Ambiguity in a pandemic recession, asset prices, and lockdown policy.

COVID-19は、人々の健康に加えて、経済にも大災害といえる影響を与えました。実際、2020年は英国で10%、日本で5%、米国で3.5%のGDP減少が観察され、まさに経済活動の低迷が起きたといえます(GDPは通常なら平均的に1~2%成長するため、数%程度の減少でも十分にインパクトがあります)。では、COVID-19のようなパンデミックは、自然災害や戦争といった他の大災害と同じように考えてよいのでしょうか。実は、違う点があります。

特徴的なのは株価です。COVID-19が始まった2020年1月から2021年1月までの間、米国では24%、日本では12%だけ平均株価が高騰しています。通常、不況になると株価は下がる傾向にあるため、これは少し不思議ですね。また、調子の良いセクターと悪いセクターがあることも特徴的です。米国では株価上昇が起きたセクターの平均上昇率は40%、日本でそれは25%だったのに対し、そうでないセクターでは株価が回復しない状況が両国で続きました。もちろん、パンデミックによる自主規制的な経済活動の抑制(広い意味でのロックダウン)があったからです。よく知られているように、パンデミック下では日常生活に必要不可欠な経済活動以外は多かれ少なかれ抑制され、テレワークやオンライン授業の導入など人々の生活形態も大きく変化しました。これにより、経済全体のパフォーマンスが低下しただけでなく、情報産業など経済活動が活発なセクターとそうでないセクターにくっきりとした違いが出ました。では、それは経済厚生とどんな関係があるでしょうか。


今回、私たちは、上記のようなパンデミックによる一見不思議な株価の動きとその経済厚生に関する研究をおこないました。その際、次の点に注目しました。一つは、新型ウイルスの感染拡大という知見の乏しい事態によって、経済的な不確実性が大きく上昇し、将来予測の困難な状況に直面したことです。実際、VIXという投資家にとっての不確実性の大きさを測る指標は、COVID-19発生時に一気に高まり、その後も発生前と比べて5割増しの状況が続きました。株式の売買をする投資家は、この変化を汲み取って行動したはずです。もう一つの着眼点は、上記のようにセクター間の違いがあるため、異なるセクターで働く労働者はまったく違う影響を受けていることです。さらに、こうしたCOVID-19の経済的影響は、政府のロックダウン政策に左右されるので、そこも考慮しなくてはなりません。

このような動機から、私たちは次のような経済モデルを作成しました。 

このモデルを用いて分析した結果、下記のような結果が得られました。

(1)まず、資本家の曖昧さ回避行動により、パンデミック不況下で平均株価が高騰します。理由は次の通りです。パンデミック不況によって将来の株式配当が減少する分だけ株価が下落するという常識的な効果があるものの、その状況が長く続くと悲観的に構えている投資家は将来の所得減少による消費の下落に備えてむしろ積極的に貯蓄しようとします。すると、資産需要が増えて逆に株価が高騰してしまうのです。

(2)パンデミック下では、セクター間で需要の偏りが出るため、株価が上がるセクターAと下がるセクターBが共存します。同時に、ロックダウンの程度によって、(1)のメカニズムで現実に見られたような平均株価の上昇というパターンを描くことができます。

(3)消費については、追い風セクターAと被害セクターBによって、労働者の受ける経済損失が非対称になります。ロックダウン政策を強めれば、資本家にパンデミックによる経済被害の短期化を期待させる一方で需要の偏りを強める効果があるため、中間的なロックダウン政策がセクターB労働者の損失を最も軽くします。そのため、ロックダウンによる損害を受けやすいセクターB労働者の損失が増え始める手前でロックダウン強化を止めると、他の家計も含めた社会全体にとって効率的な状況となります(資本家やセクターA労働者もロックダウンで損はしません)。

  

パンデミックと経済活動に関する研究では、まだそれほど十分な知見が得られていません。しかし、私たちは、いつかまた同じような問題に直面するはずです。COVID-19への関心が少しずつ薄れてくるとは思いますが、それを真摯に研究することは、一時的な話題性の範囲を超えて、未来の政策対応に有効な指針を与えてくれます。

Morimoto, K., Suzuki, S., 2022, "Ambiguity in a pandemic recession, asset prices, and lockdown policy," Journal of Public Economic Theory, 24(5), pp. 1039-1070. DOI: 10.1111/jpet.12591

※データの出処:S&P高成長セクター:S&P500指数を構成する11セクターのうちInformation Technology, Consumer Discretionary, and Communication Servicesの3セクターの平均、S&P低成長セクター:S&P500指数を構成する11セクターのうちHealth Care, Financials, Industrials, Consumer Staples, Energy, Utilities, Real Estate, and Materialsの8セクターの平均。S&P全体:S&P500指数。VIX指数(正式名称:シカゴ・ボード・オプション取引所のCBOEボラティリティ・インデックス)。2019年12月に中国で最初の感染が確認されたため、2019年12月11日の値を100として基準化。

出所: S&P500指数およびセクターごとの株価指数はWall Street Journal website (https://www.wsj.com/market-data)を参照. VIX指数はセントルイス連銀のサイト(FRED;  (https://fred.stlouisfed.org/series/VIXCLS)を参照。


この研究実施にあたり、次の助成を受けました。科学研究費補助金 (基盤研究(C))課題番号21K01450研究代表者鈴木史馬、科学研究費補助金 (基盤研究(C))・課題番号21K01450・研究代表者=盛本圭一



※ 本ページのコンテンツは、共著者の鈴木史馬氏(成蹊大学)と共同で作成しました。