ところで、コケの同定をしようとした人なら、必ず経験しただろう。教育社や平凡社の図鑑に載っている検索表は、難解だ。とっつきが悪い。
例えば、Orthotrichumを調べようとして検索表を見ると、最初に「気孔が表生か沈生か」と聞かれる。採集した標本に蒴がついていなければ、これで一巻の終わりだ。一歩も前に進めない。
検索表の枝分かれを追いかけてゆくと、途中で何度も袋小路に入ってしまったり、○なのかXなのか判別に迷う時が多い。ここで、大きく道を逸れてしまう。
更に、均茶庵のようにお歳を召すと、コケの特徴をいくら覚えても、翌朝目が覚めると全て先生にお返ししている。何も記憶に残っていない。
認知症に限りなく近づいても使える検索表は、ないだろうか。
頭を使わなくても、機械的に同定できる方法があれば良い。例えば、標本を見て、はっきりした特徴を幾つか取り出し、それを比べるだけで、候補のコケを2~3種に絞れるだけで良い。つまり、当りをつける。その後は、図鑑の細かい表記と照らし合わせて、最後の1種にたどり着くまで頭を捻れば良い。
① 一見しただけで間違いようのないコケの特徴を、縦横の表にする(マトリックス)。そして、縦横に合致するコケに色鉛筆で印しを付ける。同定候補だ。
② 図鑑を見なくても、科できれば属レベルまでは、何とか分るように勉強する。それ程難しくないだろう。しかし、どうしても駄目な時の用意に、助け船を用意しておく。例えば、「パピラが一列に並んでいる科・属」は何。「中肋が無い科・属」は何。候補の数は、当然多くなるが、当りを付ける手助けにはなる。「基本分類」あるいは、「あると便利な分類」と呼ぶ。野口先生も、1976年発行の『日本産蘚類概説』で、同じ様な表を作られている。
③ 科→属→種と、①の要領でこの作業を進める。そして最後には、図鑑の詳細な記述と写真・図版を照合して、種を決定する。それでも候補が幾つか残ってしまった場合には、先生に泣きつく。 とても大切な事だ。
④ マトリックスと同時に、特徴別の図版の対照表も作成しておいて、見ただけで当たりが着き易くしておく。
⑤ 均茶庵は、専らPictBearを使って色鉛筆書きをしている。ペイントを使っても、他のソフトでも全く構わない。均茶庵は、合致には□赤、不一致には□青、不明・疑問には□黄を使っている。
⑥ 「コケ名称総目録(注)」 に、神奈川県内で生育が確認されている種を、注記している。つまり、「注記のない種は、神奈川県内には、多分なさそうだ。」
( 注)「神奈川県産コケ植物チェックリスト(2019年版)」及びその後に発表された論文による。
詳細の均索表に入る前に、大雑把な例を挙げてみよう。例えば、枝先が鞭糸状になっている標本を見つけたとする。
→末尾の図を参照
0.1⑤『特殊な形状を取る属』を見る。
→「茎(枝)の先が鞭糸状になっている」該当するのは13属(種)しかない。 色鉛筆で印しをする。
→次に、「中肋が一本」該当するのは、10属(種)しかない。同様。
→次に、「パピラが1つある」該当するのは、2属(種)しかない。同様。
これで、候補は大体決まった。
この流れをフローチャートにして、PCで完全に検索できるようにもできる。しかし、それでは全く頭を使わなくなってしまう。まるで面白味がなくなってしまう。悩むのが同定の醍醐味だ。それに、完全にPC化してしまうと、野外に出て実際のコケを見ても、まるで見当がつかなくなってしまう。ここは、敢えて不便を残すこととした。幸いに、均茶庵には時間だけが余る程ある。
作成: 181213