持続可能な社会の実現に向け、農業分野でも「みどりの食料システム戦略」に代表されるような環境負荷低減型農業の確立が強く求められています。本研究室では、化学肥料や農薬、有機資材を一切投入しない「無施肥無農薬農法」を一つの究極的なモデルとして捉え、その生産持続性のメカニズム解明に取り組んでいます。
例えば水田では、肥料を投入しなくても、数十年という長期間にわたり収量を維持できます。本研究室では、灌漑水や雨水、土壌、そして多様な微生物の働きが複雑に絡み合う水田生態系の物質循環を、精密なフィールド調査と最新のAI技術を駆使して統合的に解析することで、その持続的生産機構の解明を目指しています。
自然の持つ潜在能力を科学的に裏付け、環境保全と安定生産を両立させる新たな栽培理論を構築することで、未来の持続可能な農業の形を提案することを目指しています。
世界的な人口増加への対応が求められる一方で、農業現場では深刻な労働力不足や生産コストの上昇が共通の課題となっています。こうした背景から、熱帯や亜熱帯地域を中心に急速に普及し始めているのが「再生二期作」という稲作です。
これは、一度収穫したイネの株(ひこばえ)から再び穂を実らせて二度目の収穫を行う手法です。育苗や田植えといった重労働を繰り返す必要がない究極の省力技術として期待されていますが、二度目の収量を安定・最大化させるためには、イネの「再生能力」に関わる生理学的なメカニズムの解明が欠かせません。
本研究室では、どのような栽培管理や品種特性が安定多収をもたらすのかを、フィールド調査を通じて紐解いています。伝統的な農法の枠を超え、限られた労力で持続可能な食料生産を実現する、次世代の稲作モデルの構築を目指しています。
気候変動下での食料安全保障を支えるため、私たちはドローン(UAV)や最新のAI技術を融合させた次世代型のフィールドモニタリング技術を開発しています。従来のフィールド調査や形質評価は、人手による測定に頼る部分が多く、多大な時間と労力がボトルネックとなってきました。
本研究室では、画像解析などを活用することで、広大な圃場から作物の生育情報をハイスループットに取得し、収量制限要因を迅速かつ科学的に解明する手法の確立を目指しています。この技術は国内の生産現場における生育診断に留まらず、タイやインドネシアとイネ育種や生産管理の最適化を目指した国際共同研究も進めています。
作物生産の現場では、気象・土壌・栽培管理などといった要因が複雑に絡み合い、何が収量を制限しているのかを特定することは容易ではありません。私たちは、最新の機械学習(AI)技術と農学的な専門知識を融合させ、世界各地の多様なフィールドで課題解決に取り組んでいます。
解析の対象は多岐にわたります。マダガスカルの小規模農家における大規模な調査データや、フィリピンでの50年におよぶ長期栽培試験データの解析はその一例です。こうした膨大なデータを高度な機械学習技術で解析することで、従来の統計手法では見逃されていた生産性の決定要因や気候変動の影響を、高い精度で抽出・可視化しています。
重要なのはAIに頼り切るのではなく、解析結果を「農学の知見」に基づいて生理学的・物理的なメカニズムとして深く解釈することです。私たちはこのデータ駆動型のアプローチを様々な地域や作物へと展開し、持続可能な農業に向けた実効性のある解決策を現場に提示することを目指しています。
葉における光合成は、植物の生長や物質生産の根幹をなす重要なプロセスです。圃場のような変動環境下における光合成の動態を理解し、改良を進めていくことは、作物の持続的な生産に貢献すると考えられます。本研究室では、イネやダイズなどの作物種を対象に、多角的な視点から光合成の理解を深めることを目指しています。
世界中、日本中から集められたイネ品種群を材料に用いて、光強度や土壌水分の変動に対する光合成応答の多様性を評価したり、交配実験やゲノムワイドな遺伝解析、ハイスループットな表現型解析手法の構築および利用を通して、品種間の多様性をもたらす要因を探究したりしています。また、多収性のダイズ品種を用いて、光合成が乾物生産性に与える影響や、植物体の構造との関連性などについても調査を行っています。
お米を手に取ってよく見てみると、半透明なお米の中に白濁したお米が混ざっていることがあります。この白いお米は白未熟粒と呼ばれ、砕けやすく、炊飯条件が変化するために食味が悪くなります。また多発すると取引価格が下がり農家の経営悪化につながります。近年、夏期の異常高温、減肥栽培や早期栽培の普及により白未熟粒の発生が助長されており、対策技術の開発が望まれています。しかし、白未熟化のメカニズムがよくわかっておらず、根本的な解決策はまだ得られていません。私たちの研究室では、白未熟粒の発生に関わる遺伝子やタンパク質の同定と、その知見を応用した白未熟粒対策技術の確立を目指しています。
ソバは、日本のみならず世界中で食されている作物です。近年欧米ではグルテンフリー食材として需要が増えていますし、日本には熱烈な蕎麦ファンがいます。お米や小麦で不足する必須アミノ酸リシンを多く含み、毛細血管を強くする働きのあるルチンや抗酸化物質も豊富に含まれます。また、その栽培にはあまり手間がかからず、病害虫や雑草に強いという特徴があります。従って、健康・グルメ志向が強く少子高齢化の進む現代の日本では、特に注目すべき作物の一つです。その一方で、ソバは深刻なアレルギー反応を引き起こす場合があります。私たちの研究室では、主要なアレルゲンタンパク質の特徴を明らかとするとともに、自然集団がもつ遺伝的多様性に着目して、低アレルゲンソバの開発を目指しています。
ダイズは、古来より日本で栽培され豆腐、納豆、味噌など貴重なタンパク質源として利用されてきました。現代では、食用油や飼料用大豆粕としての需要も多くあります。しかし、その多くを輸入に頼っていることから、国内生産の増加が望まれています。近年、莢が成熟期を迎える時期になっても、茎葉が緑色・水分を保ち、機械収穫の効率を著しく低下させる青立ちと呼ばれる現象が起こるようになり、問題となっています。青立ちしたダイズを機械収穫すると、種子を汚損し品質が下がります。その発生メカニズムは十分わかっていないことに加え、青立ちの早期診断は容易ではありませんでした。私たちの研究室では、青立ち個体の葉に多く蓄積する傾向にあるVSP (vegetative storage protein)を生体マーカーとして捉え、青立ちの早期診断技術の確立と発生メカニズムの解明を試みています。