1.花粉管誘引因子の同定および進化多様性の解明
被子植物が受精するためには、様々な過程があります。まず、雄しべの葯でつくられた花粉が、雌しべの柱頭に付着します。花粉は柱頭で発芽して、花粉管という管状の細胞が発芽します。花粉管は雌しべの内部に進入し、胚珠へと向かっていきます。花粉管は胚珠に到着するとそこで破裂し、2つの精細胞を放出します。精細胞は、胚珠にある卵細胞・中央細胞と受精し、それぞれ胚と胚乳を形成します。
花粉管はどのようにして胚珠に到達するのでしょう?古くは、雌しべの中に線路のような通り道があって花粉管はそこを通っていくのだという説や、胚珠から何か物質が分泌されて花粉管を誘引しているのだという説など、様々な説が提唱されていました。私の前任地の名古屋大学では、東山哲也教授(現:東京大学大学院理学系研究科)を中心としたグループの研究により、この謎の解明に取り組んでいました。そして、胚珠の中にある助細胞という細胞から、花粉管を誘引するタンパク質が分泌されていることを突き止め、LURE(ルアー)と名付けました。
LUREはトレニア(Torenia fournieri)という植物で最初に発見されました。その後、シロイヌナズナでもLUREが報告されています。トレニアとシロイヌナズナのLUREはどちらも花粉管を誘引するタンパク質なのに、そのアミノ酸配列は大きく異なっていました。この配列の違いが、同種の花粉管だけを誘引することに機能しているのではないかと考えられています。それではその他の植物の花粉管誘引因子はどのような配列なのでしょうか?花粉管誘引因子として機能するために必要な、共通の配列や構造はあるのでしょうか?私たちはそれを明らかにしようと、様々な植物で花粉管誘引因子を探索しています。
LUREタンパク質が花粉管を誘引できるのは数十マイクロメートルほどの短い距離です。花粉管はそれよりも長い距離を伸長するので、LURE以外の誘引因子も存在するのではないかと考えられています。私たちは、トレニアを用いて、長距離の花粉管誘引を調べるアッセイ系を構築しました。このアッセイ系を用いたスクリーニングにより、長距離花粉管誘引因子の候補としてCALL1タンパク質を発見しました。CALL1はLUREとは異なる特徴をもつ、ユニークなタンパク質です。現在、CALL1の性質について詳細に調べています。
左:花粉管の挙動を解析するために開発したマイクロ流路装置
右:マイクロ流路装置の内部を、上部から伸長してきた花粉管は、胚珠の入っている左の方へと誘引される
2.花粉の模様形成機構の解明
植物の花粉には種によって特徴的な模様が存在します。花粉の模様を作る物質はとても頑丈で、そのため大昔の地層に含まれる花粉の化石を調べることでその地域の植生や気候などが分かるほどです。それでは花粉の模様はどのようにしてつくられるのでしょうか?
シロイヌナズナの花粉は通常ラグビーボールのような形をしていて、表面には網目状の模様が存在します。私たちは突然変異誘発剤で処理したシロイヌナズナのなかから、花粉の模様が異常になっている個体を見つけ、金平糖のような花粉の形をしていることからその変異体をkomepito (kom) と名付けました。原因遺伝子であるKOMはショウジョウバエのRhomboidというタンパク質と似たタンパク質をコードしていました。ショウジョウバエのRhomboidタンパク質は、特定のタンパク質を切断するプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)ですが、KOMではプロテアーゼ活性に必要な部位は保存されていなく、活性もありませんでした。現在、KOMタンパク質が花粉の模様形成においてどのような機能をはたしているのかを調べています。
左:シロイヌナズナ野生型の花粉の走査型電子顕微鏡像
右:kom 変異体の花粉
3.ゲノム編集技術を用いた品種改良の試み
ゲノム編集は生物の染色体を任意の場所で切断して塩基を欠失させたり、DNA断片を特定の部位に挿入させたりすることができる技術です。ゲノム編集による塩基の欠失では、染色体の特定の部位にのみ欠失がおこり、遺伝子組み換え操作のように外来のDNAが同時に挿入されることはありません。染色体上の数塩基の欠失は自然界でも普通に起こりうることです。そのため、ゲノム編集技術による品種改良は、厳しい基準で安全性が確認され、基準を満たしていると判断されれば、食品として流通することも可能です。
私たちはゲノム編集技術を利用して、これまでにない品種を創出することを試みています。
左:通常のトマト
右:ゲノム編集により種子が少なくなったトマト