農業用排水路において魚類を保全するためには,そこに生息する魚類の時間的・空間的な分布を把握することが,基礎的かつ重要な情報となります.しかしながら,この情報を実際に得ることは容易ではありません.
魚類を直接採捕する方法には,採捕率が低いという問題があり,得られるデータの網羅性や再現性にも限界があります.また,小型魚類の行動を追跡するためのタグ付け調査は,生物への負荷やコスト,技術的な制約が大きく,広範な適用には課題が残されています.さらに近年では,環境DNAを利用して魚種の同定や個体数の推定を行う手法が注目されていますが,これは特定の地点に実際に存在する魚の個体数を直接的に把握する段階には至っていません.
一方,撮影した画像を深層学習に基づく物体検出モデルに入力し,水路や河川,ため池に生息する魚類を迅速かつ非侵襲的に検出する技術が開発されつつあります.これらの手法は,魚類を傷つけることなく,直接的かつ連続的に魚類の出現情報を取得できるため,個体数の時間変化の把握や行動パターンの分析に展開可能であり,今後の生態研究および保全技術において大きな可能性を有しています.
しかしながら,農業用排水路においては,濁水や落葉・落枝,さらには付着藻類の繁茂といった画像の解析を妨げる要因が多く,このような環境下での魚類検出に関する研究はまだ十分に進んでいません.
そこで当研究室では,茨城県内の農業用排水路にタイムラプスカメラを設置し(図1),長期間にわたり水中画像を取得したうえで,深層学習モデルを用いた魚類の検出・出現数の推定手法を開発しています.この取り組みにより,撮影地点における魚類の出現頻度や活動時間帯の把握が可能となりつつあります.
写真右部の2つのコンクリートブロックの間に,防水シールドに入れたタイムラプスカメラを設置し,水中画像を連続撮影しました.
将来的には,こうした技術を応用することで,魚類が水路や河川のどこに,いつ,どのくらい現れるのかを継続的にモニタリングすることが可能となります.これは,在来魚種を中心とした種多様性の保全や,地域に根ざした水産資源の持続的な利用に向けた科学的根拠の提供につながるものです.たとえば,研究対象地である霞ヶ浦流域では,ハゼ科魚類の稚魚(ヨシノボリ類など)を用いた佃煮製品が地場産品として親しまれており,これらの資源管理にも貢献し得ると考えています.また,農業水路という多機能なインフラについて,農業と生物多様性,そして地域水産業を調和させる持続的な利用のあり方を模索しています.