人はいろいろなタイミングで「はじめて」に遭遇します。そばで暮らしている孫のSくん(小学校1年生)が3歳の頃、「はじめてのフライト」を体験した時の出来事をお話しします。 旅に出かけるのはパパと自分、おばちゃんとおばあちゃん(つまり私)の4人です。弟が生まれたばかりで、ママは赤ちゃんと一緒にお留守番です。
大好きなママと離れて3日も過ごせるかしらと心配していましたが、ニャンニャンと呼んでいるパンダのぬいぐるみと、モフモフと呼んでいるお気に入りのタオルケットと一緒だから大丈夫!と自信たっぷりな様子でした。
行きの飛行機では、苦手なシートベルトも「もっとキツくして」というほどの順応ぶりでした。
機内でいただいた飛行機のプラモデルを組み立てたり、アップルジュースを飲んだりしている内に、目的地が近づいてきました。
全てが順調に進んでいると思ったその時です。Sくんが不安を口にしたのは。「火事になったらどうする?」と。どうやら着陸の時に火事になることを心配しているようです。
周りにいる大人たちが、そんなことにはならないから大丈夫!と伝えても不安は一向に消えません。火事になることを心配し続けるSくんを見て、パパが教えてくれたのが次のことでした。
乗り物が大好きなSくんは普段からいろいろな乗り物のおもちゃで遊んでいました。線路や車庫を作り、それらを組み合わせて街を作って遊んでいました。
そうやって作り出した世界の中で繰り返し楽しんだのが「火事を消す遊び」だったのです。
飛行機が空港に着陸しようとすると「火事です!」という知らせがあり、消防自動車が出動します。消防自動車はたちまち火事を消して飛行機は無事に着陸!それがSくんのお気に入りの遊びだったのです。
繰り返し楽しんだ飛行機遊びのイメージと、自分が体験している現実が重なって、「火事になったらどうなる?」という不安がふくらんだのでしょうか。
「火事は起こらないから大丈夫だよ!」とSくんに繰り返し伝えながら、「不安」というものは私たちのすぐそばにあるというイメージが浮かびました。
私にとっての「はじめてのフライト」は大人になってからでしたが、「飛行機が落ちたらどうなる?」という不安は心の底にあって、離着陸の時には無事を祈りつつ、全身に力を入れている私がいます。「火事になったら?」と心配するSくんの声を聞きながら、自分もまた「離着陸に失敗したら?」という心配を心密かに抱いていることを自覚したのでした。
不安を抱きつつその時を過ごし、大丈夫だったと安堵する。心配と安堵の繰り返しを経験する中で「だいたい大丈夫」と思えるようになる。それが人間なのでしょうね。