研究内容 (共生細菌チーム)

研究の背景

これまでに知られている地球上の動植物の種のおよそ半分を占める昆虫は、最も繁栄しているとも言える生物です。また、培養が難しい種が多いために記載されている種数は昆虫に遠く及ばないものの、細菌も多くの種が存在していると考えられています。その種数の多さから、昆虫と細菌の共生はこれまで数多く観察されてきました。

昆虫に最も広く感染する細菌が Wolbachia pipientis (ボルバキア)  です。ボルバキア昆虫のおよそ40-60%の種に感染していると推測されており、昆虫の細胞内に存在しています。この細菌は母親を通して子へ伝播するために、昆虫の生殖システムを乗っ取ることで、自身の感染を効率的に拡大することが知られています。

私が最も興味を持っているのは、

共生細菌の感染は宿主へどのような進化的な影響を与えるのか?

という点です。この点について様々な面から明らかにしたいと考えています。

上段の左から研究の材料であるキタキチョウの卵・幼虫・成虫。このチョウでは子が全てメスになる「メス化」という現象が起こります。下段は同じく生殖操作に関する研究で使用している蛾の1種のタマナギンウワバの成虫。

現在進めている研究テーマ

生殖操作と生育に及ぼす影響に関する研究

ボルバキアが引き起こす生殖操作は、大きく2つに区別することが出来ます。

1つ目に、ボルバキアに感染したオスと非感染のメスの子が孵化しなくなる現象である細胞質不和合が挙げられます。非感染メスの子が死亡するため、子の世代では感染した母親の子の頻度が上昇します。このため、世代を経るごとに感染個体の割合が増加します。

2つ目に、宿主の子の性比をメスに偏らせる生殖操作が挙げられます。オスのみを殺して子をメスのみにする「オス殺し」や、子をメスのみにする「メス化」といった生殖操作が該当します。ボルバキアにとっては自身を確実に子に伝えるのはメスなので、子供をメスのみにするような生殖操作が現れたと考えられています。

また生殖操作の他にも、ボルバキアの感染は宿主の生育パフォーマンスにも影響を及ぼすことが明らかになっています。

現在はチョウ目昆虫を対象として、細胞質不和合やメス化、オス殺しを引き起こすボルバキアについて研究を行っています。具体的には、上記のような生殖操作を引き起こすボルバキアの系統の探索や、メカニズムの解明に関する研究を進めています。

将来的には、ボルバキアを用いた害虫防除技術への応用を目指しています。

メス化(上段左)と細胞質不和合(上段右)の模式図。下段の左はキチョウ成虫の飼育,右はウワバの幼虫の集団飼育の様子。生殖操作や発育への影響を調査するために,自分たちで虫の世話をします。

ボルバキアが引き起こすメス化による急速な性比異常が

宿主の進化・生態へ及ぼす影響の解明

2種のキチョウ(キタキチョウとミナミキチョウ)はメス化を引き起こすボルバキアに感染していますが、そのような個体が確認された島の中には、飼育環境下だけでなく実際の野外性比もメスに大きく偏った島が存在します。私たちの研究グループではこの2種のキチョウの野外での性比やボルバキアの感染状況について、南西諸島で継続した野外調査を行っています。

右図は石垣島のミナミキチョウにメス化を引き起こすボルバキアwFemの感染率と野外の性比を2015-22年にかけて調査した結果です。wFemの感染率は数パーセント程度で低頻度でしたが、2017年から感染率が上昇し(上段右)、2019年ではついに野外の性比もメスに偏ることを観測しました(下段)。その後、メスの割合が93.1%になるまで増加したことを確認しています。

このようにメスの頻度が大きく増加した石垣島ですが、今後この状態が維持されるのでしょうか?あるいは、メス化に対する抵抗性の出現により性比が1:1の状態へ戻るのでしょうか?

また、性比がメスに大きく偏ることで、ミナミキチョウにはどのような影響が及んだのでしょうか?例えば、オスが減ることで、メスは交尾相手に遭遇することが難しくなったのでしょうか?現在、これらの問いに答えるべく研究を進めています。

上段左は石垣島のミナミキチョウ,上段中央は石垣島での調査の様子。上段右は採集年ごとの感染率の推移を表しています。また下段左は石垣島の各地点における性比を表し,下段右は採集年ごとの性比の推移を表しています(Miyata et al., 2024 Curr Biol より一部改変)。

過去の研究テーマ

種内のmtDNAの多様性へ及ぼす影響の評価

キタキチョウでは、wCIにのみ感染している個体(単感染個体)では細胞質不和合、wCI・wFemに重複して感染している個体(重複感染個体)ではメス化が起こります。上記のようなボルバキアが引き起こす生殖操作は、宿主の昆虫にどのような影響を及ぼすでしょうか?

細胞内にはミトコンドリアのように基本的に母親から子に伝わる因子が存在します。つまり、生殖操作によってボルバキアの感染が広がると、ボルバキアと同様に母親から遺伝する因子についても、ボルバキアの感染拡大に便乗する形で感染個体が持っていたタイプが広がることが予想されます。

この仮説を検証するために、キタキチョウのミトコンドリアDNA(mtDNA)について解析すると、wCI単個体とwCI・wFem重複感染個体では、異なったタイプのmtDNAを持つことが明らかになりました(左図)。その一方で、母親と父親の両方から伝わる核DNAについて解析すると、感染ステータスによる違いは認められませんでした(右図)

ボルバキアとミトコンドリアは同じように母親から遺伝するため、この結果から、キタキチョウでは過去にそれぞれの感染ステータスごと(wCIのみ or wCI・wFem)に、ボルバキアの感染が独立して拡がっていったものと推測できます。

キタキチョウのDNAによる分子系統樹(Miyata et al., 2017 Biol Lett より一部改変)。母系遺伝するmtDNAの系統樹では,単感染か重複感染かによってグループが明確に分かれておりボルバキアの影響を受けている一方で,核DNAの系統樹はボルバキアの感染の影響を受けていないことが明らかとなりました。

ボルバキアによる生殖操作と種間交雑による遺伝子浸透

前の項目では、キタキチョウ(以下、キタ)におけるボルバキアの感染が種内のmtDNAへ及ぼす影響を明らかにしました。実は、キタキチョウと近縁な種であるミナミキチョウ(以下、ミナミ)にもwCIやwFemが感染していることが知られています。そこで、次はwCIとwFemの感染が2種のmtDNAへ及ぼす影響を調査しました。

その結果、核DNAによる分子系統樹では種ごとに異なったグループを形成しましたが(上図)、mtDNAによる分子系統樹では、2種のボルバキア感染個体がキタの非感染個体とは異なる1つのグループを形成しました(下図)。

キタとミナミでは種が異なるのに、何故ボルバキアに感染した個体のmtDNAに違いが認められなかったのでしょうか?

ミナミのメスとキタのオスを実験室で交配させると子が出来ます。この子では、成熟卵が形成されています。しかし、その逆の組み合わせ(キタのメスとミナミのオス)の子は、卵成熟が起こらず不妊となることが分かっています。

このことから、過去にミナミのメスとキタのオスで交雑した際に、母親由来であるミナミのミトコンドリアやボルバキアを持った交雑個体が出現し、その個体がキタと交雑していった結果、キタにミナミのmtDNAが遺伝子浸透していったものと推測されます。加えて、ミトコンドリアと共にキタにはボルバキアが侵入したために、生殖操作によって感染が拡大するのに便乗する形でミナミのmtDNAがキタに侵入していったのではないかと考えています。

また、2種の単感染個体と重複感染個体同士では同じグループを形成することが分かりました(下図)。この結果から、2種の単感染個体と重複感染個体の間では、遺伝子浸透は感染ステータス毎に独立して起きたのではないかと考えています。

2種のキチョウのDNAによる分子系統樹とハプロタイプネットワーク(Miyata et al., 2020 Ecol Evol より一部改変)。

※上記以外にも様々な研究を行っています。研究室の配属で詳しい内容に興味がある場合は、 直接研究室に話を聞きに来るか、宮田 (miyata(at)u-fukui.ac.jp) までご連絡下さい。

所在地

福井大学


工学部 物質・生命化学科

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