サソリやクモは、餌となる昆虫を捕獲するため、あるいは捕食者である哺乳動物から身を守るために「毒」という洗練された「武器」を使います。これらの毒液は生理活性ペプチドの宝庫であり、その中には神経に作用するペプチド毒素が多く含まれています。神経毒は相手の動きを素早く止めるという点で最も優れており、サソリやクモはこのような毒素を持つようになったと考えられています。
サソリやクモの毒は、ヒトを含む哺乳動物に対して危険というイメージが強いですが、実際には、餌となる昆虫に対して選択的かつ低濃度で作用する毒素が多く存在するのが大きな特徴です。私たちは、これらを生物材料として、その毒液中に含まれている殺虫性ペプチドを同定を目的に、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を駆使したペプチド毒素の単離・精製と、質量分析装置(MS)を用いたアミノ酸配列の解析を行っています。さらに、同定した毒素を化学合成し、その構造と活性の関係も明らかにしようと試みています。このような毒素は、安全かつ環境負荷の低い殺虫剤の開発にとって有用な知見をもたらすことが期待されています。
日本には先島諸島などにヤエヤマサソリ(Liocheles australasiae、左)とマダラサソリ(Isometrus maculatus、右)が生息しています。
ヤエヤマサソリは体長3 cm前後の小型のサソリで、乾燥しているところよりも朽木などの湿った場所を好みます。ヤエヤマサソリの毒液は、哺乳類に対する毒性は低いのに対して、昆虫に対しては強い毒性を示します。私たちはこれまでに、このサソリの毒液から昆虫に対して選択的に作用するペプチド毒素を多数見出しています。その中には、これまでにサソリ毒からは見つかったことのないユニークな構造をもつペプチドも含まれています。
マダラサソリはヤエヤマサソリとは異なり、風通しの良い乾燥した場所を好んで生息しています。このサソリの毒液からもヤエヤマサソリと同様に、昆虫に対して作用するペプチド毒素を多数見出しています。
私たちは、これらのサソリの毒液から殺虫性ペプチドの探索を続けているとともに、同定したペプチド毒素の化学合成もおこない、活性発現に必要な構造の解明を目指しています。
さらに、日本に生息するサソリだけでなく、国際共同研究によりエジプトに生息するサソリの毒についても研究も進めています。
クモは、餌となる昆虫を捕まえるために網を使うことがよく知られています。しかし、ほとんどのクモがサソリと同様に毒も利用していることはあまり知られていません。クモ毒にはサソリと同様、殺虫性ペプチドが多く含まれていますが、世界に5万種以上存在するクモのほとんどについて、その毒の研究は十分に進んでいません。私たちはユニークな毒素の発見を目指して、日本に生息する身近なクモの毒に含まれる殺虫性ペプチドの探索を進めています。さらに、サソリと同様、エジプトのクモの毒についても研究も進めています。
サソリやクモの毒液には、殺虫性ペプチドだけでなく、抗菌性ペプチドも多数含まれていることが知られています。これらのペプチド役割については不明な点が多いものの、殺虫性ペプチドの効果を増強する働きをもつことが知られています。私たちは、サソリやクモの毒液に含まれる抗菌性ペプチドの単離・同定を進めるとともに、類縁体の合成を通して、その活性発現に必要な構造や毒液中での役割の解明を目指しています。