わが国では,多くの農業水路が下流で河川と接続し,最終的に湖沼や海へと水が流れ込んでいます.こうした水系に生息する魚類をはじめとした水生生物は,営農活動に伴う排水流量の変化や土砂輸送の影響を強く受けています.
第二次世界大戦後,先人の尽力により圃場整備や農業の機械化が進み,農業生産性は大きく向上しました.しかしその一方で,水路のコンクリート化や落差工の設置が進んだ結果,流速の増加や水系の分断が生じ,魚類の個体数の減少や種多様性の低下が確認される地域もあります.
近年では,圃場の大規模化やICT(情報通信技術)を活用した節水型・省力型農業(いわゆるスマート農業)が注目されています.これにより,圃場での精密な給水管理が可能となり,節水効果や労力軽減が期待される一方で,圃場からの排水量が減少することで下流河川の流量低下を招く可能性が指摘されています.このことが魚類の生息環境にどのような影響を及ぼすかについては,現時点では十分に明らかになっていません.
本研究では,霞ヶ浦流域を対象として,スマート農業による圃場での緻密な水管理が,農地から河川への排水量および河川魚類の生息環境に与える影響を定量的に評価する手法を開発します.水域生態系を保全しつつ,労働生産性の高い農業をどのように展開したらよいか,現地観測や数値計算による分析により考察しています.
農学部研究推進プロジェクトとして,小寺昭彦博士,坂口敦博士,林暁嵐博士と共同研究しています.
排水路の水深をリアルタイムに高頻度収集することで,排水流量の時間変化を把握します.水路の流れの数値計算に不可欠な情報です.
水田の水深は,水田水収支の各要素(灌漑水量,降水量,地表排水量,浸透量,蒸発散量)の影響を受けており複雑です.これらは,スマート農業が排水路への水田排水量に及ぼす影響のモデル化に不可欠な情報です.
水田地帯の気温,湿度,降水量,照度,気圧,風向・風速のリアルタイムデータを収集中です.水田水収支を考察する上での基本情報を得ています.
関連業績
前田滋哉・小林佳奈・皆川明子・小林 久・吉田貢士・黒田久雄(2019): 農業用水取水の影響を受ける河川区間の魚類生息場評価,応用水文, 31, pp.31-40. 2019年3月発刊
Maeda, S., Ishizaki, S., Minagawa, A., Kobayashi, H., Yoshida, K. and Kuroda, H. (2019): Ecohydraulic assessment of water abstraction for hydroelectric power generation in the Anegawa river, Japan, Journal of Rainwater Catchment Systems, 25(1), pp.7-14