農業水路は,農業生産を支える水利施設であると同時に,魚類の生息場としても重要な役割を担っています.わが国では,農業水路における魚類の生息環境を保全することを目的として,魚巣や魚溜,植生護岸など,さまざまな生態系配慮型の施設が導入されてきました.これらの施設は,魚類の多様性を高める上で有効であることが明らかになりつつあります.
こうした配慮型施設は全国的に設置されていますが,土砂やごみの堆積などによって機能の維持が困難になるケースが多いものの,対策法については十分に検討されていないのが現状です.
たとえば,生態系配慮施設の一つである「魚巣」は,魚類が鳥などの捕食者から退避したり,高流速域を避けて休息したりする場を提供することを目的に設置されます.魚巣は,水路側壁に沿って置き石や既製のU字溝を配置する形式や,水路側壁に凹部を設けて導入する形式などがあります.
魚巣の設置区間において魚類の採捕調査を行った研究では,魚巣が魚類の種類数や多様度指数に対して正の効果をもつことが統計的に示されています.しかし,魚巣の導入効果を定量的に検証した事例はまだ少なく,今後の研究が求められます.
とくに,河川や農業水路に導入されている魚巣のうち,鉛直断面が矩形で側壁の凹部として設けられているタイプ(以下,「矩形魚巣」と呼びます)は,日本各地で報告されています.この形式の魚巣では,水路の主流部より流速が低下するため,土砂が堆積しやすくなる傾向があります(図1).
当研究室が調査対象としてきた茨城県美浦村の農業用排水路にも,この矩形魚巣が導入されています.この排水路は,霞ヶ浦流域南部の谷津田地帯を流れており,霞ヶ浦から高橋川を経由して,ヨシノボリやボラ,ウキゴリなどが遡上してきます.2002年には県営かんがい排水事業の一環として,魚類生息環境の維持を目的に魚巣が設置されました.
現在,美浦村や茨城県による魚類相のモニタリングや水路の泥上げといった維持管理は行われていませんが,研究室での魚類の採捕調査や環境DNA分析の結果から,魚類の存在種は概ね維持されていると推察されています.
一方で,この地域の矩形魚巣においては,土砂や落葉・落枝に加えて,路床で繁茂していた糸状体の付着藻類(図2)が枯死・剥離して流下し,それが大量に堆積する場合があることが確認されており,改善の余地があると考えられます.図3は,この水路の約18mの区間について路床高分布を詳細に実測したものです.左岸側の魚巣で堆砂が特に顕著であることが4年間の調査で分かりました(関連業績2).
今後の人工魚巣の設計においては,魚巣内の空間が堆砂などにより時間とともにどのように変化するかを予測し,魚類が利用しやすい状態を維持できるように設計を工夫することが,魚類の長期的な保全にとって重要です.
本研究室では,農業水路における魚巣や魚溜に関して,水や土砂の輸送を対象とした数値シミュレーションを行い,魚巣の泥上げ効率を定量的に評価する手法を開発しています(関連業績3).さらに,水中を流下する剥離藻類の挙動を数値的に再現(図4)することで,堆積しにくく,流出しやすい魚巣の形状を明らかにしてきました.(関連業績4)
農業排水路左岸の魚巣へと入る剥離藻類の挙動を,NaysCUBE (iRIC)で推定しました.魚巣の奥へと土砂が堆積している状況は,現地観測に基づき設定しています.
こうした研究を発展させることで,維持管理の負担が少なく,効果的な魚巣設計につながるようにしていきます.
なお,本研究は皆川明子博士(滋賀県立大学)と共同で実施しています.
関連業績
Maeda, S., Yoshida, K. and Kuroda, H. (2018): Turbulence and energetics of fish nest and pool structures in agricultural canal, Paddy and Water Environment, 16(3), pp.493-505, DOI: 10.1007/s10333-018-0642-2
Maeda, S., Takagi, S., Yoshida, K. and Kuroda, H. (2021): Spatiotemporal variation of sedimentation in an agricultural drainage canal with eco-friendly physical structures: a case study, Paddy and Water Environment, 19, pp.189-198, DOI: 10.1007/s10333-020-00831-6.
前田滋哉・黒田久雄(2022):流れ・路床変動モデルを用いた魚巣における泥上げ効率の評価手法,土木学会論文集B1(水工学), 78(2), I_1087-I_1092.
前田滋哉・林暁嵐・黒田久雄(2025): 魚巣の規模が流出する糸状藻類の割合に与える影響の評価,土木学会論文集,81(16), 24-16205.