――それは、氷化した船の星の上、航海ごっこで「追い求める」世界の姿。
世界が凍ってしまったので溶かすために、ひとりのこされた精霊使いが星ごと太陽へ向かう話。
忘れがちだが、Twitter上のタグで要素を募集した結果うまれた世界観のひとつ。
⇒【海を移動する大陸】【ひとがすくない】【ずっと夜の世界】【妖精】【氷に閉ざされた町】【「おちる」】【発光植物】
この星はひとつの大きな氷の船。宇宙という名の大海を航行中。
しかし、最初から氷化していたわけではない。
かつて、この星の中心には、大きな町が存在した。
ある時、その町が突然凍りつき、多くの人間が巻き込まれ、町もろとも氷の世界に閉じ込められた。
動く人間はもう、ほとんど存在しないと言っていい。
今その地は、氷の塔のようになっている。
ある時と同時に、太陽の光は失われた。
太陽がどこかへ姿を隠してしまったのかもしれない。ここは常夜の宇宙。
船の中には、大量の水――海がある。
海は不安定ゆえ、上に置かれた大陸は動きを止めることはない。
常にふらふら動く大陸がたくさん存在しているのだ。
現在、この地にはたくさんの妖精で溢れている。
町が存在していた時にはいなかったのだが、世界が凍りついてから棲みついたとか。
妖精は、その動く大陸のことをそれぞれ、舟と呼んでいる。
そうして、その舟を用いて「航海ごっこ」をしているのだ。
妖精たちは、氷の塔が廃墟だとは知らない。
彼らにとってあのオブジェは、秘境であり、たどり着く目標でもある。
そして何故妖精らが航海ごっこを続けるのか?
まだ見ぬ光を求めて。見たことのない光を追い続ける。
氷化の脅威から逃れた一人の青年がいた。彼は精霊使い。
かの氷化した町を溶かす為、彼は失われた光を――太陽の光を求め、船を航行させる。
この地には、妖精の光や、発光する植物(世界創設時からあるといわれる)などが溢れてはいるのだが、
彼が求めるのはそんな光では足りないのだという。
……さて。この船が光を求め、果てにもし光を見つけ、近づいていったらどうなるか。
彼は気づいているのだろうか。今はただ、見守るだけ。
◆1
気付けば其処に、氷の船。
陽はいつの間にかその姿を消していた。常夜の闇が顔を覗かせる。
冷気が蔓延し、世界が凍り付く。緩やかと、しかし確実に。
目の前には、天を貫く程の氷の塔。かつて其処は、大きな街。多くの人が住んでいた。凍てつく世界は、過去まで包み込んでしまう。
闇に沈む世界、氷に呑まれる世界。
全てを目の当たりにし、全てを悟り、そうして、青年は膝から崩れ落ちる。
「世界は、眠った……街と、人間――妹と共に……」
小さく、消え入るような声。その言葉を聞いていた他の人間など、いただろうか。
◆◆◆
――或るところに、氷の船と呼ばれた星の世界がありました。
世界が凍り付いた時、本来いるはずだった人間は、世界と共に氷に閉じ込められてしまいました。
そして、その期から、いつまでも夜が続く其の世界と成り、光が、陽が失われることとなったのです。
これは、氷船という名の世界に取り残された青年が、光を求めて世界を動かす、ある種の船旅を綴った物語。
◆◆◆
『オルフェール、オルフェール。貴方は何処……何処へ?』
俯く青年に、何処からか語りかける声がした。透き通った声色、遠くの方から、聞こえてくるようだ。
座り込んだ状態のまま、その顔を上げる。そこで初めて気がついた。
目の前の氷の塔――かつて自らが住んでいた街だった所――だけでない、一面に広がる氷の世界。
月の明かりに照らされて、ぼんやりと光っている。が、太陽のような眩しさはない。
愕然とした青年の、頭上から声がする。しかし、先程とは別の声。
『ようやく、きづいた!』
見上げるとそこには丸い月。月光を背に、握りこぶしのような丸い生物がふよふよ漂っていた。触角がぴょこぴょこと動き、その羽は蒼く透き通っていて綺麗だったりする。
『ずっと、ずーっと、きみにはなしかけていたのに。でも、これでおはなしできるね!』
丸い生物は、何だか嬉しそうだが……青年にとってはそれどころでないようだ。
静かに首を横に振り、目を覆った。何も言うな、と言わんばかりに。半ば平静を失っているかのように見えた。
それでも構わず、丸い生物は続ける。
『はだしだとさむいよ? くつは、どこかにわすれてきちゃったの?』
裸足で座り込む青年は、依然として目を覆い隠している。
『ぼくのなまえは、ウルル! みずの、せいれい!』
どうやらこの生物は、ウルルという水の精霊らしい。
『どうしてきみは、ここにいるの?』
そうして再び青年に呼び掛ける。その問いかけによって、我にかえったらしく、再度、徐に顔をあげる。今度は目の前にウルルがいた。
ウルルを映した瞳は、どことなく虚ろげで、よく見えていなかったのかもしれない。焦点もうまく定まらず、ゆっくりと、彼は口を開いた。
「僕が聞きたい……何故、僕は無事なのか……? 何故、僕だけなのか……?」
ウルルの後ろに聳える氷の塔。街も人間も、全てあの中に。辺りは一面、氷の世界。彼以外に、人間は見当たらない。
『なんでだろう? なんでだろう? みんな、あのなか』
「そうだ。街も、人も……僕の妹も」
小さく、独り言のように、青年は呟いた。ウルルは羽をぱたぱたとさせている。
『こおった、みんなこおっちゃった。きみ、ぼくらをつかう、たったひとりの、にんげん』
ウルルの言葉と共に、青年は立ち上がる。氷の大地を、裸足で踏みしめているにも関わらず、寒そうな、痛そうな素振りは全くしなかった。
「君らを……精霊を使う、たった一人の人間?」
『そう! ぼくら、ほしをうごかす。うちゅーを、こおりのふねでたびする!』
「氷の船で、旅をする……?」
青年は灰色の目でウルルを見つめる。しばらくその状態が続き――やがて、静寂を打ち破ったのは青年の声だった。
「……姿を消した、陽の光を、捜せる?」
見開かれた青年の瞳は、少しだけ、希望を仄めかせていた。それに応えるように、ウルルは何故か楽しそうに踊り出す。
『できなくはないよ! このうちゅーのどこかには、ひかりがあるもん』
それを聞いた青年は、一気にウルルに詰め寄ってきた。
「僕は街を、妹を救う事が出来るのか?」
『もちろん! きえたひかり、ぼくらもさがしたい! てつだうよ!』
その時青年は、確かに、微笑んでいたらしい。白い吐息が、寒空へ溶けていく。
『うちゅーはひろいよ! とてもとても、ながいながいたびになるかもしれないけど、だいじょーぶ?』
その言葉に、青年は氷の塔を見据えた。ぼんやりとした視界の中で、青年は決意する。
「覚悟は、出来ている。……あの全てを、僕が救う事が出来るというなら」
長く結んだ銀の髪、白いローブを纏う青年の姿。ウルルの目にはしっかりと焼き付いていた。満足そうに頷くウルル。
『ねぇ、きみのなまえをおしえてよ!』
最後にウルルは、こう聞いた。
青年は、一度瞳を閉じ、細く息を吐いてから、再び開かれた灰の瞳をこちらに向ける。
「オルフェール。……オルフェール・オルフィア=ノーマン」
静かなはずの氷の船上で、人間と精霊の話し声が響き渡っていた。
『オルフェール、オルフェール……何処、何処へ向かうの? 光を求めて……』
再度聞こえてきたあの声。しかしもう、彼の耳には届いていない。
オルフェール・オルフィエ=ノーマン
僕/君
精霊使い。全体的に色素が抜けているのは寒さのせいかもしれない。
痛覚を感じない。寒さのせいで麻痺しているらしい。裸足で歩いても氷にくっつかないのは、精霊の力。
青に近い白い髪。灰色の瞳。
落ち着いた様子をみせている。というか感情の起伏をほとんど感じない。
視力が段々失われていっている。今は、妖精の光や発光植物などがようやく感じられる程度。
町を、妹を元に戻す為、航海を続ける孤独な青年。
ウルル/カッカ/ビリリ
オルフェールと共にいる精霊。水/炎(弱)/雷。
リールフィール/ユールフィール
月と太陽のそれぞれ具現体。前者はネガティブ、後者はポジティブ。
エウンディ・エウリィーケ=ノーマン
私/君
町が氷化した際、町と共に氷に閉じ込められた少女。オルフェールの妹。
エメラルドグリーンの髪、青黒い瞳。
健気で兄思いの優しい子。