Debt policy rules in an open economy

掲載日 :2018年3月18日

公的部門債務残高の動き(対GDP比の%表示,IMFウェブサイトのデータセットより作成)

政府債務問題が取沙汰される欧州の国をいくつか選び,日本と合わせて,政府債務残高の対GDP比の動向を可視化してみました.すごい数字ですね.特に日本は突っ切っています.ギリシャが現実に財政破綻し,欧州諸国の一部に財政危機の可能性が指摘されたことで,政府債務蓄積の問題は世界的に注目されました.しかし,果たして政府債務残高が大きいということ自体が財政危機の決定的要因となるのでしょうか.少なくとも日本は最も問題のありそうな国ですが,直ちに財政危機に陥る気配はありません.このような食い違いは一体どこから来るのでしょうか.

最も端的な答えは,「借金が多い国家かどうか」でしょう.日本は世界最大の債権国として知られており,海外との貸借の差し引きを示す対外純資産残高が2017年10月時点で350兆円程度あります.つまり,日本の政府は多額の借金を抱えていますが,日本という国家が対外的には最大規模の貸手となっているのです(日本では国債・国庫短期証券の90%近くが国内の非政府部門に保有されており,政府は債務だらけでも主要な債権者は国内にいます).こうした事情の国では,海外からの借入が多い国と比較して,多額の政府債務を抱えても急には財政的信用が崩れません.現実に日本はまだ財政危機となっていませんね.つまり,財政再建の問題を考えるうえでは国際金融の視点が意味を持つと考えられます.今回の研究では,そうした問題意識から出発し,財政再建の仕方がマクロ経済に対して与える影響について国際金融の構造を前提にして分析しました.

ところで,現実の制度的枠組はどうなっているのでしょうか.債務を蓄積しがちな財政運営に対して,欧州が手をこまねいていたわけではありません.1993年に結ばれたマーストリヒト条約では,EU加盟国は財政赤字の対GDP比を3%以内に,政府債務残高の対GDP比を60%以内に収めていく旨が了承されています.また,2013年の 安定と成長協定 (stability and growth pact) によれば,政府債務残高の対GDP比が60%を超える場合は超過分のうち5%を毎年縮めていくような公債発行ルールを遵守するよう決められました(「財政赤字」は一年限りのフローの値であり「債務残高」は累積したストックの値であることに注意!).つまり,政府債務が過剰な国では

政府債務残高の対GDP比の変化分 = −0.05 × (現在の政府債務残高の対GDP比 − 0.6)

となるような財政運営が求められたわけです.この特殊な財政政策ルールがマクロ経済の変動にどんな影響を与えるか,理論家としては興味を持って当然の問題です.そこで,財政再建の仕方として上記のようなルールをマクロ経済モデルに組込んで理論分析しました.

今回の研究と深く関係する既存研究としては,まずFutagami et al. (2008) が挙げられます.Futagami et al. (2008) は,上記のような財政再建の方法について最初に分析した理論研究です.また,Maebayashi et al. (2017) は,より一層現実的な設定のもとで上記の財政政策ルールの役割を分析しています.しかし,これらの研究は資金の貸借を国際的に行なう構造を捉えておらず,冒頭で述べたような問題意識に沿うものではありません.それならば,ということで,今回の研究では Maebayashi et al. (2017) を参考にし,国際金融の構造を導入して,望ましい公債発行ルールのデザインを考えてみたわけです.

具体的には,内生的成長モデルと呼ばれる経済成長モデルを構築することにより,次のような結果を得ています.

  1. 経済の持続可能性を保証するには,増税ではなく歳出削減で政府債務残高の圧縮を行なう必要がある.

  2. 経済変動の安定化を図るため,政府債務残高の長期目標値は十分低く設定するべきである.

  3. 国際金融市場で金利が高い(低い)ときには,政府債務残高の調整速度をより速く(遅く)させることで社会厚生を改善できる.

財政再建について語るときには,増税と歳出削減のどちらを選ぶべきかが論点になることがよくありますが,これは現実の運営方針に直結する重要な点ですね.1.の結果は,それに対して一つの解答を示しています.また,2.の結果にも意味があります.そもそも欧州型ルールでなぜ60%が長期目標値なのかは決定的な根拠がないという問題があるので,長期目標値の水準が果たす役割を理解する必要があるからです.また,長期目標値に向かう調整速度が持つ意味もルールを構成するうえで大事ですね.それを社会厚生の観点から示しているのが3.だと言えます.なお,欧州各国のマクロ経済データをもとにして,2.に述べた十分低いと見なせる基準値をモデルから計算したところ,ほとんどの国に対して60%という長期目標値は高すぎる(安定化を阻害する可能性がある)ということも分かりました.

いかがでしょうか.政府債務の蓄積については,今すぐにとは言えませんが,日本でも「対岸の火事」で済ませられない事態になるかもしれません.もし少しでも興味を持って頂けたら,下記の出典に示した原論文に当たってみてください.また,邦語の文献も存在します.参考文献に挙げた盛本(2015)は,欧州型公債発行ルールとマクロ経済動学に関する既存研究を整理し,今後の展望について述べています.

出典:Morimoto, K., Hori, T., Maebayashi, N., Futagami, K. (2017) "Debt Policy Rules in an Open Economy," Journal of Public Economic Theory 19 (1), pp. 158-177.

この論文に関する詳しい情報は こちら をご覧下さい.

参考文献

  • Futagami, K., Iwaisako, T., Ohdoi, R. (2008) "Debt Policy Rule, Productive Government Spending, and Multiple Growth Paths," Macroeconomic Dynamics 12(04), pp. 445-462.

  • Maebayashi, N., Hori, T., Futagami, K. (2017) "Dynamic Analysis of Reduction in Public Debt in an Endogenous Growth Model with Public Capital," Macroeconomic Dynamics 21(06), pp. 1454-1483.

  • 盛本圭一「公債発行ルールとマクロ経済動学」,2015年8月,『数理経済学の源流と展開』,pp.295-316,慶應義塾大学出版会.