隊員情報をネモフィラに手渡した。
2人がそれを読んでいる間、シレネは別の場所へと足を運んでいた。その様子を気にしつつも、あまりに広大で少々気味の悪いこの場所にネモフィラをひとりにすることができず、ハルはネモフィラの元に留まった。
ネモフィラは恐る恐る事件に関する資料を開く。そこにはルドベキア隊が隠蔽した事件の真実が書かれていた。
〔N-106年2月29日pm22:00頃
トランプサーカス団スペードシーズン最終日だったため、公演後、全キャストが舞台裏に集合していたところで火災が発生。計51名の焼死体が確認された。
団長であるトランプ=ピッチェの行方は不明。また、焼死体の状態が悪く、団員の特定もできていないため残り1名の身元及び行方が分かっていない。
火災の原因は、いじめにより悪夢化しかけていた、白Jokerの手によって行なわれた放火である。凄惨ないじめの証拠が複数見つかり、白Jokerの精神鑑定からも悪夢化しかけていたことがわかり、ルドベキア隊に入隊することを条件に放火の罪は不問に付すこととなった。〕
「そ、んな……これって」
ハルもその資料を見て驚きの表情を隠せずにいた。ルドベキア隊に入る前に聞いた、嫌な噂を思い出す。
『ルドベキア隊は犯罪者の罪をもみ消して受け入れる。“ナイトメアを殺すから”ではなく、“罪をもみ消した犯罪者すらも受け入れるから”人殺し隊と呼ばれるのだ』
あることないこと吹聴する者はどこにだっている、とハルはその噂を聞き流していたが、それが事実だと今たしかに証明されてしまった。ここで厳重に保管される資料たちは、もしかするとルドベキア隊の“汚い部分”そのものなのではないか……とハルが考えていると、ネモフィラは震える手でコロンの隊員情報へ手を伸ばした。
〔コロンバイン
体 質:魅惑の体質。周囲からの好感を受け、身体能力・回復能力が向上する。
生年月日:削除
本 名:削除
=経歴=
N-99年 母親蒸発。トランプサーカス団へ入団。
のちにサーカス内で悪質ないじめを受けていたことが発覚。
N-106年 トランプサーカス団のテントへの放火を実行し、団員51名を殺害。いじめの証拠等が複数発見されたことと、精神鑑定により悪夢化寸前であることが判明したため、ルドベキア隊入隊を条件に刑罰は免除とされた。
1番隊へ入隊。シレネのパートナーに就任。
半年後、シレネの7番隊への異動のためパートナー解消。本人の希望により、3番隊へ異動。その後、恋愛のもつれにより、パートナーを複数回解消。
N-108年 アリウムのパートナーに就任〕
隊員情報を読み終えたネモフィラは小さく「恋愛のもつれ?」と疑問を呟く。その件についてハルは少し心当たりがあったため、それについて気まずそうに告げる。
「ジョーカーの妹は……結構、いろんな人をこう……遊んでるというか」
「え?」
ネモフィラは多くの疑問で頭が追いつかなくなる。
「妹って、コロンさんのことですか?……そういえばコロンさん、どうして女性の格好を……?」
「??」
話がかみ合わず、互いの混乱は更に深まっていく。その様子を上の資料棚から見下ろしていたシレネは特に何も言わずに、自分が知りたい情報へと目を戻した。
「コロンさんは男性ですよ?」
「!?」
ネモフィラから衝撃の事実を告げられたハルはバサバサッ!と手に持っていた資料を落としてしまった。
「え、いや、でも……その、あの人は……」
思春期真っ只中であるハルの口からコロンの痴情について説明するのは苦行そのもので、ハルは口を濁す。そんなハルをみてオモチャを見つけた子供のように、シレネは2人のもとへ降り立った。ハルの肩に腕を回して、彼の羞恥心を煽るように言う。
「コロンがなに??なんかあったっけ??」
「ジョーカ~~!」
ハルが腕を振り払うとクスクスと笑ってネモフィラへ視線を向けた。ネモフィラは何を言っているかわからないというような表情で2人のやり取りを眺めている。
「セクハラは趣味じゃねーんだよなぁ」
「あんなに多くのハラスメントを振りかざしているというのに……???」
「お、言うねぇ」
会話についていけないことにムッとしたネモフィラは意を決して、2人に詰め寄った。
「あの、教えてください。コロンさんに”僕のこときちんと調べておけ”って……言われてて」
ネモフィラの言葉をシレネは馬鹿にしたように笑って、本棚にもたれながらネモフィラを眺める。それは睨みつけるに近しい視線で、ネモフィラは思わずたじろいだ。
「コロンが言いたいのはそういう意味じゃねーだろうけど……まぁいいや。コロン、男女構わずあれこれ弄ぶのが趣味なんだよ」
「弄ぶ……」
「自分の仕掛けた誘惑に負けるような奴とか自分よりかわいくない女をとっつかまえて精神的に追い詰めんの。そのために自分の身体売り込んだりもしてるけど、最終的な目的は相手より自分が優位だって思い込みたいからかな?」
ネモフィラはドン引きの表情を浮かべる。それと反比例するようにシレネは楽しそうに笑い出した。ハルは「兄弟そろってそんな感じなのか」と思いつつも口には出さなかった。しかしシレネはその視線に気が付いて笑いかけながら口を開く。
「俺とコロンは同じじゃないよ。コロンのあれは自衛だからね。俺はコロンと違って自分が優位かどうかなんてどーでもいいし!」
「じえい……?」
「自分を守るためにやってんの。ああ見えて繊細で臆病なんだよ」
普段のコロンの様子からは「繊細で臆病」が結びつかず、ハルは不思議そうな顔をする。しかし、ネモフィラにとっては「繊細で臆病な白ジョーカー」の方がよっぽど馴染みがあった。寧ろ相手より自分が優位だと確かめるために人を傷つけるコロンの方が、ネモフィラにとっては想像できない姿だった。
シレネが自衛だというその行為が、本当に自分を守れていると感じられなかったネモフィラには、だんだんと憤りの感情が湧き上がってくる。
「どうして止めないんですか……」
「どうして止めなきゃいけないの?」
怒りの感情を向けてくるネモフィラに対し、実はシレネも同じように若干の苛立ちが湧き上がっていた。何も知らないネモフィラのただ純粋にコロンを想う気持ちがほんの少しだけ羨ましい。それはどう足掻いてもシレネにはできないことだった。しかし彼は苛立ちを表に出すことはなく、いつも通りネモフィラの怒りの感情を煽り続けていた。
「コロンが自分の身体や自分の心をどう扱おうとコロンの勝手じゃん」
「自分で自分のこと傷つけてるって気が付いていないなら、誰かが教えあげないとずっと気が付かないままじゃないですか……!」
「あっはは、じゃあアンタが教えてあげれば?コロンがどう過ごそうが、俺には関係ないもん」
シレネのあっさりとした言葉に、手に握った力が抜けていった。怒りは失意に変わっていく。
「コロンさんのこと……大切じゃないんですか……?」
「さー?どーだろ。別に普通かな」
自分の信じていたものが崩れていくような感覚だった。大切にしていたサーカスの思い出が、シレネの手で壊されていくような。ジョーカーたちの鮮やかなショーが走馬灯のように脳裏を駆けていく。
「あんなに、楽しそうだったのに」
ポツリと呟いたネモフィラの言葉を受けとって、少しだけ考えたあとシレネは改めて余計な言葉を口にした。
「そう見えたなら、まぁアンタの見る目がないんじゃない?」
ネモフィラは反論の言葉を引っ込める。彼に何を言ったところで、自分の言葉は響かないと無意識的に理解する。
状況をあまり把握しきれていないハルは助け舟を出すこともできずに、それでもシレネが彼女へ手を出そうとすれば応戦できるように身構えていた。
しかしシレネは既にここでの用事を終えたようで、やってきたときと同じ出入口へ向かい出した。ハルもネモフィラもシレネなしにここで留まるわけにもいかず、大人しくそれについていった。
「あぁそうそう、ここのことあんまり言わない方がいーからね。入ったことがバレたらネモもハルくんも除隊じゃ済まねーだろうから」
「なんてとこに入れてくれてんだ……」
「あはは、だからもっと人を疑おうねって言ってんじゃん」
ハルの性格上、仲間であるシレネを疑おうという考えなどパッとは出てこない。シレネ自身それを分かったうえで馬鹿にする意味を込めて告げている。その皮肉すら、もちろんハルには伝わらないが。
往きと同じ道を辿っていく。重たい沈黙に耐えかねたハルはネモフィラに世間話を投げかけた。
「そういやネモいくつ?」
「あ、えと、今年で13さ……」
「えーなになにハルくんナンパ?浮気じゃん、グレちゃんに言いつけちゃお~~」
「は!?ちが、てかグレはそういうんじゃねーって何度も……」
ネモフィラの言葉を遮るようにシレネはハルを茶化す。シレネに対し苦手意識を抱き始めていたネモフィラは、その態度を見て改めて自分が見てきたサーカスは上辺のものだったのかと実感していた。
もちろんシレネ自身、ハルとグレが恋愛関係にないことはわかっている。しかしそう言えば当然グレは怒るし、ハルは珍しく心底嫌悪感を抱く。その姿を見るのがシレネにとっては楽しかった。
「つーかアンタ、これからどーすんの?コロン、結構根に持つタイプだよ~」
「……私、サーカスの思い出に……たくさん支えられて……だから、今度は私が支えられたら……って……」
「あっはは!そりゃあ烏滸がましい!まぁ頑張ってよ」
シレネの害意にネモフィラは身体を強張らせる。ネモフィラがどんな答えを告げようと、その害意は向けられ続ける。
「……ジョーカーさんは、私のことが嫌いですか?コロンさんに近づいてほしくないですか?」
ネモフィラの問いかけに、シレネは少しだけ考えるような素振りを見せる。実際にはその答えは既に決まっている。答えは「No」だ。シレネはネモフィラを嫌っているわけでもなければ、ましてやコロンに近づいてほしくないわけでもない。シレネは試している。ネモフィラの人間性を探っているのだ。
「そうだよって言ったらどーすんの?」
「……近づいてほしくない理由を聞きます……。その理由に納得すれば近づきません……」
「なるほどねぇ……。いやぁ真面目でいい子だねぇ……俺は好きだよ?そういうの!コロンがどうかは、知らないけどね」
重たい会話をしているうちにようやく出口にたどり着く。往きも帰りも変わらない距離のはずだったが、ネモフィラには帰りの方が遥かに長い道のりに感じられた。図書室へ出ると、既に日が傾き始めていた。
「さて、と。ハルくん、勉強教えてあげよっか」
「え、いいんすか」
「いいよ~。付き合わせちゃったし」
「すげー助かります」
「では、私はここで……」
ネモフィラは目を逸らしながら、軽く会釈をして逃げるようにその場から離れた。シレネは何も言わずにその背を見つめたあと「さ、始めよ」とハルの前を歩いた。
ハルが元々勉強していた席に戻り、ペンを執る。それから数時間、シレネはハルに付きっきりで勉強を教えていた。
非常に丁寧でわかりやすい示教だったが、教えられている内容が試験には無関係だと言うことにハルが気が付くのは、追試験に引っかかったあとのことである。
—
「で……なに?」
数日後、ネモフィラからコンタクトを受けたコロンは自分を大きくみせるような冷たい態度で応じていた。ネモフィラはそれに萎縮しながらも、コロンから目を逸らしたりはしなかった。
「……この間はごめんなさい。私、何も知らずに……」
「それだけ?僕暇じゃないんだけど」
「……とにかく、謝りたくて……えっと、それから……」
心配だからとついてきたアリウムがコロンの後ろでハラハラしながら会話を見守る。その場にいる全員の呼吸が浅くなる。重い空気の中、会話は続く。
「あの……”人を弄ぶのが好き”って本当なんですか……?」
ネモフィラは非常に聞きづらそうに尋ねる。ネモフィラはこんな状況下でも、自分の憧れを信じていた。だがしかし、この場でその会話は明らかな選択ミスだった。コロンはわかりやすく機嫌を傾ける。しかし先日よりは多少冷静で、感情任せにはならずにネモフィラの問いに応えた。
「だったらなんなの?」
「……それ、本当に好きなんですか……?私には……そうは思えなくて……ジョーカーさんの言う通り、私の見る目がないだけなんですか……?だって……」
ネモフィラが言いかけたところで、コロンは脅すように睨みつける。コロンが少しでも冷静さを保てるように慎重にアリウムは声を掛けたが、そんな声すら振り払った。
「僕が望んでなかったらなに?アンタには関係ないよねぇ」
コロンは暗い笑顔を向ける。それはネモフィラへの強い敵意だ。ネモフィラはコロンから向けられるそれが、シレネから感じるものとは全く違うことを、理屈ではなく本能的に理解していた。コロンは責め立てる口調を止めずに、どこか焦ったようにネモフィラへと詰め寄る。
「ムカつくんだよねぇ、相手を大事にしろとか自分を大事にしろとか、そーゆーの。頼んでもないのに心配されんのも本当に腹立つ」
コロンは普段、「誰からも愛されるかわいい女の子」を演じている。初めは「愛されるように」「嫌われないように」そんな、自分を守る理由だった。しかし、それは時が経つにつれて、過去にいじめられた自分を慰めるための、他者を見下すような攻撃的な理由へと変わっていった。
それを指摘されるとコロンの態度はわかりやすく一変する。シレネは度々コロンのそんな一面を刺激して、感情が荒ぶるのを眺めて楽しんでいた。わざとらしく刺激するシレネとは違い、純粋に自身を案じて言及するネモフィラに対して、コロンは嫌悪感と同時に羨望の感情を抱いていた。コロンがネモフィラへここまで怒りを滲ませるのは、単に過去に触れられたからではない。コロンは真っ直ぐに生きるネモフィラがただ羨ましかった。
「心の方じゃないですか……大切にしていないのは…‥‥」
その羨望はコロンの心に黒い渦を巻いた。
「何も……知らないくせに……!!」
コロンが声を荒げると、アリウムは咄嗟にコロンの手を取った。ハッとなったコロンは少し呼吸を整えたあと、その手をゆっくり外しネモフィラに背中を向ける。やはり向き合えない。あの頃を思い出すだけで反吐が出る。そんな後ろ向きな考えばかりがコロンの頭を埋めていった。
コロンは化粧で隠している右目元の“Joker”の文字に触れる。これを消したからといって、自分の忌まわしい過去が消えるわけではない。
コロンは俯いたまま歩き出したが、行こうとした道をシレネが阻んだ。シレネはぶつかってきたコロンを受け止めると、ニコリと笑った。
「どしたのコロン、泣きそうな顔して」
「……関係ないでしょ」
「どうせどうでもいいでしょ」と言いかけたが、余計な言葉が返ってくるような気がして、コロンはそれ以上何も言わなかった。
シレネはちょうどコロンを探していたようで「そうそう」と言って一枚の封筒を差し出した。その封筒には差出人の名前はなく、手書きで「Joker宛」とだけ書かれていた。その筆跡にはどこか見覚えがあった。コロンは自身の心臓がドクドクと波打つのを感じる。頭の中はどんどんフラッシュバックで埋め尽くされていった。
「なに、これ」
コロンがなんとか絞り出した一言にシレネはピロピロと手紙を揺らした。
「さぁ?6番隊が“Joker宛って、あなたでいいよね”ってくれたんだよね。なんかこないだの悪夢化事件の時の届け物らしいんだけど……厳密にいえば、俺だけじゃないしなぁと思ってコロンのこと探してたんだよね」
“厳密に”なんてどうだっていいくせに、「コロンの反応が見たいから」というわかりきった理由をわざわざひた隠す。
そしてその手紙の封をコロンの目の前でビリビリと破る。開封されるその僅かな時間で、コロンは忌まわしい過去を思い出していた。
チカチカと、血の色が目の奥で明滅する。
かつて友人だった、スペレイから流れる血の色が。