Global corporate income tax competition,

 knowledge spillover, and growth

法人税の租税競争という話を聞いたことがあるでしょうか。法人税とは企業利潤にかかる税のことですが、その税率設定を巡って近年では諸国が競争状態にあり、現代の経済政策でとても重要な論点になっています。まず状況を確認します。図1をご覧ください。これは法人税率の各地域平均の推移です。明らかな低下傾向ですね。各国が法人税率の引き下げを繰り返しているからです。しかし、それが何か問題なのでしょうか。

図1

Corporate Tax around the World 2021 よりデータ取得

まずは法人税の機能から背景を考えてみましょう。法人税が高いと企業にとっては負担となりますので、それが理由で投資を手控えたり、新規参入の障壁になったりするでしょう。一方、法人税収は税収全体の10%-20%程度を占めるため、それなりには重要な財源です。これが極端に減れば、公共投資・公共サービスが減少します。したがって、法人税率の選択にはトレード・オフがあるわけですが、「法人税率が高すぎるから引き下げるべきだ」という主張がしばらくは支配的で、グラフのような単調低下につながっています。何故そうした一方的な動向なのでしょうか。背景には、経済のグローバル化があります。現代の企業は積極的に国境を越え経営的に好都合な国に立地しますが、法人税率の水準が立地選択に対してとても重要な要素になるのです(低税率が好まれる傾向)。また国にとっては、多くの企業が立地してくれることで資金・人材・情報が集積し経済成長することができるため、法人税率を低めにして企業を呼び込もうとします。特に知識産業が重要となる現代では、この側面が強調され、各国が競って法人税率を引き下げ合っているのです。

先に述べたように法人税は重要な税収ですから、税率を下げすぎて税収が減りすぎるのは良くないかもしれません。しかし、我先にと競争を展開すると、全体で協調すれば守れそうな適正水準を個々の国では守れず、過小な税率になる恐れがあります。実際に見られる法人税率の急降下は、その可能性を感じさせます。では、実際のところ、法人税の租税競争は大きな社会的損失を生んでいるのでしょうか。今回の研究は、この問題を理論的に分析しています。

理論モデルの概要は次の通りです。モデル構築にあたり、実証的に知られた現代経済の特徴をいくつか考慮します。企業は自由に立地選択し、統合された金融市場でお金も自由に国境を越え、企業の集積によって知識が国内外どちらからも伝わっていきます(知識のスピルオーバー)。実際、経済活動の国際化(金融市場の開放度)を示すChinn-Ito Index という指標があるのですが、その動きは図2の通りです。世界的に1990年代から急激なグローバル化が進んでいるのが分かります。以上に加えて、企業が法人税率のみならずインフラ水準に依存する操業時の生産性も計算に入れます。企業の目的は利潤の最大化なので、これも無視できない要素なのです。これらを考慮した国際経済モデルで、企業の参入が知識を生み出し経済成長していく状況を描写します。のような舞台で、各国の政府競争的に法人税率を選ぶ戦略的状況を分析します。このとき、政府が経済成長率を最大化する場合と社会厚生(家計の消費水準で決まる)を最大化する場合の両方を考えます。さらに、全体最適が実現する法人税率を各国が協調して設定する仮想的な問題を解き(協調解といいます)、その場合と比較することで競争による社会厚生の損失を評価します。

得られた結果は次の通りです。

なぜでしょう。生産的公共支出(インフラ整備や公務員のサービス提供と考えてください)に法人税収が使われるので、企業にとって租税負担とビジネス環境整備の間で最適となる税率が存在します。もちろん、これは政府間の競争の有無とは関係ない水準です。もし政府がその水準を選べば自国の企業シェアが大きくなり、スピルオーバー効果が強まって経済成長率が最大化されます(結果1)。言い換えれば、政府の目的が成長率最大化であれば、競争しても問題ないということです。この背景には、金融市場が統合されていると企業が立地をどう選んでも企業に投資したときのリターン(経済成長率と同等!)が結局同じになるように資金が流れることがあります。

一方、長期的な視野に立てば経済成長率を高くすることと消費水準を高くすること(=厚生を高くすること)はほとんど同じです。つまり、政府が厚生最大化を目的としても、経済成長率を最大化する税率から大きく離れた税率を選ぶことはありません。したがって、結果1より競争しても経済成長は損なわれないので、厚生最大化を目的に租税競争しても大した厚生損失を生まないことになります(結果2)。

実際、先進諸国のデータに合わせて理論モデルのパラメータ値を調整すると、社会的に最適な税率と租税競争によって選ばれる税率は0.5%の違いしかありません。経済成長率も0.06%しか違いません。厚生損失の大きさは競争することで失われる消費の割合で測るのですが、これも0.1%です。もちろん理論モデルは現実を極めて簡単化したものですから、いくつかの拡張モデルで近い結果を確認したものの、こ数字は留保付きです。

また、簡単な統計分析もしています。先進諸国のデータから、経済成長率に対して法人税率が負のインパクトを持つことが分かりました。これは各国には租税競争によって税率引き下げをおこなう誘因があることを示しています。しかし、市場開放度(Chinn-Ito Index)が大きいほど法人税率引き下げの成長促進効果は弱くなることも同時に分かりました。図2から分かるように、現在に向かって市場開放度が上がっていく過程で法人税の租税競争は各国にとって魅力的でなくなるということですね。実際、図1のように、近年では租税競争が収束しつつあります。

今回の分析結果は、2021年10月末に結ばれた国際課税に関する歴史的合意との関係が深いと思われます。この合意は、大雑把にいえば法人税について15%という共通の最低税率を導入するというものです。これは国際企業による租税回避への対応という少し違う動機を持っていますが、もし各国にとって租税競争が十分に魅力的な状況であれば、恐らくこのように協調することは難しかったと思われます。つまり、協調可能であるのは、租税競争に旨みがなくなってきたからだということです。これに経済活動のグローバル化が一役買ったのではないかというのが今回の議論です。