環境エンリッチメント
Environmental Enrichment
飼育動物のくらしを豊かにするための、あの手この手のくふう
日本モンキーセンターは2014年4月に公益財団法人化し、新しく生まれ変わりました。調査研究や保護・保全と並んで、「環境エンリッチメント」には特に力を入れて取り組んできました。
施設自体は狭くて古いものも多いですが、その中で、どうしたらよりどうぶつたちが幸せににくらせるのか、飼育担当者が考えた、できる限りのくふうを取り入れています。内容もさまざまで、樹木や廃材の消防ホースを利用してできるだけ複雑な空間をつくったり、土を敷いて植物を育てたり、食べ物の与え方を変えたり、群れのメンバーをあれこれ組み合わせたり・・・
ここでは日本モンキーセンターで行われたエンリッチメントの一部を紹介しています。園内を歩いて、実際にどんなエンリッチメントが行われているか、探してみてください。
環境エンリッチメントの取り組みを紹介した記事
ここには、特別展の内容の一部を掲載しています (一部改変) 。
特別展: 環境エンリッチメント展 どうぶつたちの幸せなくらし!
(終了) 2019年3月21日 - 9月1日
特別展「環境エンリッチメント展」は、「第14回国際環境エンリッチメント会議 (ICEE 2019 KYOTO) 」との連動企画として開催しました。「国際環境エンリッチメント会議」は、国際NPO組織であるSHAPE of Enrichmentがエンリッチメントの普及のために開催する国際会議です。1993年のオレゴン動物園(アメリカ)での開催を第1回目として、以後隔年で開かれています。
2019年6月22日ー26日に、日本初となる第14回目の会議を京都で開催しました。
Learning from the Wild: Animal Welfare, Conservation and Education in Harmony
1. 環境エンリッチメントとは? / 2. 環境エンリッチメントの目的 / 3. 動物福祉
4. 環境エンリッチメントの種類
動物たちがくらす環境を豊かにするためには、さまざまな方法が考えられます。5つの視点で考えるとよいでしょう。
採食エンリッチメント
野生動物の多くは、採食やそのための探索にたくさんの時間をかけています。しかし動物園では食物を与えられるため、採食時間が短くなってしまいがちです。
食物を隠す、食物の種類を増やす、与える回数を増やすなど、採食行動に関する視点から野生に近づけようとするのが「採食エンリッチメント」です。
例 アヌビスヒヒの落ち葉プール
落ち葉プールの中に隠された食物を時間をかけて探しながら採食します。採食時間が増えるだけでなく、見つける楽しさもあるのではないでしょうか。
例 消防ホースのフィーダー
食べ物を中に隠したものを「フィーダー」(給餌装置)とよびます。消防ホース、竹筒、塩ビ管、ペットボトル、木材に穴を開けたものなど動物に合わせてさまざまなものが利用されます。
感覚エンリッチメント
いわゆる「五感」を活かしたエンリッチメントです。
嗅覚のすぐれた動物に新しい匂いのついたものを与えたり、視覚のすぐれた動物の施設に見晴台を設置したりするなど、対象となる動物の感覚を活かしたエンリッチメントが「感覚エンリッチメント」です。
例 モンキースクランブルのクモザルの吊り橋
クモザルのなかまは野生でも遊動域内を高速で移動し見まわるような行動が知られています。モンキースクランブルの吊り橋は、彼らが行き来し周囲を眺めるのに最適です。
空間エンリッチメント
野生での生息環境を参考に、動物たちがくらしやすい空間づくりをおこないます。例えば樹上でくらす動物には高さのある空間を、水中も利用する動物には水場をつくる、などです。
飼育施設の設計段階から配慮することが望ましいですが、ロープやハンモックをつけるなど、手作りで工夫を加えることも大切です。
例 南米館やアフリカ館の消防ホース
昔ながらのアパート形式が残る南米館やアフリカ館では、限られた空間を動物たちが少しでも有効利用できるように、止まり木や消防ホースのハンモックなどをたくさん設置しています。
社会エンリッチメント
動物にも〈社会〉があります。社会性の高い動物は群れでくらすことで、毛づくろいやあいさつなど他個体と関わり合う行動が起こります。飼育下でも可能な限り野生に近い形での社会の再現を目指します。さらに、異なる種類の動物を同じ空間で飼育する「混合飼育」を適切な組み合わせでおこなうことでも、良好な社会的刺激を生じさせることができます。
例 テナガザルの異種ペアづくり
さまざまな理由から1頭だけでくらしていたテナガザルを、種は異なりますが同居させる取り組みをしています。ペアでのくらしができるようになりました。
認知エンリッチメント
特に学習能力の高い動物にとっては、頭をつかうこともエンリッチメントになります。野生では複雑な環境で暮らしていくためにさまざまなことを学習しますが、動物園の環境は単調になってしまいがちです。採食エンリッチメントと合わせて工夫しないと食べられない装置を作ったり、遊具を設置したりするなど、認知の面から環境を豊かにするのが「認知エンリッチメント」です。
例 アジア館のサルたちのタッチパネル課題
霊長類研究所のチンパンジーでおこなわれているようなタッチパネルをつかった認知課題を、アジア館のサルたちも挑戦しています。
5. ハズバンダリー・トレーニング
動物園でおこなう「トレーニング」というと、どんなことを想像するでしょうか?歴史的には、来園者を喜ばせるための演芸やパフォーマンスのためにトレーニングをおこなっていました。サーカスでのライオンの火の輪くぐりや猿回しのようなものです。次いで、イルカなどの海獣や大型のゾウなど扱いが難しい動物に対する「馴致」(飼育舎や飼育担当者およびその動作に慣れさせること)や「調教」(飼育担当者の指示どおりの行動をさせること)がなされてきました。
近年では、動物の健康管理を目的とした「ハズバンダリー・トレーニング」(受診動作訓練とも)がさかんにおこなわれています。動物の自発的な協力により、採血などの検査やケアを受診してもらうための訓練です。従来のトレーニングと異なる点は、動物の学習理論にもとづいて、飼育されるあらゆる動物に対しておこなわれることです。オペラント条件付けによる「正の強化」を原則としており、動物に与えるストレスは最小限になります。
エンリッチメントと手法は異なりますが、動物の苦痛をできるだけ減らし、心身の健康を維持しようとする点での目標は共通です。動物の日常生活に刺激を与え、認知能力を引き出し、さらに飼育担当者との社会的なつながりをもつ点などから、トレーニングはエンリッチメントの一部になり得るという考えもあります。いずれにしても、両方がバランスよく動物の飼育計画に組み込まれ、健康管理に機能せねばなりません。
アジルテナガザル(アジル♀)への、飼育担当者による注射麻酔。
歯の治療の必要があったため、ハズバンダリー・トレーニングによる注射の訓練を経て、麻酔をおこないました。動物と飼育担当者との良好な信頼関係が重要ですが、「誰がやっても同様にできる」ことが次の目標となります。
注射を打つために、金網の近くまで自分から寄ってきてもらうようトレーニングします
6. 環境エンリッチメントで重要なこと
エンリッチメントはまさに「あの手この手」でおこなわれますが、その実践にはいくつかの注意点もあります。以下のような事項に配慮しながら進めることが重要です。
ナチュラルヒストリーとライフヒストリー
対象とする動物種に特有の身体的特徴や行動パターン(ナチュラルヒストリー)を正確に理解し、適切なエンリッチメントを提供する必要があります。いっぽう、同じ種類の動物であっても、年齢や性別、生まれ育った環境、遺伝などによりそれぞれ違った個性(個体差)をもっています(ライフヒストリー)。エンリッチメントの効果や感じ方を個体ごとに見きわめることも重要なポイントです。
選択肢
どんなに効果のあるエンリッチメントでも、そればかりでは動物も飽きてしまうかもしれません。気分が乗らないときもあるでしょう。押しつけの“ハラスメント”にならないよう、動物が自分で好きなものや好きなタイミング、快適な場所を選べるような環境を提供することが大切です。
評価
実施したエンリッチメントが本当に「動物のため」になったかどうか、動物に聞くことはできません。そのため、そのエンリッチメントの効果について、動物の行動や健康状態・生理状態などから科学的・客観的に評価する必要があります。
継続
エンリッチメントは飼育管理業務の一つとして、ときに変化や改善をしつつ、動物にとって必要なことを生涯にわたって提供し続けるものでなければなりません。
以上のような注意点もふまえ体系的にエンリッチメントを実践する方法として、「SPIDER(スパイダー)モデル」が提唱されています(ビジネスで使われるPDCAサイクルと似ています)。クモが巣を張るように6つの段階をぐるぐる回りながら、飼育環境の向上を進めます。
(Disney's Animal Kingdom考案,Colahan & Breder 2003など)