令和8年(2026年)3月31日
新学術領域研究「生命金属科学」で評価委員を務めていただいた斎藤正男さんがお亡くなりになりました。令和元年(2019年)に生命金属科学研究が始まって以来、米谷隆・大村恒雄・長井潔・北川禎三の諸先生が世を去られ、斎藤さんの訃報はそれに続く悲しいニュースでした。時の流れの中では仕方のないこととはいえ、長井さんと斎藤さんは少し早すぎたと、残念でなりません。どの先生方も高い研究業績を上げられた有名な方々ですが、ここでは斎藤さんの研究人生に関して簡単に書いておきたいと考えました。ただし、私の記憶に頼りますので、不正確な部分もありますが、その点はお許しください。
斎藤さんは、大学紛争の影響で東大の入試がなかった年(1969年)に、阪大基礎工学部に入学されました。その後、森本英樹先生の研究室に所属されて、修士課程まで進まれました。森本研究室は、「生物物理」を創生した小谷正雄先生の流れの研究室で、当時は森本助教授、飯塚哲太郎・堀洋助手のスタッフだったと聞いています。修士課程を終了後は、アメリカのペンシルヴェニア大学ジョンソン研究所に移られて、米谷先生の研究室で研究されていました。アメリカ行きの詳しい事情を私は知りませんが、ヘモグロビン、特に鉄をコバルトに置換したヘモグロビンの研究などでPhDを取得されたと思います。その後、ミエロペルオキシダーゼの研究やヘムタンパク質・金属タンパク質のEPR研究などをされた後に、オハイオ州のCase-Weatern-Reserve大学に移られて、そこで教授になられらました。
私は、その頃、理研の飯塚哲太郎さんの研究室で研究員になっていましたが、斎藤さんは日本に帰って来られるたびに飯塚さんに会いにこられたので、そこで斎藤さんと知り合いになりました。私が1991~1992年にカリフォルニアのスタンフォード大学に留学していた時には、週末によく電話をかけてきてくださって、研究に関して色々と励ましていただきました。その後、Case-Western-Reserve大学の斎藤さんの研究室を訪問させていただいたこともありました。その後、東北大の多元物質科学研究所(当時は、反応化学研究所?)に教授として日本に戻って来られました。この帰国に前後して、斎藤さんのライフワークとなる、ヘム分解酵素であるヘムオキシゲナーゼHOの研究を開始されました。HOの構造だけでなく、反応中間体の電子状態解析を含めた構造機能研究で、HO反応の分子機構を確立されました。世界中の生物無機化学研究者から注目された研究です。
斎藤さんは研究だけでなく、世界中に幅広い人脈を持っておられました。そのことは、彼が国際生物無機化学学会の会長を務められたことからもご理解いただけるかと思います。斎藤さんは、生物無機化学の分野で、日本と世界を繋ぐ架け橋となられた方でした。生命金属科学の評価委員として、若手研究者とも交流を深めていただき、この分野にご理解いただけていただけに、今後の世界的な分野展開には欠かせない人材でした。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
令和7年(2025年)5月19日
私自身の事を書きます。
私は、研究開始からしばらくは金属を活性中心に含むタンパク質・酵素の構造と機能の関連を明らかにする研究を行っていました。一般的な化学・生化学・生物物理学手法と、SPring-8、SACLA、クライオ電子顕微鏡、時間分解分光測定などの最新鋭の測定・解析手法を組み合わせて、いくつかのインパクトのある研究成果を上げてきたつもりです。自画自賛ですが、いわゆる生物無機化学研究の最先端をやってきたつもりです。しかし、個々の研究はいくら素晴らしくても、研究対象(要するに金属タンパク質・金属酵素)を取り替えた個別研究の寄せ集めで、それらの結果から一般則や普遍的な原理を見出すことは難しいことに気がつきました。
そこで、視点を変えて、生体内の金属元素とそれが結合したタンパク質が、さまざまな生体物質が密に詰まった細胞内でいかに振る舞い、その振る舞いが生物の生命現象と如何に関わっているのか見たいと思うようになりました。この実現のためには、生物無機化学、細胞生物学、分子生物学、構造生物学さらには医薬農学の研究、それに最先端の測定解析技術をシームレスのつなぐ必要があります。しかし、生体内の金属を対象としたこれらの研究は完全に縦割り状態で、分野間には大きなギャップがありました。もちろん一人の研究者が全てをカバーすることは不可能です。そこで、生体内金属に興味を持つ研究者が一堂に集まれるプラットフォームを作る必要を感じたのでした。これが、科学研究費補助金 新学術領域研究「生命金属科学」提案の唯一の動機です。
さいわいこの提案は採択され、私は令和元年から4年半この領域の為に働くことができました。しかし、この目的達成のためには4年半はあまりに短過ぎます。そこで、生命金属科学研究会を立ち上げて、年一回のシンポジウムと若手の夏合宿を主宰することにしました。さらに、この提案を基盤としたプロジェクトを後進の方々が進めてくださり、それをサポートすることも研究会の目的です。プロジェクトが終わってから2年が経ちましたが、第4回シンポジウムを聞いていて、私の思いは少しづつ根付き始めていることを感じます。大きく花開く日を夢見ています。
令和7年(2025年)5月17日
第4回生命金属科学シンポジウムに参加しました。久し振りに濃密なサイエンスの雰囲気に浸らせていただきました。新学術領域「生命金属科学」で行われていた研究が、7年の年月を経て発展し、実を結びつつある一方で、領域開始時には想定していなかった研究がいくつかみられ、感心して拝聴していました。どの口頭発表にも活発な質疑応答があり、ポスターセッションでも、全てのポスターの前で活発な議論が行われていました。このシンポジウムを始めて良かったなと感じました。今後もこのシンポジウムが継続され、さらに発展していくことを強く期待しています。
現在、多くの科学の研究分野が細分化されています。その中に身を置くと、深く精緻な議論ができて居心地が良いですが、一方で、その分野の将来を考えると、研究がどんどん重箱の隅に追いやられていくような気がして、心配でなりません。広い分野の間口を持った本シンポジウムは、そのような心配を全く感じさせません。議論が噛み合わなかったり、発散してしまう心配もあるでしょうが、幸い本シンポジウムの参加者の皆さん全員には「生命金属」という共通のキーワードがあり、その心配も必要ないでしょう。
異分野交流の重要性は色々な場で唱えられています。日本の将来の科学技術の進展や展開を考えた時、ある程度エスタブリッシュした研究者の方々には、自然科学の中だけでなく、人文・社会科学を含めた広い分野間の交流を、覚悟を持って図っていただくことは絶対に必要でしょう。一方で、学生を含む若手の研究者の方々には、そのような異分野交流はあまりに大きな負担です。しかし、本シンポジウムの参加者、特に若手の方々には、共通のキーワード「生命金属」の上での異分野交流には大きな違和感はないと信じています。皆さんの研究の進展に絶対良い影響を与えるでしょうし、このような経験をした上で、より幅広い異分野の交流に進展していけば、日本の将来の科学の進展にも大きく寄与できるでしょう。
新学術領域をやってみて、金属の関わる生命現象がこれほど多いとは思いもよりませんでした。当時は、「生命の元素戦略」と言っていましたが、金属元素の視点から生命現象を見ると、新たな発見があるかもしれません。「元素生命科学」は新たな学問領域と強く感じています。真の学術の変革になるでしょう。期待して止みません。