2025年春、私たちはニューサウスウェールズ州ブルーマウンテンズ一帯の歴史をたどる調査の一環として、Blackheath Cemeteryを含む複数の地域墓地を訪れました。この地域には、19世紀以降の入植者や先住民、戦争犠牲者、鉱山労働者、鉄道技師、そして開拓期の家族たちの足跡が、静かに、しかし確かに刻まれています。
ブルーマウンテンズの滝沿いに続く200段以上の急な石段
まずは上段真ん中に添付のWentworth Falls近くで出会ったこの見事な階段を、石材の専門家としての視点から少し解説します。
この階段は、19世紀末から20世紀初頭にかけて、人の手で切り出された現地の砂岩(サンドストーン)を使用して作られたと考えられます。
特に特徴的なのは、自然岩盤を削って形成された段差と、部分的に石材を積み上げて補強している構造です。今でこそ当たり前のように歩けるこれらの階段も、当時は重機もなく、石ノミやハンマー、てこ、滑車などの原始的な道具を用い、人力で一段一段築かれたものです。
また、石材の表面には今も手作業による斫り(はつり)跡が残っており、削岩時の丁寧な作業がうかがえます。砂岩は加工しやすい一方で風化に弱く、排水の工夫や表面の角度調整など、崩れを防ぐ設計も施されています。
現代に至るまで多くの人に踏みならされながら、今もその姿を保ち続けているこの石段は、観光地の一部であると同時に、石工技術の歴史的な証拠でもあると感じさせられます。
ブルーマウンテンズ地域の墓地の背景
ブルーマウンテンズは、19世紀前半にヨーロッパ系入植者の開拓が本格化したエリアであり、その歴史は鉄道の開通や石炭採掘の発展と密接に関わっています。当時の小さな村々には教会や学校とともに墓地が併設され、地域社会の営みとともに拡張されてきました。墓地は単なる埋葬地ではなく、移民の苦労、地域社会の変遷、文化的な多様性を映し出す「静かなアーカイブ」としての役割を果たしています。
■Blackheath Cemeteryについて
Blackheath Cemeteryは、標高約1,065メートルに位置する静かな丘の上にあり、1800年代後半に設置されたとされています。小規模ながらも美しく整備され、ユーカリの木々に囲まれたその空間には、19世紀から現代にかけての住民が眠っています。墓石の中には、鉄道建設に従事した労働者や第一次世界大戦・第二次世界大戦の退役軍人のものも見られ、地域の成り立ちと人々の暮らしが反映されています。
Blackheath Cemetery の調査ポイント
• 設立時期: およそ1800年代後半
• 使用石材: 現地産の砂岩、輸入大理石、花崗岩(20世紀以降)
• 石材の状態:
• 砂岩は風化が進み、表面の剥離や苔の付着が顕著
• 大理石は一部文字の摩耗が激しく、可読性に課題
• グラナイトは比較的良好な保存状態を維持
• 施工傾向: 早期のものは手彫りによる意匠が多く、20世紀以降は機械加工・量産型に変化
• 補修跡の有無: コンクリートやモルタルによる補修痕が一部確認され、近年の保全活動の痕跡が見られた
■ 文化的背景との関係
この地域は鉄道開発とともに発展し、鉄道労働者や鉱山関係者の埋葬も多く、墓石に刻まれた碑文から当時の生活状況や信仰、災害・事故の記録も読み取ることができました。墓石は単なる供養の対象にとどまらず、「地域の歴史を伝える文化資産」として重要な役割を担っています。