長寿命粒子トリガーの開発

ATLAS 検出器と事象選別(トリガー)

LHC では 1 秒間に 40,000,000 回と非常に高い頻度で陽子陽子が起きており、高い統計量を生かしてゲージボソン・トップクォーク・ヒッグス粒子の精密測定や超対称性粒子など稀に生成される粒子の探索を行っている。ATLAS 検出器は約 1 億チャンネルで構成されており、全てのデータを記録しようとすると膨大なデータ量 (1秒間に数 PB)となってしまう。一方で、全ての陽子陽子衝突で我々が興味のある事象で起きているわけではない。例えば標準模型の中でも生成断面積が大きい W ボソンの生成事象でも 1 秒間に数 10 事象程度である。そこで、陽子陽子衝突事象の中から興味のある事象のみを選別する事象選別 ("トリガー") を行うことで、記録するデータ量を大幅に減らすことができる。ATLAS 検出器のトリガーシステムはハードウェアを用いて高速にトリガー判定を行う Level 1 trigger ("L1 trigger") とソフトウェアを用いて精密なトリガー判定を行う High-level trigger ("HLT") で構成されている。

長寿命粒子(Long - Lived Particle, LLP) の検出

 通常LHCで生成される大質量の粒子は、陽子と陽子の衝突点で生じ短時間で崩壊する。そのため検出器では、衝突点から伸びる崩壊後の粒子の飛跡として検出される。

 標準模型を超えた物理理論のいくつかでは、生成後すぐには崩壊しない長寿命の新粒子が予言されている。この様な粒子は衝突点で生じてから崩壊するまでに検出器内を移動するため、崩壊後の粒子の飛跡は衝突点から大きく逸れる。この様な飛跡は再構成に時間がかかるため、従来のトリガーでは検出できず長寿命の新粒子への感度を制限していた。

 これを受けRun3 ではHLTにおける飛跡の再構成アルゴリズムを高速化し、この様なLLPに特化したトリガーアルゴリズムの開発・実装が進められている。

図1:
通常の粒子(左)と長寿命粒子(右)の崩壊の比較

京都ATLAS グループの活動

Displaced-Vertex トリガー 

 京都ATLAS グループでは、特に中性の長寿命粒子に特化したトリガーを開発している。中性の長寿命粒子はダークマターの解明や超対称性の検証など様々な議論の中で予言されている。この様な粒子をトリガーで直接検出できれば探索感度を大きく改善できる。

 中性の粒子は検出器内で飛跡を残さないため、崩壊後の粒子の飛跡のみが検出される。そのため中性のLLPは、衝突点から離れた点(二次崩壊点)から複数の飛跡が突然現れる様な信号を残す。この様な信号はDisplaced-Vertex (DV) と呼ばれ、中性LLPに特有の特徴である。京都ATLAS グループでは機械学習を用いることでこの様な事象を高速で選別し、崩壊点を再構成するアルゴリズムを開発している。