研究内容

Research

「くすりを使って生命現象を解き明かす」

平滑筋は手足を動かす筋肉とは違い、消化管、膀胱、子宮、血管などの内臓臓器の管壁を構成し、消化管の運動、蓄尿・排尿、妊娠・出産、気道抵抗の調節といった様々な生理機能を担っています。平滑筋の収縮は、平滑筋細胞内のカルシウムイオン濃度が増加することにより起こります。この平滑筋細胞内のカルシウムイオン濃度は、様々な神経伝達物質やホルモンによってたくみに制御されています。平滑筋組織の構造や機能に異常が起こると、その臓器はうまく働くことができなくなり、過敏性腸症候群や過活動膀胱といった病気を引き起こします。病気を治すためには、どのような異常がどのようなメカニズムで起こっているのかを知る必要があります。しかしながら、異常を知るためには、そもそも、正常(健康)な状態を知らなければなりません。

私たちの研究室は薬理学研究室です。薬理学には様々な分野がありますが、私たちは、「”くすり”を駆使して、未知の生命現象を解き明かす」という側面から薬理学を探求しています。私たちの研究室では、”くすり”に加えて、”遺伝子改変マウス”などのツールを合わせて用いることで、「消化管」や「膀胱」をはじめとする平滑筋で構成される臓器の機能がどのように調節されているのかを明らかにするべく、研究に取り組んでいます。

「消化管運動調節メカニズムの解明」

私たちは、食事をし、食べたものを消化して栄養素を吸収することにより生きています。消化管は、食べ物の消化と栄養素を吸収する重要な役割を担う臓器です。消化管内に入ってきた食べ物は、消化管の運動によって消化酵素と混ぜ合わされ、消化・吸収を受けながら、胃から小腸、小腸から大腸へと送られ、やがて糞便として体外に排出されます。

胃腸管の運動は、自律神経による調節を受けており、副交感神経により促進性に、交感神経により抑制性にそれぞれ制御されています。また、腸管壁には、数億個の神経細胞が存在しており、それらが複雑な神経ネットワークを形成しています。これを腸神経系と呼びます。この腸神経系が、自律神経とは独立して腸管の運動を調節することができますこの腸神経系のおかげで、腸は、あたかも自分で考えて自身の機能を変化させることができることから、「第二の脳」とも言われています。さらに、胃腸管の運動調節には、管壁内に存在するカハール間質細胞(Interstitial Cells of Cajal : ICC)やPDGFRα陽性細胞とよばれる間質細胞も関与していることが近年の研究であきらかとなってきました。このように、胃腸管の運動は、自律神経、内在性神経、ICC、PDGFRα陽性細胞によって複雑に調節されており、その調節メカニズムについてはいまだに多くの謎が残されています。

当研究室では、内在性神経、ICC、PDGFRα陽性細胞による消化管運動調節メカニズムに着目して研究を行っています。最近では、その中でもとくに、機械刺激受容性イオンチャネルとよばれる組織の伸展によって開くイオンチャネル(特定のイオンを通す門のような働きを果たすたんぱく質)による消化管運動調節について研究を行っています。

過敏性腸症候群は、明らかな病変がないにも関わらず、精神的ストレスなどにより、腸の運動が異常をきたし、下痢、便秘、腹痛などの症状を引き起こす病気です。しかしながら、どのようなメカニズムで腸の運動機能が異常をきたすのか、その詳細は明らかにされていません。今後は、この病気のモデル動物を用いた研究にも着手していきたいと考えています。

「膀胱機能調節メカニズムの解明」

膀胱は、尿をためておく機能(蓄尿)と、たまった尿を体外へ排出する機能(排尿)という相反する機能を担っています。このような膀胱の機能は、膀胱の出口にある括約筋とよばれる筋肉と膀胱壁の平滑筋の収縮が調節されることにより果たされています。括約筋は、いわば水道の蛇口、平滑筋は水を送り出すポンプのような役割を果たしています。すなわち、蓄尿時には、括約筋が収縮して出口を閉めるとともに、平滑筋が弛緩することにより尿をため込むことができます。一方、排尿時には、括約筋が弛緩して出口を開けるとともに、排尿筋が収縮することにより尿を一気に放出することができるわけです。

括約筋や膀胱平滑筋の収縮は、自律神経によって調節されています。自律神経は、その終末から神経伝達物質を筋肉へと放出し、筋肉にある受容体とよばれるたんぱく質に作用させることで、筋肉の収縮を調節しています。神経伝達物質が受容体に結合すると、筋肉にあるさまざまなイオンチャネル(特定のイオンを通す門のような働きを果たすたんぱく質)の機能が変化することで、筋細胞内のカルシウムイオンの濃度が増加して筋肉が収縮します。しかしながらその調節メカニズムについては、不明な点が多く残されています。

当研究室では、とくに副交感神経の伝達物質であるアセチルコリンによる膀胱平滑筋の収縮調節機構に着目しています。そこで、膀胱平滑筋には、どのようなイオンチャネルが発現していて、それらがどのようにアセチルコリンによる収縮調節に関与しているのかについて検討しています。

膀胱の機能異常による病気の一つに過活動膀胱とよばれる病気があります。この病気では、膀胱に十分に尿がたまる前に排尿が起こってしまいます。そのため、我慢できないような尿意を急に感じたり、頻尿、尿失禁といった症状がおこります。過活動膀胱は膀胱の機能を調節するメカニズムのどこかに異常が生じることで起こります。例えば、脳の病気、前立腺肥大による尿道の圧迫、加齢に伴う膀胱機能変化などがありますが、明らかな原因がよくわからないものもあります。当研究室では、過活動膀胱の病態を解明することを目的として、この病気のモデル動物を用いた研究にも着手しています。

主な実験手法

特定のたんぱく質とだけ結合できる抗体という物質を細胞や組織に作用させます。抗体にあらかじめ蛍光物質をくっつけておくなどの方法により、抗体が結合したところを検出することができます。受容体やイオンチャネルなどに対する抗体を用いることにより、どの細胞にどのような受容体やイオンチャネルが発現しているのかを調べることができます。

人工栄養液(体内環境を模倣した液体)で満たしたガラス管中に腸管や膀胱標本を糸で吊り下げます。一方の糸はガラス管の底部に、もう一方の糸は張力トランスデューサーとよばれる機械に接続します。腸管や膀胱標本が収縮したり弛緩したりすると、糸にかかる張力が変化します。この張力変化をトランスデューサーが感知することにより、標本の収縮や弛緩反応を測定することができます。標本に、受容体やイオンチャネルを活性化させる薬や阻害させる薬を作用させた時の収縮反応や弛緩反応を記録します。

イオンチャネルが開くとイオンが細胞内から細胞外、もしくは細胞外から細胞内へと移動します。このとき、電流が流れます。細胞に電極を刺して、この電流を測定することにより、イオンチャネルがどれくらい開いているのかをリアルタイムで測定することができます。腸管や膀胱から平滑筋細胞などの細胞を単離し、受容体やイオンチャネルを活性化させる薬や阻害させる薬を作用させた時の電流変化を記録します。

共同研究先