令和7年(2025年)5月19日
私自身の事を書きます。
私は、研究開始からしばらくは金属を活性中心に含むタンパク質・酵素の構造と機能の関連を明らかにする研究を行っていました。一般的な化学・生化学・生物物理学手法と、SPring-8、SACLA、クライオ電子顕微鏡、時間分解分光測定などの最新鋭の測定・解析手法を組み合わせて、いくつかのインパクトのある研究成果を上げてきたつもりです。自画自賛ですが、いわゆる生物無機化学研究の最先端をやってきたつもりです。しかし、個々の研究はいくら素晴らしくても、研究対象(要するに金属タンパク質・金属酵素)を取り替えた個別研究の寄せ集めで、それらの結果から一般則や普遍的な原理を見出すことは難しいことに気がつきました。
そこで、視点を変えて、生体内の金属元素とそれが結合したタンパク質が、さまざまな生体物質が密に詰まった細胞内でいかに振る舞い、その振る舞いが生物の生命現象と如何に関わっているのか見たいと思うようになりました。この実現のためには、生物無機化学、細胞生物学、分子生物学、構造生物学さらには医薬農学の研究、それに最先端の測定解析技術をシームレスのつなぐ必要があります。しかし、生体内の金属を対象としたこれらの研究は完全に縦割り状態で、分野間には大きなギャップがありました。もちろん一人の研究者が全てをカバーすることは不可能です。そこで、生体内金属に興味を持つ研究者が一堂に集まれるプラットフォームを作る必要を感じたのでした。これが、科学研究費補助金 新学術領域研究「生命金属科学」提案の唯一の動機です。
さいわいこの提案は採択され、私は令和元年から4年半この領域の為に働くことができました。しかし、この目的達成のためには4年半はあまりに短過ぎます。そこで、生命金属科学研究会を立ち上げて、年一回のシンポジウムと若手の夏合宿を主宰することにしました。さらに、この提案を基盤としたプロジェクトを後進の方々が進めてくださり、それをサポートすることも研究会の目的です。プロジェクトが終わってから2年が経ちましたが、第4回シンポジウムを聞いていて、私の思いは少しづつ根付き始めていることを感じます。大きく花開く日を夢見ています。
令和7年(2025年)5月17日
第4回生命金属科学シンポジウムに参加しました。久し振りに濃密なサイエンスの雰囲気に浸らせていただきました。新学術領域「生命金属科学」で行われていた研究が、7年の年月を経て発展し、実を結びつつある一方で、領域開始時には想定していなかった研究がいくつかみられ、感心して拝聴していました。どの口頭発表にも活発な質疑応答があり、ポスターセッションでも、全てのポスターの前で活発な議論が行われていました。このシンポジウムを始めて良かったなと感じました。今後もこのシンポジウムが継続され、さらに発展していくことを強く期待しています。
現在、多くの科学の研究分野が細分化されています。その中に身を置くと、深く精緻な議論ができて居心地が良いですが、一方で、その分野の将来を考えると、研究がどんどん重箱の隅に追いやられていくような気がして、心配でなりません。広い分野の間口を持った本シンポジウムは、そのような心配を全く感じさせません。議論が噛み合わなかったり、発散してしまう心配もあるでしょうが、幸い本シンポジウムの参加者の皆さん全員には「生命金属」という共通のキーワードがあり、その心配も必要ないでしょう。
異分野交流の重要性は色々な場で唱えられています。日本の将来の科学技術の進展や展開を考えた時、ある程度エスタブリッシュした研究者の方々には、自然科学の中だけでなく、人文・社会科学を含めた広い分野間の交流を、覚悟を持って図っていただくことは絶対に必要でしょう。一方で、学生を含む若手の研究者の方々には、そのような異分野交流はあまりに大きな負担です。しかし、本シンポジウムの参加者、特に若手の方々には、共通のキーワード「生命金属」の上での異分野交流には大きな違和感はないと信じています。皆さんの研究の進展に絶対良い影響を与えるでしょうし、このような経験をした上で、より幅広い異分野の交流に進展していけば、日本の将来の科学の進展にも大きく寄与できるでしょう。
新学術領域をやってみて、金属の関わる生命現象がこれほど多いとは思いもよりませんでした。当時は、「生命の元素戦略」と言っていましたが、金属元素の視点から生命現象を見ると、新たな発見があるかもしれません。「元素生命科学」は新たな学問領域と強く感じています。真の学術の変革になるでしょう。期待して止みません。