日本陸水学会第89回札幌大会
日本陸水学会第89回札幌大会
2023年G7サミットでは,「気候・エネルギー・環境大臣会合」が札幌で開催され,特に気候変動の加速化・激甚化する影響について強い懸念が出されました。北海道は河川,湖沼,湿原など陸水の宝庫であり,多様な生き物を育み,また,私たちの暮らしに欠かせない水資源をもたらしています。その一方で,近年,気温の上昇や雨・雪の変化に伴う水環境や生き物の変化が道内各地で報告されています。本シンポジウムでは,北海道の陸水域における水環境や生き物の変化等について,各分野の専門家から最新の研究成果も交えて報告するとともに,陸水域の保全に向けた課題等について議論します。本シンポジウムを通して,気候変動が陸水域に及ぼす影響について理解を深め,貴重な財産である陸水域の保全について考えるきっかけになれば幸いです。
2025年9月26日(金) 13:30-17:00 [13:00 開場]
北海道大学クラーク会館 講堂
〒060-0808 札幌市北区北8条西8丁目 (アクセス・館内マップ)
※駐車場は用意しておりませんので,会場にお越しの際は公共の交通機関をご利用ください。どなたでもご参加いただけます
無料,事前申し込み不要
1)趣旨説明 木塚俊和(北海道立総合研究機構)
2)第1部 講演(13:35~16:15)
気候変動が北海道に及ぼす影響 ~陸水影響を中心に~ ………………………………………………………… 鈴木啓明(北海道立総合研究機構)
湖沼の水温環境と鉛直循環から見た気候変動の影響について ~摩周湖や然別湖の水温観測結果から~ … 大八木英夫(南山大学)
阿寒湖のマリモは気候のカナリアか? …………………………………………………………………………… 尾山洋一(釧路市教育委員会)
北海道のサケ科魚類に対する気候変動の影響 …………………………………………………………………… 卜部浩一(北海道立総合研究機構)
タンチョウもイトウもすむ川へ! 石狩川流域の生態系ネットワークづくり ………………………………… 林田寿文(北海道開発局)
釧路湿原と再エネ開発 ~失われるキタサンショウウオの生息環境~ ………………………………………… 照井滋晴(環境把握推進ネットワーク-PEG)
3)第2部 パネルディスカッション(16:25~16:55)
パネリスト:講演者6名、コーディネーター:木塚俊和
4)閉会挨拶 占部城太郎(陸水学会会長)
○ 鈴木啓明(北海道立総合研究機構 エネルギー・環境・地質研究所 主査)
北海道の河川や湖沼,沿岸域は豊かな自然景観を形成し,水産資源を含む生物を育んでいる。また,北海道の陸水は農業・工業および生活用水として活用され,私たちの産業や生活を支えている。
近年の気温の上昇や,大雨や高温などの極端現象の増加に伴い,国内外で農業被害や自然災害などの影響が現れている。今後,さらなる気温の上昇,降水の極端化,海面水温や水位の上昇等により,道内の水域に様々な影響が及ぶことが予測される。具体的には,流量や水温の変化,結氷期間や融雪水量の変動,栄養塩や濁りの変化,河口域への塩水の侵入などが生じ,自然災害の増加や生態系,水質,水利用への影響が想定される。
このような影響の将来予測は,過去に蓄積された観測データの解析,物理則や統計的な関係に基づいて気象要素と水域の状態の関係を表現し,過去から将来にわたる気候変動に対する水域の応答を推定する研究に基づいている。一例として,発表者らが空知川上流域を対象に行った研究では,将来的に河川流量の極端化や水温上昇が予測されたが,水温変動が他の流域に比べ小さい火山岩分布域では,イトウのような冷水性魚類に適さない高水温を回避しやすいことが示された。
気候変動対策には,温室効果ガスの排出抑制等による「緩和」と,避けられない影響への備えである「適応」がある。気候変動の影響予測に関する研究は,治水対策や生態系保全策の見直しを含めた適応策の検討に活用可能である。
○ 大八木英夫(南山大学 総合政策学部 教授)
湖沼の結氷現象は,気候変動の影響を強く受けやすく,その解析にあたっては地域特性を考慮しつつ,全面結氷の有無やそれに伴う熱特性を明らかにすることが重要である。湖沼の結氷現象に関しては,特に温暖化の進行により,結氷期間の短縮や部分結氷の頻度の増加が世界各地で報告されており,それに伴う湖沼の水環境変化を,水質変化や生態系への影響といった化学的・生物学的な側面から総合的に議論することが喫緊の課題となっている。
摩周湖では,目視や実地調査などに基づく結氷記録が残されており,たとえば1974~1976年には全面結氷がみられなかった一方,1977~1988年には全面結氷が生じ,さらに1989~1993年には再び全面結氷に至らない年があるなど,全面結氷の有無が変動してきたことが報告されている。このように摩周湖は,比較的短い期間で全面結氷と部分的結氷が年によって異なる特徴をもち,温暖化の影響を反映する湖の一つと位置づけることができる。
本発表では,温帯カルデラ湖である摩周湖を対象に,冬季の全面結氷時と部分結氷時における水温構造の違いを比較・検討する。さらに,全面結氷の有無によって特徴的に現れる水温特性を明らかにし,湖沼の保全や水資源管理の観点から,陸水域をモニタリングし続けることの重要性を指摘し,温暖化に直面する地域社会や生態系にとっての課題を共有する。
○ 尾山洋一(釧路市教育委員会 生涯学習部 マリモ研究室次長)
「気候のカナリア」とは,昔,炭鉱で一酸化炭素ガスを検知するために人間よりもガスの毒性に敏感なカナリアを連れて行ったことから,危険の前兆を予知するという意味で使われている「炭鉱のカナリア」という言葉に由来する新造語で,気候変動の初期兆候を示す存在として使われています。例えば,氷上の生活に依存しているホッキョクグマや,海水温の上昇や酸性化によって白化現象を起こすサンゴ礁,あるいは海面上昇に脅かされる島国や沿岸地域なども「気候のカナリア」と呼ばれます。
阿寒湖のマリモは15年ほど前から破損が目立つようになりました。釧路市教育委員会では原因究明のため大学や国の機関と共同で調査を行っており,その原因の一つとして,現在,気候変動の影響が注目されています。マリモは地理的に北半球の高緯度地方に分布していることからも,比較的寒冷な気候を好む生物であることが分かっています。壊れたマリモたちは「気候変動をこれ以上放置するともっと深刻な事態になる」と警告してくれているのでしょうか。本講演では,マリモの生理生態や構造などの特徴から,気候変動によってマリモがどのような影響を受けるのかをお話しします。また,マリモ生育地の自然環境を適切に管理・活用し,気候変動への適応を促すための具体策について紹介します。
○ 卜部浩一(北海道立総合研究機構 さけます・内水面水産試験場 研究主幹)
近年,北海道内の河川では,気候変動の影響により融雪出水期の早期化・短期化が観測されている。北海道に生息するサケ科魚類の代表種であるサケ(シロザケ)は秋に産卵し,翌春の融雪出水期に降海するため,融雪出水が早期化し,サケが卵や仔魚として産卵床内に留まっている浮上前の時期に増水すると,産卵床の掘り返しや土砂への埋没(河床攪乱)が生じ,生残率が低下するリスクが高まる。また,サケは浮上後,融雪出水により生じる氾濫原水域(平水時には水面上に露出している場所が増水により水没することで形成される緩流域)を生息場所として利用するため,出水期の短期化は氾濫原水域が形成される期間の短縮をもたらすことで稚魚期の生残率低下にも影響する。北海道のサケ科魚類の中には降海しない種もあるが,全ての在来サケ科魚類(イトウは例外)は秋に産卵し,幼稚魚期を氾濫原水域で過ごすという点で共通している。このため,気候変動により生じる融雪出水期の早期化は,生活史初期における環境とのミスマッチングをもたらし,北海道のサケ科魚類の存続に深刻な影響を及ぼす可能性がある。一方,近年多発・激甚化する豪雨水害対策として流下能力の向上を目的とした河川整備が進められている。こうした対策は,融雪出水期における河床攪乱を緩和するとともに,氾濫原水域の拡大を促す効果も期待されることから,気候変動下におけるサケ科魚類の保全策との親和性が高い適応策として注目される。本発表では,サケ科魚類の保全に資する河川整備手法を検討することを目的に開始した研究プロジェクトの概要とその実施状況についてご紹介する。
○ 林田寿文(北海道開発局 札幌開発建設部 流域治水対策専門官)
石狩川流域では,令和5年度に「石狩川流域生態系ネットワーク推進協議会」が設立され,生物多様性と自然資源を未来へ活かす流域連携の取組が本格的に始動した。同協議会は全体構想の策定や情報発信を担い,地域の多様な主体を結集する包括的な役割を果たすとともに、タンチョウやイトウといった「シンボル種」をテーマにした個別協議会と協働し,流域全体へと広がる仕組みを醸成している。
千歳川流域では,令和2年までに6箇所の遊水地が整備され,洪水調節機能に加え,多様な生物の生息地として機能している。特に舞鶴遊水地(長沼町)では6年連続でタンチョウのヒナが誕生し,治水施設が生態系を育むことを実証した。この成果は「タンチョウと共存できる流域づくり協議会」(平成28年度設立,令和6年度改組)へとつながり,人と自然の共生を推進している。さらに令和7年度には,イトウが生息する空知川や雨竜川の上流域等を対象に「イトウも棲めるまちづくり推進協議会」が設立された。イトウは北海道を代表する希少な回遊魚であり,河川の連続性や河川環境の健全性を示す指標種である。同協議会は,生態系ネットワークの再生と,イトウを旗印とした持続可能な地域づくりを目指している。このように北海道開発局では,「石狩川流域生態系ネットワーク推進協議会」を中核に,各推進協議会が連携・協働することで,気候変動下においても自然環境と社会・経済の好循環を実現する流域全体の生態系ネットワーク形成を進めている。
○ 照井滋晴(NPO法人環境把握推進ネットワーク-PEG 理事長)
現在,釧路湿原域においても気候変動が生じている。例えば,平均気温や最低・最高気温などが上昇しており,その影響で湿原に生息するキタサンショウウオの繁殖時期が早期化してきている。しかし,気候変動による影響はそれだけではなく,降水などの気象パターンにも変化が生じてきている。無降水日数の増加や霧日数の減少,日降水量30mm,50mm以上といった大雨日数の増加といった変化が生じており,これらの変化は湿原の貯水量に影響を及ぼし,乾燥化を促進する可能性がある。キタサンショウウオは雨水や雪解け水に依存した湿原内の止水域で卵嚢期や幼生期を過ごす。そのため,降水パターンの変化によって生存可能な水量が維持されず,渇水によって死亡率が増加するといった悪影響が生じる可能性がある。このような影響を回避するためにも,気候変動の抑制や緩和の対策は急務である。その対策の一つとして,発電時に温室効果ガスをほとんど排出しない再生可能エネルギーの導入が必要不可欠であり,現在国の施策として進められている。それは,日本最大の湿原である釧路湿原を擁する市町村においても例外ではない。例えば,釧路市では,2014年に71件だった施設数が,2024年には631件と約9倍に増えている。それらの施設の中には,湿原環境を破壊する形で設置された施設も多数存在し,キタサンショウウオなどの野生生物の生息環境(生物多様性)と太陽光発電施設(気候変動対策)の間にトレードオフが生じている。